36 / 40
伝説の魔王の剣
第35話 兄の痕跡
しおりを挟むアルバート=ローレンツ。
この世界で初めて聞かされる名前だけど、僕はその名前を知っている。
僕が300年前に置いてきた、唯一の心残り。
「……」
僕の兄です。
喉元まで言葉が出てくるけれど、そこでつかえて声にならない。
代わりに、涙が頬を伝う。
こっちの世界に来てから兄さんのことで泣いたことは一度もない。300年前の僕に降りかかった不幸は、あまりに突然で、別れを正しく受け入れる時間もなかった。
「何じゃ。泣くほど嬉しいことかの?」
嬉しい。泣くほど。
兄さんが生きて、ここで……。
「……僕とファティマは親戚かも」
「おお。やっぱりそうじゃったか! そういえば、父様には弟がいると言っておったのう。お主はその子孫かの」
僕は兄さんのことが大好きだった。
強くて優しくて、勉強ができて、剣術にも長けていた兄。夜になるとよく僕に本を読み聞かせてくれた。
いつか兄さんがローレンツ家を継ぐ日が来たら、僕は全力でその手助けがしたいと思っていた。
それがあんなことになって。
きっと兄さんも僕と同じように養子先で迫害され、どうにか逃げ出して、この村に身を寄せたのだろう。元魔王と結婚していたなんて想像すらしていなかったけれど、そのことよりもただ生きていてくれたことがたまらなく嬉しい。
「それならシュルトは私とも親戚ですね。宜しくお願いします」
ルルメの細い指先が、僕の涙を拭う。
だけど、その澄んだ単眼からも、止めどなく涙がこぼれ落ちてくる。
どうしてルルメまで泣くのだろう。僕がアルバート=ローレンツの弟だと知っているのだろうか。だとしても、ルルメが泣くのは不思議なことだった。
「何なのじゃ、お主らは。ワシはお主らを泣かせることを言ったかの?」
「シュルト様には家族がいません。たとえ遥か遠い親戚だとしても、それが見つかって感動したのだと思います。ちなみに、涙は伝染することがあるそうですから、ルルメはシュルト様の涙に感化されたのでしょう」
適度な匙加減でキセラがフォローを入れてくれる。
「……それなら仕方ないのう。今度はワシが慰める番じゃな」
ファティマが近寄ってきて背中から抱きついてくる。
「……お、お酒クサい」
僕は怒ったファティマに蹴り飛ばされ、水切りの石のように回転しながら地面をバウンドしながら飛んでいって最後には気を失った。
ゴーレム猫のルルがプロテクションの魔法を使って守ってくれなかったら、大怪我していたかもしれない。
◇ ◆ ◇
ぱかぱかと馬の蹄が街道を踏む音、がたがたと馬車の荷台に伝わる振動。
大きく手を振る村人たち、ファティマとルルメに見送られ、僕たちは旅の帰路についていた。
また会いましょう。
死別や決別じゃない別れの言葉は、寂しさを和らげてくれる。
ファティマに蹴られて脳震盪を起こした僕は、目覚めた後も気分が悪くて、荷台で横になっている。
目を閉じ、リュースとキセラの会話に耳を傾ける。
「たった一晩で帰るのか……あと一日くらい飲みたかったな」
「旅の目的はクエストの達成です。その他の用事も済ませましたし、メキア村に留まる理由がありません」
「相変わらず、キセラ様は淡泊だなー」
「リュースの方こそ失礼です。あなたは村に興味があるのではなくて、飲み仲間と酔い潰れても問題のない環境が欲しいだけですよね」
「それはその通り! だが、ルルメ嬢ちゃんともっと飲みたかったなー。美女と飲む酒は普段の100倍旨い!」
大笑いするリュース。
「エマに告げ口しますよ」
「そそ、それだけはやめてくれ!」
今度はキセラが小さく笑う。
2人はこれまでも一緒に旅をしたことがあるのだろうか。それとも旅慣れてくると、自然とこういう柔らかい雰囲気になるのだろうか。
「……」
ファティマの家の地下室で2人は死んだ。僕は確かに天井に磔にされた2人の血まみれの亡骸を目にした。キセラの魔法であの惨劇は巻き戻ったけれど、今ここにいる2人は僕と一緒に旅をしてきた2人なのだろうか。
必死で守護者と戦い、苦悶の表情を浮かべていたリュース。最後の瞬間に笑みを浮かべていたキセラ。
あの時のことを記憶しているのは、僕とルルメとセラ様だけだ。どうせなら僕の記憶も一緒に巻き戻って消えて欲しかったな……。
【彼女の魔法完成まであと317日】
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる