恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

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契約

第六話

「もう、会うことはないって思ってたのに……」

 一夜限りの相手。

 名前も知ることもない。

 そのはずだった。

 須賀元親……彼の名前を知ってしまうなんて。


 自分でもおかしい。あの夜の相手だという確証はなにひとつない。名前も知らなかったし、顔だって断片的にしか覚えていない。

 『知らない顔じゃないだろう?』と片眉をあげて人を揶揄うような表情にあの夜の男と同一人物だとは思いたくはないのだが、なのに同一人物だってどこかで分かってる。

 ──なにより、俺のこと探して調べたんだろう?

 損害賠償とか強制わいせつとか……訴えるために俺を探していたとしたら……。でも恋人のフリだなんて言われてしまった。

 俺はあの夜に付け込まれているということなのだろうか。




 スマホがブルブルと震える。どこにあるのかと手探りで探すと、まだコートも脱がないで部屋で蹲っていたことに気がついた。

「……もしもし」
『やっと出た。私にお金送るように言ったわよね? なぜ送金されていないの? 今日必要だったのに』
「……」
『今からでいいから送金しておいて頂戴、いいわね?──プッ』

 一方的に切られた電話にため息さえ出ない。スマホの画面を見ると着信が五件、メッセージも五件。全て母親からだった。
 俺はそのままその手で銀行アプリを開き母親の口座に送金する。これでまた授業料が減ってしまった。


 母親は自分の小遣いほしさに俺に集っている。高校を卒業してからは本当に俺をATMとしか思っていない。

 今の父親と再婚してそれ以前の暮らしとは大きく変わった。父親は会社をいくつか経営していてわりと裕福な家庭になったんだ。

 なのに母親は遊ぶ金を俺に無心する。おそらく父親にネコかぶっているんだろう。散財したら捨てられるとでも思っているのかも。それかただ俺から取れるうちはそうしたいのかもしれない。


 じきに春休みが終わる、その前に授業料を振り込まなければならないのに。事務局に訴えたら猶予をくれるだろうか。

「あの人のせいで、もう泣きたくないのに……」

 母親のための涙は流さない、そう決めた上京。なのに、送金完了の文字がどんどん滲んでいく。スマホを布団に投げつけ突っ伏すと、足元でガサっとトートバッグの中で音がした。名刺がバッグの口から顔を出していた。




 風呂に湯を張るためカランを回すと、鏡に映る自分の顔を見た。彼は俺がΩだと知っているのだろうかと、ふと考える。伝えたほうがいいだろうか。

 Ωと知ったら取引は無しにしてくれるだろうか。

 恋人のフリにΩだということが有利なことはあるのだろうか。

『汚らわしいΩだね、また男を誑かして!』

 ある日の母親の言葉が降りかかる。

 中学でΩと判定されたとき母親はやっぱり! などと言って喜んでいた。俺がΩだと見抜いていたかのようだった。でもホルモン分泌が足りず発情も来ないと分かると俺を役立たずと罵るようになった。高校へあがるとそれはエスカレートしていく。

 高校に上がって転校してきた男の子に、一緒に帰ろうと誘われた。おとなしくて眼差しの優しい男の子だった。家も近く、会話が弾む。その男の子との下校時間がとても楽しかった。

 いつもうちの前まで送ってくれて、その日は話し込んでしまい一時間くらい遅くなってしまった。すると家の前で母親が待っていたんだ。

「雪! あんたって子は! 早く入りなさい! 恥ずかしいのよ!」

 いきなり頭を叩かれた。

「男の子を誘惑して! お母さん恥ずかしいわ! Ωは本当に汚らわしい!」

 母親は怒鳴りながら俺の背中や頭を叩き続けた。

「おばさん! やめて!」

 優しい男の子が母親から俺を庇ったことが母親をさらに怒らせることになり、俺は制服を掴まれるとそのまま家に引きづられて行く。置き去りにされた男の子のひどく青ざめた顔が忘れられない。


 俺は地下の物置に閉じ込められた。

「お母さん! ごめんなさい! ここは嫌だよ……!」
「フェロモンで男の子を誑かして汚らわしいったらないわ! ご近所からなんて言われてるか分かってるの?! そこにいなさい!」
「いやだ! お母さん!? 出してよ!!」

 俺からフェロモンが出ているわけがないのに。

 男の子だってαじゃない、フェロモンを感じられない。

 俺には友達さえ作れないの?

 Ωだから許されないの?

 Ωじゃなかったら…………

 俺は息子としてもっと優しくしてくれたのかな……


 物置に電気はなく、窓もない。

 暗い、暗い、暗い……。


 床に座り込んで膝を抱える。

「お母さん……ごめんなさい……」

 俺がΩだからあんなに怒ってるんだろう?

 分からない、分からない、分からない……






 いつの間にか満タンになった湯に気づいてカランを閉じる。

 そうか、俺にはそんな気がなくても『男を誑かしている』んだ。だったら恋人のフリは好都合なのかもしれない。



「……人生なるようにしかならない」

 試しにそう呟いてみると、不思議と頭は楽になる。

 あの地下の物置で得た魔法の言葉。




 俺はあの日から、彼に対してひどいことをしてしまったと後悔している。俺から誘ってしまったから。なんであんな行動に出たのか未だ分からないんだけど、再会したのならいつかあの日のこと話さないといけないだろう。

 彼が何故あの夜俺に応えてくれたのか、その理由を聞きたいような気もしてる。訴えられることになっても、それは身から出た錆。




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