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第146話 原点
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「っ!!??」
ルパンダが突然涙を流す姿を見て、思わずギョッとした表情が零れてしまったアスト。
これまでのバーテンダー人生の中で、呑んでいる最中に涙を流す客には……これまで何度か遭遇してきたことがある。
ただ、そういった時は大抵、涙を流す理由が会話の中にある。
しかし……今回ルパンダが涙を流すまで、そういった流れが全くなかった。
(お、俺の作ったカクテルとか、料理に感動してくれた? っていうのは……うん、さすがに自画自賛過ぎるよな)
これまで何度も味や安さなどに驚かれてきたが、感動のあまり涙を流す客はいなかった。
だが、そうなると、尚更何故涙を流したのかが解らない。
「お客様、大丈夫でしょうか」
「す、すいません。急に、その…………マスターが作る、カクテルや料理は、凄く美味しいなと、思って」
「あ、ありがとうございます」
まさかの正解。
自身が作ったカクテル、料理の味に感動して涙を流してくれた…………それは、一応嬉しい。
そこまで自分が作った物に感動してくれたのは嬉しいのだが、非常に反応に困ってしまう。
「実は……自分は、鍛冶師の見習いとして活動してるんです」
ぽつり、ぽつりとルパンダはここ最近の自分の近況について話し始めた。
鍛冶師の世界に入って数年が経つ。
一応、武器と呼べるような物は作れるようになった。
それでも、自分が在籍する工房の親方には当然届かず、先輩たちにも及ばず……同期の中には、既に認められつつある者が現れた。
まだ早いかもしれない。
それでも、一人の鍛冶師として、生産職として……焦りを感じずにはいられなかった。
そんな時、噂を耳にしていた英雄、アストが経営するバーに訪れた。
鍛冶と料理、カクテル作り。作る物は違えど、同じ生産職であることに変わりはない。
だからこそ、自分と殆ど歳が変わらないアストが、遥か高みに……一流と呼ばれる場所に到達することに、様々な感情が溢れた結果、涙が零れてしまった。
(上手くいかない、伸びない、同期の存在。そういった物からくる焦燥、か………………中途半端な慰めは、したくないな)
正直なところ、アストはあまりそういった経験をしたことがなかった。
中、高校生ぐらいの時には何度も劣等感などを感じていたが、他人と比べていたものが、自分にとってかけがえのないもの、将来の道にしようと考えているものではなかった。
カクテルという存在に出会い、その道に進もうとしてからは、カクテル作りに関しては同期と呼べる存在はおらず、先輩や大先輩たちも皆優しく指導してくれた。
そこにアスト(錬)の研鑽もあり、徐々に徐々にその実力を伸ばしていった。
副業に関しては、転生者というアドバンテージを活かし、幼い頃から猛ダッシュで突っ走っていたこともあり、同世代との差に苦しむことはなかった。
冒険者という社会に出てからは、世界の広さを知り、自分と強い者とも出会ってきた。
幼い頃から猛ダッシュしていたこともあり、肉体的には早めに全盛期が訪れてしまった。
限界はそれぞれ個人差があり、アストは全体的に見て平均より上ではあるが、最上位に食い込むほどの素質はなかった。
だが、副業は副業だと割り切ってるからこそ、その事に関して……特に思うことはなかった。
「…………………………少々お待ちください」
そう言いながらアストはカクテルグラスを用意。
そしてペパーミント・グリーン・リキュールを二十五。
クレーム・ド・カカオ・ホワイトを二十。
生クリームを十、用意する。
それらをシェイカーに氷と共に入れてシェークし、グラスに注ぐ。
「グラスホッパーになります。私からのサービスですので、ご遠慮なさらずどうぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
何故常連でもない自分にサービスしてくれるのか解らない。
ただ、僅かな嫉妬心を感じながらも、アストが作るカクテルもう一杯タダで呑めると思うと、遠慮しようという気持ちは起きなかった。
「甘い……甘い? なんと言うか、色合い的に甘さを感じた気がしたけど、それよりも……呑みやすい?」
ルパンダは一瞬、ミント色に躊躇いを感じたものの、それでもどこか甘いという雰囲気を感じた。
しかし、実際にグラスホッパーを呑んでみると、感じたのは甘いよりも吞みやすいという感想だった。
「ありがとうございます。グラスホッパーは、どちらかと言えば甘いという感想よりも、吞みやすいと感じるカクテルです。とはいえ、アルコールに慣れていないお客様
は、呑み過ぎ厳禁な一杯ですが」
軽くグラスホッパーについて説明をし終えた後、今度はアストが自分の事について語り始めた。
「私も、昔はまだまだ未熟……いえ、今も一流と言える場所に到達したかは、解りません」
「こ、これだけ美味しいカクテルや料理を作れるのに、ですか?」
「はい。上手くいかず、何度も悩みましたし、己の道にするのかも……悩みました」
アストは前世で、キッチリ大学に通って単位も必要な数は確実に取っていたため、普通に一般企業に就職するという道もあった。
カクテル作りは趣味で良い。
そう思い、わざわざ人生の道にする必要もなかった。
それでもアストは…………錬は、バーテンダーの道に進もうと決めた。
「それでも、初めてカクテルを作った時、一定の技術が必要な一杯を作れた時……それを先輩たちから合格だと認められた時……お客様達に提供した一杯を美味しいと言ってもらった時……心の底から嬉しいと、喜びを感じました」
「喜び…………」
「お客様は、ご自身の意志で、鍛冶師という道に進んだのですよね」
「は、はい」
「であれば、必ず……あなたの原点がある筈です。私の原点は、喜びでした」
ルパンダはまだ残っているグラスホッパーを呑みながら、これまでの自分の人生を振り返った。
その中に……確かに、喜びという感情、感動があった。
(……そう、だな。俺が……俺自身が、決めた道だ)
これから何度悩むか、苦しむか解らない。
それでも、ルパンダはこれまでと変わらず、鍛冶の道に進むことを決めた。
ルパンダが突然涙を流す姿を見て、思わずギョッとした表情が零れてしまったアスト。
これまでのバーテンダー人生の中で、呑んでいる最中に涙を流す客には……これまで何度か遭遇してきたことがある。
ただ、そういった時は大抵、涙を流す理由が会話の中にある。
しかし……今回ルパンダが涙を流すまで、そういった流れが全くなかった。
(お、俺の作ったカクテルとか、料理に感動してくれた? っていうのは……うん、さすがに自画自賛過ぎるよな)
これまで何度も味や安さなどに驚かれてきたが、感動のあまり涙を流す客はいなかった。
だが、そうなると、尚更何故涙を流したのかが解らない。
「お客様、大丈夫でしょうか」
「す、すいません。急に、その…………マスターが作る、カクテルや料理は、凄く美味しいなと、思って」
「あ、ありがとうございます」
まさかの正解。
自身が作ったカクテル、料理の味に感動して涙を流してくれた…………それは、一応嬉しい。
そこまで自分が作った物に感動してくれたのは嬉しいのだが、非常に反応に困ってしまう。
「実は……自分は、鍛冶師の見習いとして活動してるんです」
ぽつり、ぽつりとルパンダはここ最近の自分の近況について話し始めた。
鍛冶師の世界に入って数年が経つ。
一応、武器と呼べるような物は作れるようになった。
それでも、自分が在籍する工房の親方には当然届かず、先輩たちにも及ばず……同期の中には、既に認められつつある者が現れた。
まだ早いかもしれない。
それでも、一人の鍛冶師として、生産職として……焦りを感じずにはいられなかった。
そんな時、噂を耳にしていた英雄、アストが経営するバーに訪れた。
鍛冶と料理、カクテル作り。作る物は違えど、同じ生産職であることに変わりはない。
だからこそ、自分と殆ど歳が変わらないアストが、遥か高みに……一流と呼ばれる場所に到達することに、様々な感情が溢れた結果、涙が零れてしまった。
(上手くいかない、伸びない、同期の存在。そういった物からくる焦燥、か………………中途半端な慰めは、したくないな)
正直なところ、アストはあまりそういった経験をしたことがなかった。
中、高校生ぐらいの時には何度も劣等感などを感じていたが、他人と比べていたものが、自分にとってかけがえのないもの、将来の道にしようと考えているものではなかった。
カクテルという存在に出会い、その道に進もうとしてからは、カクテル作りに関しては同期と呼べる存在はおらず、先輩や大先輩たちも皆優しく指導してくれた。
そこにアスト(錬)の研鑽もあり、徐々に徐々にその実力を伸ばしていった。
副業に関しては、転生者というアドバンテージを活かし、幼い頃から猛ダッシュで突っ走っていたこともあり、同世代との差に苦しむことはなかった。
冒険者という社会に出てからは、世界の広さを知り、自分と強い者とも出会ってきた。
幼い頃から猛ダッシュしていたこともあり、肉体的には早めに全盛期が訪れてしまった。
限界はそれぞれ個人差があり、アストは全体的に見て平均より上ではあるが、最上位に食い込むほどの素質はなかった。
だが、副業は副業だと割り切ってるからこそ、その事に関して……特に思うことはなかった。
「…………………………少々お待ちください」
そう言いながらアストはカクテルグラスを用意。
そしてペパーミント・グリーン・リキュールを二十五。
クレーム・ド・カカオ・ホワイトを二十。
生クリームを十、用意する。
それらをシェイカーに氷と共に入れてシェークし、グラスに注ぐ。
「グラスホッパーになります。私からのサービスですので、ご遠慮なさらずどうぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
何故常連でもない自分にサービスしてくれるのか解らない。
ただ、僅かな嫉妬心を感じながらも、アストが作るカクテルもう一杯タダで呑めると思うと、遠慮しようという気持ちは起きなかった。
「甘い……甘い? なんと言うか、色合い的に甘さを感じた気がしたけど、それよりも……呑みやすい?」
ルパンダは一瞬、ミント色に躊躇いを感じたものの、それでもどこか甘いという雰囲気を感じた。
しかし、実際にグラスホッパーを呑んでみると、感じたのは甘いよりも吞みやすいという感想だった。
「ありがとうございます。グラスホッパーは、どちらかと言えば甘いという感想よりも、吞みやすいと感じるカクテルです。とはいえ、アルコールに慣れていないお客様
は、呑み過ぎ厳禁な一杯ですが」
軽くグラスホッパーについて説明をし終えた後、今度はアストが自分の事について語り始めた。
「私も、昔はまだまだ未熟……いえ、今も一流と言える場所に到達したかは、解りません」
「こ、これだけ美味しいカクテルや料理を作れるのに、ですか?」
「はい。上手くいかず、何度も悩みましたし、己の道にするのかも……悩みました」
アストは前世で、キッチリ大学に通って単位も必要な数は確実に取っていたため、普通に一般企業に就職するという道もあった。
カクテル作りは趣味で良い。
そう思い、わざわざ人生の道にする必要もなかった。
それでもアストは…………錬は、バーテンダーの道に進もうと決めた。
「それでも、初めてカクテルを作った時、一定の技術が必要な一杯を作れた時……それを先輩たちから合格だと認められた時……お客様達に提供した一杯を美味しいと言ってもらった時……心の底から嬉しいと、喜びを感じました」
「喜び…………」
「お客様は、ご自身の意志で、鍛冶師という道に進んだのですよね」
「は、はい」
「であれば、必ず……あなたの原点がある筈です。私の原点は、喜びでした」
ルパンダはまだ残っているグラスホッパーを呑みながら、これまでの自分の人生を振り返った。
その中に……確かに、喜びという感情、感動があった。
(……そう、だな。俺が……俺自身が、決めた道だ)
これから何度悩むか、苦しむか解らない。
それでも、ルパンダはこれまでと変わらず、鍛冶の道に進むことを決めた。
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