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新しい仕事
第九話
佐伯さんが運転する車から降りるとまさか、信じられない場所だった。
「ここ、ですか?」
「あぁ」
なぜ俺が驚いているのかって俺が働いているレストランのある老舗ホテルの玄関だからだ。
「須賀様、お待ちしておりました」
ホテルの総支配人がわざわざホテルの正面玄関まで迎えに来ていたからさらに驚いてしまった。総支配人など社内紙に載ってる写真でしか顔は見たことはなく、今が初めて見る機会となってしまった。
「いきなりで悪かったな」
「とんでもない、いつでも大歓迎でございます」
「今夜は大切な人と食事がしたくてね」
「左様でございますか」
須賀は俺の腰に手を回して俺に微笑みかける。
──これって演技に入ってるってことでいいんだよね?
落ち着かなくてはと思うのだが、こんな身分の俺が正面玄関から入ってしまっていいのか気後れしてしまう。
エレベーター前で総支配人とは別れ二階のレストランに向かうと今度はレストラン支配人が待ち構えていた。俺の顔を見て今にも腰を抜かしそうな顔をしていたから思わず須賀の後ろに隠れる。
「予約はしていないんだが」
「総支配人より承っております、どうぞこちらへ」
支配人はもう俺を見ることなく俺達を中に促した。スムーズに流れていってしまうのはさすが老舗のホテルというべきなんだろう、しかし俺はいよいよレストラン内に入ることに手と足が一緒に出てしまいそうなほどカチコチになっていた。
「おい! 長谷川! どっから入ってんだ! 裏だろ!」
大声を出してはいけない場で目一杯に怒鳴る声が背中に迫った。この声からしてマネージャーで間違いはない。俺は足を止めて目を瞑った。ここから先の展開を予想してもうため息しか出ない。
「ったく、お前もいい気なもんだな。ほら、あっち行けよ」
──やっぱり……。
須賀の前でマネージャーに罵倒され恥ずかしいより、悲しくなる。それにマネージャーという人がこんなに扮別のない人だということにもほとほと呆れてしまった。怒っているマネージャーが俺の肩を掴んだ瞬間、須賀がその手を制止しへし折りそうな握力でその手首を握った。
「……イタタタタタ!!」
「失礼だな、これは私の連れだ」
申し訳ありませんと支配人が慌てて頭を下げる。そして少しだけ顔をあげて俺を見ていた。どういうことなんだといわんばかりに焦った顔を見せている。
「須賀さんっ、手を離してください」
そういうと須賀はパッとその手を離した。そして片眉をあげ「行こうか」と俺の腰を抱いて微笑んだ。支配人にはちゃんと話をしなくては。
向かい合わせに席について、料理が運ばれてくるまでテーブルの上で俺の手をずっと握っている。マネージャーや支配人のことも気になるけれど他のお客様からも俺達の事をチラチラ見られていて恥ずかしくなった。
「堂々としてくれ。私の恋人なんだから」
少し不機嫌な表情を俺に寄越した。
「ごめんなさい……」
「ここは辞めろ」
「え?」
「相応しくないからな」
──あぁ、あなたの恋人はこんなところで働かないか……、それにやっぱりここで働いていたこと知ってたんだな。
「ついでにさっきの男も辞めさせよう」
「え?」
右手をあげて支配人に合図をするとすぐにやってきた。
「彼、長谷川 雪を知っているな?」
「はい、うちのアルバイトです」
「彼を今日付けで辞めさせる」
「……、はい」
「そして、先程の無礼を働いた男は解雇しろ」
「解雇ですか……?」
「二度も聞くな」
「は……はい」
「私の恋人に無礼極まりない態度をしたのだからな」
「承知致しました」
支配人は一瞬驚いて目を見張ったが俺を見ることなくお辞儀をして下がった。
「あの……、解雇だなんてそれはあまりに」
「やつを庇うのか?」
「だってあまりに酷な」
「私の恋人は大衆の面前で侮辱されても許す優しい心の持ち主だな」
そう言ってまた俺の手を取ると、俺の頬に熱が集まる。
「しかし覆すことはしない」
「……」
繋がれた手が緩く解かれると指の隙間に彼の指が絡められた。指の側面にザワザワっとした快感が走る。爪の手入れがされていて俺のカサついた指先とは大違いだった。
──長いきれいな指だなぁ。
あの夜この手が俺の肌を撫でたんだと思ったら快感が蘇り、心が粟立つ。
「フッ……」
また、鼻で笑われてしまった。
──車内
「あの態度はなんだ?」
「え?」
「私の恋人を演じてくれと言っている」
「あなたの好みが分かりません」
「私を好きだという態度を取れ」
「態度……」
「腰や手に触れただけでビクついたりしていては、恋人とは思われない」
「……すいません」
「未経験でもあるまい」
「それは……」
「もっと余裕でいてくれ」
──あの一度きりだし……。
経験はあの一夜だけ。恋人はおろか好きな人さえ居たことがない。ただ、あの夜に想い馳せていただけだ。
──でも、そんなこと……須賀に知られたくない。
アパートに着くと須賀も反対側から降りてきた。
「あの、今夜はごちそうさまでした」
須賀は無言のまま俺の前に来て俺の顎を掴み顔が迫る。
「あぁ、帰したくないな」
街灯の明かりが遮られると唇が触れた。
──────!!
頭は真っ白。茫然自失。
彼が離れていくと、いつもの片眉をあげたいたずらな顔があった。
「もう部屋へお帰り」
「は……はい…………」
さっき車の中でもっと余裕で居てくれって怒られたばかりなのに、どうしよう。キスなんて聞いてない!
会釈だけしてバタバタとアパートの外階段を上がり二階にたどり着く、ちらっと下を見ればまだ彼がいた。
──これも恋人を心配しているフリ? え、もしかしてここもフリをしていないといけないの? 誰かに見張られてるってこと? 俺の住んでるところも? おじいさんにお見合いを迫られてるって言ってたけど、ここ俺の部屋だよ? ここまで演技をしなくてはいけないの?
早く部屋に入りたくてトートバックを勢いよく漁って鍵を取り出すと下にペコリと頭を下げて中に入った。
「ここ、ですか?」
「あぁ」
なぜ俺が驚いているのかって俺が働いているレストランのある老舗ホテルの玄関だからだ。
「須賀様、お待ちしておりました」
ホテルの総支配人がわざわざホテルの正面玄関まで迎えに来ていたからさらに驚いてしまった。総支配人など社内紙に載ってる写真でしか顔は見たことはなく、今が初めて見る機会となってしまった。
「いきなりで悪かったな」
「とんでもない、いつでも大歓迎でございます」
「今夜は大切な人と食事がしたくてね」
「左様でございますか」
須賀は俺の腰に手を回して俺に微笑みかける。
──これって演技に入ってるってことでいいんだよね?
落ち着かなくてはと思うのだが、こんな身分の俺が正面玄関から入ってしまっていいのか気後れしてしまう。
エレベーター前で総支配人とは別れ二階のレストランに向かうと今度はレストラン支配人が待ち構えていた。俺の顔を見て今にも腰を抜かしそうな顔をしていたから思わず須賀の後ろに隠れる。
「予約はしていないんだが」
「総支配人より承っております、どうぞこちらへ」
支配人はもう俺を見ることなく俺達を中に促した。スムーズに流れていってしまうのはさすが老舗のホテルというべきなんだろう、しかし俺はいよいよレストラン内に入ることに手と足が一緒に出てしまいそうなほどカチコチになっていた。
「おい! 長谷川! どっから入ってんだ! 裏だろ!」
大声を出してはいけない場で目一杯に怒鳴る声が背中に迫った。この声からしてマネージャーで間違いはない。俺は足を止めて目を瞑った。ここから先の展開を予想してもうため息しか出ない。
「ったく、お前もいい気なもんだな。ほら、あっち行けよ」
──やっぱり……。
須賀の前でマネージャーに罵倒され恥ずかしいより、悲しくなる。それにマネージャーという人がこんなに扮別のない人だということにもほとほと呆れてしまった。怒っているマネージャーが俺の肩を掴んだ瞬間、須賀がその手を制止しへし折りそうな握力でその手首を握った。
「……イタタタタタ!!」
「失礼だな、これは私の連れだ」
申し訳ありませんと支配人が慌てて頭を下げる。そして少しだけ顔をあげて俺を見ていた。どういうことなんだといわんばかりに焦った顔を見せている。
「須賀さんっ、手を離してください」
そういうと須賀はパッとその手を離した。そして片眉をあげ「行こうか」と俺の腰を抱いて微笑んだ。支配人にはちゃんと話をしなくては。
向かい合わせに席について、料理が運ばれてくるまでテーブルの上で俺の手をずっと握っている。マネージャーや支配人のことも気になるけれど他のお客様からも俺達の事をチラチラ見られていて恥ずかしくなった。
「堂々としてくれ。私の恋人なんだから」
少し不機嫌な表情を俺に寄越した。
「ごめんなさい……」
「ここは辞めろ」
「え?」
「相応しくないからな」
──あぁ、あなたの恋人はこんなところで働かないか……、それにやっぱりここで働いていたこと知ってたんだな。
「ついでにさっきの男も辞めさせよう」
「え?」
右手をあげて支配人に合図をするとすぐにやってきた。
「彼、長谷川 雪を知っているな?」
「はい、うちのアルバイトです」
「彼を今日付けで辞めさせる」
「……、はい」
「そして、先程の無礼を働いた男は解雇しろ」
「解雇ですか……?」
「二度も聞くな」
「は……はい」
「私の恋人に無礼極まりない態度をしたのだからな」
「承知致しました」
支配人は一瞬驚いて目を見張ったが俺を見ることなくお辞儀をして下がった。
「あの……、解雇だなんてそれはあまりに」
「やつを庇うのか?」
「だってあまりに酷な」
「私の恋人は大衆の面前で侮辱されても許す優しい心の持ち主だな」
そう言ってまた俺の手を取ると、俺の頬に熱が集まる。
「しかし覆すことはしない」
「……」
繋がれた手が緩く解かれると指の隙間に彼の指が絡められた。指の側面にザワザワっとした快感が走る。爪の手入れがされていて俺のカサついた指先とは大違いだった。
──長いきれいな指だなぁ。
あの夜この手が俺の肌を撫でたんだと思ったら快感が蘇り、心が粟立つ。
「フッ……」
また、鼻で笑われてしまった。
──車内
「あの態度はなんだ?」
「え?」
「私の恋人を演じてくれと言っている」
「あなたの好みが分かりません」
「私を好きだという態度を取れ」
「態度……」
「腰や手に触れただけでビクついたりしていては、恋人とは思われない」
「……すいません」
「未経験でもあるまい」
「それは……」
「もっと余裕でいてくれ」
──あの一度きりだし……。
経験はあの一夜だけ。恋人はおろか好きな人さえ居たことがない。ただ、あの夜に想い馳せていただけだ。
──でも、そんなこと……須賀に知られたくない。
アパートに着くと須賀も反対側から降りてきた。
「あの、今夜はごちそうさまでした」
須賀は無言のまま俺の前に来て俺の顎を掴み顔が迫る。
「あぁ、帰したくないな」
街灯の明かりが遮られると唇が触れた。
──────!!
頭は真っ白。茫然自失。
彼が離れていくと、いつもの片眉をあげたいたずらな顔があった。
「もう部屋へお帰り」
「は……はい…………」
さっき車の中でもっと余裕で居てくれって怒られたばかりなのに、どうしよう。キスなんて聞いてない!
会釈だけしてバタバタとアパートの外階段を上がり二階にたどり着く、ちらっと下を見ればまだ彼がいた。
──これも恋人を心配しているフリ? え、もしかしてここもフリをしていないといけないの? 誰かに見張られてるってこと? 俺の住んでるところも? おじいさんにお見合いを迫られてるって言ってたけど、ここ俺の部屋だよ? ここまで演技をしなくてはいけないの?
早く部屋に入りたくてトートバックを勢いよく漁って鍵を取り出すと下にペコリと頭を下げて中に入った。
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