上 下
179 / 230

179 ミスリードぶち壊した!

しおりを挟む
 さくらは、息を飲んで二人の様子を見守る。

「どう、ですか?」
 前菜に手をつけた二人に聞く。

「おいしい」
 芙蓉が言う。

「けど、が付く」
 静香が言う。

「けど?」

「普通?」
 芙蓉が言う。
「高いお金払う気にはなれない、そんな感じ?」
「たしかに」
 静香の感想に、芙蓉はうなずく。

「前菜だけじゃわからないでしょ? 
メインを」
 二人はうなずき、メインの肉料理に手をつける。

「一つ聞きたいんだけど。
あなた、男系社会がどうのこうの言ってたけど、パワハラとかセクハラされたわけ?」
 静香が聞く。

「特には。
だって、教えてくれないんです! 
こんなに可愛いんだから、少しは加点があっていいでしょ? 
女料理人は希少な存在です! 
パンダだってホワイトタイガーだって、希少な生物だから優遇されるんです! 
美人スーシェフ、それだけで店のウリになるでしょ?」
 さくらは憤然として言った。静香と芙蓉は深くため息をついた。

「もう一つ聞く。
あなた、料理以外にも体を売るつもり? 
お客は料理を食べにくるのよ!」
 静香の厳しい言葉に、さくらは言葉に詰まった。

「わかってるんです。
要するに、私に根性がないだけなんです。
先輩の味と技を盗む、いまだに前近代的な徒弟制度。
それがこの世界だって。
どの店でも最初は可愛がってくれるんですよ。
私がかわいいから。
だけど、そのうち私の『甘さ』は、必ず見抜かれます。
だんだん店に居づらくなって……。
もう三十だし……。『下積み』は正直厳しい歳です。
メイドでいいです。
肉奴隷はちょっと、ですけど。
雇ってください」
 さくらはべそをかきながら、深く頭を下げた。

「最初から正直にそう言えばいいのよ。
メイド決定」
 静香は再びナイフとフォークを取った。

「あの~…青形さんに、マジでそっちの気があるんですか?」
 芙蓉がおずおずと聞く。

「俊也君、には、全然ない。
どっちかといえばM?」
 静香は平然として応える。

「『には』に、なんかひっかかるんですけど」

「もう一人の俊也君には多少。
頑丈な人にしかS気出さないから。
何、そんなに気になるの?」
 静香は軽く聞く。

「そんなわけないでしょ! 
やっぱり教え子のお兄さんですから」
 芙蓉は「もう一人の俊也君」が気になったが、怒ったようにフォークとナイフを取った。

何を隠そう、芙蓉は「もう一人の俊也君」、つまり、レジに対し、密かに憧れていた。

うん、「普通」にはおいしい。『頑丈な人』ってどんな人なんだろう? 

俊也に関する疑問は尽きなかった。


「ただいま~…、あら、お客様?」
 専門学校から帰ったカナだった。
「高校時代の後輩。美術部で一緒だったの。
早かったのね?」
 静香が応える。

「いらっしゃい。琴ちゃんの都合が悪くなって、女子会中止にしたんです」
 カナは二人に挨拶。二人も「お邪魔してます」、と礼を返す。

「夕食は?」
 静香が聞く。
「まだ。何か作ります」
 カナは応える。

「これ、まだ全然手をつけてません! 
よろしかったらどうぞ!」
 さくらはイスから立ち上がってそう言った。
この子、なんだろうと思いながら。多分嫁の一人なのだろうが。だけど、メイドとしての得点稼ぎはできる。

「カナちゃん、いいから食べなさい。
ぽっちゃりさんは海原さくら。
メイドとして私が雇うことにしたの。
メガネさんは安倍芙蓉。
朝陽ちゃんの担任よ」
 静香が二人を紹介する。

「へ~、メイドに。それに朝陽ちゃんの。
よろしくお願いします。
ホントに、いいんですか?」
 カナはどちらにともなく聞く。

「どうぞ! 一応は料理人の端くれですから。
だけど静香さん、ぽっちゃりさんという紹介、ひどいと思います!」
 さくらは、ほっぺたをふくらませて抗議する。

「高校時代、かわいかったことは認める。
だけど、自分で『美人スーセフ』なんてよく言えたわね? 
体絞ってから言いなさい」
 静香は冷厳に現実を突きつける。

「叙述のトリック、あっさりぶち壊した!」 
 さくらが半べそで抗議。その「現実」を一番知っているのは彼女自身だ。

「誰をミスリードしたいのよ? 
元かわいかった、三十路(みそじ)ぽっちゃりさん?」
 静香は見事にクールな真顔で言う。

「相変わらずのドSぶり!
きく~!」
 複雑な笑顔の、さくらだった。ぐさっとえぐられたが、なんだか懐かしい気もするから。

 芙蓉は苦笑しながら思う。

この二人、高校時代から全然変わらない。さくらちゃんの体型は著しく変わったけど。

「ときにフーちゃん、あなたメガネ外したいと思わない? 
似合ってるけど不便でしょ?」
 静香は氷の女王様から一転、やさしい先輩の顔で言った。

「前に言いませんでした? 
コンタクト、合わなくて」
 静香さん、私にはなぜだか甘いんだよね。昔から。
芙蓉は、そう思いながら言う。

「エンランちゃんなら、視力正常に戻してくれるよ。
よかったら頼んであげる」

「本当ですか? 
是非!」
 芙蓉は嫁たちの超人的能力を、静香から多少聞いている。

「静香さん! 
フーちゃんと、態度違い過ぎてます!」
 さくらが涙目で抗議。

「フーちゃんからかっても、おもしろくないんだもん」
 あっさり片付ける静香だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:22,273pt お気に入り:1,355

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28,252pt お気に入り:1,877

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21,030pt お気に入り:1,965

婚約破棄をしたならば

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:9

料理を作って異世界改革

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:575

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,164pt お気に入り:3,277

処理中です...