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二章
26旅の終わり
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「俺たちこれで国を一周した事になるんだな」
火の大邑に属する小邑を一つ越えたところでトキが感慨深げに言う。中央に始まり東、北、西、南と回って間もなく出発地だった虎の邑が見えてくる頃だ。都の方角を示す案内板もいくつか通り過ぎて来た。
候補戦の後、返礼品として与えられた金子も軽くなったと言って萎んだ袋を掴んで見せられた。使った路銀に見合うだけのものを、今度こそ褒美としてトキには取らせてやらねばなるまい。
虎の邑に入るには必ず北にある楼門を通らなくてはならない。奇しくもここを発った日と同じ門衛の姿が見えたらしくトキが緊張に身を固くする。
「次の者、参れ」
検問の列に並びヒヨクたちの順番が回ってくるとミスイが先頭に立ち一行の説明をする。ミスイの生家は交易で富を得た一族だ。その上船にはミスイも乗るというのだから、交渉事においてはヒヨクやトキでは彼女の足元にも及ばない。
「南の国の使者? 薬の商売を生業にしているのか。そちらの者、セイシンの言葉は分かるか?」
水を向けられると一気に緊張した。
まさか言葉の事を訊かれるなど想定しておらずどうするべきか迷って多少辿々しくする事に決める。
「す、スコシダケ、ワカル」
親指と人差し指で小さな隙間を作って『少し』を表現して答えると声が裏返った。背中にびっしりと汗が吹き出してくる。
「妙な奴だな。まぁ良い。通れ」
手綱を操りゆっくりと門を抜ける。背後でトキが口を手で押さえてひぃひぃ言っている。この際トキが笑顔になれたのならそれで良しという事にした。
大通りを抜けて乕門では獬と豹の邑で発行された二つ分の旅券を見せ強引に身分の証明をして、とうとう王宮に帰ってきた。
これまで各邑の景色を見てきて改めて王宮の赤と緑の多さに気付かされる。赤は火の色、緑は昔の感覚でいう青で吉兆を象徴する。この都に多くの幸福あれと願いを込めて建てられた宮殿群を後目に馬に乗ったまま進んでいく。
玉座のある本殿までは長い階段が続いているので馬とはここでお別れだ。狼の邑からよく働いてくれた大柄な馬の頬を撫でてありがとうと感謝を告げる。
荷を盗まれぬようミスイが上手く兵士を捕まえて見張りに立たせると、三人は自分の足で石段を登り始めた。
金箔の張られた手摺り、虎の透かし彫りの大きな二枚扉。それらを抜けて、玉座へ。
「此度、国王様に拝謁賜われた事、幸せに御座います」
ミスイの挨拶に合わせて三人は腹の前で手を組み肘を張って目線を下げる。王の尊顔は許しを得ずに直接見てはならないのだ。
「楽にせよ。私は王の代理の者だ。王にはそなたらが参った事をよく話しておこう」
玉座から聞こえた柔らかな声にミスイが弾かれたように顔を上げた。その隣でヒヨクは殊更ゆっくりと姿勢を伸ばす。
ヒオ。心の中で名を呼んで、ヒヨクの旅の成果を告げる。
「薬を、持って参った」
その一言で、ヒオは全てを悟った顔になる。自分の吐いた嘘が何もかも暴かれたと分かると、ヒオの様子は憑き物が落ちたようでもあった。
一方ヒヨクは、ヒオの格好を見て胸が悪い意味で音を立てる。
冠こそ頂いてはいなかったがヒオの装いは王の纏うそれだった。長い袖を垂らした内着の上から縦襟で左前の合わせの長い袍を着け袴を穿く。刺繍は金と黒と赤の糸を使って『竹に虎』が描かれていた。
座っている玉座は全て金で出来ている。背凭れに大きな虎が寝そべり、尾と左前脚がそれぞれ肘掛けとして左右に突き出した立体的な椅子だ。そこに王の衣装を纏って腰掛けるヒオの姿を見て、胸の嫌な感覚が高まった時、なくしたはずのある記憶がヒヨクの中に蘇った。
それは六歳の頃の話。
ヒオが熱を出し寝込んでしまい、遊び相手のなくなったヒヨクは珍しくわがままを言って乳母を困らせた。政務を終えて戻った父はそんなヒヨクを抱えてどこかへ歩き出す。後にも先にも父に抱かれた記憶はこの時だけだ。
寡黙だった父の事を当時のヒヨクは恐れていた。どこか誰にも知らない所に連れていかれてひどく罰されるのだと怯えていたが、連れてこられたのは人気の失せた無人の玉座の間だった。
――そなたの御世はここから始まるのだ、ヒヨクよ。
そうだ。あの時父は確かに「ヒヨク」の名を口にした。
黙したままヒオがヒヨクを真っすぐ見下ろしていた。その強い視線に初めて自分が泣いている事に気付き、そっと袖で拭ってヒオを見つめ返す。
「……昔、父は俺にこう言った。世を一望する虎に座した時、お前はこの国の全ての民に対して幸福へ導く責務が生じるのだ、と」
だからわがままを言ってはならない。よく己を律し、よく他人を敬い、全ての民の手本たらねばならない。
ほんの六歳のヒヨクの癇癪を宥めるには難しすぎる言葉だ。その意味を当時は上手く掴む事が出来なかったが、双子を恐れてかほとんど父に言葉をかけてもらった事の無かったヒヨクはその短い父の言葉をよく覚えていた。上手くいかない事があると父の言葉を何度も思い出して耐えてきたのだ。
その記憶を、十二歳の日に落としてきてしまったから、父はヒヨクの事を諦めてしまったのかも知れない。
ヒヨクが話し終えるとヒオが玉座から立ち上がった。
「奥で話を聞こう」
心無しか硬さが取れて柔和に微笑むヒオは、ヒヨクの知る双子の弟の姿だった。
本来王しか入れない玉座の間から続く王の執務室に連れられて、三人は漸くそれぞれの化けの皮を脱ぐ。ミスイはヒオと短く見つめ合って、そのままヒオに勢いよく抱き着いた。
「よく、よくご無事で……!」
あの気の強いミスイの感極まった声に、トキと見つめ合って苦笑する。南部での療養中に仲良くなった二人は兄と妹のような関係だったのかも知れないと思った矢先、ヒオの雰囲気がふっと甘いものに変わってミスイの頬に唇を落とした。
「っ!!」
声もなく驚く。隣でトキが真っ赤になって両手で目を塞いでいるが隙間からばっちり出歯亀している。鈍感なトキでも気付くほど今のヒオはミスイの事をそういう目で見ていた。良かったな、と心の中でミスイに祝いの言葉を送る。ヒオは策略家で頑固で執着心が強い。番にはなれずともヒオは何としてでもミスイの事を傍に置こうとするだろう。
「色々訊きたい事はあるが、まずはヒオの体調が心配だ。薬は存分にある。俺が戻ったからには王の代わりもいっときくらい代わりがきく。お主は休め、ヒオ」
「うん、じゃあ休ませてもらおうかな。でもその前に……」
そっとミスイの体を離してヒオは自分の後ろにある物を三人に、否、ヒヨクに見せるために脇に移動すると、ヒオの体で隠れていたある物が露わになる。
「『思い出した』と、言ったねヒヨク」
赤い絹を垂らした台の上、蒔絵をあしらわれた漆器の箱が置いてある。それは詔勅を記した書簡を収める箱だった。
「僕だって考え無しにあの場所に座っていた訳じゃないんだよ、ヒヨク」
「分かっておる」
「そう。じゃあ、『試験』だ」
「試験?」
ヒオは頷くと、漆器の箱を振り返る。
「ここには王が次代の世継ぎに送る言葉が認めてある。これを手にした方が次の王を継ぐ権利を得る。つまり王太子になれる。これを巡って、私とヒオと、そして番の候補者たちで『相』の試験のやり直しをするんだ」
突然水を向けられたトキとミスイに動揺が走る。
「何故、俺とヒオで競わぬのだ? 候補者たちに何の因縁があってそのような事をさせる?」
「因縁ではないよ。これは王となる者が果たすべき義務さ。アルファはオメガの番を見つけ、王たる子の血を次の世代へと継いでいく。血族を絶やさない事が国の安寧に繋がるんだ。だからアルファは王になれる。強く、賢しく、あらゆる人の頂点に君臨する。それがアルファだよ、ヒヨク。僕たちは『嘘つき』だから、嘘つきらしく民にアルファであると知らしめるんだ」
「待てよ、言ってる事めちゃくちゃだぞ?」
トキがたまらずといった様子で口を挟む。ミスイもトキの意見に頷きかけてハッとし、ヒオの傍に一歩寄る。心はヒオに添いたいが理屈ではトキに同意してしまっているのが見て取れた。
「トキ、あなたにはがっかりしました」
「な、何でだよ?」
「この旅の間にヒヨクの事を番にしてくれるものと思っていましたのに」
「はあ!?」
ヒオに詰め寄られ、焦った様子でヒヨクに助けを求める視線を寄越してくる。見られても困る。ヒヨクだって知らなかった事だ。
「ヒオ、トキをあまり揶揄ってくれるな。これは純粋な心根を持っておるから全て真に受けてしまうのだ」
自分まで恥ずかしくなる前にそう言って釘を刺しとヒオは殊更真面目くさった顔になる。
「冗談を言ってるつもりはないよ。もしも旅の間に二人が何もかもかなぐり捨てて番になるほど愛し合っていたら、僕は王太子の座を潔くヒヨクに譲ろうと決めていたんだから」
「馬鹿を申すな。愛とは己の欲望のままにする事ではない。相手を思いやる事だ」
ヒオはヒヨクとそっくりの目を瞬かせてそれからにっこりと細めて笑う。
「それじゃあ二人の思いやりを、見せてもらうとするよ」
つまり? という三つの目がヒオの元に集まる。
「アルファであると嘘を吐き続けてきた僕たちなら、アルファのように振る舞う事は出来る。そうだよね? ヒヨク。ベータとオメガの僕たちは二人揃えば、アルファのように人を導けるはずだと証明するのさ」
――ね、ヒヨク。僕、雪が見てみたい!
十二歳のあの日のまだ幼く甲高い子供の声がヒヨクの耳の奥で聞こえた気がした。まだ大人ではないけれど、二人が力を合わせれば大人のように何でも出来ると夢を見た。
視線を感じて隣を見ると、トキがヒヨクの事を一心に見つめていた。
「同じ事考えてたって事じゃないか?」
「『堂々とオメガで双子だけど王様やってます』か」
うん、とトキが頷く。まるで彼にはこうなる未来が見えていたかのようだ。トキはこの旅の間で、誰よりも双子とバースに囚われていたヒヨクの考えを改めさせてしまった。トキが居なければヒヨクはヒオの提案を決して受け入れようとはしなかっただろう。
トキが居れば大丈夫。その思いはここに来てヒヨクの中で絶対のものとなった。
「ヒオ。俺は双子である事を明かすだけでは終わらぬつもりだ」
それはトキと話した時から考えていた事だった。
双子でありオメガでありベータである事に振り回されて、どちらともが王になれるよう育てられてきた。とうせならそんなヒヨクとヒオにしか出来ない事を自分たちの世代でやってみたい。
火の大邑に属する小邑を一つ越えたところでトキが感慨深げに言う。中央に始まり東、北、西、南と回って間もなく出発地だった虎の邑が見えてくる頃だ。都の方角を示す案内板もいくつか通り過ぎて来た。
候補戦の後、返礼品として与えられた金子も軽くなったと言って萎んだ袋を掴んで見せられた。使った路銀に見合うだけのものを、今度こそ褒美としてトキには取らせてやらねばなるまい。
虎の邑に入るには必ず北にある楼門を通らなくてはならない。奇しくもここを発った日と同じ門衛の姿が見えたらしくトキが緊張に身を固くする。
「次の者、参れ」
検問の列に並びヒヨクたちの順番が回ってくるとミスイが先頭に立ち一行の説明をする。ミスイの生家は交易で富を得た一族だ。その上船にはミスイも乗るというのだから、交渉事においてはヒヨクやトキでは彼女の足元にも及ばない。
「南の国の使者? 薬の商売を生業にしているのか。そちらの者、セイシンの言葉は分かるか?」
水を向けられると一気に緊張した。
まさか言葉の事を訊かれるなど想定しておらずどうするべきか迷って多少辿々しくする事に決める。
「す、スコシダケ、ワカル」
親指と人差し指で小さな隙間を作って『少し』を表現して答えると声が裏返った。背中にびっしりと汗が吹き出してくる。
「妙な奴だな。まぁ良い。通れ」
手綱を操りゆっくりと門を抜ける。背後でトキが口を手で押さえてひぃひぃ言っている。この際トキが笑顔になれたのならそれで良しという事にした。
大通りを抜けて乕門では獬と豹の邑で発行された二つ分の旅券を見せ強引に身分の証明をして、とうとう王宮に帰ってきた。
これまで各邑の景色を見てきて改めて王宮の赤と緑の多さに気付かされる。赤は火の色、緑は昔の感覚でいう青で吉兆を象徴する。この都に多くの幸福あれと願いを込めて建てられた宮殿群を後目に馬に乗ったまま進んでいく。
玉座のある本殿までは長い階段が続いているので馬とはここでお別れだ。狼の邑からよく働いてくれた大柄な馬の頬を撫でてありがとうと感謝を告げる。
荷を盗まれぬようミスイが上手く兵士を捕まえて見張りに立たせると、三人は自分の足で石段を登り始めた。
金箔の張られた手摺り、虎の透かし彫りの大きな二枚扉。それらを抜けて、玉座へ。
「此度、国王様に拝謁賜われた事、幸せに御座います」
ミスイの挨拶に合わせて三人は腹の前で手を組み肘を張って目線を下げる。王の尊顔は許しを得ずに直接見てはならないのだ。
「楽にせよ。私は王の代理の者だ。王にはそなたらが参った事をよく話しておこう」
玉座から聞こえた柔らかな声にミスイが弾かれたように顔を上げた。その隣でヒヨクは殊更ゆっくりと姿勢を伸ばす。
ヒオ。心の中で名を呼んで、ヒヨクの旅の成果を告げる。
「薬を、持って参った」
その一言で、ヒオは全てを悟った顔になる。自分の吐いた嘘が何もかも暴かれたと分かると、ヒオの様子は憑き物が落ちたようでもあった。
一方ヒヨクは、ヒオの格好を見て胸が悪い意味で音を立てる。
冠こそ頂いてはいなかったがヒオの装いは王の纏うそれだった。長い袖を垂らした内着の上から縦襟で左前の合わせの長い袍を着け袴を穿く。刺繍は金と黒と赤の糸を使って『竹に虎』が描かれていた。
座っている玉座は全て金で出来ている。背凭れに大きな虎が寝そべり、尾と左前脚がそれぞれ肘掛けとして左右に突き出した立体的な椅子だ。そこに王の衣装を纏って腰掛けるヒオの姿を見て、胸の嫌な感覚が高まった時、なくしたはずのある記憶がヒヨクの中に蘇った。
それは六歳の頃の話。
ヒオが熱を出し寝込んでしまい、遊び相手のなくなったヒヨクは珍しくわがままを言って乳母を困らせた。政務を終えて戻った父はそんなヒヨクを抱えてどこかへ歩き出す。後にも先にも父に抱かれた記憶はこの時だけだ。
寡黙だった父の事を当時のヒヨクは恐れていた。どこか誰にも知らない所に連れていかれてひどく罰されるのだと怯えていたが、連れてこられたのは人気の失せた無人の玉座の間だった。
――そなたの御世はここから始まるのだ、ヒヨクよ。
そうだ。あの時父は確かに「ヒヨク」の名を口にした。
黙したままヒオがヒヨクを真っすぐ見下ろしていた。その強い視線に初めて自分が泣いている事に気付き、そっと袖で拭ってヒオを見つめ返す。
「……昔、父は俺にこう言った。世を一望する虎に座した時、お前はこの国の全ての民に対して幸福へ導く責務が生じるのだ、と」
だからわがままを言ってはならない。よく己を律し、よく他人を敬い、全ての民の手本たらねばならない。
ほんの六歳のヒヨクの癇癪を宥めるには難しすぎる言葉だ。その意味を当時は上手く掴む事が出来なかったが、双子を恐れてかほとんど父に言葉をかけてもらった事の無かったヒヨクはその短い父の言葉をよく覚えていた。上手くいかない事があると父の言葉を何度も思い出して耐えてきたのだ。
その記憶を、十二歳の日に落としてきてしまったから、父はヒヨクの事を諦めてしまったのかも知れない。
ヒヨクが話し終えるとヒオが玉座から立ち上がった。
「奥で話を聞こう」
心無しか硬さが取れて柔和に微笑むヒオは、ヒヨクの知る双子の弟の姿だった。
本来王しか入れない玉座の間から続く王の執務室に連れられて、三人は漸くそれぞれの化けの皮を脱ぐ。ミスイはヒオと短く見つめ合って、そのままヒオに勢いよく抱き着いた。
「よく、よくご無事で……!」
あの気の強いミスイの感極まった声に、トキと見つめ合って苦笑する。南部での療養中に仲良くなった二人は兄と妹のような関係だったのかも知れないと思った矢先、ヒオの雰囲気がふっと甘いものに変わってミスイの頬に唇を落とした。
「っ!!」
声もなく驚く。隣でトキが真っ赤になって両手で目を塞いでいるが隙間からばっちり出歯亀している。鈍感なトキでも気付くほど今のヒオはミスイの事をそういう目で見ていた。良かったな、と心の中でミスイに祝いの言葉を送る。ヒオは策略家で頑固で執着心が強い。番にはなれずともヒオは何としてでもミスイの事を傍に置こうとするだろう。
「色々訊きたい事はあるが、まずはヒオの体調が心配だ。薬は存分にある。俺が戻ったからには王の代わりもいっときくらい代わりがきく。お主は休め、ヒオ」
「うん、じゃあ休ませてもらおうかな。でもその前に……」
そっとミスイの体を離してヒオは自分の後ろにある物を三人に、否、ヒヨクに見せるために脇に移動すると、ヒオの体で隠れていたある物が露わになる。
「『思い出した』と、言ったねヒヨク」
赤い絹を垂らした台の上、蒔絵をあしらわれた漆器の箱が置いてある。それは詔勅を記した書簡を収める箱だった。
「僕だって考え無しにあの場所に座っていた訳じゃないんだよ、ヒヨク」
「分かっておる」
「そう。じゃあ、『試験』だ」
「試験?」
ヒオは頷くと、漆器の箱を振り返る。
「ここには王が次代の世継ぎに送る言葉が認めてある。これを手にした方が次の王を継ぐ権利を得る。つまり王太子になれる。これを巡って、私とヒオと、そして番の候補者たちで『相』の試験のやり直しをするんだ」
突然水を向けられたトキとミスイに動揺が走る。
「何故、俺とヒオで競わぬのだ? 候補者たちに何の因縁があってそのような事をさせる?」
「因縁ではないよ。これは王となる者が果たすべき義務さ。アルファはオメガの番を見つけ、王たる子の血を次の世代へと継いでいく。血族を絶やさない事が国の安寧に繋がるんだ。だからアルファは王になれる。強く、賢しく、あらゆる人の頂点に君臨する。それがアルファだよ、ヒヨク。僕たちは『嘘つき』だから、嘘つきらしく民にアルファであると知らしめるんだ」
「待てよ、言ってる事めちゃくちゃだぞ?」
トキがたまらずといった様子で口を挟む。ミスイもトキの意見に頷きかけてハッとし、ヒオの傍に一歩寄る。心はヒオに添いたいが理屈ではトキに同意してしまっているのが見て取れた。
「トキ、あなたにはがっかりしました」
「な、何でだよ?」
「この旅の間にヒヨクの事を番にしてくれるものと思っていましたのに」
「はあ!?」
ヒオに詰め寄られ、焦った様子でヒヨクに助けを求める視線を寄越してくる。見られても困る。ヒヨクだって知らなかった事だ。
「ヒオ、トキをあまり揶揄ってくれるな。これは純粋な心根を持っておるから全て真に受けてしまうのだ」
自分まで恥ずかしくなる前にそう言って釘を刺しとヒオは殊更真面目くさった顔になる。
「冗談を言ってるつもりはないよ。もしも旅の間に二人が何もかもかなぐり捨てて番になるほど愛し合っていたら、僕は王太子の座を潔くヒヨクに譲ろうと決めていたんだから」
「馬鹿を申すな。愛とは己の欲望のままにする事ではない。相手を思いやる事だ」
ヒオはヒヨクとそっくりの目を瞬かせてそれからにっこりと細めて笑う。
「それじゃあ二人の思いやりを、見せてもらうとするよ」
つまり? という三つの目がヒオの元に集まる。
「アルファであると嘘を吐き続けてきた僕たちなら、アルファのように振る舞う事は出来る。そうだよね? ヒヨク。ベータとオメガの僕たちは二人揃えば、アルファのように人を導けるはずだと証明するのさ」
――ね、ヒヨク。僕、雪が見てみたい!
十二歳のあの日のまだ幼く甲高い子供の声がヒヨクの耳の奥で聞こえた気がした。まだ大人ではないけれど、二人が力を合わせれば大人のように何でも出来ると夢を見た。
視線を感じて隣を見ると、トキがヒヨクの事を一心に見つめていた。
「同じ事考えてたって事じゃないか?」
「『堂々とオメガで双子だけど王様やってます』か」
うん、とトキが頷く。まるで彼にはこうなる未来が見えていたかのようだ。トキはこの旅の間で、誰よりも双子とバースに囚われていたヒヨクの考えを改めさせてしまった。トキが居なければヒヨクはヒオの提案を決して受け入れようとはしなかっただろう。
トキが居れば大丈夫。その思いはここに来てヒヨクの中で絶対のものとなった。
「ヒオ。俺は双子である事を明かすだけでは終わらぬつもりだ」
それはトキと話した時から考えていた事だった。
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