彼女は戦いに赴き、僕はひとりゴーレムを造る

白河マナ

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伝説の魔王の剣

第27話 黒と白の炎

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 僕はファティマとルルメの勝負に立ち会うことになった。
 外にいたキセラたちに事情を話し、僕たち3人だけで村を出る。ファティマの案内で村から離れた場所にある広い草原にやってきた。
 見晴らしがよく、障害物もなく、人もいない。小細工なしに正々堂々と戦うには最適な場所だった。

「さて、どちらかが負けを認めたら決着でよいかの?」

「その前に確認したいことがあります」

「なんじゃ?」

「腕一本くらい無くなっても再生できますか? どのくらい手加減すればよいのかわからなくて……判断基準が欲しいです」

「余裕じゃのう。ふむ、試したことはないが、できるのではないか?」

 ファティマは右手の手刀で左腕を切り落とす。
 よく研がれた包丁でトマトを切るように、あっさりとファティマの細い腕が地面に落ち、切り口からどばどばと大量の血が流れだす。

「いたいいたいいたいいたいっ!!! なんじゃ、まったく治らんぞ! 死ぬ死ぬっ!!!」

 ……。
 ファティマには悪いけど、笑ってしまいそうだ。

「まず精神を集中します。次に傷口に力を込めてください。単に力を集中するのではなく、祈りの気持ちを一か所に集めるのです」

「……こ、こうか?」

 血の流れがピタリと止まる。
 続いて、地面に落ちた腕が宙に浮いてファティマの左腕に引き寄せられるようにくっつく。瞬時に傷跡も消えてしまう。

「イメージと違いますけど……まあそれでもいいでしょう。再利用ではなく、切り口から肉体を再生して欲しかったのですが」

「治ったぞ! 指も動くのじゃ!」

「よかったです。これならある程度のダメージは与えても良さそうですね。私は永い眠りについていましたから、できれば鈍ってしまった体を動かしたくて」

「ワシも見たいのう。ルルメのの再生がの」

「見ますか?」

「もうやっとる。右腕と左足。見えんかったか?」

 ルルメの右腕と左足がずれ落ちるように地面に落ちる。
 微動だにせずに片足で直立しているルルメだったが、やや不機嫌そうだった。切断面から血肉が盛り上がり、数秒で元の形に再生される。

「面白いのう。トカゲのようじゃ」

「ああ……この感じ……久しく忘れておりました。あなたはまさにお姉様のよう。強く、美しく――」

 重心を落とし、身構えるルルメ。

「本当に意地が悪い」

「似ていて当り前じゃ。ワシは母様の子だからの」

「シュルト、もっと遠くに離れていてください。万が一のときは、ルルが守ってくれます」

 僕は急いで背中を見せて走り出す。

「さあ、始めましょう」


◇ ◆ ◇


 魔族は火水風土の四元素を操る能力を持っている。
 僕は2人の魔法――魔族の法術の応酬を期待していたのに、戦いはほぼ徒手による肉弾戦だった。
 とはいえ普通の人間の喧嘩とは次元が違う。目で追うのがやっとのスピードで、ファティマとルルメが激しく交戦していた。

 殴り、殴られ。
 蹴り、蹴られ。
 投げ、投げられ。
 頭突き、頭突かれ。

 2人の肉体がぶつかり合うたび、火薬が弾けるような音を立て、遠くで見ている僕のところまで空気の振動が伝わってきた。

 戦いは互角に見えた。
 手足の長いルルメの方が有利に思えたけれど、体の小さなファティマが懐に入ると戦い辛そうにしている。
 まだまだ2人とも疲れを見せないので、どちらが優勢なのか僕にはわからない。
 
「ふはははは! 実に楽しいのう! こんな戦いは久方ぶりじゃ!」

「私もです、ファティマ」

「じゃが、埒があかんのう。どうじゃ、ワシの最高の技を受けてくれんかの? お主なら死なんじゃろ」

「受け切ったら私の勝ちでいいのでしたら、喜んで」

「決まりじゃな」

 ルルメは両腕をクロスさせ、ファティマの攻撃に備える。
 ファティマは魔法の詠唱を始める。
 魔族は直感的に魔法を使っているとルルメが前に話してくれたけど、ファティマは違うのだろうか。

「深く 深く 深く いにしえ混沌こんとんより地の底に滞留たいりゅうせし 隻眼せきがんの王――」

「……意外です。切り札がヒカリビトの魔法とは」

「黒く 黒く 黒く 深闇しんあんを塗り潰せし 真黒しんこく業火ごうかよ」

 ファティマの右手が黒い炎に包まれ、揺らめく炎の周りに黒い火の粉が舞う。

「その炎……いつだったかお姉様に見せて頂いた記憶がありますね」

「まだ終わらんぞ」

 今度は空に向かって左手を掲げると、

「遠く 遠く 遠く いにしえ秩序ちつじょより天蓋てんがいにて充足じゅうそくせし 双眼そうがんの王――」

 ファティマの左手が白い炎に包まれていく。

「白く 白く 白く 眩光げんこうを覆い隠せし 真白しんぱくの業火よ」

「そちらは初めて見ます。それもお姉様から?」

「いや、こっちはワシのオリジナルじゃ。ワシはヒカリビトの子でもあるからの。黒の炎だけでは、寂しかろう」

 白い炎が黒い炎と同じ大きさになると拡大が停止する。
 ファティマが頭上で両手を合わせて指先を絡めると、2つの炎が反発するように混じり合い、ばちばちと音を立てはじめる。

「ああ、本当に本当に素晴らしい。なんて神々しいのでしょう」

 ルルメは防御の姿勢を解き、一度脱力する。左腕を前方に差し出すと、その腕に向かって地面から土の粒子が左腕全体に集まってくる。
 腕全体を覆った土は瞬く間に硬化し、また次の土が左腕を覆う。幾重にも幾重にも、硬化し、硬化し、硬化し、ルルメの左腕が異様なまでに太く大きくなっていく。 
 まるで巨大ゴーレムの腕が生えてきたようだった。

「そろそろいいかの? ゆくぞ」

 ファティマが突進する。
 両手で握った斧を振り下ろすみたいに、光と闇の炎を纏った両手をルルメに向かって激突させ――ルルメは巨大化した左腕でその攻撃を受け止める。

 ファティマの炎が、ルルメの創り出した土の腕を溶かし剥がしていく。それと同時にルルメの左腕に集まり続けている土の粒子が、腕を守る土を再生して抵抗する。
 再生と崩壊。
 衝撃に耐えるルルメを貫こうとする力と、ファティマの渾身の一撃を押し返そうとする力。2つの力が激しくぶつかり合う。

 少しずつルルメが押され始める。
 力の拮抗が崩れると、今度は一方的にファティマの両拳がルルメの土の防御を引き剥がしていく。

「よく耐えたが、そろそろ終いかの」

 ルルメは土の防御を抜けて素手まで到達したファティマの両拳を左の手のひら全体で掴む。ルルメの左腕は一瞬で黒と白の炎に包まれ、焦げた臭いと細い煙とともに皮膚が焼け剥がれ始める。

「そうですね。これでお終いです。充分に攻撃の勢いを殺せましたし、こうして捕まえることもできました」

 ルルメの右拳がファティマの無防備な横顔を殴りつける。
 岩同士が激突したような低く重い音がして、小さなファティマの体は吹っ飛んでいった。何度も地面でバウンドして、最後は爆音とともに地面を豪快に抉って止まる。
 直立するルルメの左腕からは湯気が立ち上り、炎の熱のせいで皮膚の表面がブクブクと泡立っていた。
 
「決着、ですね」


【彼女の魔法完成まであと319日】
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