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人の価値
第十五話
ドライヤーでブローされている鏡の中の自分と、波野さんのプロフェッショナルな手つきをしげしげと見つめていると波野さんと目があった。
「この髪色、地毛なんですね」
「あ……はい、……染めたことはないですね。分かるのですか?」
「キューティクルが傷ついてないのでもしかしたらって思ったんですが、ブローしたら本当に艶が増してきて染めてないのが分かりました。本当にきれいな栗色ですね」
髪色を褒められたことなんてなくて喜んでいいのかも分からない。俺にも褒められるような体の部位があるのか……
「そんなこと言われたの初めてです……」
「そうですか?……なんて言ったらいいか分からないんですが、今まで出会ったことのない手触りというか、なんとなくですけどね。でも他の方とは異なります。私は二十年以上この仕事していて初めて出会ったような髪質なんです」
「何か違うのでしょうか」
「えぇ、なんて言ったらいいか分からないんですけどね」
他の人とは異なる。
……とはどの辺なのかいくら鏡越しに見ても自分ではこの違いに気づけはしないのだが、今まで出会ったことがないと言われてしまうと、もしかしたら自分のΩの特徴なのかもしれないと過る。
今までΩだと結果は判っていても自覚は出来なかった。発情期は未だ来ない身体、腹の中に子宮があってもそれを取り出して見ることはできないし、この身体のどこにΩ性があるのか、どうにも実感がないのだ。この髪質ひとつが、自分のΩである証なのだとしたら発見だ。
それに少しだけ嬉しい気持ちにもなってる自分もいた。
チョーカーを捨て抑制剤を服用しているのにもかかわらず、それはどこかではやはり完全なΩになりたいって願望があるってことを証明してる。
しかしまた、髪質ひとつにしかΩ性がない身体に絶望も感じる。
「あの、褒めてるつもりだったんだけれど、ごめんなさい……! 気を悪くしたでしょうか……」
心配げな声が後ろから掛けられて、いつの間にか俯いてしまっていたことに気がついて俺のほうこそ謝った。
「す、すいません、下向いちゃって、作業しにくかったですよね。褒められたの初めてで恥ずかしくて……つい」
波野さんは俺の顔を見て様子を伺っているようだが、俺が愛想笑いをすると彼女もそれを受け入れた。
「普段からお手入れしてくださいね」
「え……っ、普段からお手入れ? するものなのですか?」
「ブローだけでこんなに変わるんですから、ほら」
鏡の俺と目を合わせ、俺の髪を揺らして見せてくれる。たしかにいつもボサボサな髪じゃない。
「いつも自然乾燥なんですが……」
「自然乾燥も駄目じゃないですけど乾ききってないと傷む原因になりますし、ドライヤーの熱は艶を与えてくれますから」
「へぇ……あ、俺ドライヤー持ってないや」
「え?! あ、そうか、男性は使わないんですかね」
「……だと思います。あ、俺だけかもしれないですけど……」
「恋人は持ってますよねきっと」
「恋人?」
「ふふ」
──いま恋人って……
そのまま笑顔のままで波野さんはそれ以上はなにも言わなかった。
そこにノックする音が聞こえた。ドライヤーを置いてドアを開けると須賀と監督たちが入ってきた。
「え! おぉ……へぇ…………変わるもんですね」
監督が俺を見て何か驚いている。隣にいる須賀も顎に手を置いて俺を食い入るように観察している。
「君に見惚れているんだよ」
片眉をあげた須賀がそんなことをいうもんだから周りにいたスタッフたちは一気に色めき立つ。
俺は慌ててそれを否定した。
「えぇ?! 冗談はやめてください」
「美しく仕上げてくれてありがとう」
波野さんに笑顔を向ける須賀は機嫌が良いらしい。
「まだメイクをしていないのですが、スキンケアと眉を少しだけ整えて……あとは何もしないで良いかもしれません。どうでしょう」
「うむ、そうだな、どうです? 須賀社長」
「無論、このままで行こう」
「はい!」
波野さんは元気よく答えると作業を再開する。前髪がふんわりと上げられていておでこが見えるセットになると、少しだけ大人っぽくなった気がした。眉毛は小さなブラシみたいなもので梳かされると、毛並みの流れが揃い見た目がスッキリした。
首に巻いているタオルなんかを手際よく外すと、用意してあった衣装に着替えてくるようもう一度フィッティング室に俺を連れて行った。
それから撮影場所へ案内されると、明るすぎる照明に照らされ、右向いたり左向いたり、指図されるポーズをとってはやり直し、ようやく須賀からのオッケーが出た頃、俺はヘトヘトになっていた。
「この髪色、地毛なんですね」
「あ……はい、……染めたことはないですね。分かるのですか?」
「キューティクルが傷ついてないのでもしかしたらって思ったんですが、ブローしたら本当に艶が増してきて染めてないのが分かりました。本当にきれいな栗色ですね」
髪色を褒められたことなんてなくて喜んでいいのかも分からない。俺にも褒められるような体の部位があるのか……
「そんなこと言われたの初めてです……」
「そうですか?……なんて言ったらいいか分からないんですが、今まで出会ったことのない手触りというか、なんとなくですけどね。でも他の方とは異なります。私は二十年以上この仕事していて初めて出会ったような髪質なんです」
「何か違うのでしょうか」
「えぇ、なんて言ったらいいか分からないんですけどね」
他の人とは異なる。
……とはどの辺なのかいくら鏡越しに見ても自分ではこの違いに気づけはしないのだが、今まで出会ったことがないと言われてしまうと、もしかしたら自分のΩの特徴なのかもしれないと過る。
今までΩだと結果は判っていても自覚は出来なかった。発情期は未だ来ない身体、腹の中に子宮があってもそれを取り出して見ることはできないし、この身体のどこにΩ性があるのか、どうにも実感がないのだ。この髪質ひとつが、自分のΩである証なのだとしたら発見だ。
それに少しだけ嬉しい気持ちにもなってる自分もいた。
チョーカーを捨て抑制剤を服用しているのにもかかわらず、それはどこかではやはり完全なΩになりたいって願望があるってことを証明してる。
しかしまた、髪質ひとつにしかΩ性がない身体に絶望も感じる。
「あの、褒めてるつもりだったんだけれど、ごめんなさい……! 気を悪くしたでしょうか……」
心配げな声が後ろから掛けられて、いつの間にか俯いてしまっていたことに気がついて俺のほうこそ謝った。
「す、すいません、下向いちゃって、作業しにくかったですよね。褒められたの初めてで恥ずかしくて……つい」
波野さんは俺の顔を見て様子を伺っているようだが、俺が愛想笑いをすると彼女もそれを受け入れた。
「普段からお手入れしてくださいね」
「え……っ、普段からお手入れ? するものなのですか?」
「ブローだけでこんなに変わるんですから、ほら」
鏡の俺と目を合わせ、俺の髪を揺らして見せてくれる。たしかにいつもボサボサな髪じゃない。
「いつも自然乾燥なんですが……」
「自然乾燥も駄目じゃないですけど乾ききってないと傷む原因になりますし、ドライヤーの熱は艶を与えてくれますから」
「へぇ……あ、俺ドライヤー持ってないや」
「え?! あ、そうか、男性は使わないんですかね」
「……だと思います。あ、俺だけかもしれないですけど……」
「恋人は持ってますよねきっと」
「恋人?」
「ふふ」
──いま恋人って……
そのまま笑顔のままで波野さんはそれ以上はなにも言わなかった。
そこにノックする音が聞こえた。ドライヤーを置いてドアを開けると須賀と監督たちが入ってきた。
「え! おぉ……へぇ…………変わるもんですね」
監督が俺を見て何か驚いている。隣にいる須賀も顎に手を置いて俺を食い入るように観察している。
「君に見惚れているんだよ」
片眉をあげた須賀がそんなことをいうもんだから周りにいたスタッフたちは一気に色めき立つ。
俺は慌ててそれを否定した。
「えぇ?! 冗談はやめてください」
「美しく仕上げてくれてありがとう」
波野さんに笑顔を向ける須賀は機嫌が良いらしい。
「まだメイクをしていないのですが、スキンケアと眉を少しだけ整えて……あとは何もしないで良いかもしれません。どうでしょう」
「うむ、そうだな、どうです? 須賀社長」
「無論、このままで行こう」
「はい!」
波野さんは元気よく答えると作業を再開する。前髪がふんわりと上げられていておでこが見えるセットになると、少しだけ大人っぽくなった気がした。眉毛は小さなブラシみたいなもので梳かされると、毛並みの流れが揃い見た目がスッキリした。
首に巻いているタオルなんかを手際よく外すと、用意してあった衣装に着替えてくるようもう一度フィッティング室に俺を連れて行った。
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