4 / 98
契約
第四話
「取引?」
車が着いたのは複合型ビルの裏手。もうじき完成予定で名だたる日本の企業が入るビルだと方々のメディアで紹介されていたのを記憶している。いま最も話題の超高層タワービルだ。
俺と秘書を載せたエレベーターは上層階直通であっという間に五十階へ連れて行かれる。広いロビーを抜けた廊下の先には、扉に執務室とだけプレートがあり、その中に俺は通された。
やや暗めの明かりの広い執務室の真ん中には、これまた大きなプレジデントデスクが構えていた。そのデスクには組んだ手を机上に置いて座っている男がいる。薄明かりで顔はよく見えない。
その男が俺に取引しようと言ってきたのだ。
「いきなり連れてきて申し訳ないが時間がないものでね」
俺が黙っているのをいいことに男は勝手に話を進めていく。
「私は須賀 元親というものだ、君は長谷川 雪くん、だね」
名前を言われて腹が立った。返事もしないまま男に尋ねる。
「取引ってなんです?」
「君の時間を私にくれ」
「は?」
人生なるようにしかならない。
けれど、……本当に現実というのは想像もしなかったことが起こってしまう。想像を軽々と超えてしまうのだ。
「時間とは……」
「そのままの意味だ。君の時間を全て私と過ごしてくれればいい」
「なんですかそれは」
「私の恋人のフリをしてほしい。対価は払う」
「対価って……」
「金だ。私にはそれくらいしかないからな」
男が左手を差し出すと秘書がその手に茶封筒を渡した。その封筒からは札束が覗いていた。
「君の要望があれば足す。まずは手付に百万君に渡そう」
「ひ、ひゃく……」
──まずは、って、言ったよね? 俺の授業料ニ年分じゃないか!
こんなことを瞬間的に考えてしまう自分が恐ろしい。もっと恐ろしいのは人の時間を金で買おうとするこの男だけど。
「こんな一方的なこと、はいそうですかとはなりません」
「そうか?」
「俺はあなたを知らないし、あなたは俺をどこで知ったか分かりませんが恋人のフリなど、納得いきません。第一、時間を買うだなんてこんな人身売買みたいなこと……」
「人身売買?」
「そうでしょう? 俺は十九歳になったばっかで大学生です、まだ未成年だし、その、青春真っ只中で、やりたいことも、やらなきゃならないこともある若者の時間を金で買うだなんてそんなの……そんなの……!」
──顔はよく見えないけど声は良い声……おじさんでは無さそうな若い声だし、品もありそう、気を抜いたら絆されてしまいそうな甘い声にも聞こえてしまう…………。いや! だめだ! 俺は何を考えてる!……そうだ! いつか監禁されておじさんのおもちゃにされるとか、……臓器を取り出して売り飛ばされるのかもしれないじゃないか!
俺がしどろもどろに早口で言い返していると男は立ち上がりデスクの前へとやってきた。薄明かりで見えなかった顔がここへ来てはっきり映し出されると俺は絶句してしまった。
「知らない顔じゃないだろう?」
──そんなまさか!
「知らない…………、いや…………、駄目だ、ぜったい! むり!」
「返事はできるだけ早めに」
「だ、だからやりませんて!」
俺の動揺っぷりに反して男は片眉を上げてわざとにこりと笑い、茶封筒を秘書に渡す。顔が整っている分だけ怖い。
─なにを考えているんだ、この人は。
「この方をご自宅に送ってやりなさい」
「考えなくたって、俺は……っいやだ!」
するといきなり腕に触れられ俺はビクリとする。
「すいません、驚かせるつもりは……」
後ろから秘書が俺の腕に手をかけていたのだ。続けて小さな声で自宅にお送りします、とだけ言い優しいフリをして結構強引に執務室から出されてしまい、また来た道を戻る。
「送りは結構です、自分で帰ります。もう二度と来ないでください、あなたも仕事だということは分かっていますけど」
「察していただけて何よりですが、成さねばならぬことでして……」
ビルの出入り口まで来ると秘書に「送ったと嘘をついてください、では」とその場を去った。
車が着いたのは複合型ビルの裏手。もうじき完成予定で名だたる日本の企業が入るビルだと方々のメディアで紹介されていたのを記憶している。いま最も話題の超高層タワービルだ。
俺と秘書を載せたエレベーターは上層階直通であっという間に五十階へ連れて行かれる。広いロビーを抜けた廊下の先には、扉に執務室とだけプレートがあり、その中に俺は通された。
やや暗めの明かりの広い執務室の真ん中には、これまた大きなプレジデントデスクが構えていた。そのデスクには組んだ手を机上に置いて座っている男がいる。薄明かりで顔はよく見えない。
その男が俺に取引しようと言ってきたのだ。
「いきなり連れてきて申し訳ないが時間がないものでね」
俺が黙っているのをいいことに男は勝手に話を進めていく。
「私は須賀 元親というものだ、君は長谷川 雪くん、だね」
名前を言われて腹が立った。返事もしないまま男に尋ねる。
「取引ってなんです?」
「君の時間を私にくれ」
「は?」
人生なるようにしかならない。
けれど、……本当に現実というのは想像もしなかったことが起こってしまう。想像を軽々と超えてしまうのだ。
「時間とは……」
「そのままの意味だ。君の時間を全て私と過ごしてくれればいい」
「なんですかそれは」
「私の恋人のフリをしてほしい。対価は払う」
「対価って……」
「金だ。私にはそれくらいしかないからな」
男が左手を差し出すと秘書がその手に茶封筒を渡した。その封筒からは札束が覗いていた。
「君の要望があれば足す。まずは手付に百万君に渡そう」
「ひ、ひゃく……」
──まずは、って、言ったよね? 俺の授業料ニ年分じゃないか!
こんなことを瞬間的に考えてしまう自分が恐ろしい。もっと恐ろしいのは人の時間を金で買おうとするこの男だけど。
「こんな一方的なこと、はいそうですかとはなりません」
「そうか?」
「俺はあなたを知らないし、あなたは俺をどこで知ったか分かりませんが恋人のフリなど、納得いきません。第一、時間を買うだなんてこんな人身売買みたいなこと……」
「人身売買?」
「そうでしょう? 俺は十九歳になったばっかで大学生です、まだ未成年だし、その、青春真っ只中で、やりたいことも、やらなきゃならないこともある若者の時間を金で買うだなんてそんなの……そんなの……!」
──顔はよく見えないけど声は良い声……おじさんでは無さそうな若い声だし、品もありそう、気を抜いたら絆されてしまいそうな甘い声にも聞こえてしまう…………。いや! だめだ! 俺は何を考えてる!……そうだ! いつか監禁されておじさんのおもちゃにされるとか、……臓器を取り出して売り飛ばされるのかもしれないじゃないか!
俺がしどろもどろに早口で言い返していると男は立ち上がりデスクの前へとやってきた。薄明かりで見えなかった顔がここへ来てはっきり映し出されると俺は絶句してしまった。
「知らない顔じゃないだろう?」
──そんなまさか!
「知らない…………、いや…………、駄目だ、ぜったい! むり!」
「返事はできるだけ早めに」
「だ、だからやりませんて!」
俺の動揺っぷりに反して男は片眉を上げてわざとにこりと笑い、茶封筒を秘書に渡す。顔が整っている分だけ怖い。
─なにを考えているんだ、この人は。
「この方をご自宅に送ってやりなさい」
「考えなくたって、俺は……っいやだ!」
するといきなり腕に触れられ俺はビクリとする。
「すいません、驚かせるつもりは……」
後ろから秘書が俺の腕に手をかけていたのだ。続けて小さな声で自宅にお送りします、とだけ言い優しいフリをして結構強引に執務室から出されてしまい、また来た道を戻る。
「送りは結構です、自分で帰ります。もう二度と来ないでください、あなたも仕事だということは分かっていますけど」
「察していただけて何よりですが、成さねばならぬことでして……」
ビルの出入り口まで来ると秘書に「送ったと嘘をついてください、では」とその場を去った。
あなたにおすすめの小説
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
愛されたいだけなのに
まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。
気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。
しかしまた殺される。
何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました
こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。