恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

文字の大きさ
18 / 98
人の価値

第十八話

 
『君はΩなんだ』

 車がアパートに着くまで俺の頭の中でリフレインし続けた。

 何故俺をΩだと分っているのか。考えられることは、俺のことを調べた時に分かっていた、これが一番可能性が高いだろう。
 Ωからは一番遠い身体だし、あれから一年抑制剤を服用している。もう俺からはフェロモンなんて出ていない。

 Ωとして扱ってくれることが辛いなんて、初めてだ。






 車が俺のアパートに着くと佐伯さんがするより先にドアのロックを解除してドアを開けた。すると後ろ手に左手が掴まれる。

「雪、もう少し話をしないか?」

 このままこの手を振り払ったほうがいいだろうか。冷凍庫に頭を突っ込んで冷やしたほうがいいくらいに子供みたいな発言をして須賀を責めてしまったんだから。戸惑っていると、そこに冷静な佐伯さんの低い声がした。

「前から誰か来ます」

 声と同時に掴まれていた手がぐいっと引っ張られ俺の体が須賀の胸に寄せられる。佐伯さんは運転席から外に出ると俺のドアを外からドンっと閉めた。そしてそのまま前から来る人物に警戒しているようだ。いったい誰が来たのかと目を凝らすとその人物に見覚えがあった。

「須賀さん、あの人は管理人です」
「管理人? 君のアパートの?」
「はい、なにかあったのかもしれません」

 もしかしてとバッグからスマホを取り出すと不動産屋の名前で着信が三件もあった。それを見せると須賀は俺の上に乗るようにして俺側のパワーウィンドウのボタンを押し窓を開けた。

「佐伯」
「はい」
「このアパートの管理人だそうだ」

 鼻がくっつきそうなほど近くにある須賀の横顔に胸が跳ねる。事務的に佐伯さんに伝えると、須賀が居直りさっき感じた須賀の体重があっという間に無くなり少しだけ寂しさがこみ上げた。
 佐伯さんにドアを開けてもらい外へ出ると管理人が俺に気づいて慌てた様子で近づいてきた。

「あ、長谷川さんだね!」

 高齢の管理人の男性は高級車と俺とを交互に見ながら驚いた様子だったが、思い出したようにハッとし話し始めた。
 どうやら上の階の人がお風呂の水を出しっぱなしにして寝てしまい、階下の俺の部屋が浸水したらしい。
 アパートを見上げると、隣で聞いていた佐伯さんも一緒に見上げていた。ポタポタと、外階段へ漏れる音が聞こえる。


「どうした?」
「いえ、なんでも」

 後ろから須賀の声がして思わず何でもないと隠した。

「トラブルか?」
「上の階の住人が漏水させたようです」
「佐伯さん!!」

 あっさり佐伯さんが告げ口した。



 中に入ると想像以上にビショビショだった。間取りは同じのため俺の部屋も風呂場と洗面所とキッチンのある一角が特にひどい、だがそもそもワンルーム、濡れていないところを探すほうが難しい。
 靴下を脱いで裸足になり一番気がかりだったノートパソコンを確かめた。

「……やっぱり濡れてる……。はぁ……レポートあと少しで完成だったのに」

 ひとまず乾いているタオルを見つけてそれに包んでバッグに詰める。死んでないことを祈るしかない。




「これは無残だな」

 他人からそう言われると案外冷静でいられていることに気づく。いつの間にか付いてきた須賀が玄関から部屋の中を見回していた。

「テレビもベッドもない、本当にここに住んでいるのか?」

 確かに生活感がまるでない部屋。あるのは布団くらいだ。

 俺は次に心配している押入れを開けて中を確認した。須賀から貰った品々も見事に濡れていた。

「ごめんなさい、濡らしてしまいました」
「いい。それより君の大切なものはどうなんだ? 無事なのか?」
「パソコンは……濡れていました。動作確認は出来ていませんが」
「濡れているときに起動はさせないほうがいい、あとは?」
「あとは……」

 大学の教科書とノート……。無残にびしょびしょになっている。救えるかは分からないが押入れに仕舞ってある大きなボストンバッグにどんどん突っ込んだ。上京したときに使ったバッグで久しぶりに目にして気持ちが沈む。
 しかし今はそんな気持ちになっている場合ではない。濡れていない服たちはまた別のバッグに手早く詰め込んでいく。

「しばらく住めんな、行くところは?」
「…………なんとかします」
「なんとかするくらいなら私の家に来い。しばらく住めばいい」
「いやです」

 須賀を睨み返そうと振り向くと、須賀の手のひらがこちらを向いていてもう片方の手がコートのポケットからスマホを取り出していた。待てということだ。

「私だ。……あぁ、話してくれ」

 電話の向こうの人に話しながら須賀は部屋を出ていってしまった。




 俺の部屋は二階でこのままでは一階にも迷惑をかけるかもしれない。水たまりが出来ているところにバスタオルを敷いて吸わせている間もう一枚のタオルでその周りを拭く。濡れた布団はとりあえずバルコニーに移す。下を見るとそこにはまだ車があった。

 ひとまず床を拭き終えると水を吸ったタオルを流しで絞り未使用のゴミ袋に詰めた。濡れてしまっている服ももう一枚の袋に詰め込む。
 ボストンバッグたちを一旦外の廊下に持ち出し、濡れた服の入ったゴミ袋をサンタのように担ぐと鍵をかけ下に降りる。すると佐伯さんが運転席から出てきた。

「お手伝いがあれば」
「大丈夫です、コインランドリー近いんで。俺は気にしないで帰ってください、ありがとうございました」

 佐伯さんはすごく気を遣ってくれて、無理に俺に何かしようとはしない、部屋にも絶対に入らない人だ。




 コインランドリーで仕上がるのを待つ間、スマホが鳴った。

『あんた! レストラン辞めたって? 友達の娘さんの結婚式に東京来ててレストラン行っていい気分で食事したってのに最後で恥かかされたわよ! いつもお前のツケにしてるってのに、どうなってるのよ!』
「……辞めたんだ」
『辞めた? 次の仕事見つけてから辞めたんでしょうね?』
「……見つかってないよ、勉強が忙しいんだ」
『勉強を言い訳にしていいと思ってるのね』
「……」
『五万よ! お友達の分も払ったんですからね、送金しといて頂戴よ? プツッ──』

 キンキンとした声に脳が拒絶反応を起こして吐き気がする。


「な…んで……」

 店内にある椅子に座って足を掛けて膝を抱いた。泣かない、絶対に泣かない。

 人生なるようにしかならない、はずだ。

 乾燥が終わった服は温かくふわふわしていた。






感想 1

あなたにおすすめの小説

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。