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αの世界
第二十三話
彼をすぐに呼び出すことにした。
私は佐伯に迎えに行くよう指示を出した。佐伯は代々仕える家の出身ではなく一般採用で入社したβでそろそろ四十になる頃だろう。須賀家とは結びつきがない。だからか彼はあまり気負うことなく接してくれるひとりだ。
それにいきなり連れて来られるには佐伯のような優しそうな人間のほうが彼も警戒しづらいだろう。
予定通り佐伯に連れられやってきた彼はかなり緊張した面持ちで、普段着のせいかレストランで見かけたときより少し幼く見える。
そして恋人のふりをするという契約を無理に結ばせた。戸惑ったような表情にどうやら私のことは覚えているようだ。
近づく彼からはやはり彼の香りがした。もっと満たされたいのに自身のαを鎮めているからなのか、彼のフェロモンはとても微量で、あの夜ラット状態になったのは夢だったのではないかと錯覚するほどだ。
再会した彼はやはり美しかった。
あの夜ラット状態で彼を冷静に見れなかったが、彼のフェロモンの香りに似合う柔和な雰囲気を纏っている。
気を許せばすぐに彼に触れていた。
彼は私の指に恥じらいながら恋人のふりを懸命にしようとしている。ふっくらとした唇に吸い付けば辿々しくも私を受け入れる。少しだけフェロモンが強くなった気がして私を求めてほしいという気持ちが沸いてくる。
調べによると恋人は居なかったようだが、それにしても恥ずかしそうにする初な表情に、どうしようもなく欲情してしまう自分がいた。
──理性で恋愛がしたいなど、よく言えたものだ。
項を確認すると噛み跡はない。
分かってはいるが番っていないことに安堵した。
Ωに惑わされていることと、彼の魅力に惹かれることの区別はなんだ。まるで初恋に悩む中学生のような自問自答に自嘲した。
ただ……いつかこの項に私の愛の証を付けることが叶いますようにとそう願う私はやはりαであり、それは背く事のできない事実だ。目の前にあるその白い項に吸い付き、今はキスマークだけを残す。
チョーカーをしない彼にせめて、αを近寄らせないように私のフェロモンを強めに付ける。万が一に堤のような小賢しいαが近寄っても一瞬で生命の危機を感じるようにしてやらないとならない。
祖父の寄越すスパイが私達を見て祖父に報告をするにも、私達の仲は完璧に祖父を騙せているに違いない。
どちらにせよ、私にはもう彼しか見えないのだ。
なのに彼は「俺なんか」とよく私に言うようになる。
まず、レストランの仕事を辞めさせた。彼と一緒にレストランへ行けば失礼極まりない男が居て好都合だった。クビにしたうちの女秘書もそうだ。彼を蔑んだ目で見るやつは側にはおけない。
後日佐伯から彼が胃薬を処方してもらっているという報告を受ける。どうして体を壊すまで彼はアルバイトをしているんだろう。
雪の身を案じた佐伯は専門店でハーブティーを購入してきた。資格を持つ店主からちゃんとレクチャーを受けてきたとにこやかに微笑んで、次に雪が来たときに淹れるんだと秘書室へ入っていった。佐伯もすっかり雪の心配ばかりしている。
銀行の信用スコアから情報を引き出しても彼に負債はなかった。大学の奨学金も借りてはいない。なのにまたアルバイトを探そうとしている。
私は代わりに仕事をひとつオファーした。私の命を賭けて再始動した半導体事業のイメージモデルになってもらうこと。これは契約に対しての対価だと思っているが、美しい彼に見合った仕事をさせたかった。一流に囲まれることでもっと光り輝ける私のΩだと……いや、Ωだと気づけるように。
しかし彼は契約金を受け取らないという。受け取ったのは最初の手付金のみだ。
それに、余計自信を失っているように思える。
着飾らなくとも十分美しい。
それは私がよく知っている。
けれど、君はもっとΩとして輝ける原石なのだ。
私は佐伯に迎えに行くよう指示を出した。佐伯は代々仕える家の出身ではなく一般採用で入社したβでそろそろ四十になる頃だろう。須賀家とは結びつきがない。だからか彼はあまり気負うことなく接してくれるひとりだ。
それにいきなり連れて来られるには佐伯のような優しそうな人間のほうが彼も警戒しづらいだろう。
予定通り佐伯に連れられやってきた彼はかなり緊張した面持ちで、普段着のせいかレストランで見かけたときより少し幼く見える。
そして恋人のふりをするという契約を無理に結ばせた。戸惑ったような表情にどうやら私のことは覚えているようだ。
近づく彼からはやはり彼の香りがした。もっと満たされたいのに自身のαを鎮めているからなのか、彼のフェロモンはとても微量で、あの夜ラット状態になったのは夢だったのではないかと錯覚するほどだ。
再会した彼はやはり美しかった。
あの夜ラット状態で彼を冷静に見れなかったが、彼のフェロモンの香りに似合う柔和な雰囲気を纏っている。
気を許せばすぐに彼に触れていた。
彼は私の指に恥じらいながら恋人のふりを懸命にしようとしている。ふっくらとした唇に吸い付けば辿々しくも私を受け入れる。少しだけフェロモンが強くなった気がして私を求めてほしいという気持ちが沸いてくる。
調べによると恋人は居なかったようだが、それにしても恥ずかしそうにする初な表情に、どうしようもなく欲情してしまう自分がいた。
──理性で恋愛がしたいなど、よく言えたものだ。
項を確認すると噛み跡はない。
分かってはいるが番っていないことに安堵した。
Ωに惑わされていることと、彼の魅力に惹かれることの区別はなんだ。まるで初恋に悩む中学生のような自問自答に自嘲した。
ただ……いつかこの項に私の愛の証を付けることが叶いますようにとそう願う私はやはりαであり、それは背く事のできない事実だ。目の前にあるその白い項に吸い付き、今はキスマークだけを残す。
チョーカーをしない彼にせめて、αを近寄らせないように私のフェロモンを強めに付ける。万が一に堤のような小賢しいαが近寄っても一瞬で生命の危機を感じるようにしてやらないとならない。
祖父の寄越すスパイが私達を見て祖父に報告をするにも、私達の仲は完璧に祖父を騙せているに違いない。
どちらにせよ、私にはもう彼しか見えないのだ。
なのに彼は「俺なんか」とよく私に言うようになる。
まず、レストランの仕事を辞めさせた。彼と一緒にレストランへ行けば失礼極まりない男が居て好都合だった。クビにしたうちの女秘書もそうだ。彼を蔑んだ目で見るやつは側にはおけない。
後日佐伯から彼が胃薬を処方してもらっているという報告を受ける。どうして体を壊すまで彼はアルバイトをしているんだろう。
雪の身を案じた佐伯は専門店でハーブティーを購入してきた。資格を持つ店主からちゃんとレクチャーを受けてきたとにこやかに微笑んで、次に雪が来たときに淹れるんだと秘書室へ入っていった。佐伯もすっかり雪の心配ばかりしている。
銀行の信用スコアから情報を引き出しても彼に負債はなかった。大学の奨学金も借りてはいない。なのにまたアルバイトを探そうとしている。
私は代わりに仕事をひとつオファーした。私の命を賭けて再始動した半導体事業のイメージモデルになってもらうこと。これは契約に対しての対価だと思っているが、美しい彼に見合った仕事をさせたかった。一流に囲まれることでもっと光り輝ける私のΩだと……いや、Ωだと気づけるように。
しかし彼は契約金を受け取らないという。受け取ったのは最初の手付金のみだ。
それに、余計自信を失っているように思える。
着飾らなくとも十分美しい。
それは私がよく知っている。
けれど、君はもっとΩとして輝ける原石なのだ。
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