この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ

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第二章 自立

落ちたメアリーのプライド

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 採用試験当日。
 
 私は家を出て、村を出て、試験会場であるギルバード侯爵邸のある領都へ向かってひた歩く。

 領都は村から徒歩で30分程の距離にあり、街並みは王都ほどではないにせよ、それなりには栄えている。『それなり』とはいえ、私の住む村とでは天と地程の格差はあるが。
 ともあれ、領都へ辿り着いた私はそのまま、ギルバード邸を目指す。

 建物の数が増え、行き交う人の数も多くなり、その人々の服装から見て中間層か、もしくは富裕層である事が窺える。

 アリアと暮らしている頃の買い物といえば、もっぱら村近くにある小規模な露店街だったけれど、アリアの結婚を期に経済的な余裕を得た私はたまに領都を訪れるようになっていた。

 先日、まさか採用試験当日に着古したボロボロの服装で行くわけにはいかないと、領都にある洋服店で今日の為に上下一式3着の洋服を購入した。今着ているこれだ。結構奮発した。
 因みに、リデイン子爵邸へ試験対策の特訓を受けに行った際にもこの服装で行った。着るのは今日で2回目、決して普段着使いなどはしないつもりだ!

 白のブラウスの上にクリーム色のニットベストを重ね、下は焦茶色のロングスカート。 

 どう?お洒落でしょ?

 身に纏う服でこんなにも気分が晴れ晴れとするなんて。
 お洒落ってとても楽しいものなのね。初めて知った。ハマりそう……。
 


 ギルバード侯爵邸は領都の一角にある。
 屋敷自体は白を基調としたシンプルでありながらも美しい外観をしている。

「エミリア様ですね。受験番号は19番です」

「ありがとうございます」

 正門前で受付を済ませ、敷地内へ入る。侯爵邸へ入るのはもちろん初めてだ。
 正門を潜ると美しく整備された広大な庭園が視界に広がり、そこには私と同じ多くの応募者達が集っていた。

「さすがに多いわね……」

 少なく見積もっても80人……くらいかしら?

 この中からたった1枠しかない事を改めて思うと暗い気分になる。

「せっかくプシラ様から教えを受けたんだ。全力で挑まなきゃ! そうじゃないとプシラ様にもアリアにも顔向けできない」

 何とかモチベーションを保ちながら、気合いを入れ直していると、

「あれ? エミリア先輩?」

 背後から聞き覚えのある声が掛けられ、振り返るとそこにはニタァ、と不敵な笑みを浮かべるメアリーの姿があった。

「まさか、エミリア先輩、ここのメイド希望者ですか?」

「そうよ。 ここに居るという事はメアリー、あなたもそうなんでしょ?」

「あたしは見ての通りそうですよ! でも、エミリア先輩もそうだったなんて、正直驚きました!」

 ――あぁ。 またろくでもない事を言い出すんだろうな、と思いながらも一応聞き返してみる。

「それはどういう意味?」

「30半ばのおばさんが恥ずかし気も無く、よくメイドの採用試験なんて受ける気になったなぁ、と思って。それも、侯爵家の。――いやぁ、本当、さすがエミリア先輩ですね!!恐れ入りました!!」

 そう言って、不敵な笑みを更に深めるメアリー。

 やっぱりね……。と、変に納得する。

 それにしても、メアリーのこの笑顔……。
 悍ましいと言った方が伝わるだろうか?そんな感じの不快な笑顔だ。

 『心が醜い者は幾ら生まれながらに美しい容姿であっても、歳を追う毎にその醜さは見た目にも影響してくるものだと、わたくしは思うのです』

 プシラ様が言っていた事を思い出して、まさにメアリーの事だな、と思う。――そんな時だった。

「ねぇ見て! あの人!」
「え?どうしたの?」
「すんごい綺麗な人」
「本当だ!」
「それに着ている服装も凄くお洒落!」
「メイドって綺麗な人が多いんでしょ?あんなに綺麗な人がライバルだなんて、私自信無くしちゃう」

 遠巻きから若い娘達が何かに感嘆しているような会話が聞こえ、見ると2人組の若い娘達がこちら側を向いていた。
 
 傍目からだとやはりメアリーは容姿端麗に映るのだろう。
 でも、ここだけの話、メアリーの内面を知っている私からは正直そうは見えない。
 
 ただ、今ので分かった事は、プシラ様が言っていた事はあくまでその者の内面を知ってるが故の錯覚に過ぎず、メアリーの事を美しいとは、そうは映らない私はただ単に錯覚しているだけなのだろう。
 故に、その者の性格が実際に顔に出るというような事はやはり無いという事で、つまるところ、やはりメアリーは『美人』であるという事だ。

 メアリーの耳にも若い娘達の会話が届いたのか、得意気にニタニタと笑みを深め、私をこれみよがしに見つめる。

「すみません!エミリア先輩! あたしと並んじゃうとエミリア先輩がより一層不憫に――!?」

 メアリーの饒舌が突然途切れた。そして、その理由は若い娘達の会話の続きにあった。

「あのクリーム色のニット何処に売ってるんだろ?」
「あの濃い茶色のスカートも大人っぽくて素敵!」

 メアリーの見開いた眼球が、ジロリと、下の方へと動く。

 その視線の先、メアリーの着ている服はフリルの付いた真っ赤なワンピースだった。

 ――若い娘達の会話の内容と違う。そして、若い娘達の会話の更なる続きが響いて来る。

「それにしても、一緒にいるもう一人の赤いワンピースの人……」
「私は敢えて触れないつもりでいたのに、そっちにも言及しちゃう?」
「うん、人相が悪いってゆうか……何か恐い貌した人だよね。……なんだか、夢に出てきそう」
「それはさすがに言い過ぎだって!!」
「一緒にいる人が美人だと、より一層不憫に見えちゃうね」
「だから、そんな事言ったら赤い人が可哀想だって!あぁ見えても心は美しいかもしれないじゃない!」
「そうだね。ごめん、言い過ぎました!反省しまーす! はははは」

 若い娘達はそう言って笑いながら人混みに紛れていった。

 私達からそれなりに離れた位置でのやり取りだったはずだが……。うん、全部聞こえてた。私にも、そしてメアリーにも。
 
 一連のやり取りを同じく聞いたであろうメアリーのその貌は何とも言い難い表情をしていた。
 目は虚ろで生気を失ってしまったかのような、どこか恐さを覚えてしまう無表情。メアリーは自分のその無表情を自らの両手でペタペタと触りながら、

「……恐い、顔?あたしが? このあたしが、こんなおばさんに……エミリアなんかに……あり得ない!!」

 メアリーの虚ろだった目は突如として殺意を宿したように見開き、私の首を絞めようと襲い掛かってきた。

「――っ!!」

 私は咄嗟に襲い掛かるメアリーの手を掴み、何とか抵抗をする。そこへ警備兵が駆けつけて来て、メアリーはそのまま侯爵家の敷地外へと追い出され、そのまま不合格とされたのだった。

 ――『錯覚』ではなかった。

 そう。事実としてメアリーは以前のような美しさを失っていたのだ。
 プシラが言っていた事が本当だった、とまでは思わない。しかし、一理はあるのかもしれない。
 まさか、私と並んで、逆に私が『美人』と錯覚させてしまう程とは……。今のメアリーにあの頃の美貌はもう無い。

 昔からの私へ対しての異常とまで言える勝ち気に己の容姿に対する絶対的自信、プライドの塊のようなメアリーからすると今の出来事以上の屈辱的な事は無いだろう。
 それと、メアリーにとって屈辱的な出来事といえば以前にも、リデイン子爵様がアリアを求めて初めて村へやって来た時の事……。あの時の事も中々に堪えたはずである。

 しかし、ここまで容姿について屈辱的な言葉を浴びせられては、女ならメアリーでなくとも誰でも傷付くもの。正直、同じ『女』として同情する。
 
 ――が、

 今まで自分も同じように他人を傷付けてきた事を思うと自業自得とも思える。



 採用試験が終わって1週間程が経った。
 試験の出来はというと――うん。よく出来た方だと思う。リデイン子爵家での特訓の成果も出せたと思う。とはいえ、あれだけの応募者数の中で枠はたったの1枠だ。
 無謀な挑戦だった事には変わりないのだが、そもそもはダメ元での挑戦、仮に不採用であっても悔いは無い。出せる力全てを出し切っての事。単に力不足だったのだと良い意味で割り切るつもりだ。

 そして私は今、その合否の確認をする為にギルバード侯爵邸へと向かっている。
 合格者だけ、その受験番号と名前が侯爵邸正門前にて張り出される。

 ――19番、エミリア。

「……受かってる」

 こうして私はギルバード侯爵家のメイドとして働く事になったのだった。


 ◎


 ――クソ!!、クソ!! 

 あり得ない!このあたしが、あんな小娘に負けるなんて!ましてや……あんな子持ちババアに見劣るなんてっ!!

 ――絶対にあり得ない!!

 アリア、あの小娘が子爵家へ嫁いだのだ。ならば、あたしは侯爵家、更には侯爵本人を狙おうと、その為に侯爵家のメイドの求人に応募した。
 メイド職が狭き門なのは知っていた。しかし、あたしならば、あたしのこの美貌、能力を持ってすればメイドなど簡単になれるはずだった。そして、あたしの真の目的はあくまでその先にあった。

 ――侯爵夫人。

 あたしは誰よりも美しい。そんなあたしが平民のままでいていい訳がない!このあたしがアリアなんかに、あんな小娘に、それもエミリアの娘に! 負けるわけが無いのだ!!
 見てなさい。必ず侯爵様に見初められてあの親子にぎゃふんと言わせてやる!それを可能にするだけの、誰もが羨み、見惚れる程の美貌が!このあたしには備わっているのだから!


 ◎


 今、メアリーを『美しい』と思う者は誰一人としていない。彼女の下卑た人間性は広く知れ渡り、そして歳を取る毎に容姿も醜くなっていった。まるで、メアリーの下卑た人間性が物語られるかのように。
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