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第110話 中々なれない
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「………………」
「難しい顔をしてますね、お客さん」
「顔に出てましたか」
今日は珍しく店を開くのではなく、王都の中でも隠れ家的なバー訪れていたアスト。
「実は、昼間におそらく同世代の冒険者たちに絡まれてしまって」
「そうでしたか。その方達が絡んできた理由は……嫉妬、でしょうか」
先日、ミーティアに訪れたギャングのボス、アルガドとは違った優しさあふれる初老のマスター。
まだアストの経歴などを聞いてない状態でありながら、絡まれた理由を言い当てた。
「何故、そう思ったのですか?」
「僭越ながら、お客様が見た目の割に、非情に落ち着いた雰囲気を持っております。落ち着いた雰囲気は、その方の余裕に繋がります。どの分野においても、一定の余裕を持っている方は非常に優秀……といったイメージを持っています」
「はは、ありがとうございます……正直なところ、自慢になってしまいますが、絡まれた理由はそんなところです」
「そうでしたか。それはお辛いですね」
「慣れたものと言えば、慣れてるんですけどね…………なんで、そういう事をするのかなと、考えてしまって」
もう何度目になるか分からない。
その度に考えているが……やはり答えは見つからない。
「難しい話ですね。人間には、理性と本能がありますので」
「理性と本能ですか。確かに、絶妙なバランスを取るのが難しい要素ですね」
「おっしゃる通り。ですが、お客様の同世代の中で……本当の意味で解っている者は、そう多くはないでしょう」
解っていれば、わざわざアストにバカ絡みすることはない。
決して顔や雰囲気にすら出ていないが、マスターが自分に何を伝えたいのか解り……ほんの少し、嬉しさを感じた。
「ですが、理解出来るのと納得出来ることはまた別。私は、それが一つの答えかと思います」
「………………まさしく、感情というものの説明ですね」
アストも多少の経験はある。
誰かに伝えた経験もあるが……改めて他者から、大人からそれを伝えられ……一つ答え合わせを出来た気がした。
「ですが、世の中にはその違いが解っていて……尚且つ、本能を抑えて行動出来る人がいますよね」
「そうですね。それの良し悪しは置いておき、そういった理知的な行動を出来る方は、確かにいます」
「…………そうなると、やはり教育の差、でしょうか」
バカな話をしていると解っている。
だが、それでもアストは話しを続けた。
そしてマスターは話の話題に関して、無意味だと決めつけることなく、アストの話を聞き続ける。
「勿論、無理だとは解っています。ただ…………考える力というのは、やはり重要だっと思って」
「ふむ。考える力、ですか」
「はい。貴族たちの様に座学を学んでいる者たちは、学園に通えばテスト……試験を受けます。良い点を取る為に、必死に学ぼうとするでしょう」
「……つまり、考えて学ぼうとする思考がないからこそ、後先のリスクなどを考える事が出来ないと」
「平民をバカにしている様に聞こえるかもしれませんが、俺自身も平民です。冒険者の中には自分の様な平民が大半で……」
「そういった考えの差で衝突したこともあると」
決して……決して、考える頭を持っていない同期をバカにする様な言動を取ったことはない。
ただ、アストの目的が元々バーテンダーとして活動する事であり、冒険者はあくまで副業。
そこから来る熱量の差によってぶつかることもあった。
「お恥ずかしながら、何度かありました。自分は間違った態度を取ったつもりはなかったのですが……勝手に大人になったつもりでいたのかもしれないと、偶に思うことがあります」
「……あまり大きな声では言えませんが、考え方は人それぞれです」
会話を続けながら、マスターはドライ・ジン、レモン・ジュース、この世界では非常に貴重な炭酸水を取り出した。
「ただ、思っている以上に……人は中々大人にはなれません」
「大人になれない、ですか」
シェイカーに炭酸水以外の材料と氷を入れシェーク。
タンブラーという平底で円柱状のグラスに注ぎ、冷えた炭酸水を適量入れ……氷を入れてステア。
「その通りです。国の決まりとしましては、十五歳を越えれば大人ですが……何を持って大人なのか。私も、未だに明確な答えは出ていません…………こちら、サービスです」
「…………あの、本当に良いんですか?」
「えぇ、勿論です」
自分よりも明らかに洗練された動きに見惚れていたが、今になってこの世界では貴重な炭酸水が使われていた事に気付いた。
だが、当然ながらアストは注文しておらず、マスターが勝手にサービスしたのは間違いない。
「………ありがとう、ございます」
シンプルな工程だからこそ、作り手の技量が問われるカクテル、ジン・フィズ。
「………………ありがとうございます」
普段、ネットスーパーから買い取ったソーダを使用しているアストのジン・フィズとは、やや味が異なる。
しかし、目の前のバスター……バーテンダーが作ったジン・フィズを口にし、技術の差を感じ取った。
「こちらこそ、ありがとうございます。お話に戻りますが、大人の定義が解っていない、明確に説明出来る者が多くない中……少なくとも、お客様は大人の対応を取られていたでしょう」
「……そう、ですね。なるべく、今まで問題にならない様にしようと思い、対応してきました」
「とても素晴らしい対応かと。私としましては……これからも、お客様のあるがままな考え、対応を目の前の相手によってわざわざ変える必要はないかと」
「あるがままに………………ありがとう、ございます」
再度、サービスで貰ったジン・フィズを呑むと、幾分と心が軽くなったと感じた。
「難しい顔をしてますね、お客さん」
「顔に出てましたか」
今日は珍しく店を開くのではなく、王都の中でも隠れ家的なバー訪れていたアスト。
「実は、昼間におそらく同世代の冒険者たちに絡まれてしまって」
「そうでしたか。その方達が絡んできた理由は……嫉妬、でしょうか」
先日、ミーティアに訪れたギャングのボス、アルガドとは違った優しさあふれる初老のマスター。
まだアストの経歴などを聞いてない状態でありながら、絡まれた理由を言い当てた。
「何故、そう思ったのですか?」
「僭越ながら、お客様が見た目の割に、非情に落ち着いた雰囲気を持っております。落ち着いた雰囲気は、その方の余裕に繋がります。どの分野においても、一定の余裕を持っている方は非常に優秀……といったイメージを持っています」
「はは、ありがとうございます……正直なところ、自慢になってしまいますが、絡まれた理由はそんなところです」
「そうでしたか。それはお辛いですね」
「慣れたものと言えば、慣れてるんですけどね…………なんで、そういう事をするのかなと、考えてしまって」
もう何度目になるか分からない。
その度に考えているが……やはり答えは見つからない。
「難しい話ですね。人間には、理性と本能がありますので」
「理性と本能ですか。確かに、絶妙なバランスを取るのが難しい要素ですね」
「おっしゃる通り。ですが、お客様の同世代の中で……本当の意味で解っている者は、そう多くはないでしょう」
解っていれば、わざわざアストにバカ絡みすることはない。
決して顔や雰囲気にすら出ていないが、マスターが自分に何を伝えたいのか解り……ほんの少し、嬉しさを感じた。
「ですが、理解出来るのと納得出来ることはまた別。私は、それが一つの答えかと思います」
「………………まさしく、感情というものの説明ですね」
アストも多少の経験はある。
誰かに伝えた経験もあるが……改めて他者から、大人からそれを伝えられ……一つ答え合わせを出来た気がした。
「ですが、世の中にはその違いが解っていて……尚且つ、本能を抑えて行動出来る人がいますよね」
「そうですね。それの良し悪しは置いておき、そういった理知的な行動を出来る方は、確かにいます」
「…………そうなると、やはり教育の差、でしょうか」
バカな話をしていると解っている。
だが、それでもアストは話しを続けた。
そしてマスターは話の話題に関して、無意味だと決めつけることなく、アストの話を聞き続ける。
「勿論、無理だとは解っています。ただ…………考える力というのは、やはり重要だっと思って」
「ふむ。考える力、ですか」
「はい。貴族たちの様に座学を学んでいる者たちは、学園に通えばテスト……試験を受けます。良い点を取る為に、必死に学ぼうとするでしょう」
「……つまり、考えて学ぼうとする思考がないからこそ、後先のリスクなどを考える事が出来ないと」
「平民をバカにしている様に聞こえるかもしれませんが、俺自身も平民です。冒険者の中には自分の様な平民が大半で……」
「そういった考えの差で衝突したこともあると」
決して……決して、考える頭を持っていない同期をバカにする様な言動を取ったことはない。
ただ、アストの目的が元々バーテンダーとして活動する事であり、冒険者はあくまで副業。
そこから来る熱量の差によってぶつかることもあった。
「お恥ずかしながら、何度かありました。自分は間違った態度を取ったつもりはなかったのですが……勝手に大人になったつもりでいたのかもしれないと、偶に思うことがあります」
「……あまり大きな声では言えませんが、考え方は人それぞれです」
会話を続けながら、マスターはドライ・ジン、レモン・ジュース、この世界では非常に貴重な炭酸水を取り出した。
「ただ、思っている以上に……人は中々大人にはなれません」
「大人になれない、ですか」
シェイカーに炭酸水以外の材料と氷を入れシェーク。
タンブラーという平底で円柱状のグラスに注ぎ、冷えた炭酸水を適量入れ……氷を入れてステア。
「その通りです。国の決まりとしましては、十五歳を越えれば大人ですが……何を持って大人なのか。私も、未だに明確な答えは出ていません…………こちら、サービスです」
「…………あの、本当に良いんですか?」
「えぇ、勿論です」
自分よりも明らかに洗練された動きに見惚れていたが、今になってこの世界では貴重な炭酸水が使われていた事に気付いた。
だが、当然ながらアストは注文しておらず、マスターが勝手にサービスしたのは間違いない。
「………ありがとう、ございます」
シンプルな工程だからこそ、作り手の技量が問われるカクテル、ジン・フィズ。
「………………ありがとうございます」
普段、ネットスーパーから買い取ったソーダを使用しているアストのジン・フィズとは、やや味が異なる。
しかし、目の前のバスター……バーテンダーが作ったジン・フィズを口にし、技術の差を感じ取った。
「こちらこそ、ありがとうございます。お話に戻りますが、大人の定義が解っていない、明確に説明出来る者が多くない中……少なくとも、お客様は大人の対応を取られていたでしょう」
「……そう、ですね。なるべく、今まで問題にならない様にしようと思い、対応してきました」
「とても素晴らしい対応かと。私としましては……これからも、お客様のあるがままな考え、対応を目の前の相手によってわざわざ変える必要はないかと」
「あるがままに………………ありがとう、ございます」
再度、サービスで貰ったジン・フィズを呑むと、幾分と心が軽くなったと感じた。
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