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そしてまた一週間ほどが過ぎた。あの後一度だけセラフィーノと顔を合わせる機会があったのでそれとなく会話を「外」の事へ誘導してみたがこれといって真新しい事は何も聞き出せなかった。屋敷を出ていかなくてはいけないが、むざむざ危険があると分かっていて何の用意もなく飛び出すような命知らずになれるほど自棄にはなりきれない。
毛布以外に暖を取れるものが無く日当たりの悪い部屋はこの一週間ほどでめっきり冷え込むようになった。マルコたちも冬の装いで、裏地に羊毛のような毛がたっぷり仕込まれたコートを羽織って鼻や頬を赤くしている。この寒さではいつか少年たちから風邪を引いてしまう者が出るだろう。マルコを含めて四人のうち三人は、部屋の中へと言うと大人しく入ってくる。風の流れがあり空気も冷えやすい廊下よりは、レモの狭い部屋の方が暖かいので三人はほっとした顔になった。しかし、レモに厳しい最年長の少年ジョエレは必死に肩を擦っては、外での見張りを続けた。
何かきっかけになるような事があればいいがと思いながら、今日も手記を読み進める。
いかせん殴り書き、走り書きの手記はとにかく読むのに時間がかかる上に、海賊のフレイザーが登場した辺りから著者の様子がおかしくなったので、読むのが億劫になってしまい遅々として進まない。しかし最近のマルコはレモに安心しきってしまってレモを放っておいてベッドで居眠りしていたりするので、彼とお喋りしたりボードゲームに興じる事が出来ない日もあった。
枕を抱きしめてすやすやと寝息を立てているマルコに苦笑し、椅子に座って手記を開く。
著者の物語は、彼の父親の説得パートに入っていた。父親はヴィアーニ伯爵という。自分の父親の事なのに父と呼ぶよりもヴィアーニ伯爵と綴っている事の方が圧倒的に多い。彼の父は大層頑固者らしく、「今日も説得に応じなかった」という文言が続く。読んでいるだけのレモでも辟易としてくるので、著者本人はさぞ歯痒かっただろう。とは言え何の説得なのかは分からない。手記を見られる事を想定していないはずだが、見ようによっては万が一見つかった時のために具体的過ぎる事を避けて書いているような歯抜けの文書にも見える。ヴィアーニ伯爵の事に関しての記録は特にそれが顕著だ。
そうすると必然内容は薄くなるので読んでいるのが段々と退屈になってくる。くあり、と大きな欠伸をし、涙を指で拭いながら読むともなしに手記を眺めていた。
あるページに差し掛かった時、レモは「あれ?」と思わず声に出しながら手を止める。前のページに戻って視界を掠めていった文字列を慎重に読み解く。
「『セラフ』?」
字は相変わらず汚いが、そう読める。手記が彼の屋敷にあるのだからセラフィーノの名前が出てきても不思議は無いのだが、突然手記の中の世界と自分の世界とが結びついたようで胸がざわめいた。
これは物語ではない。現実に起きた事の記録だ。
冷たいものが、背筋を下りていく。今更見も知らぬ他人の私的な事を盗み見ている事への罪悪感が芽生えたが、セラフィーノの名を見て思いとどまれるほどレモは行儀の良い人間ではなかったようだ。何かにぶつけたらしく角が潰れたページを捲る。
『セラフに何と言って説明しよう。私ではヴィアーニ伯爵を止める事が出来ないかも知れない』
その文章は何故かとても誠実なものに見えた。他の文よりも心持ち丁寧に書かれているからかも知れない。何より実父の事さえ伯爵と呼ぶのに対しセラフィーノの事は愛称で呼ぶという違いに、著者からセラフィーノへの信頼や情のようなものが見て取れた。
『このままではヴィアーニ伯爵は、バルトロメイ伯爵領に戦を仕掛けてしまうだろう』
その一文を読む頃には最早眠気など吹き飛んでいた。レモは目を剥き、古びた手記に視線を這わせる。
『セラフ、すまない。私は無力だ』
単なる文字だというのに切々とした謝罪がどうしてかレモの胸に突き刺さる。ほんの数ヶ月とはいえ著者の人生の一端に触れて愛着のようなものが湧いてしまったのかも知れない。ページを進めると「開戦を防げなかった」という後悔が籠ったような筆圧の強い一言が、一行目に短く書かれていた。
「戦って……」
これは一体いつの出来事なのだろう。年代も日付もあるが、レモは今が「いつ」なのかを知らない。
「マルコ、お願い起きてマルコ」
ベッドに丸まっていた少年の体を揺すって起こす。可哀想だという事にも気が回らない。
「……なにー?」
「今は何年の何月何日か分かる?」
「え? えっとー……」
マルコは寝ぼけたまま指折り数えて、ある年の冬である事をレモに教えた。
手記の始まりは三年前に書かれたものだった。
「まさか……今も戦が続いてる……?」
呟いた途端、急に現実味を帯びてきて焦燥に駆られた。頭の中でこの狭い部屋で見聞きしてきた情報が糸で縫うように繋がっていく。
屋敷の様相に似合わぬ貧しい生活、冬になるにつれて疲弊していったセラフィーノ、時折怪我を負って帰ってきた痛ましい姿。縁談で金回りを良くするとセラフィーノが言っていた事も辻褄が合ってしまう。彼の叔父は是が非でもこの戦を武力で終わらせるつもりなのかも知れない。そのためには相応の戦費が必要なはずだ。
全部、繋がった。いやでも勘違いかも知れない。勘違いであってほしい――。
「マルコ」
彼に訊いてしまおう。マルコはレモに気を許してくれているから、心から懇願すればきっと教えてくれる。
「お願いマルコ。僕に外の事を教えてほしい」
再びベッドに横になろうとしていたマルコがびっくりして飛び起きた。
「何で? 駄目だよ。レモの事は気に入ってるけど、俺だって、仕事の事忘れてる訳じゃないもん」
「そこを何とか。大丈夫、マルコから聞いたなんて誰にも話さないから」
「俺がレモに一番懐いてるって仲間が言うんだ。すぐバレるよ」
「でも、僕は、君しか頼める人が……」
互いに困った表情で見つめ合っていたところに、怒鳴り声が聞こえてきて二人して身を竦めた。セラフィーノの声ではなかったおかげでレモはすぐに力を抜いたが、扉を開けて入って来たジョエレの姿を見てマルコが気まずそうに視線を下げる。
「マルコ、お前もう見張りから外れろよ。そんで、酒場に戻れ」
「え、嫌だ。嫌だ!」
「だって、全然言う事聞かないだろお前。仕事の邪魔だって分からねぇの?」
「邪魔してない!」
「今だって寝てたくせに。ほっぺんとこ赤くなってる。それに涎」
ジョエレに指摘されマルコは慌てて頬を拭う。
「待ってジョエレ。君もセラフから聞いてるでしょ? 僕と話をしてやってほしいって、そんな風に言われなかった?」
ジョエレは分かりやすく眉を顰めた。
「それを一番実行してくれてたのはマルコだよ。見張りの仕事は上手く出来ない日もあったかも知れないけど、決してマルコは自分の仕事をおざなりにしていた訳じゃない」
レモの弁護に言い返せないと感じたのかジョエレは舌打ちして部屋を出ていった。こういうところはまだまだジョエレも子供なのに、あんなにも気を張って生きていなかくてはならない。外の世界が戦争をしているのだとしたら、寧ろマルコの素直さの方が貴重な事なのではないか。
マルコはベッドの上で膝を抱え、落ち込んでしまっている。そうさせてしまったきっかけはレモにある。彼の頭を撫でて「ごめんね」と謝った。
「さっきのは忘れてマルコ」
「レモ……」
「僕が余計な事を訊いてしまったからジョエレは不安だったんだ。ジョエレは君の事をきっと弟みたいに可愛がっていて、心配したんだね」
「うん……」
少年たちの絆は大人から見えているよりも固いものだ。レモにも覚えがある。トタン屋根の廃倉庫の秘密基地の事を誰も大人に話さなかった。でも何故か秘密は露見して叱られたが、レモたちはお互いを最後まで庇い合った。
ジョエレは自分以外の少年たちがレモの部屋に居着くようになった事を知っても、少なくともレモの前で激昂したりする事はなく、黙認してくれている様子だった。その均衡を破ったのはレモだ。ごめんね、ともう一度言って膝の間に顔を埋めてしまったマルコの頭を撫でていた。
それからほどなくしてマルコとジョエレは見張りを交代した。廊下にはジョエレが立っている。今日は一段と冷えるのできっと震えながら足をイライラさせて、それでも頑なに少年たちの模範たろうとしている事だろう。きっかけどころか悪化させてしまった。
ジョエレは少年たちの中で最年長の十五歳だ。仕事に忠実で愛想が無い。手記の著者とどこか似た雰囲気を感じた。
声を掛けようか迷い、部屋の中をいったりきたりしていた。外はもう暗くなり始めていてベッドの傍に行くと反対側にある扉の輪郭がぼやける。
ジョエレを刺激しないようそっと扉に近付いて内側からノックしようと軽く拳を握ったが、階下から物音がしてぎくりと足を止めた。すぐに静けさがやってくるが、奇妙な不安感が襲って来て身動きを取れずにいた。そうしてまごついている間に、恐らく使用人だろう女性の甲高い悲鳴が上がった。
「ジョエレ!」
ただ事ではないと思った瞬間扉の外に向かって叫んでいた。
「あんたは出ちゃ駄目だ」
「そんな事を言ってる場合? 何があったの? まさか強盗でも入ったんじゃ」
こんな立派な屋敷が貧困に陥っているのだからありえない事ではないと思ったがジョエレは「違う」と即答した。
ジョエレの足音が遠ざかっていく。逡巡した。取っ手を掴んで揺すれば内側からでも外の鍵を開ける事が出来る。今それをして誰かに見つかれば、咎はジョエレに向かうだろう。今度こそ完全に彼の信頼を失ってしまうかも知れない。
しかし続けざまに女性の「旦那様!」という叫び声を聞いたらもう迷ってはいられなかった。
取っ手を掴んで壊れても構わないつもりで前後左右に揺する。音を聞きつけジョエレが戻ってくる足音が聞こえ、早く早くと念じながら全力で扉に振動を与えていると、やがて抵抗がなくなり内側に向かって扉が開いた。
「おい、出るなってば!」
「ごめんジョエレ!」
「くそ……っ」
レオーネの体はどちらかと言えば小柄な方だが、辛うじてジョエレに勝り彼の体を押しのける事に成功する。鈍った体は急に激しく動こうとすると全身のあらゆる筋肉が引き攣れるように軋んだが、無視して階下に走る。何ヶ月もの間離れたところから見るだけだった階段を下りている事に感慨が浮かぶ余裕もなく、騒音の正体を探して玄関と思われる方へ急いだ。
「セラフ!!」
セラフィーノが薄暗い玄関に倒れ込んでいた。セラフィーノを見つけた使用人の女性が、手燭を持っておろおろしていたが、レモを見つけてぎょっとして後ろに数歩よろめく。
「あ、あなた!! まさか、嘘、そんな……っ」
「セラフに何があったか分かりますか?」
慌てふためく使用人を無視して訊ねると、彼女ははっとしてしどろもどろに答えた。
「い、いえ、帰ってこられるなりここに倒れ込んでしまわれて」
使用人も倒れる瞬間を見ていないので詳細は分からないのだろう。床で腹這いになってしまっているセラフィーノに、必死に呼び掛ける。
「セラフ! お願い返事をして下さい!!」
「レ、モ……」
「セラフ!」
喘鳴と共に紡ぎ出された弱々しい声を聞き取り、レモはほとんど悲鳴のような声を上げる。
「腹に、傷が……っ」
彼の訴えを聞いてそっと体を反転させた。動転してしまっている使用人に言ってセラフィーノの腹部を照らさせ、厚手のコートを脱がせた。
「……血だ」
ジョエレの気の抜けたような声がした。彼の言う通りセラフィーノの着ている真っ白なシャツが薄闇でも分かるほど真っ赤に染まっていた。外は雪が降り出すのではと思うほど空気が冷たいのにセラフィーノは額にびっしりと脂汗を浮かべて苦悶に顔を歪めている。
「早く医者を呼んでください!」
シャツのボタンを外しながら叫ぶ。
「無理です……医者なんて」
「どうして!」
「町の医者は一人残らず軍医として連れて行かれたんです……!」
「軍医……戦は、やはりまだ続いているんですね?」
レモの言葉を聞いていたセラフィーノが嘆くような息を吐き出した。「知られてしまったな」と辛うじて聞き取れるくらいの声量で零す。
「セラフ、僕は自分でそれを知りました。大丈夫です。誰も、あなた自身にも非はありません。それより今はこの出血を何とかしないと」
腕にあった傷とは比にならないほど出血していて傷も深い。とにかく血を止めなくてはと記憶を頼りに使用人へ清潔な布を持ってくるよう指示を出す。
「俺、一人だけ知ってる、医者」
大人たちが慌て狼狽えるのを見て自分も何かしなくてはと思ったのかも知れない。神妙に呟くジョエレを振り返る。
「本当? すぐに呼べる?」
床にまで流れ出した血を見てジョエレは蒼白になっていた。
「でも」
「君の雇い主が死んでしまったら仕事も何もなくなるよ。ジョエレ、君の力を貸してほしい」
ジョエレは一度頷き、玄関から飛び出していった。入れ違いで布を両手でいっぱい抱えて使用人が戻ってくると、布を畳んで重ねて腹の傷に押し当てた。
「お願いセラフ、死なないで下さい……っ」
答える代わりにほとんど力の入っていないセラフィーノの手が頬に伸びてくる。その手にも小さな掠り傷を見つけてレモは唇を噛んだ。
「ずっと、戦っていたんですね」
きっとレオーネの代わりに。
点になって散らばっていた符号は、こんな時にさえレモの頭の中で繋がり一つの真実へ向かって軌道を描く。
手記の著者の父であるヴィアーニ伯爵がバルトロメイ伯爵――つまりセラフィーノの領地へ攻め入った事を綴り著者はセラフィーノに詫びていた。
『自分の無力さ故、親友と袂を分かたねばならない事が悔しい。許してくれ、セラフ』
著者は長らく親友との争いを避けようと奔走していたのだ。そしてセラフィーノの親友といえば――。
「僕の名前は『レオーネ・ヴィアーニ』というんですね」
息をするのも痛むらしく慎重にか細い呼吸を繰り返していたセラフィーノは、レモの頬に触れていた指先を微かに滑らせた。
「君は、レモだ」
「セラフ……」
彼を呼ぶ声が奮えてしまった。こんな時にさえセラフィーノはレモの一番欲しい言葉をくれる。でも、この体はレオーネ・ヴィアーニの姿をしている事実を無視出来ない。この体はバルトロメイ伯爵領に突如現れた、敵勢力の首魁の息子だったのだから。
道理でレオーネを外に出そうとしなかったはずだ。どういう経緯でレオーネがセラフィーノの前に姿を現したのかは分からないが、これまでの軟禁生活にはレオーネを守ると同時に敵の指導者の一人を故郷に返す訳にはいかないという二つの目的があったのだ。
確かにレモは守られていた。使用人がレモの姿を見て慄いたように、レオーネの顔を知るバルトロメイの領民によってレモが見つかっていれば今頃囚われか或いは死んでいたかの二択だっただろう。
ジョエレが連れてきてくれた医者は足を悪くして従軍出来ないので故郷に残されたという。初老を少し過ぎたくらいの男の医者はジョエレにおんぶされて屋敷に入ってくると、抱えてきた治療道具を広げてテキパキと傷を縫合していく。使えるものは親でも使えと言うように、レモや使用人にも指示を出していった。足が悪いだけで腕は確かであり、夜半、セラフィーノが意識を取り戻す。
「俺の部屋か……」
「はい。お腹の傷は縫って、飲み薬を頂きました」
「腹も痛いが、ぼんやりする。水の中にいるみたいだ」
「熱があるんです。数日は引かないだろうと」
「レモ、傍に来てくれ」
「はい……」
セラフィーノの私室には書き物をするための机と椅子とベッド、それから衣類を仕舞うための調度品があるだけで、レモの部屋同様飾り気は一切感じられなかった。レモの部屋よりも広いのでかえって寂しい印象が目立つ。
椅子を引き寄せベッドの傍に座ると、布団の中から手が伸びてきて膝に置いていたレモの手を握った。ぎょっとするほど熱い。
「全てを話そう」
「今は休んで下さい。僕は逃げませんから」
前にもこんな事を言った記憶を思い出しながら、セラフィーノの手を布団の中へ戻そうとしたが彼は譲らなかった。
「レオーネは一年と少し前に死んだ。戦争を止めるために自決した」
「はい」
「驚かないんだな」
「そうなんだろうと、思うきっかけがあって」
レモはセラフィーノが傷によって意識を失っていた間に例の手記を読み終えていた。手記はセラフィーノへの謝罪を綴ったところで一度止まる。最後の日付は一年と四ヶ月前。「父を殺した。魔が差したんだ。秘術を使ってしまった」という物騒でありながらも意味を掴みあぐねる言葉を残し、残り二十ページほど空白を残して手記は終わっていた。
手記のあらましを聞いていたセラフィーノは傷のせいだけではない狼狽を顔中に張りつける。
「そうか……やはりヴィーアニ伯は死んでいたか」
「手記を読まなかったんですか?」
「遺言でも書かれているんじゃないかと思うと、な。そのまますっかり忘れてしまっていた。親友失格だよ」
セラフィーノは訥々と当時を語る。
レオーネの死の報せは敵地であるバルトロメイ伯爵領にも届く事になった。寄宿舎時代の共通の友人がセラフィーノに手紙を出してくれたのだ。セラフィーノは訃音に接して馬を駆った。この国では家柄に関係なく死後は教会の墓地に埋葬されるそうで、セラフィーノは親友の名が彫られている墓石を見て途方に暮れた。そんなセラフィーノを修道女が見つけると、形見分けを預かっていると言われて受け取った物の中に手記はあった。
「もっと早くにあいつの遺したものに気付いていれば……!」
後悔と自身への憤りにセラフィーノは拳を握りしめる。その手の上からそっと手を重ねると、眉間に寄った皺が僅かに和らいだ。
「……君がレモで良かった」
「不思議な言い回しですね」
「親友は蘇らない。蘇ってはいけないんだ」
「もしかしたらある日突然夢から覚めるようにして、レオーネがこの体に戻ってくるかも知れませんよ? 僕はその日までこの体を生かす役目を持って生まれただけの存在なのかも知れない」
「君は、そんな事を考えていたのか……?」
「ほんの思い付きです」
力は弱いが、セラフィーノの手が握り返してくる。
「君はレオーネに似ているというだけの別人だ。君がレオーネの影を背負う事はない」
ありがとう、とレモは感謝を告げた。セラフィーノは少しだけ安堵したようになって瞼を下ろし、すぐに深く寝入ってしまう。
(僕はレモだ。でもこの体は確かにレオーネのものなんだ。それを証明したのは他でもない、あなたなんです、セラフ)
いつかの指の感触を思い出しながらレモは自身の左肩に手を回す。自分では届かない場所にそれはある。少年の時分、セラフィーノを庇ってついた剣の傷跡だ。
他人の空似では通せないものがこの体には刻まれている。地名にも人物にも全く心当たりが無いのに文字が読めて言葉が分かる理屈を、レモは他の何かを使って説明する事が出来ない。
この体はレオーネ・ヴィアーニだ。だとすれば、レモにも出来る事がある。セラフィーノの力になれる事が、きっとあるはずだ。
毛布以外に暖を取れるものが無く日当たりの悪い部屋はこの一週間ほどでめっきり冷え込むようになった。マルコたちも冬の装いで、裏地に羊毛のような毛がたっぷり仕込まれたコートを羽織って鼻や頬を赤くしている。この寒さではいつか少年たちから風邪を引いてしまう者が出るだろう。マルコを含めて四人のうち三人は、部屋の中へと言うと大人しく入ってくる。風の流れがあり空気も冷えやすい廊下よりは、レモの狭い部屋の方が暖かいので三人はほっとした顔になった。しかし、レモに厳しい最年長の少年ジョエレは必死に肩を擦っては、外での見張りを続けた。
何かきっかけになるような事があればいいがと思いながら、今日も手記を読み進める。
いかせん殴り書き、走り書きの手記はとにかく読むのに時間がかかる上に、海賊のフレイザーが登場した辺りから著者の様子がおかしくなったので、読むのが億劫になってしまい遅々として進まない。しかし最近のマルコはレモに安心しきってしまってレモを放っておいてベッドで居眠りしていたりするので、彼とお喋りしたりボードゲームに興じる事が出来ない日もあった。
枕を抱きしめてすやすやと寝息を立てているマルコに苦笑し、椅子に座って手記を開く。
著者の物語は、彼の父親の説得パートに入っていた。父親はヴィアーニ伯爵という。自分の父親の事なのに父と呼ぶよりもヴィアーニ伯爵と綴っている事の方が圧倒的に多い。彼の父は大層頑固者らしく、「今日も説得に応じなかった」という文言が続く。読んでいるだけのレモでも辟易としてくるので、著者本人はさぞ歯痒かっただろう。とは言え何の説得なのかは分からない。手記を見られる事を想定していないはずだが、見ようによっては万が一見つかった時のために具体的過ぎる事を避けて書いているような歯抜けの文書にも見える。ヴィアーニ伯爵の事に関しての記録は特にそれが顕著だ。
そうすると必然内容は薄くなるので読んでいるのが段々と退屈になってくる。くあり、と大きな欠伸をし、涙を指で拭いながら読むともなしに手記を眺めていた。
あるページに差し掛かった時、レモは「あれ?」と思わず声に出しながら手を止める。前のページに戻って視界を掠めていった文字列を慎重に読み解く。
「『セラフ』?」
字は相変わらず汚いが、そう読める。手記が彼の屋敷にあるのだからセラフィーノの名前が出てきても不思議は無いのだが、突然手記の中の世界と自分の世界とが結びついたようで胸がざわめいた。
これは物語ではない。現実に起きた事の記録だ。
冷たいものが、背筋を下りていく。今更見も知らぬ他人の私的な事を盗み見ている事への罪悪感が芽生えたが、セラフィーノの名を見て思いとどまれるほどレモは行儀の良い人間ではなかったようだ。何かにぶつけたらしく角が潰れたページを捲る。
『セラフに何と言って説明しよう。私ではヴィアーニ伯爵を止める事が出来ないかも知れない』
その文章は何故かとても誠実なものに見えた。他の文よりも心持ち丁寧に書かれているからかも知れない。何より実父の事さえ伯爵と呼ぶのに対しセラフィーノの事は愛称で呼ぶという違いに、著者からセラフィーノへの信頼や情のようなものが見て取れた。
『このままではヴィアーニ伯爵は、バルトロメイ伯爵領に戦を仕掛けてしまうだろう』
その一文を読む頃には最早眠気など吹き飛んでいた。レモは目を剥き、古びた手記に視線を這わせる。
『セラフ、すまない。私は無力だ』
単なる文字だというのに切々とした謝罪がどうしてかレモの胸に突き刺さる。ほんの数ヶ月とはいえ著者の人生の一端に触れて愛着のようなものが湧いてしまったのかも知れない。ページを進めると「開戦を防げなかった」という後悔が籠ったような筆圧の強い一言が、一行目に短く書かれていた。
「戦って……」
これは一体いつの出来事なのだろう。年代も日付もあるが、レモは今が「いつ」なのかを知らない。
「マルコ、お願い起きてマルコ」
ベッドに丸まっていた少年の体を揺すって起こす。可哀想だという事にも気が回らない。
「……なにー?」
「今は何年の何月何日か分かる?」
「え? えっとー……」
マルコは寝ぼけたまま指折り数えて、ある年の冬である事をレモに教えた。
手記の始まりは三年前に書かれたものだった。
「まさか……今も戦が続いてる……?」
呟いた途端、急に現実味を帯びてきて焦燥に駆られた。頭の中でこの狭い部屋で見聞きしてきた情報が糸で縫うように繋がっていく。
屋敷の様相に似合わぬ貧しい生活、冬になるにつれて疲弊していったセラフィーノ、時折怪我を負って帰ってきた痛ましい姿。縁談で金回りを良くするとセラフィーノが言っていた事も辻褄が合ってしまう。彼の叔父は是が非でもこの戦を武力で終わらせるつもりなのかも知れない。そのためには相応の戦費が必要なはずだ。
全部、繋がった。いやでも勘違いかも知れない。勘違いであってほしい――。
「マルコ」
彼に訊いてしまおう。マルコはレモに気を許してくれているから、心から懇願すればきっと教えてくれる。
「お願いマルコ。僕に外の事を教えてほしい」
再びベッドに横になろうとしていたマルコがびっくりして飛び起きた。
「何で? 駄目だよ。レモの事は気に入ってるけど、俺だって、仕事の事忘れてる訳じゃないもん」
「そこを何とか。大丈夫、マルコから聞いたなんて誰にも話さないから」
「俺がレモに一番懐いてるって仲間が言うんだ。すぐバレるよ」
「でも、僕は、君しか頼める人が……」
互いに困った表情で見つめ合っていたところに、怒鳴り声が聞こえてきて二人して身を竦めた。セラフィーノの声ではなかったおかげでレモはすぐに力を抜いたが、扉を開けて入って来たジョエレの姿を見てマルコが気まずそうに視線を下げる。
「マルコ、お前もう見張りから外れろよ。そんで、酒場に戻れ」
「え、嫌だ。嫌だ!」
「だって、全然言う事聞かないだろお前。仕事の邪魔だって分からねぇの?」
「邪魔してない!」
「今だって寝てたくせに。ほっぺんとこ赤くなってる。それに涎」
ジョエレに指摘されマルコは慌てて頬を拭う。
「待ってジョエレ。君もセラフから聞いてるでしょ? 僕と話をしてやってほしいって、そんな風に言われなかった?」
ジョエレは分かりやすく眉を顰めた。
「それを一番実行してくれてたのはマルコだよ。見張りの仕事は上手く出来ない日もあったかも知れないけど、決してマルコは自分の仕事をおざなりにしていた訳じゃない」
レモの弁護に言い返せないと感じたのかジョエレは舌打ちして部屋を出ていった。こういうところはまだまだジョエレも子供なのに、あんなにも気を張って生きていなかくてはならない。外の世界が戦争をしているのだとしたら、寧ろマルコの素直さの方が貴重な事なのではないか。
マルコはベッドの上で膝を抱え、落ち込んでしまっている。そうさせてしまったきっかけはレモにある。彼の頭を撫でて「ごめんね」と謝った。
「さっきのは忘れてマルコ」
「レモ……」
「僕が余計な事を訊いてしまったからジョエレは不安だったんだ。ジョエレは君の事をきっと弟みたいに可愛がっていて、心配したんだね」
「うん……」
少年たちの絆は大人から見えているよりも固いものだ。レモにも覚えがある。トタン屋根の廃倉庫の秘密基地の事を誰も大人に話さなかった。でも何故か秘密は露見して叱られたが、レモたちはお互いを最後まで庇い合った。
ジョエレは自分以外の少年たちがレモの部屋に居着くようになった事を知っても、少なくともレモの前で激昂したりする事はなく、黙認してくれている様子だった。その均衡を破ったのはレモだ。ごめんね、ともう一度言って膝の間に顔を埋めてしまったマルコの頭を撫でていた。
それからほどなくしてマルコとジョエレは見張りを交代した。廊下にはジョエレが立っている。今日は一段と冷えるのできっと震えながら足をイライラさせて、それでも頑なに少年たちの模範たろうとしている事だろう。きっかけどころか悪化させてしまった。
ジョエレは少年たちの中で最年長の十五歳だ。仕事に忠実で愛想が無い。手記の著者とどこか似た雰囲気を感じた。
声を掛けようか迷い、部屋の中をいったりきたりしていた。外はもう暗くなり始めていてベッドの傍に行くと反対側にある扉の輪郭がぼやける。
ジョエレを刺激しないようそっと扉に近付いて内側からノックしようと軽く拳を握ったが、階下から物音がしてぎくりと足を止めた。すぐに静けさがやってくるが、奇妙な不安感が襲って来て身動きを取れずにいた。そうしてまごついている間に、恐らく使用人だろう女性の甲高い悲鳴が上がった。
「ジョエレ!」
ただ事ではないと思った瞬間扉の外に向かって叫んでいた。
「あんたは出ちゃ駄目だ」
「そんな事を言ってる場合? 何があったの? まさか強盗でも入ったんじゃ」
こんな立派な屋敷が貧困に陥っているのだからありえない事ではないと思ったがジョエレは「違う」と即答した。
ジョエレの足音が遠ざかっていく。逡巡した。取っ手を掴んで揺すれば内側からでも外の鍵を開ける事が出来る。今それをして誰かに見つかれば、咎はジョエレに向かうだろう。今度こそ完全に彼の信頼を失ってしまうかも知れない。
しかし続けざまに女性の「旦那様!」という叫び声を聞いたらもう迷ってはいられなかった。
取っ手を掴んで壊れても構わないつもりで前後左右に揺する。音を聞きつけジョエレが戻ってくる足音が聞こえ、早く早くと念じながら全力で扉に振動を与えていると、やがて抵抗がなくなり内側に向かって扉が開いた。
「おい、出るなってば!」
「ごめんジョエレ!」
「くそ……っ」
レオーネの体はどちらかと言えば小柄な方だが、辛うじてジョエレに勝り彼の体を押しのける事に成功する。鈍った体は急に激しく動こうとすると全身のあらゆる筋肉が引き攣れるように軋んだが、無視して階下に走る。何ヶ月もの間離れたところから見るだけだった階段を下りている事に感慨が浮かぶ余裕もなく、騒音の正体を探して玄関と思われる方へ急いだ。
「セラフ!!」
セラフィーノが薄暗い玄関に倒れ込んでいた。セラフィーノを見つけた使用人の女性が、手燭を持っておろおろしていたが、レモを見つけてぎょっとして後ろに数歩よろめく。
「あ、あなた!! まさか、嘘、そんな……っ」
「セラフに何があったか分かりますか?」
慌てふためく使用人を無視して訊ねると、彼女ははっとしてしどろもどろに答えた。
「い、いえ、帰ってこられるなりここに倒れ込んでしまわれて」
使用人も倒れる瞬間を見ていないので詳細は分からないのだろう。床で腹這いになってしまっているセラフィーノに、必死に呼び掛ける。
「セラフ! お願い返事をして下さい!!」
「レ、モ……」
「セラフ!」
喘鳴と共に紡ぎ出された弱々しい声を聞き取り、レモはほとんど悲鳴のような声を上げる。
「腹に、傷が……っ」
彼の訴えを聞いてそっと体を反転させた。動転してしまっている使用人に言ってセラフィーノの腹部を照らさせ、厚手のコートを脱がせた。
「……血だ」
ジョエレの気の抜けたような声がした。彼の言う通りセラフィーノの着ている真っ白なシャツが薄闇でも分かるほど真っ赤に染まっていた。外は雪が降り出すのではと思うほど空気が冷たいのにセラフィーノは額にびっしりと脂汗を浮かべて苦悶に顔を歪めている。
「早く医者を呼んでください!」
シャツのボタンを外しながら叫ぶ。
「無理です……医者なんて」
「どうして!」
「町の医者は一人残らず軍医として連れて行かれたんです……!」
「軍医……戦は、やはりまだ続いているんですね?」
レモの言葉を聞いていたセラフィーノが嘆くような息を吐き出した。「知られてしまったな」と辛うじて聞き取れるくらいの声量で零す。
「セラフ、僕は自分でそれを知りました。大丈夫です。誰も、あなた自身にも非はありません。それより今はこの出血を何とかしないと」
腕にあった傷とは比にならないほど出血していて傷も深い。とにかく血を止めなくてはと記憶を頼りに使用人へ清潔な布を持ってくるよう指示を出す。
「俺、一人だけ知ってる、医者」
大人たちが慌て狼狽えるのを見て自分も何かしなくてはと思ったのかも知れない。神妙に呟くジョエレを振り返る。
「本当? すぐに呼べる?」
床にまで流れ出した血を見てジョエレは蒼白になっていた。
「でも」
「君の雇い主が死んでしまったら仕事も何もなくなるよ。ジョエレ、君の力を貸してほしい」
ジョエレは一度頷き、玄関から飛び出していった。入れ違いで布を両手でいっぱい抱えて使用人が戻ってくると、布を畳んで重ねて腹の傷に押し当てた。
「お願いセラフ、死なないで下さい……っ」
答える代わりにほとんど力の入っていないセラフィーノの手が頬に伸びてくる。その手にも小さな掠り傷を見つけてレモは唇を噛んだ。
「ずっと、戦っていたんですね」
きっとレオーネの代わりに。
点になって散らばっていた符号は、こんな時にさえレモの頭の中で繋がり一つの真実へ向かって軌道を描く。
手記の著者の父であるヴィアーニ伯爵がバルトロメイ伯爵――つまりセラフィーノの領地へ攻め入った事を綴り著者はセラフィーノに詫びていた。
『自分の無力さ故、親友と袂を分かたねばならない事が悔しい。許してくれ、セラフ』
著者は長らく親友との争いを避けようと奔走していたのだ。そしてセラフィーノの親友といえば――。
「僕の名前は『レオーネ・ヴィアーニ』というんですね」
息をするのも痛むらしく慎重にか細い呼吸を繰り返していたセラフィーノは、レモの頬に触れていた指先を微かに滑らせた。
「君は、レモだ」
「セラフ……」
彼を呼ぶ声が奮えてしまった。こんな時にさえセラフィーノはレモの一番欲しい言葉をくれる。でも、この体はレオーネ・ヴィアーニの姿をしている事実を無視出来ない。この体はバルトロメイ伯爵領に突如現れた、敵勢力の首魁の息子だったのだから。
道理でレオーネを外に出そうとしなかったはずだ。どういう経緯でレオーネがセラフィーノの前に姿を現したのかは分からないが、これまでの軟禁生活にはレオーネを守ると同時に敵の指導者の一人を故郷に返す訳にはいかないという二つの目的があったのだ。
確かにレモは守られていた。使用人がレモの姿を見て慄いたように、レオーネの顔を知るバルトロメイの領民によってレモが見つかっていれば今頃囚われか或いは死んでいたかの二択だっただろう。
ジョエレが連れてきてくれた医者は足を悪くして従軍出来ないので故郷に残されたという。初老を少し過ぎたくらいの男の医者はジョエレにおんぶされて屋敷に入ってくると、抱えてきた治療道具を広げてテキパキと傷を縫合していく。使えるものは親でも使えと言うように、レモや使用人にも指示を出していった。足が悪いだけで腕は確かであり、夜半、セラフィーノが意識を取り戻す。
「俺の部屋か……」
「はい。お腹の傷は縫って、飲み薬を頂きました」
「腹も痛いが、ぼんやりする。水の中にいるみたいだ」
「熱があるんです。数日は引かないだろうと」
「レモ、傍に来てくれ」
「はい……」
セラフィーノの私室には書き物をするための机と椅子とベッド、それから衣類を仕舞うための調度品があるだけで、レモの部屋同様飾り気は一切感じられなかった。レモの部屋よりも広いのでかえって寂しい印象が目立つ。
椅子を引き寄せベッドの傍に座ると、布団の中から手が伸びてきて膝に置いていたレモの手を握った。ぎょっとするほど熱い。
「全てを話そう」
「今は休んで下さい。僕は逃げませんから」
前にもこんな事を言った記憶を思い出しながら、セラフィーノの手を布団の中へ戻そうとしたが彼は譲らなかった。
「レオーネは一年と少し前に死んだ。戦争を止めるために自決した」
「はい」
「驚かないんだな」
「そうなんだろうと、思うきっかけがあって」
レモはセラフィーノが傷によって意識を失っていた間に例の手記を読み終えていた。手記はセラフィーノへの謝罪を綴ったところで一度止まる。最後の日付は一年と四ヶ月前。「父を殺した。魔が差したんだ。秘術を使ってしまった」という物騒でありながらも意味を掴みあぐねる言葉を残し、残り二十ページほど空白を残して手記は終わっていた。
手記のあらましを聞いていたセラフィーノは傷のせいだけではない狼狽を顔中に張りつける。
「そうか……やはりヴィーアニ伯は死んでいたか」
「手記を読まなかったんですか?」
「遺言でも書かれているんじゃないかと思うと、な。そのまますっかり忘れてしまっていた。親友失格だよ」
セラフィーノは訥々と当時を語る。
レオーネの死の報せは敵地であるバルトロメイ伯爵領にも届く事になった。寄宿舎時代の共通の友人がセラフィーノに手紙を出してくれたのだ。セラフィーノは訃音に接して馬を駆った。この国では家柄に関係なく死後は教会の墓地に埋葬されるそうで、セラフィーノは親友の名が彫られている墓石を見て途方に暮れた。そんなセラフィーノを修道女が見つけると、形見分けを預かっていると言われて受け取った物の中に手記はあった。
「もっと早くにあいつの遺したものに気付いていれば……!」
後悔と自身への憤りにセラフィーノは拳を握りしめる。その手の上からそっと手を重ねると、眉間に寄った皺が僅かに和らいだ。
「……君がレモで良かった」
「不思議な言い回しですね」
「親友は蘇らない。蘇ってはいけないんだ」
「もしかしたらある日突然夢から覚めるようにして、レオーネがこの体に戻ってくるかも知れませんよ? 僕はその日までこの体を生かす役目を持って生まれただけの存在なのかも知れない」
「君は、そんな事を考えていたのか……?」
「ほんの思い付きです」
力は弱いが、セラフィーノの手が握り返してくる。
「君はレオーネに似ているというだけの別人だ。君がレオーネの影を背負う事はない」
ありがとう、とレモは感謝を告げた。セラフィーノは少しだけ安堵したようになって瞼を下ろし、すぐに深く寝入ってしまう。
(僕はレモだ。でもこの体は確かにレオーネのものなんだ。それを証明したのは他でもない、あなたなんです、セラフ)
いつかの指の感触を思い出しながらレモは自身の左肩に手を回す。自分では届かない場所にそれはある。少年の時分、セラフィーノを庇ってついた剣の傷跡だ。
他人の空似では通せないものがこの体には刻まれている。地名にも人物にも全く心当たりが無いのに文字が読めて言葉が分かる理屈を、レモは他の何かを使って説明する事が出来ない。
この体はレオーネ・ヴィアーニだ。だとすれば、レモにも出来る事がある。セラフィーノの力になれる事が、きっとあるはずだ。
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