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145 第一王子別れの演説
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西の城塞。第一王子に任された、魔王領最前線基地。
第一王子は、武勇において、ライバル第二王子にはるかに勝る。
そして、彼には魔王国きっての知略を誇る、水の将軍が右腕として付けられている。
水の将軍の執務室に、彼の長女カトレアが飛び込んできた。カトレアは第一王子正妃である。
「父上!
大変なことになりました」
カトレアは顔面蒼白。
「まあ、落ち着け。
何があった?」
「我が夫、魔王様に勢いで言ったそうです。
単身で人族領に斬りこむと。
魔王様は、それをお許しになったそうです。
ああ、どうしたらよいのでしょう」
カトレアは、沈痛な面持ちで事情を説明した。第一王子は、現在やけ酒でぐでんぐでん。
水の将軍は、一瞬青ざめた。死ねと言っているようなものではないか!
だが、すぐに気づいた。魔王様は、第一王子を見放した。マジで死ねと言っているのだ。
つまり、王位を第一王子に継がせる気は、全くなくなったということだ。
客観的に言えば、賢明な判断だ。あの脳筋王子が王位を得たら、大変なことになる。
ましてや、今は耐えるべきとき。
水の将軍は、半ばお手上げだった。第一王子が人族領にカチコミをかけると言い出したこと。彼にも止められなかった。
水の将軍は、素早く計算する。
幸い、彼の孫、第一王子の長子は、明晰な頭脳を持っている。
第二王子との王位継承レース、孫なら可能性はある。
第一王子には、華々しく散っていただこう。魔族の英雄として。
「単身人族領に打って出る。
まさに武士(もののふ)の誉。
笑って見送ろうではないか」
「そんな~……」
父親の非情な言葉に、崩れ落ちるカトレアだった。
「魔剣ヘルウイングを若に賜るよう、申し上げろ」
「ヘルウイングを?
あれは魔王様より下賜された……。
そういうことですか……。
わたくしも武人の妻。
笑って夫を送り出します」
さすが水の将軍の娘。カトレアは、父親の腹が読めた。そして、魔王の真意も。
魔剣ヘルウイングは、王位継承権を持つ者の証。第二王子に下賜された、魔剣ヘルファングに並ぶ宝刀。魔族の誰もがそう考えていた。魔王以外は。
我が息子、次代の魔王に押し上げる。なんとしても。
カトレアの腹は固まった。
第一王子は、自分のベッドで目覚めた。耐毒のスキルを持つ彼の肝臓は、べらぼうなアルコール分をきれいに分解していた。だが、やはりすっきりとした目覚め、とはいかなかった。
「お目覚めになりましたか」
カトレアが、笑顔で声をかけた。
「もう日も高いようだが」
第一王子は、起き上がってベッドに腰かける。
「もう十一時過ぎでございます。
昼食はいかがなさいますか?」
滅多に見ない、嫁の優しい笑顔。第一王子は、逆に腹が立ってきた。
どうしてそんなに冷静でいられる!
「水の将軍は、なんと申した!」
「英雄として、華々しく散ってこそ、武人の誉。
ヘルウイングは、一の君にお与えなさいませ」
カトレアは、見事な笑顔のままで言う。
さすがの脳筋も気づいた。
止める気なんて、まるでないんだね?
我が妻も、将軍も……。まあ、魔王の命。しかも、大勢の幹部の前で下された。
誰が止めようと、今さら後戻りはできないこと、脳筋の彼でも自明の道理だった。
「ヘルウイングは、もちろん持っていく」
ヘルウイングは、第一王子に欠ける敏捷性を、補って余りある武器だ。
第二王子に下賜されたヘルファングは、魔族の有するすべての武器の中で、最高の攻撃力を誇る。
二人の王位継承権者の欠点を補う意味で、魔王はその宝刀を二人に下賜したと、魔族間では噂されている。
ヘルウイングを息子に与えてしまったら、第一王子にとって、片腕、いや、片足を失ったも同然だ。
「ヘルウイングは、王位継承権の証でございましょう。
それに、あの剣が人族の手に渡ってしまっては、取り返しがつきません。
なにとぞ、後のことをお考え下さいませ」
カトレアは、相変わらず笑顔のままそう言った。
後のこと?
俺が死んだ、後のこと…だよね?
もう、どうでもいいや……。
完全に気力をなくした、哀れな第一王子だった。
城塞大広間に、第一王子の主だった家臣が集められた。
「皆の者、聞け!」
やけくそ第一王子は、威儀を正して口を開いた。
「今、魔王国は、まさに危急存亡の秋。
夜の女王の宙船により、魔王城は粉々に粉砕された。
聞けば、我が妹が『原初契約』を破った処罰だという。
愚かな妹ではあるが、人族の勇者パーティを壊滅させる目的だったという。
その意気やよし!
我は陛下に献策した。
クオークに単身斬りこむ。
つまり、我が一命をなげうって、魔族の武威を示さん。
以て、人族への牽制となす。
さらば!
我が忠実なる家臣ども」
やけくそ第一王子は、自らの演説にじ~んときた。家臣を見渡す。
みんな泣いてくれてるね……。王妃や息子も……。
これで死ねる。第一王子はヒロイズムに酔っていた。
酔わなきゃ、やってられないでしょ!
第一王子は、武勇において、ライバル第二王子にはるかに勝る。
そして、彼には魔王国きっての知略を誇る、水の将軍が右腕として付けられている。
水の将軍の執務室に、彼の長女カトレアが飛び込んできた。カトレアは第一王子正妃である。
「父上!
大変なことになりました」
カトレアは顔面蒼白。
「まあ、落ち着け。
何があった?」
「我が夫、魔王様に勢いで言ったそうです。
単身で人族領に斬りこむと。
魔王様は、それをお許しになったそうです。
ああ、どうしたらよいのでしょう」
カトレアは、沈痛な面持ちで事情を説明した。第一王子は、現在やけ酒でぐでんぐでん。
水の将軍は、一瞬青ざめた。死ねと言っているようなものではないか!
だが、すぐに気づいた。魔王様は、第一王子を見放した。マジで死ねと言っているのだ。
つまり、王位を第一王子に継がせる気は、全くなくなったということだ。
客観的に言えば、賢明な判断だ。あの脳筋王子が王位を得たら、大変なことになる。
ましてや、今は耐えるべきとき。
水の将軍は、半ばお手上げだった。第一王子が人族領にカチコミをかけると言い出したこと。彼にも止められなかった。
水の将軍は、素早く計算する。
幸い、彼の孫、第一王子の長子は、明晰な頭脳を持っている。
第二王子との王位継承レース、孫なら可能性はある。
第一王子には、華々しく散っていただこう。魔族の英雄として。
「単身人族領に打って出る。
まさに武士(もののふ)の誉。
笑って見送ろうではないか」
「そんな~……」
父親の非情な言葉に、崩れ落ちるカトレアだった。
「魔剣ヘルウイングを若に賜るよう、申し上げろ」
「ヘルウイングを?
あれは魔王様より下賜された……。
そういうことですか……。
わたくしも武人の妻。
笑って夫を送り出します」
さすが水の将軍の娘。カトレアは、父親の腹が読めた。そして、魔王の真意も。
魔剣ヘルウイングは、王位継承権を持つ者の証。第二王子に下賜された、魔剣ヘルファングに並ぶ宝刀。魔族の誰もがそう考えていた。魔王以外は。
我が息子、次代の魔王に押し上げる。なんとしても。
カトレアの腹は固まった。
第一王子は、自分のベッドで目覚めた。耐毒のスキルを持つ彼の肝臓は、べらぼうなアルコール分をきれいに分解していた。だが、やはりすっきりとした目覚め、とはいかなかった。
「お目覚めになりましたか」
カトレアが、笑顔で声をかけた。
「もう日も高いようだが」
第一王子は、起き上がってベッドに腰かける。
「もう十一時過ぎでございます。
昼食はいかがなさいますか?」
滅多に見ない、嫁の優しい笑顔。第一王子は、逆に腹が立ってきた。
どうしてそんなに冷静でいられる!
「水の将軍は、なんと申した!」
「英雄として、華々しく散ってこそ、武人の誉。
ヘルウイングは、一の君にお与えなさいませ」
カトレアは、見事な笑顔のままで言う。
さすがの脳筋も気づいた。
止める気なんて、まるでないんだね?
我が妻も、将軍も……。まあ、魔王の命。しかも、大勢の幹部の前で下された。
誰が止めようと、今さら後戻りはできないこと、脳筋の彼でも自明の道理だった。
「ヘルウイングは、もちろん持っていく」
ヘルウイングは、第一王子に欠ける敏捷性を、補って余りある武器だ。
第二王子に下賜されたヘルファングは、魔族の有するすべての武器の中で、最高の攻撃力を誇る。
二人の王位継承権者の欠点を補う意味で、魔王はその宝刀を二人に下賜したと、魔族間では噂されている。
ヘルウイングを息子に与えてしまったら、第一王子にとって、片腕、いや、片足を失ったも同然だ。
「ヘルウイングは、王位継承権の証でございましょう。
それに、あの剣が人族の手に渡ってしまっては、取り返しがつきません。
なにとぞ、後のことをお考え下さいませ」
カトレアは、相変わらず笑顔のままそう言った。
後のこと?
俺が死んだ、後のこと…だよね?
もう、どうでもいいや……。
完全に気力をなくした、哀れな第一王子だった。
城塞大広間に、第一王子の主だった家臣が集められた。
「皆の者、聞け!」
やけくそ第一王子は、威儀を正して口を開いた。
「今、魔王国は、まさに危急存亡の秋。
夜の女王の宙船により、魔王城は粉々に粉砕された。
聞けば、我が妹が『原初契約』を破った処罰だという。
愚かな妹ではあるが、人族の勇者パーティを壊滅させる目的だったという。
その意気やよし!
我は陛下に献策した。
クオークに単身斬りこむ。
つまり、我が一命をなげうって、魔族の武威を示さん。
以て、人族への牽制となす。
さらば!
我が忠実なる家臣ども」
やけくそ第一王子は、自らの演説にじ~んときた。家臣を見渡す。
みんな泣いてくれてるね……。王妃や息子も……。
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