イビツナフタツボシ

宇宙仁

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16 さよなら、カストル。またね、ポルックス

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「裏切るの? 祐輔。馬鹿なのかな? こんな女を助けたところで、お前に何が残る」

「何も残らないさ。それでいいんだよ、真也。もうこんなことやめよう」

「やめられないんだ! この気持ち、お前ならわかってくれると思ったのに……!」

 真也は持っていたナタを下ろして、上空の雪を眺める。

「食欲と一緒なんだ。人の殺されるところを見ないと。バラバラになって、内臓が飛び出る瞬間を見ないと我慢できないんだよ! 俺は怖いんだよ。二度と人を殺せないないことが」

 真也の怖いものは、それだったのか。

 僕を失うことなんかじゃない。


 僕は自分が孤独になることから逃げるために、とんでもない化け物をずっと野放しにしてきた。


 共犯者の行く末はもう決まっている。

 これは自分で決めたことだ。


 後悔はない。


 僕はシャベルをぐっと握りしめた。


「さよなら、カストル。僕も後でいくから」


 シャベルを構えて、真也の頭めがけて殴りかかる。だが、真也の方が動きが速く、ナタで横腹を掠めた。

「なんで俺が死ななきゃいけない!」
「君だけじゃない。僕たちは死ぬべきだ」
「わからない! 俺にはなんで人を殺しちゃいけないのかわからないんだ!」

 真也はナタを振り回し、僕に迫ってくる。シャベルでどうにか交わすのが精一杯だ。
 
 火花が散る。

「君には心がない。僕もなかったんだ。でも、彼女が心を与えてくれた。僕は君に与えるものを間違えてしまったんだ!」
「お前が俺に与えるだって? ずいぶんえらくなったじゃないか!」

 雪で地面がぬかるんでいる。
 ちひろの血液量がもつか。
 このままだと、彼女は死んでしまう。

 真也はナタで、僕の肩を斬りつけた。

「っ!」

 痛みでおかしくなりそうだ。
 皆、皆、この痛みのなか死んでいったのかと思うと、ここでやられるわけにはいかない。


 シャベルをさらに力強く握る。


 真也がぬかるんだ地面に滑って体勢が崩れた。
 

 いまだ!


 僕はおもいっきり、真也の頭を殴った。

 
 真也の頭から血が吹き出し、僕の体全体に飛び散る。

「い、いた……い」

 真也は膝から崩れ落ちるかと思ったが、途中で膝立ちになり、ナタで体を支える。

 すると、雄叫びをあげた。

「ゆうすけぇぇ!! この野郎!!」

 顔が血に染まった真也は、半狂乱でナタを振り回した。
 前があまり見えてないのだろう。
 僕は軽く避けることができた。


 もう一回、振り上げれば仕留められる。


 だが、その一振りができない。
 

 今までの真也との思い出が駆け巡り、弱い自分がでてきてしまう。

 あれだけ血が出ていたら、自然と死んでいくか?

 真也がニヤリと笑う。

「バーカ」

 ナタが振り上がった。

 僕の頭に向かって、振り上がる。

 しまった! 

 僕は思わず目をつむった。


 バンッ!------

 
 銃声が聞こえ、目を開けると、真也の心臓に穴が開いて煙が出ている。

 「え?」

 真也は今度こそ地面に倒れた。

 ドクドクと音をたてて、血液が地面に流れ出てている。

 銃声の方を向くと、以前会った刑事がいた。

「後をつけて良かった。話はさっき聞かせてもらったよ。君は署に行くんだ。応援と救急車をを呼んである。彼女を手当てしないと」


 真也はピクリとも動かなくなった。

 
 死んだんだ。


 こうもあっけなく、人は死んでしまうんだ。


 僕はちひろの元へ駆け寄った。


「いや、触らないで! こないでぇ!」


 軽蔑と恐怖の顔。
 当たり前だ。
 彼女はこの恐怖を一生ひこずることになるんだから。

「本当にごめんなさい……」

 刑事は上着を脱いで、ちひろにかける。
 救急隊がやってきて、彼女をタンカーに運んだ。

「君は、パトカーだ」
「はい」

 僕はこの場を去ろうとしたら、真也がかすかに口を開いた。



「また……ね、ポルックス。

 俺たちは、いつまでも一瞬だから」



 僕は何も言わずに、パトカーに乗り込んだ。

 野次馬たちが一斉に駆けつけ、スマホでその様子を動画におさめている。


 僕はこれから罪を償う。
 真也の分も一緒に。
 

 早く、早く愛情がなんなのかわかっていれば、こんなことにはならなかったのかな……


 雪が、冷たく降り注ぐ。
 

***


 僕は何年かの裁判を経て、死刑判決を言い渡された。

 ちひろは足は無くなったままだが、父親の虐待のことが世間に知られてしまい、今は児童相談所に送られて、どうにか生活しているそうだ。


 春がやってきて、刑務所の部屋はやわらかくてあたたかい光が差し込んでいた。

 
 時間がきた。

 
 僕は顔を布で覆われ、縄に首をかけられる。


 もういい。
 彼女が助かったなら。
 後は何も未練もない。
 それでも、僕は片方の目から涙を流した。

 
 ボタンが押される直前、声が聞こえた。

 
「おいで、ポルックス」



 ガタンッ!------



 こうして僕は現世とさよならをした。


 カストルが僕に近づいてくる。


「行こう。ポルックス。僕たちはいつまでも、来世も幾世もずっと一緒だから。また人を殺そうよ。今度はより複雑で、見つけにくくして見せるからさ」


 カストルと僕は、イビツナフタツボシ。


 永遠に終わることのない残虐な世界が、またどこかで始まる。


 次こそは、あいつに愛を教えてあげたい。


 あたたくて、優しい世界を僕があいつに教えてあげるんだ。


 待っていて、カストル。


 今行くから。

 
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