彼女は戦いに赴き、僕はひとりゴーレムを造る

白河マナ

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伝説の魔王の剣

第33話 不死の守護者

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 朝が来る。
 宴の途中で気を失ったルルメは昨晩から眠り続けている。キセラは精神的な疲労のせいだろうと言っていた。
 苦手な昼間にファティマと戦い、リュースやキセラの死の瞬間を直視し、僕に真実を隠しながら行動し、最後にセラ様からの追及……無理もないか。
 昨夜の宴の中心地に行くと、たくさんの大人たちが地面に張りつくように酔い潰れて眠っていた。

「……こんな大人にはなりたくないな」

 その中には上半身裸のリュースや下着姿のファティマの姿もある。僕は飲んだくれたちを踏まないように注意しながらファティマの家の地下室に向かう。

「おはよう、キセラ」

 階段を降りるとキセラが居た。
 地下室の天井付近に幾つかの光の玉が浮かび、部屋全体を隅々まで照らしている。もちろん血だまりや戦闘の痕跡はないけれど、あの時の光景が頭をよぎる。

「おはようございます、シュルト様。どうしてここが?」

「キセラなら絶対にここにいると思って。三天神秘さんてんしんぴの資料があるし」

「はい。資料を端から順番に記憶しています。こちらにあるのは大部分が『天空てんくう文殿ふどの』の文献ですね。ちなみに村長の許可は頂いています」

 物凄い速さで書物のページをめくっているキセラ。
 テーブルの左側に未確認の資料を置いて、読んだものを右側に置いていく。このスピードで本当に内容を覚えられるのだろうか。

「キセラは昔からロドスタニアの魔法士ギルドにいるの?」

「いえ。私がセラ様にスカウトされてギルドに入ったのは2年前です。私はもともと考古学者で小さな町で古代魔法に関する研究をしていました。ギルドでは主に魔法史の研究と失われた魔法の復元、魔法具の修復作業に従事しています。たまに先日のように魔法開発を手伝ったりもしていますね。ちなみにセラ様のメイドではありませんから」

「初めて会った時、メイド服を着てましたよね」

「あれはシュルト様の気を引く方法についてセラ様に相談した結果です。メイド服になびかない男性はいないと断言されまして。ちなみにあの服は町の仕立て屋でオーダーメイドしました」

「僕の気を?」

「はい。シュルト様は300年前の人類。その肉体、その思想、すべてが私の興味の対象です」

 僕の存在は現代に影響を与えなかったと結論づけられた。セラ様はそう言っていたけれど、こうしてキセラの行動に影響を与えてしまっている。未来なら問題ないのだろうか。

「僕はただの地方貴族の子どもですよ。キセラみたいに凄い魔法士でもないし、リュースのような剣の腕もないし、魔族の血が流れているルルメとファティマとは比べるまでもないです」

「私はこの旅に出る前、セラ様からシュルト様に関する一通りの情報を頂きました。それからずっと、私はシュルト様のことを考えています。あなたが経験した不幸と、これから望む未来について」

 僕が望むのは、リリアナの足手まといにならない強さを手に入れ、『ネジマキ』との戦いに参加することだ。
 強いゴーレムを造ってリリアナの役に立ちたい。

「以前、私はセラ様にシュルト様を監禁すべきだと進言したことがあります。リリアナ様が準備中の魔法にはシュルト様の存在は必要不可欠です。シュルト様に万が一のことがあれば魔法は発動せず、リリアナ様の努力は灰燼に帰すでしょう。それを回避するために魔法発動までシュルト様をどこかに閉じ込めておくべきだと。ですが、セラ様に『嫌だ』と却下されました」

「意外ですね。セラ様なら賛同しそうですけど」

 キセラの案はとても合理的だ。
 拒否する理由は無いように思える。

「セラ様は続けてこう言いました。『この世界は9歳の子どもを監禁してまで救わないとダメなのかな? 今この瞬間も含め、常に世界のどこかで誰かが死んでいる。よその国で、よその国の人々が死んでいる? だから何だ? いつものことじゃないか。私たちはこれまでも散々殺し合ってきたじゃないか。殺し、殺され。奪い、奪われ。肥えて醜く太った国家が、周りの瘦せ細ったネズミたちを食い散らかす。ネズミが尽きたら、自らの手足を貪り、のたうち回り、無責任に死んでいく。いつの時代も世界から暴力が失われることはなかった。未来永劫、変わらない。誰かが理を無視したせいで『ネジマキ』という新たな暴力が生まれ、隣の国で人を殺している。命乞いをする子どもを殺してきた大人が、ここでその子どもにすがりつくのかい? 私は嫌だね。暴力に暴力を積み重ねて歴史を築いてきた、私たち大人が責任を取るべき類の問題だよ、今回のこれは』との事です」

 処刑を回避した次には監禁される可能性もあったのか……。

「セラ様らしい言葉です。僕は助けられてばかりですね」

「これは機密事項なので他言無用でお願いします。実は『ネジマキ』は時が経てば消滅することが分かっています。人類が完全に死滅することはありません。ですがそれは1000日以上も先のことです。リリアナ様の魔法完成は318日後――ただ、その詳細は不明です。各国の軍隊は守護者を倒すために動き、魔法士ギルドは『ネジマキ』の侵攻を遅延させる方法を模索しています」

「既存の魔法で倒すことはできないんですか?」

「あらゆる攻撃魔法は『ネジマキ』の表層で反射されるそうです。どういった構造で魔法を跳ね返しているのかも不明です。守護者のせいで『ネジマキ』に近づくことが難しく、情報が不足しています」

「直接魔法が干渉されるなら、落とし穴に落としてみるとか……」

「間接的に魔法を駆使して対抗するというのは検討中の『ネジマキ』対策のひとつです。面白い案ですね。提案してみましょう。案外そうした原始的な手段こそ良策なのかもしれません。ちなみにシュルト様のゴーレムも間接的な接触となります」

「守護者には魔法が効くんですよね? キセラの倒したトロメーアとか」

 そういえばその話を聞いていなかった。
 4人の守護者のうちの1人、第3のトロメーアをキセラが倒したんだ。守護者にはこの国の軍隊でも歯が立たなかったのに。

「私の記憶には残っていませんがトロメーアには有効だったそうです。私の目を通して戦いを見ていたセラ様の話では、トロメーアは魔法とは異なる能力を持っていたそうです。思念によって物体を動かす能力。それと不死の肉体を」

「不死!? じゃあ、どうやって倒したんですか?」

「私はトロメーアをストレージに放り込んだそうです。ストレージに閉じ込められた生物は空間に圧し潰されて絶命します。守護者はそれでも完全には死なず、セラ様がファティマと同じ方法で捕縛しましたが」

「……生きているんですか?」

「トロメーアは、セラ様が尋問した後、ギルドの魔法研究のいしずえとなるでしょう。今頃は、死ぬことのない肉体を呪っているに違いありません。この戦果は各国に希望をもたらします。ちなみに『シュルト=ローレンツ率いる一行が災禍『ネジマキ』の守護者の1人を打倒した』ことになります。旅のリーダーはシュルト様ですから。私は付き添いでリュースは御者。ルルメはこちらの世界の住人ではありませんし」

「そんな! 僕は何もしてないですよ! 倒したのはキセラなのに!」

「冒険者パーティーは手柄を誰か一人のものにはしません。止めを刺したのはキセラ=クレシダで構いません。ですが、全員で掴み取った勝利です」

「僕、トロメーアに会ってもいないんですけど……」

「その点はご安心ください。町に戻ればセラ様が情報をくれます。ハッキリ言いまして、今のシュルト様の立場はとても弱いです。行動にも制限がかかり、自由に町を出ることすらできません。不足している強さと年齢と信頼を補うためには、圧倒的な実績が必要となります。どうか、この好機を利用してください」

「……それはそうかもしれませんけど」

 弱さと年齢と信頼を補うための実績。
 確かに守護者のひとりを倒したとなれば、ロドスタニアの町でも一目置かれるようになるかもしれない。今後ゴーレム造りのためにまた町を出たくなることもあるだろうし、その時に自由に動けないのは困る。 
 後ろめたい気持ちが強いけれど、

「ありがとう、キセラ。この機会を利用させてもらいます」


【彼女の魔法完成まであと317日】
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