恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

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新しい仕事

第八話

 布団に胡座をかいてふたつのスマホを布団の上に並べて置く。

 ひとつは使い古された何年も前の型落ち機種。
 もうひとつはツヤツヤな最新の機種だ。

「大きくて持ちにくぅ……」

 落とさないように両手で持ちしげしげと眺める。
 須賀に渡された専用のスマホだ。

 ふたつ常備しなくちゃならないことにちょっと面倒くささを感じつつ、最新機種を持てることに少し心が跳ねる。

 大学の学生の殆どはこの機種を使ってるのを俺は知ってる。スマホにニ十万も出す意味がよく分からないが、流行りのものを持てるというのはこんなにも気分があがるのか。

 モノの価値というものは本当に面白い。そして、もれなく自分もそれに踊らされている。俺のスマホじゃない、借り物だから大切にしなくちゃ。


 そうっとスマホを置くとタイミングよくピコっとメールの受信音が鳴り画面が明るくなった。

『明日の十九時、本社に来い』

 地図情報も添付されている。

 ──本社?

 地図を開くと須賀コーポレーション本社とある。そういえば昨日今日と行ったあの高層タワービルはいったい何の会社なのだろう。ビル自体オープン前でまだ会社というには簡素で引っ越し途中の準備期間という感じだった。須賀グループのまた新しい関連会社なのだろうか。

「……にしても、来いって」

 ──あの片眉が浮かぶんだけど!!

 文字だけでも人を苛つかせる。

 ──ということは須賀がこのメールを打ち込んでいるってことなのかな。秘書に任せるならこんな文体にならないだろう。佐伯さん優しいし。へぇ、彼が直接ね。




「須賀コーポレーション……っと」

 スマホで検索してみると組織図の役員のところにちゃんと彼の名前があった。名前を見つけてほっとしてる自分がいた。さらに検索を進めるとグループ企業で日本の三大財閥のひとつと記されているページを見つける。日本には須賀以外に三つの財閥があるのだと知る。

 ──そんな人と……

 あの一夜を思い出してとんでもないことをしたなとスマホを閉じる。それに、これから恋人のフリをする。今更ながら、この先行きが不安になってくる。




 大学の講義が終わって地図を見ながら本社へ向かう。スマホ片手にきょろきょろしながらエントランスホールにたどり着き、どうしようかと考える。受付で対応してもらうのがいいのだろうか。すると後ろから声が掛けられた。

「長谷川様」

 振り向くと秘書の佐伯さんが待ち構えていたようにこちらにやってくる。

「あ、佐伯さん……こんばんは」
「こんばんは。お荷物お持ちします」
「いいえ! 大丈夫です!」
「しかし」
「重くないんで! 気にしないでください」
「……分かりました」

 気まずそうででも優しく微笑してくれたから、俺は肩から下げてるトートバックの持ち手をぎゅっと握りしめて佐伯さんの隣に立った。佐伯さんはエレベーターのボタンを押す。

「社長は会議が長引いており、執務室にてお待ちくださいとのことです」
「分かりました」

 ちょうどエレベーターがやってきて佐伯さんは俺を先に促してくれた。



 執務室に着いて女性の秘書の方がコーヒーを持ってきてくれた。「ありがとうございます」と声を掛けてみたが俺に目を合わせることもなくツンとした態度で執務室を出ていった。俺をどのように見たのだろうか。

 そう考えてハッとした。社長に会いに来たにしては場違いな格好すぎる。俺にしてはいつもよりマシな服を着てきたがつまり全身ファストファッションだ。そもそも社長に会いに来る人はまずスーツ以外でやってくることはないだろう。

「待たせてすまない、食事に行こう」
「あ、はい」

 執務室に入るなり俺を見ることなくハンガーに掛けてあった上着を羽織る。俺が慌てて立ち上がると須賀は俺を見て止まった。

「大学からここへ来たのか」
「あ……はい」

 そうやって上から下まで一瞥されると本当に惨めになる。

「すいません、考えもなしに」
「なぜ謝る」
「なぜって……場違いな服で着てしまって怒っているんでしょう」
「大学からそのまま来たのかと聞いただけだ、服のことなら見繕って明日にでも家に届けてやる」
「そんな!」
「物資提供だ、断るな」
「……」

 ため息ひとつして彼は「行くぞ」と執務室を出た。彼に付いていくと、俺にコーヒーを持ってきてくれた女性秘書が既にエレベーターホールに居てエレベーターの扉を開けて待機していた。
 女性秘書はにこやかな表情で須賀にお辞儀をした。そしてエレベーターに乗り込もうとしたとき、須賀の足が止まる。

「お前は今日でクビだ」

 俺は一瞬自分に言われたんだと思い目の前にいる須賀の背中を見上げると、須賀の横顔は俺ではなくその先にいる人物を見ていた。

「社長、どういう……」
「そのままの意味だ、理由も分からんか」
「…………」

 それだけ言うと後ろ手に俺の手首を握るとエレベーターへと入っていく。連れて行かれながら女性秘書の前を通ったとき、彼女がとても怖い顔で俺を睨んでいたんだ。

 佐伯さんもあとから乗り込むとエレベーターがようやく閉じて俺は思わず繋がれている彼の手を握りしめた。

「君が気にすることじゃない。それに自業自得だ」

 空いてる手でうつむいている俺の髪を撫でた。思わず見上げると降りた前髪を指先で掬って耳にかけてくれた。

 キリッと目尻のあがったきつい目が色気のある眼差しに変わっていて俺は思わずドキリとしてしまい、慌てて前を向いた。

 ──こんな至近距離で目が合ってしまった。恋人の、フ、フ、フリなんだから……慣れなくては。

 一階に着くまで俺はエレベーターの扉の一点だけを見つめていた。





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