彼女は戦いに赴き、僕はひとりゴーレムを造る

白河マナ

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伝説の魔王の剣

第35話 兄の痕跡

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 アルバート=ローレンツ。
 この世界で初めて聞かされる名前だけど、僕はその名前を知っている。
 僕が300年前に置いてきた、唯一の心残り。

「……」

 僕の兄です。
 喉元まで言葉が出てくるけれど、そこでつかえて声にならない。
 代わりに、涙が頬を伝う。
 こっちの世界に来てから兄さんのことで泣いたことは一度もない。300年前の僕に降りかかった不幸は、あまりに突然で、別れを正しく受け入れる時間もなかった。

「何じゃ。泣くほど嬉しいことかの?」

 嬉しい。泣くほど。
 兄さんが生きて、ここで……。

「……僕とファティマは親戚かも」

「おお。やっぱりそうじゃったか! そういえば、父様には弟がいると言っておったのう。お主はその子孫かの」

 僕は兄さんのことが大好きだった。
 強くて優しくて、勉強ができて、剣術にも長けていた兄。夜になるとよく僕に本を読み聞かせてくれた。
 いつか兄さんがローレンツ家を継ぐ日が来たら、僕は全力でその手助けがしたいと思っていた。
 それがあんなことになって。
 きっと兄さんも僕と同じように養子先で迫害され、どうにか逃げ出して、この村に身を寄せたのだろう。元魔王と結婚していたなんて想像すらしていなかったけれど、そのことよりもただ生きていてくれたことがたまらなく嬉しい。

「それならシュルトは私とも親戚ですね。宜しくお願いします」

 ルルメの細い指先が、僕の涙を拭う。
 だけど、その澄んだ単眼からも、止めどなく涙がこぼれ落ちてくる。
 どうしてルルメまで泣くのだろう。僕がアルバート=ローレンツの弟だと知っているのだろうか。だとしても、ルルメが泣くのは不思議なことだった。

「何なのじゃ、お主らは。ワシはお主らを泣かせることを言ったかの?」

「シュルト様には家族がいません。たとえ遥か遠い親戚だとしても、それが見つかって感動したのだと思います。ちなみに、涙は伝染することがあるそうですから、ルルメはシュルト様の涙に感化されたのでしょう」

 適度な匙加減でキセラがフォローを入れてくれる。

「……それなら仕方ないのう。今度はワシが慰める番じゃな」

 ファティマが近寄ってきて背中から抱きついてくる。

「……お、お酒クサい」

 僕は怒ったファティマに蹴り飛ばされ、水切りの石のように回転しながら地面をバウンドしながら飛んでいって最後には気を失った。
 ゴーレム猫のルルがプロテクションの魔法を使って守ってくれなかったら、大怪我していたかもしれない。


◇ ◆ ◇


 ぱかぱかと馬の蹄が街道を踏む音、がたがたと馬車の荷台に伝わる振動。
 大きく手を振る村人たち、ファティマとルルメに見送られ、僕たちは旅の帰路についていた。
 また会いましょう。
 死別や決別じゃない別れの言葉は、寂しさを和らげてくれる。
 ファティマに蹴られて脳震盪を起こした僕は、目覚めた後も気分が悪くて、荷台で横になっている。
 目を閉じ、リュースとキセラの会話に耳を傾ける。

「たった一晩で帰るのか……あと一日くらい飲みたかったな」

「旅の目的はクエストの達成です。その他の用事も済ませましたし、メキア村に留まる理由がありません」

「相変わらず、キセラ様は淡泊だなー」

「リュースの方こそ失礼です。あなたは村に興味があるのではなくて、飲み仲間と酔い潰れても問題のない環境が欲しいだけですよね」

「それはその通り! だが、ルルメ嬢ちゃんともっと飲みたかったなー。美女と飲む酒は普段の100倍旨い!」

 大笑いするリュース。
 
「エマに告げ口しますよ」

「そそ、それだけはやめてくれ!」

 今度はキセラが小さく笑う。
 2人はこれまでも一緒に旅をしたことがあるのだろうか。それとも旅慣れてくると、自然とこういう柔らかい雰囲気になるのだろうか。

「……」

 ファティマの家の地下室で2人は死んだ。僕は確かに天井に磔にされた2人の血まみれの亡骸を目にした。キセラの魔法であの惨劇は巻き戻ったけれど、今ここにいる2人は僕と一緒に旅をしてきた2人なのだろうか。
 必死で守護者と戦い、苦悶の表情を浮かべていたリュース。最後の瞬間に笑みを浮かべていたキセラ。
 あの時のことを記憶しているのは、僕とルルメとセラ様だけだ。どうせなら僕の記憶も一緒に巻き戻って消えて欲しかったな……。


【彼女の魔法完成まであと317日】
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