恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

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人の価値

第十四話

 佐伯さんの運転で撮影スタジオなるところまで運ばれた。自分にモデルなど務まるのか不安がいっぱいで佐伯さんを振り返れば、いつもの優しい笑顔で「頑張ってください!」と見送られてしまった。



「今回撮影担当致しますのは───」

 監督や、カメラマン、メイク、衣装……いっぺんに紹介されて最初から挫けそうだ。それからスタッフの方が控室まで案内してくれた。そこで少し待つよう言われ鏡の前に座って待つことにした。鏡の前の台には化粧品がたくさん並んでいる。俺化粧するのかななんて思ってると廊下から声がした。

「私は社長のコネって聞いたけど?」
「私は恋人だって聞いた、けど社長が男の人と付き合うかなぁ。まぁ、婚約者がいるはずだからそれまでの遊び?」
「見た目はわるく無いよね、クセが無くていいかも」
「企業イメージだから当たり障りないほうがね」
「そうそう」

 俺にもしっかり聞こえる声。間違ってはいないから傷ついたりはしないけど、そう見られて仕事をするのはやりづらい。

 ──当たり障りない、か。……遊び、そうかもしれない。


 そこへ「御曹司がやってくるぞ」という声と共に廊下の外が急に慌ただしくなったかと思うとすぐに静まり返った。噂をしていた人たちはいなくなったのだろうかとドアを少し開けて廊下に顔だけ出すと、エレベーターのある廊下の奥から須賀がやってきた。須賀の後ろには先程の監督やカメラマンなど他にもぞろぞろと引き連れている。

 何か紙を見ながら事項を確認しているようだ。今日は濃く鮮やかなブルーの三つ揃えスーツ。その真剣な眼差しがとっても素敵だ。すっかり見惚れてしまっている俺と目が合うと、片眉をあげてにやりと笑うものだから、バタンと控室に首を引っ込めた。それから先程座っていた椅子に戻り息を整える。

 すると、ガチャリ。

 ノックもなく躊躇いもなくドアが開かれた。


「雪、おはよう」
「へ…………っ」

 初めて名前で呼ばれて飛び上がる。

 後ろから肩に手を置かれさっき座っていた椅子に戻されるとそのまま体を屈め俺の頬にキスをした。

「この服、似合っているよ。とても」

 頬のそばで話しかけられてくすぐったい。

「くすぐったいから、やめてください」
「やめないよ、君に朝の挨拶がしたいんだ」

 続けて首元に吸い付かれた。

 この間貰った紙袋たち全て開けて眺めた時、ついこの手触りに夢中になって頬をすり寄せてしまったほどの物で、襟のついた白いニットは少し可愛らしすぎるかと思ったが、袖を通してしまったら着心地の良さに負けて今日着てきたんだ。

「ベージュもあったがやはり君には白が似合うな」

 ニットの肌触りを確認するかのように俺の肩から下へと撫でた。

「あ……りがとうございます」
「あぁ……、一緒に暮らせば毎朝出来るのにな」

 そう言ってまた首元に強く吸い付くと俺の顔を上に向かせ唇を塞ぐ。

 ──そんな甘いセリフがどうしてツラツラと出てくるの。

「…………ん」

 いつもより長めに唇を塞がれて息が上がってしまい、須賀の胸元にしがみついてしまっていると、そこへメイク担当の女性が入ってきた。

「あっ、すいません! 誰も居ないと思っていたので」

 ビクリとした俺の肩に手を置きながら唇を離すと、俺を腕の中に入れた須賀は顔だけ振り返り女性に愛想笑いを向ける。

「構わないよ、私こそ邪魔したね。美しく仕上げてくれ」
「はい、お任せください」
「じゃあ、私は外にいるよ。良い子にしているんだよ」

 髪に口づけをして、少し落ち着きを取り戻した俺を残して須賀は控室を出ていった。恋人のフリというのは、目撃者が必要だということか。須賀の行動は徹底している。



 俺が席を立って挨拶をすると女性は少し申し訳なさそうに近寄ってきて頭を下げてきた。

「長谷川です。宜しくお願いします」
「波野と言います。ヘアセットとメイクを担当します。宜しくお願いします」

 顔を上げた波野さんはニコッと笑っていた。四十代半ばくらいだろうか、黒髪のショートカットの似合う人だ。

「じゃぁさっそく服を上だけ脱いでもらってガウンになってもらえますか?あそこにフィッティング室があるので」
「分かりました」

 さっき褒めてもらったニットを脱いでハンガーに掛けた。似合ってるだなんて言われて正直嬉しかった。彼も俺が着てきて嬉しかったのかな。あれは喜んでるのかな。

 ──違う。恋人のフリで言ってくれてるんだってば。っていうか名前で呼ばれたよね? 気のせいじゃないよね?



 試着室から出て鏡の前に座ると首と肩にタオルが置かれ、霧吹きで俺の髪を湿らせてから丁寧にブラシで梳かしてくれる。前髪も後ろに梳かされ額が顕になった。

 すると波野さんが俺を鏡越しに観察して何やら考えているようだ。

「あの、少しカットさせてもらってもいいですか?」
「はい、構いません」
「では少しだけ」
「はい」

 パクパクと耳障りの良いハサミの音が耳元でする。いつも千円カットで十五分で急いでカットしてもらっているからこんなに丁寧にゆっくり切ってもらうのは新鮮で、なんで髪を梳かしてもらうと心地よくなるのかなどと考えながら鏡に写る自分をなんとなく見ていた。

「じゃぁこれからセットしていきますね」
「はい、お願いします」




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