恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

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契約

第二話

 都内にある老舗の高級ホテルの二階。そこにあるフレンチレストランが俺のバイト先。ディナータイムだけの、お客様に料理を運ぶウエイターの仕事をしている。いわゆる料飲部だ。

「おはようございます」

 ホテルの裏にある従業員専用入り口の警備室に挨拶すると高齢の警備員が片手を上げて返してくれる。人間関係を築くのが難しいこの世界で、俺に気兼ねなく接してくれる少ない人のうちのひとり。

「昨日はあんなに暖かかったのに今日は冷えるね、雪が降りそうだ」
「ほんとうですね」

 警備員は「ほら」とパンをくれた。

「あんぱんだよ、持ってきな」
「ありがとうございます」

 すると後ろから嫌味な声がかかった。

「じいさん相手に媚びて、ご苦労さんだな」

 こうやって毎日毎日飽きもせず俺に何か一言を言うのは、レストランのマネージャーだ。俺はストレスのはけ口にされているらしい。上京して十八歳でここに来た俺は最初のうちはいちいち傷ついていた、その時のストレスで今でも胃薬は欠かせない。しかしじきに一年が経とうという今は、そういう人なんだと分かると、だいぶマシになって無視する強さを得た。

「ここは顔だけのお飾りは通用しねぇ、客に手を出されて問題を起こすに決まってる。さっさと辞めろ」

 決まってマネージャーはそう言う。

「お前さんの顔が良いからあんなことを言うんだ、僻んでるだけだよ、気にしない気にしない」

 警備員はしわしわの顔を向けて俺に笑いかけると俺は小さく頷いてタイムカードを差し込んだ。



 俺はここに面接に来たときレストランの支配人につま先からてっぺんまでをジロリと見られ、履歴書はざっと目を通しただけで採用になった。このとき初めて少しだけ自分が見た目がいいのかもしれないと知る。

「このホテルは他所とは違います。アルバイトはまずは見た目、少しの作法は後からどうにでもなりますから」と支配人は無表情だったのを覚えている。すぐにホールに配属された。

 あんなマネージャーも外見はとてもいい、背も高く清潔感のある佇まい。もちろん俺とは違って正社員だから見た目だけじゃないけれど、料飲部以外にフロント部もすらっと高身長で見た目が良い人が揃っている。

 老舗の高級ホテルは何より外見が重視らしい。海外の王室や要人も常宿にするようなホテルで、まずは見た目だという言葉に十八歳の俺にはまだ考えが及ばなかった。


 なにより俺は嬉しかったんだ。

 Ωらしくないことが、初めて役に立った。

 背は一七五センチ、痩せ方でΩの欠片もないドジで要領が悪い。華やかさに欠け媚びることができないし、愛嬌も振りまけない。誰が見てもΩじゃない。



 黒のパンツスーツに着替え鏡の前でチェックする。毎日四時間我慢すればいい。大学生の俺にとって今のところ一番時給がいいから辞めたくはないんだ。

 今は二月、もうじき二年にあがる。次年度前期分の授業料をあと少しで納付しなければならない。

 両親はΩの俺の大学進学を許さず結局隠れて受験した。わざわざ実家から遠い東京の国立大学を。だから金銭援助はない。

 ニュースによれば、厚生省の管理下にあるΩは政府からの扶養手当が厚くなるらしい。俺もΩと診断されたときに学校側が厚生省に申請していたから管理下にあるはず。
 しかし学費も寮費も全て免除になるには親の申請が必要で、俺にはそれができなかった。きっと手当の方は母親の懐に入っているのだろうと予測できる。



 もうΩの俺には時間はないのかもしれない。

 ニ四歳までに番が見つからなければ施設に収容される。

 不完全なΩに番なんて見つかるはずはない。

 その時が来たら俺は自分でお終いにすると決めてる。

 施設での生活がどんなものか分からないけど、人権を無視したやり方に俺は屈したくない。

 せめて、その時までは足掻いて生きたい。

 無駄だとしても大学へ行きやりたかった勉強がしたい。



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