この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ

文字の大きさ
26 / 34
番外編

番外編 メアリー、侯爵夫人の座を狙う(メアリー視点)

しおりを挟む
 エミリアの娘のアリアが結婚した。貴族とだ。

 完全なる敗北感に悔しさと妬みでどうにかなってしまいそう。

「ぃやぁああーー!!!」

 妬みと怒りにあたしは家の中を暴れ回る。

 ガシャーン!!

「何であたしが、あたしがエミリアの娘なんかに負けるのよ!!」

 ガシャーン!!

「メアリーやめなさい!!」

 暴れ回るあたしを母は制止しようとしたが、

「うるさいクソババア!お前のせいであたしは負けたんだ!!」

 その手を払い退け、その拍子に母は床へ尻もちをついた。あたしはそんな母へ目もくれず、怒りのままに暴れ続ける。

 『――ひぃ、ば、化け物……』

 村人があたしに向けた一言が浮かぶ。

「このあたしが化け物なわけないじゃない!!」

 ――怒り、屈辱、憎悪、絶望、恐怖、嫉妬……
  
 負の感情が渦巻き、どうしようもない苦しさがあたしを襲う。

 この苦しみから解放される為には――アリア、あの女よりもあたしが上だという事を世間に知らしめなければならない。

 ――アリアが子爵令息と結婚したならば、あたしはそれよりもっと格上の存在――ギルバード領領主、ギルバード侯爵様との結婚を目指す!

 

 一年後――

 鏡越しに映る赤いワンピース姿の自分を見つめ、思い出すのはあの時の、あの一言だ。

 『……ひぃ、ば、化け物』

 脳内を響き渡るその一言を振り払うかのようにあたしは首を振り、にっこりと、愛らしく笑みを作ってみた。

「……うん。今日のあたしも可愛い!」

 そう自分に言い聞かせるように声を響かせ、あたしは鏡の前から立ち去る。
 ニタァ……と、不気味な笑みを顔に刻んだ自分の顔を脳裏に焼き付けて。



 あたしは今、ギルバード侯爵邸へと来ている。ギルバード侯爵家のメイド採用試験を受ける為だ。
 
 平民のあたしにとって、ギルバード侯爵様は接触する事すら難しい雲の上の存在だ。

 そんなあたしがギルバード侯爵様との結婚を目論むならば、まずはギルバード侯爵家の使用人となる道しか無いと考えたわけだが、
 あたしはそこで、見覚えのある女を目にする。

「あれって、もしかしてエミリア?」

 でも、おかしい。エミリアの年齢からして、あの容姿はあり得ない。
 かつて、あの女からジョンを奪い取った時のエミリアは明らかに年齢の陰を落としていた。

 あれから3年が経つというのに、その陰は深まるどころか、霧散して、女としての魅力が溢れんばかりにみなぎっているようだった。

 あたしは近付いて声を掛けた。

「エミリア先輩?」

 振り向いた女は確かにエミリアだった。

 まるで女としての美しさを取り戻したようなエミリアの美貌に成長したアリアの美貌が重なる。
 そして、脳裏に浮かぶのは鏡に映った不気味な笑みの自分。

「30を越えたオバサンが、恥ずかしげもなく侯爵家のメイドを目指すなんて、さすがはエミリア先輩ですね!!恐れ入りました!」

 湧き上がる恐怖心を掻き消すかのように、あたしは虚勢を張った。丁度その時、


「ねぇ見て! あの人! すんごい綺麗な人」
「本当だ!」
「それに着ている服装も凄くお洒落!」
「メイドって綺麗な人が多いんでしょ?あんなに綺麗な人がライバルだなんて、私自信無くしちゃう」
 
 遠巻きから聞こえる女達の声。
 振り向くとそこには羨望の眼差しでこちらを見る二人の女。あたしがこれまで浴び続けてきた眼差しそのもの。間違いなくあたしに注がれている。

 そして、久しくこの感覚から遠ざかっていたあたしは自信を取り戻す。

 あたしはニヤリと笑みを深め、エミリアへ渾身の嫌味を吐こうとするが、

「すみません!エミリア先輩! あたしと並んじゃうとエミリア先輩がより一層不憫に見えちゃ――っ!?」

 その途中であたしはピタリを口を止めた。

「あのクリーム色のニット何処に売ってるんだろ?」
「あの濃い茶色のスカートも大人っぽくて素敵!」

 そして視線を自分の服装へ移す。あたしが着ているのは赤いワンピース。それからエミリアの服装へ視線を移すと同時に、聞こえる女達の言葉はエミリアへ向けられた物だった事を知る。
 そして女達のやり取りは更に続く。

「それにしても、一緒にいるもう一人の赤いワンピースの人……」
「私は敢えて触れないつもりでいたのに、そっちにも言及しちゃう?」
「うん、人相が悪いってゆうか……何か恐い貌した人だよね。……なんだか、夢に出てきそう」
「一緒にいる人が美人だと、より一層不憫に見えちゃうね」
「なんか赤い人が可哀想になってきた」

 女としての自信を取り戻したのも束の間、あたしは再び奈落の底へ突き落とされる。

 アリアに敗北して、更にはエミリアにまで……。
 あたしはふとエミリアの顔へ視線を移すと、エミリアは哀れんだような目で、あたしの事を見つめていた。

 あたしはエミリアに掴み掛かろうとするが、

「――そんな目であたしを見るな!!エミリアの分際で――っ!?」

 駆け付けた警備兵に制止され、あたしはそのまま採用試験を不合格となってしまった。
 そしてその後、あたしはギルバード侯爵家のメイドとしてエミリアが採用された事を風の噂で耳にし、

 そして更に半年後――

 ギルバード侯爵様とエミリアが婚約した事を知り、あたしは絶望感に打ちひしがれるのだった。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

私の婚約者と駆け落ちした妹の代わりに死神卿へ嫁ぎます

あねもね
恋愛
本日、パストゥール辺境伯に嫁ぐはずの双子の妹が、結婚式を放り出して私の婚約者と駆け落ちした。だから私が代わりに冷酷無慈悲な死神卿と噂されるアレクシス・パストゥール様に嫁ぎましょう。――妹が連れ戻されるその時まで! ※一日複数話、投稿することがあります。 ※2022年2月13日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

見知らぬ子息に婚約破棄してくれと言われ、腹の立つ言葉を投げつけられましたが、どうやら必要ない我慢をしてしまうようです

珠宮さくら
恋愛
両親のいいとこ取りをした出来の良い兄を持ったジェンシーナ・ペデルセン。そんな兄に似ずとも、母親の家系に似ていれば、それだけでもだいぶ恵まれたことになったのだが、残念ながらジェンシーナは似ることができなかった。 だからといって家族は、それでジェンシーナを蔑ろにすることはなかったが、比べたがる人はどこにでもいるようだ。 それだけでなく、ジェンシーナは何気に厄介な人間に巻き込まれてしまうが、我慢する必要もないことに気づくのが、いつも遅いようで……。

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ・オルターナ エレインたちの父親 シルベス・オルターナ  パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(前皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女

処理中です...