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伝説の魔王の剣
第30話 カウントダウン
しおりを挟む「あまり動くと落ちますよ」
「やはりルルは可愛いのう~ 殺人的な可愛さじゃ~」
背中に乗ったままファティマがゴーレム猫のルルと遊んでいる。ルルは甘えるように鳴き、僕の肩やファティマの上を移動している。
「仕方ないじゃろ。こやつが顔を舐めてくるのじゃ」
ルルメがルルの小さな頭を撫でて口元をほころばせる。
ファティマの攻撃を受けた左腕は癒えているけれど、ローブは左肩あたりまで燃えて無くなってしまっていた。
「この子を触っていると穏やかな気持ちになります。シュルトには才能があります。あなたは大地に愛されていますよ」
「褒めてもらえるのは嬉しいですけど、僕は戦える強いゴーレムが造りたいです。前に一度、いいゴーレムが造れたのですが、頑丈なだけで単純な攻撃しかできなくて……僕のゴーレムに体術や剣術のコードを組み込むことができたらいいんですが」
「それでしたら過去のゴーレムマスターが作ったコードが残っているのでは……と思いましたが、ゴーレムの技術は滅びているのでしたね」
「はい。そこに頼れないので、僕が戦い方を学んでソースコードを組むことができないかと考えています」
僕がいまこうしてゴーレムを造れているということは、完全に技術が廃れてしまった訳ではないと思う。
でもゴーレムに関する多くの情報は消失してしまった。
これから僕は失われた技術を掘り返しながら、自分に何ができるのかを模索していくことになる。
「それでリュースと剣の稽古を? 私には全部一人でシュルトがやるのは難しいように思えます。キセラに頼んでみてはどうですか? 彼女には体術や剣術の心得がありますから」
稽古はセラ様がこの旅に用意してくれた『暇つぶし』のひとつだけど、セラ様が僕のゴーレムの問題点を知らないはずがない。
リュースの稽古はゴーレム強化のために戦いの知識を身につけさせようとする意図もあるのかもしれない。
「そうですね。村に戻って落ち着いたらキセラに聞いてみます」
ゴーレムの勉強も大切だけど、一旦忘れよう。
魔剣を抜かないとロドスタニアの町に帰ることができないし、勉強は旅の帰り道でやればいい。
「ワシは腹が減ったぞ! 村に戻ったら宴じゃ!」
「キセラが村の皆さんのために夕食を用意してるって言ってましたから、食べきれない量になりますよ」
「それは楽しみじゃのう。よく眠り、よく体を動かし、腹一杯食べていれば、人々が争うことはないのじゃ」
「いいですね、それ」
「そうじゃろう? ワシの父様の言葉じゃ」
ファティマの父親。
メキア村の村人で元魔王のメルギトスが愛した人……どんな人だったのだろうか。
魔族と人間の寿命には大きな差がある。生まれ育った世界も違っているし、思想も、強さも、何もかもが違う。
「元魔王と結婚するなんて凄いお父さんですね」
「私もお姉様が選んだ方に興味があります」
「父様か……ぜんぜん凄くなかったぞ。優しい人じゃったが、それだけじゃ。強いて言うなら料理が上手かったかのう。父様は子どものころに両足を怪我して狩りも力仕事もろくにできんかった。ただ優しいだけの普通のヒカリビトの男――なぜ母様はあのような男と結婚したのか、今もワシにはわからぬ。しかも信じられんことに母様の方が父様に惚れて求婚を迫ったそうじゃ。魔族の母様と一緒の肌の色にしたことが、そんなに母様の心に突き刺さったのかの」
「お姉様はどこに惹かれたのか話してくれなかったのですか?」
「母様は盲目的に父様を好いておったから、その質問をしたらすべてと返してきたと思うぞ。ワシには理解不能じゃが」
当時の様子を思い出したのか、呆れ口調のファティマ。
「きっとお姉様にしかわからない魅力があったのでしょう。ファティマのお父様の名前を聞いてもいいですか」
「父様の名前はアル、」
ファティマが名前を言い終える前に、音もなくいきなり地面が激しく波打つ。僕はバランスを崩してファティマごと転んでしまう。
「す、すみません。大丈夫ですか? 地震?」
ファティマは僕にルルを渡してくる。
ルルメは包帯を外して鋭い視線を村の方に向ける。
地面の振動は一瞬で収まり、何事もなかったようにどこかで鳥が鳴き、山の方から冷たい風が吹いてくる。
「村で何かが起こっています。私が先に行って見てきます」
「ワシも行くぞ」
「ダメです。シュルトを守れる人がいなくなります。ファティマはシュルトを守りながら来て下さい。あなたにしか任せられません」
「断る。ワシの村じゃ。シュルト、少しの間じっとしておれ」
僕を小脇に抱えてファティマが全速力で走り出す。
ルルメとの戦いで体が痛むとか言っていたのに、そんなことを一切感じさせない凄いスピードだった。
ぐんぐんと村が近づいてくる。外から異変は見られない。
並走していたルルメは、途中で高く跳躍し、大きな翼を広げて村の上空まで飛んでいき、空中で停止する。
ルルメの向こう側に何かが見えたけれど、走るファティマに抱えられているせいで視界が揺れてハッキリとわからなかった。
「着いたぞ」
ファティマが村の入口で急停止し、僕を下ろしてくれる。
僕は中空で止まっているルルメの視線の先を見た。
「……なんですかあれ。いちぜろ? じゅう?」
10。
上空に巨大な数字が浮かび上がっている。空にいるルルメが触れようとするが、数字には実体がなく、その手はすり抜けてしまう。
「魔法のようですね。キセラでしょうか」
「誰か返事をするのじゃ!! ワシらは帰ってきたぞ!!」
村の人たちに呼びかけながらファティマが村の中に消えていく。
ルルメが僕の所に戻ってきたので状況を確認する。
「どこにも村人がいません。ただ、空から見た感じでは襲われた痕跡もありませんでした」
「一人も? 嘘ですよね? リュースやキセラも?」
「ファティマの家に向かいましょう。村が何者かに襲われるとしたら目的は『ドグマ』くらいしか思いつきません」
消えた村人。
頭上の数字。
一体、何が起こっているのだろうか。
僕はもう一度、空に浮かんでいる数字を眺め――。
「どうしました?」
「……数字が」
空中に浮かぶ数字が10から9に変化していた。
「このまま8、7と下がっていくのでしょうか。急いでファティマと合流した方がいいのかもしれません」
僕とルルメはファティマの家に向かう。
途中、いくつかの家のドアを開けて見たけれど、建物の中には誰もいなかった。
空を見ると数字は7になってる。
「シュルトは後ろに。私が先に入ります」
ファティマの家のドアは開け放たれていた。中に入って、部屋の隅にある地下室の階段をゆっくりと下りる。
暗くて何も見えない。
壁伝いで一段一段じっくりと階段を下りる。ルルメは夜目がきくので、靴音を鳴らしながら先に行ってしまう。
「……ここには何もありません。上に戻りましょう、シュルト」
何もない?
魔剣ドグマは?
三天神秘の資料は?
ファティマがいなくても、ここには様々なものがあるはずだ。
階段を下りて地下室の奥に行こうとすると、ルルメが覆いかぶさるように僕のことを抱きしめてくる。
「放してください、ルルメ」
僕はルルメを振りほどいて、地下室の奥に踏み入る。
魔法で光の玉を作ると、室内の様子が明らかになる。天井は低いけれど、室内は上の階よりも遥かに広かった。
部屋は石壁と本棚に囲まれ、壁に接するようにテーブルが置かれ、テーブルの上には分厚い本や紙類、使い道の分からない道具が置いてある。
床一面には砕けた石壁の欠片や砂、武器や防具、ページの破れた本などが散乱していて、部屋の中央には血だまりがあった。
床の血だまりに新たな波紋が広がるのを見て、僕は天井に目を向ける。
そこには、様々な長さの無数の剣やナイフによって天井に磔にされている、血まみれのキセラとリュースの姿があった。
【彼女の魔法完成まであと319日】
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