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第6話 短所ではない
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作るカクテルが決まったアストはオールドファッションド・グラス、ウォッカ、レモン、グレープジュースと塩を適量用意。
オールドファッションド・グラスの縁をレモン湿らせ塩を付ける。
その後、氷、ウォッカ、グレープフルーツジュースの順に入れ、完成。
(……この若さで、職人のようだな)
既に三十を過ぎているハルド・ノルティー。
間近で武器や防具を造る鍛冶職人の姿などを見たことがあり、一流の職人と呼ばれる彼らの雰囲気をある程度知っていた。
「お待たせしました。ソルティドッグです」
「…………」
だが、新米騎士たちと年齢が殆ど変わらない彼の所作からは、そんな一流たちと同じ雰囲気を……言葉では言い表せない何かを感じた。
(躊躇う必要を、感じない、な)
ハルドは貴族の出身であり、エールよりもワインを呑む機会の方が多い。
貴族の中には、カクテルなど安酒を混ぜるだけのお遊びだとバカにする者もいる。
ハルドはそういった考えを持つ人物ではないが、普段からバーに通う様なタイプでもないため……目の前の酒は、未知の呑み物に等しい。
だが、アストの綺麗な所作から作られる工程を見て……不安といった感情は一切なかった。
「っ…………………何故だか、心に染みるな」
塩のしょっぱさ、グレープフルーツの苦みと酸味。
苦手な人には苦手な味ではあり、ハルドも最初に思い浮かんだ感想はやや塩辛いといったもの。
しかし、喉を通った後の感覚は……不思議と悪くなく、寧ろ心地良さすら感じた。
「何か、お悩みでしょうか」
「何故、そう思う」
「バーテンダーとしての勘、でしょうか」
前世も含め、これまで多くの客の顔を見てきたアスト(錬)。
最初こそ気付けるわけがないものの、あまり表情が変わらない客であっても、どこかいつもと違うと見抜けるようになり……その観察力は初対面の客にも通じるようになっていった。
「そんな深刻そうな顔になるほど悩みがあるんすか、ハルドさん」
「顔は元々だ……………………どうすれば、伝わるのかと思ってな」
ハルド・ノルティードは生まれ育った領地の前騎士団長に憧れ、騎士という道を志した。
現騎士団長の人物に対しても敬意の念を持っており、仕事態度も至って真面目であり、剣技の腕も並以上。
これまでの功績なども評価されて部下を預かる立場まで昇進出来たが……彼は中々に口下手であり、言葉数が少ない人物である。
部下を使うのが下手という訳でもないのだが……彼自身が自分の短所を自覚しており、しっかり自分が伝えたいことが伝えられているのか非常に不安だった。
「それは、自分が騎士という職、道に対する考えなどが、という事でしょうか」
「その通りだ。私があの日感じた思いを……彼等にも伝えられているのかと」
「いやぁ~~~、やっぱりあれですよ。もっと喋った方が良いっすよハルドさん!!! ハルドさんはちゃんと強いんだし、後はがっつり喋れるようになれば万事解決ですよ!!!」
「…………やはり、そこが問題なのか」
口数が足りないと思うのであれば、増やせば良い。
リーダーが口にした単純明快な解決方法。
アストは……それ自体は、決して悪い方法だとは思わなかった。
だが、口数が少なく口下手な男が急に無理してペラペラと喋りだしたらどうなるだろうか。
(俺は全くハルドさんの事を知らないけど、どう考えても部下の騎士たちが混乱しそう)
部下たちが医者に「上司が変な病気にかかりました!!!!」と伝えるところまで容易に想像出来てしまう。
「悪いとは思いませんが、ハルドさんには合わないかもしれません。変わろうとするには無茶が必要かもしれませんが……今回、ハルドさんには取って重要なのは変わることではなく、伝えることですよね」
「あぁ、その通りだ」
徐々に道が見えてきた。
だが、まだぼんやりとした状態。
(この街に来て、まだ長くはないが、騎士団の悪い噂などは聞かない。偶々訪れた平の騎士の口から、ハルドさんに対する不満は聞いたことがない)
決してハルドと部下の騎士たちは不仲ではない。
それは間違いない事実だった。
「…………であれば、本当に伝えたい事。それだけは、必ず口に出して伝える。そういった言葉を伝える時だけは、部下たちに伝わる様に無茶をしてでも伝わりやすいように考えた方が良いかと」
「無理に……口数を、増やす必要はないと」
「これは持論ですが、背中を見せるだけでも伝わる思いはあると思っています」
前世の時代、アスト(錬)には先輩……師と言える人物がバイト先にいた。
だが、それと同時に偉大……そんな言葉が相応しいと感じる老バーテンダーがいた。
物腰が柔らかく、丁寧な言葉遣い。とてお接しやすい人物であり、背も百六十に届かないぐらいと、そこまで高くなく威圧感などないに等しい。
しかし……そんな老バーテンダーがカクテルを作る姿を後ろから見る時、何故か背中が大きく感じた。
錯覚なのは間違いない。
それでも、彼が背中を通して自分たち後輩に何を伝えたいのか……その思いが伝わってくる、非常に大きな背中……その光景は今でも鮮明に記憶に残っている。
「口数が少ない。それは決して悪いことではないと思います。普段の口数が少ないからこそ……時折伝えられる言葉に、重みを感じるようになるかと」
「…………そうか。ありがとう」
寡黙。
それは人にとって、決して短所になる点とは限らない。
(……やはり、染み渡るな)
最後の一口を吞み、再度感じる塩のしょっぱさとグレープフルーツの酸味……それらに対して、ほんの僅かな苦手意識もなくなっていたハルド。
(一杯だけというのは、申し訳ない)
売り上げに貢献しようと、メニュー表を開いて別のカクテル……ついでに料理も頼み、祝勝会はほんの少し、賑やかさが増して更に楽しいものとなった。
オールドファッションド・グラスの縁をレモン湿らせ塩を付ける。
その後、氷、ウォッカ、グレープフルーツジュースの順に入れ、完成。
(……この若さで、職人のようだな)
既に三十を過ぎているハルド・ノルティー。
間近で武器や防具を造る鍛冶職人の姿などを見たことがあり、一流の職人と呼ばれる彼らの雰囲気をある程度知っていた。
「お待たせしました。ソルティドッグです」
「…………」
だが、新米騎士たちと年齢が殆ど変わらない彼の所作からは、そんな一流たちと同じ雰囲気を……言葉では言い表せない何かを感じた。
(躊躇う必要を、感じない、な)
ハルドは貴族の出身であり、エールよりもワインを呑む機会の方が多い。
貴族の中には、カクテルなど安酒を混ぜるだけのお遊びだとバカにする者もいる。
ハルドはそういった考えを持つ人物ではないが、普段からバーに通う様なタイプでもないため……目の前の酒は、未知の呑み物に等しい。
だが、アストの綺麗な所作から作られる工程を見て……不安といった感情は一切なかった。
「っ…………………何故だか、心に染みるな」
塩のしょっぱさ、グレープフルーツの苦みと酸味。
苦手な人には苦手な味ではあり、ハルドも最初に思い浮かんだ感想はやや塩辛いといったもの。
しかし、喉を通った後の感覚は……不思議と悪くなく、寧ろ心地良さすら感じた。
「何か、お悩みでしょうか」
「何故、そう思う」
「バーテンダーとしての勘、でしょうか」
前世も含め、これまで多くの客の顔を見てきたアスト(錬)。
最初こそ気付けるわけがないものの、あまり表情が変わらない客であっても、どこかいつもと違うと見抜けるようになり……その観察力は初対面の客にも通じるようになっていった。
「そんな深刻そうな顔になるほど悩みがあるんすか、ハルドさん」
「顔は元々だ……………………どうすれば、伝わるのかと思ってな」
ハルド・ノルティードは生まれ育った領地の前騎士団長に憧れ、騎士という道を志した。
現騎士団長の人物に対しても敬意の念を持っており、仕事態度も至って真面目であり、剣技の腕も並以上。
これまでの功績なども評価されて部下を預かる立場まで昇進出来たが……彼は中々に口下手であり、言葉数が少ない人物である。
部下を使うのが下手という訳でもないのだが……彼自身が自分の短所を自覚しており、しっかり自分が伝えたいことが伝えられているのか非常に不安だった。
「それは、自分が騎士という職、道に対する考えなどが、という事でしょうか」
「その通りだ。私があの日感じた思いを……彼等にも伝えられているのかと」
「いやぁ~~~、やっぱりあれですよ。もっと喋った方が良いっすよハルドさん!!! ハルドさんはちゃんと強いんだし、後はがっつり喋れるようになれば万事解決ですよ!!!」
「…………やはり、そこが問題なのか」
口数が足りないと思うのであれば、増やせば良い。
リーダーが口にした単純明快な解決方法。
アストは……それ自体は、決して悪い方法だとは思わなかった。
だが、口数が少なく口下手な男が急に無理してペラペラと喋りだしたらどうなるだろうか。
(俺は全くハルドさんの事を知らないけど、どう考えても部下の騎士たちが混乱しそう)
部下たちが医者に「上司が変な病気にかかりました!!!!」と伝えるところまで容易に想像出来てしまう。
「悪いとは思いませんが、ハルドさんには合わないかもしれません。変わろうとするには無茶が必要かもしれませんが……今回、ハルドさんには取って重要なのは変わることではなく、伝えることですよね」
「あぁ、その通りだ」
徐々に道が見えてきた。
だが、まだぼんやりとした状態。
(この街に来て、まだ長くはないが、騎士団の悪い噂などは聞かない。偶々訪れた平の騎士の口から、ハルドさんに対する不満は聞いたことがない)
決してハルドと部下の騎士たちは不仲ではない。
それは間違いない事実だった。
「…………であれば、本当に伝えたい事。それだけは、必ず口に出して伝える。そういった言葉を伝える時だけは、部下たちに伝わる様に無茶をしてでも伝わりやすいように考えた方が良いかと」
「無理に……口数を、増やす必要はないと」
「これは持論ですが、背中を見せるだけでも伝わる思いはあると思っています」
前世の時代、アスト(錬)には先輩……師と言える人物がバイト先にいた。
だが、それと同時に偉大……そんな言葉が相応しいと感じる老バーテンダーがいた。
物腰が柔らかく、丁寧な言葉遣い。とてお接しやすい人物であり、背も百六十に届かないぐらいと、そこまで高くなく威圧感などないに等しい。
しかし……そんな老バーテンダーがカクテルを作る姿を後ろから見る時、何故か背中が大きく感じた。
錯覚なのは間違いない。
それでも、彼が背中を通して自分たち後輩に何を伝えたいのか……その思いが伝わってくる、非常に大きな背中……その光景は今でも鮮明に記憶に残っている。
「口数が少ない。それは決して悪いことではないと思います。普段の口数が少ないからこそ……時折伝えられる言葉に、重みを感じるようになるかと」
「…………そうか。ありがとう」
寡黙。
それは人にとって、決して短所になる点とは限らない。
(……やはり、染み渡るな)
最後の一口を吞み、再度感じる塩のしょっぱさとグレープフルーツの酸味……それらに対して、ほんの僅かな苦手意識もなくなっていたハルド。
(一杯だけというのは、申し訳ない)
売り上げに貢献しようと、メニュー表を開いて別のカクテル……ついでに料理も頼み、祝勝会はほんの少し、賑やかさが増して更に楽しいものとなった。
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