31 / 39
第8章 破滅の魔女
8-1
しおりを挟む
それは一方的な虐殺だった。
始まって終わるまで三十分と経っていない。そのわずかな時間で、村人は一人残らず殺された。
百年以上前、どこからか何組かの家族がやってきて、木々を切り倒し、家を作り、土地を耕してこの地に住み着いた。その後様々な理由で人が集まり、新たな命を育みながらゆっくりと年月を費やしリアという村になった。
それが、なくなった。
一〇〇を超える人間が命を失った。この村には先ほどまで、失ったのと同じ数の意思があり、人生があった。しかしそれらは残らず消えてしまった。
男も女も老人も子どもも区別なく殺された。村人には平等に死が与えられた。別け隔てなく。
村で起こったことそのものは単純なことだ。一文で書き表せる。十人弱の武装兵が村を襲い村人を惨殺した、それだけだ。多くの血が流れ、多くの命が失われた。
まず最初に子どもが殺された。
ひとりで洗濯物を取り込んでいた女の子がいきなり首を跳ね飛ばされた。真っ白いシーツやタオルが飛び散った血で濡れた。首を失った身体は数秒立っていたが、やがてふらふらと地面に倒れた。次に家から出てきた少女の母親が殺された。開けたドアが閉まる前に胸を剣で貫かれた。母親は娘の死を知ることなく息絶えた。家の中にいた老人は背後から斧で頭を叩き割られて絶命した。
村で悲鳴が上がったのは一度か二度くらいだった。
静かな午後──
空はいつものように青く、時折真っ白い細長い雲が上空を流れていった。少し風が強いことを除けば、ここ数日と似た良い日和だった。
武装した男たちはそれぞれ単独で行動し、目についた村人を見境なく殺していった。しばらくして誰かが火を放ち、何本もの煙が空に向かって伸びていった。
近くの森で狩りをしていた男たちが村から立ち上る煙に気づいて戻ってきたが、すでにほとんどの村人は殺されていた。
狩りから戻って来た男たちも殺された。狩り用の武器や道具では武装した兵士に抵抗できるはずもなく、ある者は剣で斬られ、ある者は手甲で殴られ、身体を貫かれて死んだ。
一人が十人ほど殺した。そして村は空っぽになった。
村のどこを歩いても死体が目に入る。あらゆる種類の死がそこにはあった。生暖かい血の臭いが充満していた。何軒もの家が燃え、火の粉が風に舞った。
◇ ◆ ◇
非現実的──
ライズの瞳に映りこんだその光景は、人間が直視できるものではなかった。血や脳漿や臓器や目玉などが倒れている人々の身体から地面にこぼれていた。
誰もがライズにとって家族のような人たちだった。
ライズがバズとの戦いを中断して村に戻ってきたとき、何人かの村人はまだ生きていた。村の中心にある井戸の周りには、たくさんの子どもたちが倒れ、全員死んでいた。
村を駆け回り、ライズは出会った武装兵と戦い、三人を殺した。
だが虐殺は止まらなかった。武装兵は、ライズを見かけても見向きもせず、生き残っている村人を探しては殺していった。
いくら叫んでも、誰もライズに向かって来ようとはしなかった。
有効な手立てを見つけられないまま、時間だけが過ぎていった。ばらばらに散って村人を殺し続ける武装兵を一人ずつ探し出して、倒していくしか手段がなかった。
誤算。確かにそうなのだが、そんな言葉で片づけられる出来事ではない。悪夢のような現実だった。
最後に殺された村人も子どもだった。少女はベッドの下に隠れていた。スミという名前の女の子──スミはリットと仲が良く、月に一回、順番でお互いの家に泊まるのが通例となっていた。大人しい子でリットと正反対の性格だったが、不思議と二人は気があった。
鎧で身を固めた背の高い男が部屋に入ってきた。スミは息を潜めて男が去っていくのを待っていた。泣き出したくなる気持ちを必死で抑えながら。
しかし、願いは叶わなかった。
スミはベッドの下から乱暴に引きずり出された。助けてとスミは言った。恐怖のせいでうまく言葉にならなかった。
薄ら笑いを浮かべ、男はスミの腹を思い切り蹴り上げる。倒れたスミを無理矢理起こし、殴る。そして再び蹴り飛ばした。スミの体は、軽々と宙に浮き、壁に叩きつけられた。大きな音が外まで響いた。
「た、助け……て……くださ……い」
消え入りそうな声で、スミは救いの言葉を紡ごうとする。
男は倒れているスミの左腕に剣先を突き立てた。スミは悲鳴を上げた。血が肌を伝って床を流れた。男は剣をスミの腕から引き抜いて今度は右腕を刺した。
ライズが部屋に到着したとき、スミの全身は赤く染まっていた。赤いペンキを何度も頭から浴びせられたような姿だった。体の様々な場所を斬られ、突かれ、裂けたそれぞれの肉の隙間から真っ赤な血が流れ、スミの服と体を赤く塗り上げていた。
ライズが少女のことを抱き上げると、ぽたぽたと血が床に点を打った。スミの両手は力無くだらりとしていた。呼吸も止まっていた。スミは死んでいた。
始まって終わるまで三十分と経っていない。そのわずかな時間で、村人は一人残らず殺された。
百年以上前、どこからか何組かの家族がやってきて、木々を切り倒し、家を作り、土地を耕してこの地に住み着いた。その後様々な理由で人が集まり、新たな命を育みながらゆっくりと年月を費やしリアという村になった。
それが、なくなった。
一〇〇を超える人間が命を失った。この村には先ほどまで、失ったのと同じ数の意思があり、人生があった。しかしそれらは残らず消えてしまった。
男も女も老人も子どもも区別なく殺された。村人には平等に死が与えられた。別け隔てなく。
村で起こったことそのものは単純なことだ。一文で書き表せる。十人弱の武装兵が村を襲い村人を惨殺した、それだけだ。多くの血が流れ、多くの命が失われた。
まず最初に子どもが殺された。
ひとりで洗濯物を取り込んでいた女の子がいきなり首を跳ね飛ばされた。真っ白いシーツやタオルが飛び散った血で濡れた。首を失った身体は数秒立っていたが、やがてふらふらと地面に倒れた。次に家から出てきた少女の母親が殺された。開けたドアが閉まる前に胸を剣で貫かれた。母親は娘の死を知ることなく息絶えた。家の中にいた老人は背後から斧で頭を叩き割られて絶命した。
村で悲鳴が上がったのは一度か二度くらいだった。
静かな午後──
空はいつものように青く、時折真っ白い細長い雲が上空を流れていった。少し風が強いことを除けば、ここ数日と似た良い日和だった。
武装した男たちはそれぞれ単独で行動し、目についた村人を見境なく殺していった。しばらくして誰かが火を放ち、何本もの煙が空に向かって伸びていった。
近くの森で狩りをしていた男たちが村から立ち上る煙に気づいて戻ってきたが、すでにほとんどの村人は殺されていた。
狩りから戻って来た男たちも殺された。狩り用の武器や道具では武装した兵士に抵抗できるはずもなく、ある者は剣で斬られ、ある者は手甲で殴られ、身体を貫かれて死んだ。
一人が十人ほど殺した。そして村は空っぽになった。
村のどこを歩いても死体が目に入る。あらゆる種類の死がそこにはあった。生暖かい血の臭いが充満していた。何軒もの家が燃え、火の粉が風に舞った。
◇ ◆ ◇
非現実的──
ライズの瞳に映りこんだその光景は、人間が直視できるものではなかった。血や脳漿や臓器や目玉などが倒れている人々の身体から地面にこぼれていた。
誰もがライズにとって家族のような人たちだった。
ライズがバズとの戦いを中断して村に戻ってきたとき、何人かの村人はまだ生きていた。村の中心にある井戸の周りには、たくさんの子どもたちが倒れ、全員死んでいた。
村を駆け回り、ライズは出会った武装兵と戦い、三人を殺した。
だが虐殺は止まらなかった。武装兵は、ライズを見かけても見向きもせず、生き残っている村人を探しては殺していった。
いくら叫んでも、誰もライズに向かって来ようとはしなかった。
有効な手立てを見つけられないまま、時間だけが過ぎていった。ばらばらに散って村人を殺し続ける武装兵を一人ずつ探し出して、倒していくしか手段がなかった。
誤算。確かにそうなのだが、そんな言葉で片づけられる出来事ではない。悪夢のような現実だった。
最後に殺された村人も子どもだった。少女はベッドの下に隠れていた。スミという名前の女の子──スミはリットと仲が良く、月に一回、順番でお互いの家に泊まるのが通例となっていた。大人しい子でリットと正反対の性格だったが、不思議と二人は気があった。
鎧で身を固めた背の高い男が部屋に入ってきた。スミは息を潜めて男が去っていくのを待っていた。泣き出したくなる気持ちを必死で抑えながら。
しかし、願いは叶わなかった。
スミはベッドの下から乱暴に引きずり出された。助けてとスミは言った。恐怖のせいでうまく言葉にならなかった。
薄ら笑いを浮かべ、男はスミの腹を思い切り蹴り上げる。倒れたスミを無理矢理起こし、殴る。そして再び蹴り飛ばした。スミの体は、軽々と宙に浮き、壁に叩きつけられた。大きな音が外まで響いた。
「た、助け……て……くださ……い」
消え入りそうな声で、スミは救いの言葉を紡ごうとする。
男は倒れているスミの左腕に剣先を突き立てた。スミは悲鳴を上げた。血が肌を伝って床を流れた。男は剣をスミの腕から引き抜いて今度は右腕を刺した。
ライズが部屋に到着したとき、スミの全身は赤く染まっていた。赤いペンキを何度も頭から浴びせられたような姿だった。体の様々な場所を斬られ、突かれ、裂けたそれぞれの肉の隙間から真っ赤な血が流れ、スミの服と体を赤く塗り上げていた。
ライズが少女のことを抱き上げると、ぽたぽたと血が床に点を打った。スミの両手は力無くだらりとしていた。呼吸も止まっていた。スミは死んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる