【R18】猫は異世界で昼寝した

nekomata-nyan

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207 手ごわい敵

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 俊也はユーノとローランを伴い、シャネル侯爵の館を訪ねた。サミアの詳しい戦況を聞くためだ。
侯爵の応接室には、ダイニー侯爵の顔も見えた。リラーナ公爵は不在だった。現在王就位式の準備で多忙を極めている。

「ご無沙汰しております」
 俊也は簡単に挨拶。下手に言質を取られたら、また何を押し付けられるかわからない。紳士然とした二人だが、全く油断できないタヌキオヤジたちだ。

「エリーナ殿のご機嫌はいかがかな?」
 シャネル侯爵が、悪い顔をして言う。

「おかげさまで」
 俊也はあいまいな笑顔で応える。何事もはっきり言わないことは日本人の欠点だが、タヌキオヤジたちにはちょうどいい。
 初体験で三発求められました! なんて正直に答えたら、それならお代わりも余裕? てな感じで、二の矢三の矢が飛んできかねない。
 あれはあくまで興津根様効果だ。興津根様が憑依したら、嫁の中で最もつつましいアンリまで、好色女子となる。
 
「それは重畳。で、さっそくだが、サミアの戦況は……」
 そう前置きし、シャネル侯爵は、状況を説明し始めた。

 カムハン帝国軍約十万を率いるのは、ヤン・ハン将軍。この中央大陸でも名をとどろかす名将。
 彼の戦略は単純だ。決して無理をせず、数でじわじわと圧倒する。現在は南サミアのほとんどを勢力圏に置き、西端のチャム城砦を包囲しているらしい。
 一気に攻めたら簡単に落とせるだろうというのは、シャネル侯爵の観測だった。

「なるほど……。手ごわい相手ですね。
糧道は?」
 俊也が聞く。
「抜かりはない。本国からの移送ルートはしっかり押さえている。
サミアの国民は、むしろ潤っているのではないかな。
現地で略奪や無理な徴収は決してしない」
「フム……。名将というより知将タイプですね」
 俊也は一つうなずく。これはいよいよ厄介な相手だ。力押しタイプなら、カウンターの隙がいくらでもあるだろうが……。

「部下からの信望は抜群だ。
むしろ皇帝より、信頼されているようだ。
皇帝は巨大帝国を一代で築き上げた。
カムハンの大英雄ではあるが、相当無理をしているからな」
 ダイニーが補う。その言葉を聞いて、俊也の目がキラリ。

「無理をしているとは?」
 俊也が問う。

「俊也殿なら想像がつくであろう?」
 シャネル侯爵は薄く笑う。

「つまり、金ですね? 特に大軍を擁する持久戦には」

「その通りだ。何か思いついたようだな?」
 シャネル侯爵は探るような目で俊也を見る。

「それはお楽しみということで。
サミアの気候は、どんな感じですか?」

「私は一度行ったことがある。
とにかく蒸し暑い。
ヤン将軍は、三軍に分けて戦っている。
前衛、中衛、後衛。一週間程度の間隔で交代させ、兵の士気を保っている。
まあ、そうしなければ、暑くてやっていられない、といったところか?」
 ダイニー侯爵のその言葉で、俊也の構想はおおよそまとまった。


 南サミア、チャム城砦。

ヤン・ハン将軍率いるカムハン軍は、その城砦を完全に包囲していた。
もう一押ししたら、チャム城砦は落とせる。将軍は十分わかっていた。

だが、将軍は総攻撃の命令を、ためらっていた。

なぜなら、南サミアを完全に占領したら、次はアルス。ハブライ・ハン皇帝はその構想を持っている。

アルスも落とせるだろう。そうなったら、イスタルトと事を構える事態になりかねない。

イスタルトはまずい。将軍はそう考えている。アルスに手を出したら、イスタルトが動くかもしれない。

皇帝はそれも辞さずの考えだ。将軍は正直こう思っている。
イスタルトが、本気で戦う気になったら、カムハンは勝てない。魔法の戦力差は明らかだ。

それに、カントという地には、おそろしい魔導師が存在するという。

サミアまでで十分だ。イスタルトを相手にするのは無謀というもの。それが将軍の本音だった。

皇帝は将軍の進言に、聞く耳を持たなかった。皇帝は本気で世界制覇を狙っている。

それは国を滅ぼす暴挙だ。将軍にはそのことが見えていた。敗北を知らない皇帝は、カムハン最強の幻想を抱き、信念に近い妄想を持っている。
事実、これまでの敵は、確実にカムハン軍より弱かったから。


なんだか暑くないか? 将軍はびっしょり汗をかいていることに気づいた。

「将軍! 大変です! 
食糧を積んだ補給部隊の馬車が、ごっそり消えました」
 将軍の部下が、血相を変えてテントに飛び込んできた。

「馬車が消えた? どういうことだ?」
 将軍には部下の言葉が飲み込めなかった。

「文字通り消えたそうです。
馬車だけが。
何が起こったのか、全然わからない。
警護の兵はそう申しております。
このままでは、わが軍の食料が一週間持ちません。
近くの町や村にも、余分な食料はほとんど残っていません」

「そうか。これ以上民から絞り取るのは、占領者として愚策だ。
どうしたものか……」
 将軍は考え込んだ。だが、考えがうまくまとまらない。暑過ぎる。

「将軍! 
何者かが包囲部隊を襲撃しております。
おそらく魔法による攻撃です! 
魔法の正確さ、規模、サミアの魔導師とは思えません!」

「魔導師? 
アルスが手を貸した? 
まさか、イスタルトが?」
 将軍はいっそう考え込む。

「将軍! 
このままでは我が軍の損害が……。
魔法がどこから放たれているのかわかりません。
まことに申し上げにくいですが……」

「軍をまとめろ! 包囲を解く」
 将軍は決断を下した。

魔法がどこから放たれているのかわからない。しかも正確に。

つまり、上級魔導師以上の何者かが、長距離魔法を放っているのだ。

襲撃者はイスタルト…いや、あの国の貴族が、これほど早く動くとは考えられない。

つまり、カントの魔導師たちだ。ナームの魔導師部隊を、一瞬でせん滅したという。

「撤退を急げ! 
今の魔法は単なる威嚇だ。
急がなければ、大規模なせん滅魔法が襲ってくる!」  
 将軍は蒼白になって命令した。

この異常な暑さは…ヒートウエイブだ!

全軍を干物にしかねないほどの、ヒートウエイブが使える……。
将軍は想像もしたくなかった。

「急げ、急げ! 責任はすべてわしがとる! 
涼しく感じられる地点まで逃げろ! 
身体の水分がなくるぞ! 
武具は外せ!」
 将軍がそう言うそばから、気温はいっそう上昇してきた。

すでに耐えられないほどの、暑さとなっていた。将軍は革鎧を脱ぎ捨てた。

 将軍がテントの外に飛び出すと……。

「賢明な判断、ありがとうございます。
将軍はしばらくサミアにとどまって下さい。
皇帝のお尻に火を付けます。
あ、食料はお返しします。
私たちは、カムハンを滅ぼすつもりはありません。
現状のカムハン領で、満足してくださればの話ですが。
将軍がカムハンを率いること、心から望んでおります。
失礼します」
 そう言って、狐のお面をつけた男は、ぼっと燃えた。

気温は急激に下がっていった。

クールウエイブ……。

将軍の背筋が寒くなったのは、急な温度変化のためだけではなかった。

今の規模で、ヒートウエイブを放ち続けるだけで、我が軍を壊滅させることも可能だ。

恐ろしい……。

皇帝のお尻に火をつける? 
わしがカムハンを率いる? 
つまり、あの魔導師は、わしにカムハンを任せるということか……。

ハハハ、あの男の言いなりになるのは、かなり癪だが、よく人を見ている。

さてさて、しばらくは、サミアでのんびりしようか。

本国にせっせと補給をさせながら。
そういうことだろ? 魔導師の男。

ヤン・ハン将軍は、キツネ憑きフミが、見込んだ男だった。

かく乱戦術で混乱するであろう、カムハンの皇帝を倒すだけの力があり、国家を適切な形で運営する能力を持っている。

ハブライ・ハン皇帝が犯した致命的なミス。それはこの男に、帝国最強の軍を任せたことだった。

軍の忠誠は、すべてこの将軍に向けられていた。
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