亨という男(仮)

Me-ya

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惠の決心~嘘~

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「あっつ~」
バス停に降りると、冷房の効いているバスの中から蒸し暑い外との温度差に、モワッとした8月の熱気が体を包み、一気に汗が顔から、首から滴り落ちる。
「…え~と、確かこの道だよな…」
ぼくは前に一度通った道の記憶を辿り、その道を歩く。
「和巳、驚くだろうな~」
和巳には俺が今日、和巳の部屋に行く事は言ってない。
ここのところお互い忙しくて会えない日々が続いていたから…勿論、連絡は毎日…もっぱら和巳の方から…してくるけど。
和巳が今日、休みだという事は昨夜の電話で聞いて知っていた。
でも、今日、ぼくが休みだという事は和巳には言わなかった。
ずっと休みが合わず、会えない事に落ち込んでいる和巳に会いに行き、吃驚させて喜ばせてやろうと思ったからだ。
和巳の喜ぶ顔を想像すると、ぼくも嬉しくなり、自然と頬が緩んでしまう。
暑さも、顔を伝う大量の汗も気にならない。
道の角を右に曲がる。
その先にアパートが見える。
二階建てのアパート。
その二階の左から二番目の部屋が和巳の部屋だ。
(……あ、和巳)
角を曲がり、駆け出そうとした足を慌てて止めて、角に建っていた電柱の陰に隠れる。
アパートの階段を駆け上がっていく和巳の姿に気が付いたから。
(…危ない危ない…今、気付かれたらサプライズにならないもんな)
和巳の左手にはビニール袋が握られている。
アパートの廊下を歩きながら、右手をズボンのポケットに入れている。
部屋の鍵を取り出そうとしているのか。
だが……和巳がポケットから部屋の鍵を取り出す前に、和巳の部屋のドアが内側から開き、一人の人物が顔を出した。
その人物は和巳に笑いかけると、和巳の左手を掴み、部屋の中に和巳と一緒に入って行く。
部屋のドアが閉まる。
(………………え…?)
……ナニ、なに、何、今の?
和巳の部屋に、和巳以外の人が居た。
和巳の服を着て。
…あの服は和巳の服だ。
前に和巳が着ているのを、何回か見た事がある。
…いや、そんな事よりも……。
(…どういう事…?)
和巳の部屋から和巳の服を着て出てきた男性って……。
確か同じ高校の…。
「寺島…亨…?」
(…そんな馬鹿な…そんな事、あるはずが…)
だって…和巳は亨を嫌っていたはず…。
『あいつには近付くな』
いつも、ぼくにそう言っていた。
それなのに、何故、いつの間に……。
ぼくはそっと、足音がしないように気を付けながら階段を上がると、そのまま廊下を歩く。
和巳の部屋の前に立つと、ドアに耳を押し付け、中の様子を窺うが何の音も聞こえない。
ドアノブを握り、そっと回す。
鍵は、かかっていない。
ドアが開く音にドキドキしながら中を覗くが、そこには誰も居ない。
靴は脱ぎ散らかされたまま、和巳が持っていたビニール袋の中身が…ペットボトルやアイスクリーム、卵は何個か割れている…玄関に散らばっていた。
靴を脱いで、部屋に上がる。
つい先程見た和巳が着ていた服が脱いだ状態のまま、床に置かれている。
…シャツも…。
でも、そんな物が無くてもこの狭いアパートの部屋の中。
部屋に上がった時から聞こえていた声で、何となく…分かってしまった。
声のする方を見ると、そこには和巳が履いていたズボンが挟まって、少しだけ開いている襖。
恐る恐る近付いて、覚悟を決め、その隙間から中を覗き込んだ。
(……………え!?)
そこにはぼくが想像していたのとは違う…いや、半分は想像通りなんだけど…二人の姿があった。
「…あぁ…っ……っ!…そこ…っ…ぃ…いぃ…っ!!」
「…ああ…分かってる…ここだろ…?」
「…っ……ぅ…そこ…もっと…もっと…っ!!もっと突いて……っ!あ…あぁ……っ!!いぃ…っ…良い…良いぃ…っ!!」
ーそこにはぼくが想像もしていなかった和巳の姿が…全裸で四つん這いになり、脚を広げて亨のモノを受け入れ、嬌声を上げている和巳の姿があった。 
全裸の和巳に対して亨は、服をキチンと着込み、ズボンの前だけを寛げて和巳の尻を掴み、そのペニスを和巳の中に出し入れしている。
(………嘘……)
…和巳が浮気していたとしても、こんな姿は…まさか和巳が抱かれていたなんて…それもあんなに嫌っていた亨に…想像もしていなかった。
(…どういう事…これって…)
混乱しているぼくを置いて、目の前の2人はクライマックスに向かっているらしい。
和巳の嬌声が一段と大きくなる。
「……いぃ…良ぃ……っ!……イク…っ…イク……ッ!」
そこで亨の右手が大きく振り下ろされ、和巳の尻を叩いた。
パンッ!!
「…あぁ……っ!!」
和巳の背中が大きく仰け反る。
「…まだイッちゃ駄目だよ。分かってるよね?…それに声、大きすぎ。外に聞こえちゃうよ?」
「…いぃ…聞こえても…いいから…イカせて…も…無理…
無理…だから… お願…」
涙を流して訴えている和巳の耳元に亨が優しげに囁く。
「ダ~メ。言ったでしょ?ボクがイッた後じゃないと駄目だって…大丈夫。和巳ならできるよ。だって、ほら、前を触らずに後ろの刺激だけでイケるようになったじゃん。それだって最初は無理だって喚いてたのにさ…だから、今回も大丈夫。出さずにイケるようになるって。その為にボクもこうやって手伝ってんだしさ。ほら、頑張って我慢して」
「…あ…無理…無理…っ!…早く……イッて…イッてよぅ…っ!!」
和巳は涙と鼻水、涎でぐちゃぐちゃになった顔で懇願しながら、腰を激しく亨の腰に自分から打ち付けている。
和巳のペニスは今にも射精しそうなくらい屹立したまま、和巳の激しい動きに合わせてこれも激しく揺れている。
よく見ると、その根元は射精出来ないようリングで縛られていた。
そんな和巳の乱れている姿を亨は動かず、時々、和巳の尻を平手打ちしながら面白そうに見下ろしているだけ。
「…お願…早くイッて…イッてよぅ…っ!…ヤだ…も…無理…無理…っ!…イッちゃ…イッちゃう…イく…イク…イクよぅ…っ!!」
その時。
パンッ!!
ひときわ強く和巳の尻を叩く音が響いた。
「…ひぃ…っ!!」
「ボクの許し無く勝手にイッちゃ駄目だって言っただろう?大体、ボクの女になるんなら、これ位、我慢してよね…いい?勝手にイッたら、又、あのお仕置きするからね」
「…嫌…嫌…許し…許して…無理……っ!…………あ…イッちゃ…イッちゃうぅぅ……っっっ!!」
和巳は躰を硬直させ、一際、甲高い嬌声を上げると、そのまま床に倒れてピクリとも動かなくなった。
「…あ~あ、イッちゃった。全く、我慢出来ないんだから…やっぱりお仕置きだね、これは…で、どうする?お仕置きも見ていく?」
気絶した和巳のアヌスから、ペニスを抜き取り、楽しそうにそう言いながら亨は振り返り、ぼくを見た。
「…気付いてたんだ」
「まぁね」
「…でも…どうして…いつの間に…?」
「あんなにボクを毛嫌いしていた和巳といつの間にこんな仲になったかって事?」
確かに。学生の頃、和巳は亨を嫌っていた。
それはもう、徹底的に。
もしも和巳が浮気したとしても、亨とだけは無いと断言出来る程に。
「でもね、嫌い嫌いも好きの内ってね、あんなに嫌われていたら、反対によっぽどボクを意識しているんだな~と思ってね。ちょっかいかけてみたくなっちゃってさ。ま、それでなくてもいつかはちょっかいかけてたと思うけどね。キミと彼ってあの頃有名なカップルだったでしょ?ボク、そ~いうカップルの
仲、壊すの、大好きだからさ」
…知っている。
『亨には気を付けた方がいいよ』
そう忠告してくれた人がいたから。
「確かキミ達、受験勉強の為、暫く会わずにいた日があったでしょう?その日にさ、友人に和巳を映画に誘ってもらったんだ。
勿論、その映画館に行ったのはボクなんだけどさ、映画館の中、くらいでしょ?遅れて行ったボクに最初は気付かなかったみたい。そんな和巳にボクの右手がちょ~っと悪戯をしちゃってね。和巳がボクに気付いた頃には和巳の下半身は切羽詰まった状態になっちゃっててさ、ボクが口でやってあげると、あっという間にイッちゃってさ、よっぽど溜まってたのかな~…ま、ボクのフェラ、上手いからさ、分からないでもないけどね」
亨は自慢気に喋り続ける。
「…で、和巳を気持ちよくしてあげた後は当然、ボクの番でしょ?でも、全然駄目。映画館のトイレでしたんだけどさ、全然イケなくってさ~。下手なんだもん。だから、和巳のケツを貸してもらう事にした訳さ。最初は渋ってたんだけどね~。ほら、自分はボクの口の中で気持ち良くイッちゃった手前、最後は渋々頷いたからさ、ボクの部屋に連れ込んじゃった。最初はさ~、和巳、後ろって初めてだったんだろ?痛い、痛いって泣いて喚いて大変だったけどさ~ボク、けっこう上手いからさ、すぐ感じ始めてさ…その時の快感が忘れられなかったんだろな。あんなに嫌っていたボクに会う度に抱いてくれってねだってくるんだもんな。驚きだよ。本当はさ、ボク、いつもなら1回ヤッたらそれで終わるんだけどさ、和巳があんまりしつこく言ってくるからさ、じゃあボクの女になるんなら抱いてやってもいいって条件つけたら、迷わず頷いてきたから、こっちが吃驚だよ」
「………嘘……」
「嘘じゃないよ。さっきの和巳、見ただろ?すげーよな、1回も前を触らずに勃っちゃってんだもんな。根元をリングで止めてなかったら、イッちゃってただろうな」
「…何故…あんな…事…」
「だって、今、ボクの女に調教中なんだもん」
「…え…女って…」
「…あ、言っとくけど、これは和巳も了解している事だからな」
「…だって…亨には…馨が…」
その時、初めて亨の驚いた顔を見た。
「…知ってたんだ?あの頃、クラスメイトでもボク達の仲を知っている奴っていないと思ってたんだけどな~…でも、そんな心配は無用だから。馨は馨、和巳は和巳で別だから。だから、惠も心配しなくていいよ。和巳がボクに求めているモノと惠に求めているモノは違うからさ」
「…求めているモノって…?」
「やだな~。役割が違うって事だよ。だって、惠に和巳が抱ける?さっきのボクみたいに和巳を泣かせる事が出来る?和巳をイカす事が出来るの?ペニスを触らずに後ろの刺激だけでだよ?……無理でしょ?」
………そう。ぼくには無理だ。ぼくは和巳を抱けない。
…高校卒業間近の時、和巳に言われた事がある。
『…なぁ、俺を抱いてみる気ない?』
ぼくが言葉に詰まっている内に、和巳はすぐに冗談だと笑って誤魔化したけど…。
あの時。
和巳は気付いただろうか。
ぼくの欠陥に。
………ぼくは…人を愛する事が出来ない。
和巳と付き合う事になったのも、和巳に押し切られての事だし。
今だって和巳が亨と浮気していたというのに、驚きはしても、そんなにショックを受けてない自分がいる。
あんなに好きだ、付き合ってくれ。付き合ってくれるなら何でもする。浮気なんか絶対しない。そう言って迫ってきた和巳も、結局は亨と浮気した。
……………………。
…浮気………浮気なのか…?
ここのところ、お互い忙しくて会えない日々が続いていた。
電話は毎日していたけど…昨夜も和巳から会いたいと言う電話があったばかりだ。
……でも………亨とは…毎日……会っていた…?
……もしかして…いつの間にか…浮気相手は……ぼく?
いつの間にか和巳にとって…本命は亨に変わっていた……?
でも、亨には馨がいる。
亨にとって和巳は浮気だけど、和巳にとって亨は本命で…それを隠す為にぼくを…。
…考えすぎ…?
……でも、もう………。
「…どうでもいいか」
「………何?」
「和巳が目覚めたら言っておいて。さよならって」
「…え?…ちょ…待って……惠!!」
亨の呼び止める声が聞こえたけど、無視して部屋を飛び出した。
一度も振り返らずに走り、バスに乗り込み、自分の住んでいるマンションに帰る。
そのまま徹夜で荷物を纏め、次の日には朝一で引っ越し業者に電話してマンションを解約した。
勿論、和巳には何の連絡もしなかった。
………和巳からは電話やLINEがひっきりなしにきたけど、全部スルーした。
そして、マンションを解約すると同時に、スマホも解約。
………ぼくは和巳から自由になった。






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