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暗闇
第二十六話
外に車の到着する音がした。
「もう一時か……」
時計を見て深夜を回っていたことに気づく。瀧さんに夕食を用意してもらいそれを食べたあとまたレポート作成していたんだ。部屋を出て長い廊下を通り過ぎて玄関に向かう。
外ではピピッとセキュリティー解除の音が鳴る。外の門が開いたのだ。いつ玄関扉が開くのか待っていると、しばらくして扉の格子の磨りガラスから人影が見えてついにガラガラと引き戸が横に引かれた。
扉が引かれるとそこから須賀の疲れた顔が入ってきた。俺がそこに居ると思わなかったのか驚いた顔をしている。
「雪、どうした?」
「いいえ、なにも。おかえりなさい」
「……、あぁ……ただいま」
瞬きを数回して、まだ戸惑っている。須賀の背後には佐伯さんも居てお疲れ様ですと声を掛けるとにこやかにお辞儀で答えてくれた。
「まだ、寝ていなかったのか?」
「はい。レポートを。瀧さんはもうお帰りになりました」
十数センチ一段上がっている玄関框のおかげで須賀の顔がいつもより近い。後ろに撫で付けているはずの前髪がはらりとおでこに垂れていてそれに目が行ってしまう。
「どうした?」
長い指に頬を撫でられて須賀に見惚れていたことに気づいて目の行き場に困っていると、須賀は片眉を上げて素早く俺の頬にキスをした。俺は慌ててそこを手で覆い隠す。
「出迎え嬉しいな」
「ち、違います、待っていたわけでは」
「ふうん? なら、どうして玄関に?」
「それは……」
「問題があったのか?」
「いいえ! あっ……パソコン……、そう、そうです! パソコンを見てもらおうと」
「あぁ、パソコン」
パソコンね……と片眉をあげたまま後ろにいる佐伯さんをちらりと見た。
「佐伯、見れるか?」
「はい」
「えっ、佐伯さんが見るんですか? もう遅いですから、えっと」
そういうと須賀と佐伯さんが互いに目を合わせて俺を訝しげに見た。咄嗟になにを言ってるのか俺もよく分からない。
「まぁ、いい、私が見よう。佐伯お疲れさん」
「はい、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
須賀が框を上がると佐伯さんは背中にお辞儀をして出ていった。「佐伯は機械に強いから適任なんだがな」と言いながら須賀は片眉上げてニヤリとし俺の横を通り過ぎ部屋へ向かっていく。
咄嗟に言い訳したけど、こんな夜中にパソコンを見てもらうなんて非常識だった……やっぱり別の日にしてもらおう。
「あの、須賀さん、やっぱり今夜はもう遅いので……」
「構わないよ」
部屋へ入るとスーツのジャケットを脱いでそれをカウチの背もたれに掛け、パソコンのあるデスクに座った。
乾いていることを確認して充電コードを差し込む。充電のランプは点灯した。俺はそれを見てとりあえずホッとした。それから電源を入れると素直に立ち上がってくれたのだった。須賀は何やら色々操作確認してから俺に見せてくれた。
「データがちゃんとあるか確認してみろ」
「えっと……はい、あります! 大丈夫です!」
「バックアップは取ってあるか?」
「い、いえ」
「待ってろ」
そう答えると須賀は立ち上がり部屋を出ていった。いったいどうしたのかとソワソワしていると、しばらくしてUBSメモリーを手に戻ってきた。そしてそれを俺に渡したんだ。
「まだ足りなければ言ってくれ」
「ありがとうございます……」
俺がバックアップしはじめると須賀は後ろのカウチに座った。アンティークみたいな猫脚のカウチソファでゆったり足を組んで腰掛けている須賀はとても様になっていて、どこから見ても財閥の御曹司だった。
「雪、君の専攻は?」
「理工学部の生物科です、今は化学ばかりですが」
「理系なのか」
「いつかは遺伝子の研究がしたいなとは思っています、なれるかどうかは別ですけど」
「遺伝子研究? クローンとか?」
「いえ! 似てはいますが……そうではなくて……その、ゲノム解析とか、のちのちはバース性の研究がしたいんです」
須賀は黙って顎に手をやり考えている。バース性の研究だなんて、俺みたいな人間に出来るのかって思われているのかな。
「それなら幼馴染みに医者がいる、何か役に立てるかもしれないから今度紹介しよう」
「えっ、紹介してくださるんですか?」
「人間的には大したやつではないんだが、医師としては優秀だから今度会わせよう。そいつが役に立たなくとも横の繋がりがあるだろう」
「あ、ありがとうございます……」
人間的に大したことないって、幼馴染だから謙遜しているのかな。専門的な人との関わりができる事はきっと俺にとって宝物になるはずだ、話がついて行けなくともこの機会は逃すべきじゃない。
「私は部屋に戻る。バックアップを終えたら早く寝るんだよ」
立ち上がり俺の横に来ると肩に手をおいてパソコンの画面をちらりと見る。
「はい、すいません。遅くに……」
「大丈夫だと言ったろ? 雪が出迎えに来てくれたんだ、これくらい何でもないさ」
「え……?」
「私は睡眠一時間でも平気な男なんだ」
そう言われるとそんな気がしてきてしまうけれど……
「そんなわけ……、駄目です」
昨日だって寝ていないんだから……と言おうとして思い出した。
「あ! あの! 昨夜、教科書を干してくださってありがとうございました!」
「あぁ、そんなこと」
まるで気にしていない様子の須賀。
「そんなことって……、俺はすっかり寝てしまったというのに」
「では雪、君からのご褒美を受け取ろうか」
ご褒美とはと聞くより先に須賀の唇がそれを飲み込んだ。
「ん……っ」
首の後ろをやんわり掴まれると顎があがり舌がぬるっと侵入してくる。軽く舌の先端を舐められゾクッとした。
「雪の匂いが強くなった」
「……?」
俺はその意味が分からなかったが須賀を見上げると須賀の瞳が一瞬ギラッと煌めいて俺の首を喰んだ。歯が当たらないように唇で強く喰みながら強く吸われる。
「……す、須賀さん……、や……っ」
「嫌なのか?」
「……須賀さんは首ばかり……キスしてくるから……」
「してくるから?」
俺はなにを言おうとしているんだ。須賀の熱い視線が向けられて肌がジリっと焼けてしまいそう。
「雪はいい匂いだ」
「たぶん須賀さんと……同じボディシャンプーですけど……」
「そうか?」
すんと首の匂いを嗅いで須賀は身体を起こすと「じゃあおやすみ」と部屋を出ていった。
─────はぁ!!
目眩が起きてこめかみを擦る。
一緒に暮らすってしんどい……
「もう一時か……」
時計を見て深夜を回っていたことに気づく。瀧さんに夕食を用意してもらいそれを食べたあとまたレポート作成していたんだ。部屋を出て長い廊下を通り過ぎて玄関に向かう。
外ではピピッとセキュリティー解除の音が鳴る。外の門が開いたのだ。いつ玄関扉が開くのか待っていると、しばらくして扉の格子の磨りガラスから人影が見えてついにガラガラと引き戸が横に引かれた。
扉が引かれるとそこから須賀の疲れた顔が入ってきた。俺がそこに居ると思わなかったのか驚いた顔をしている。
「雪、どうした?」
「いいえ、なにも。おかえりなさい」
「……、あぁ……ただいま」
瞬きを数回して、まだ戸惑っている。須賀の背後には佐伯さんも居てお疲れ様ですと声を掛けるとにこやかにお辞儀で答えてくれた。
「まだ、寝ていなかったのか?」
「はい。レポートを。瀧さんはもうお帰りになりました」
十数センチ一段上がっている玄関框のおかげで須賀の顔がいつもより近い。後ろに撫で付けているはずの前髪がはらりとおでこに垂れていてそれに目が行ってしまう。
「どうした?」
長い指に頬を撫でられて須賀に見惚れていたことに気づいて目の行き場に困っていると、須賀は片眉を上げて素早く俺の頬にキスをした。俺は慌ててそこを手で覆い隠す。
「出迎え嬉しいな」
「ち、違います、待っていたわけでは」
「ふうん? なら、どうして玄関に?」
「それは……」
「問題があったのか?」
「いいえ! あっ……パソコン……、そう、そうです! パソコンを見てもらおうと」
「あぁ、パソコン」
パソコンね……と片眉をあげたまま後ろにいる佐伯さんをちらりと見た。
「佐伯、見れるか?」
「はい」
「えっ、佐伯さんが見るんですか? もう遅いですから、えっと」
そういうと須賀と佐伯さんが互いに目を合わせて俺を訝しげに見た。咄嗟になにを言ってるのか俺もよく分からない。
「まぁ、いい、私が見よう。佐伯お疲れさん」
「はい、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
須賀が框を上がると佐伯さんは背中にお辞儀をして出ていった。「佐伯は機械に強いから適任なんだがな」と言いながら須賀は片眉上げてニヤリとし俺の横を通り過ぎ部屋へ向かっていく。
咄嗟に言い訳したけど、こんな夜中にパソコンを見てもらうなんて非常識だった……やっぱり別の日にしてもらおう。
「あの、須賀さん、やっぱり今夜はもう遅いので……」
「構わないよ」
部屋へ入るとスーツのジャケットを脱いでそれをカウチの背もたれに掛け、パソコンのあるデスクに座った。
乾いていることを確認して充電コードを差し込む。充電のランプは点灯した。俺はそれを見てとりあえずホッとした。それから電源を入れると素直に立ち上がってくれたのだった。須賀は何やら色々操作確認してから俺に見せてくれた。
「データがちゃんとあるか確認してみろ」
「えっと……はい、あります! 大丈夫です!」
「バックアップは取ってあるか?」
「い、いえ」
「待ってろ」
そう答えると須賀は立ち上がり部屋を出ていった。いったいどうしたのかとソワソワしていると、しばらくしてUBSメモリーを手に戻ってきた。そしてそれを俺に渡したんだ。
「まだ足りなければ言ってくれ」
「ありがとうございます……」
俺がバックアップしはじめると須賀は後ろのカウチに座った。アンティークみたいな猫脚のカウチソファでゆったり足を組んで腰掛けている須賀はとても様になっていて、どこから見ても財閥の御曹司だった。
「雪、君の専攻は?」
「理工学部の生物科です、今は化学ばかりですが」
「理系なのか」
「いつかは遺伝子の研究がしたいなとは思っています、なれるかどうかは別ですけど」
「遺伝子研究? クローンとか?」
「いえ! 似てはいますが……そうではなくて……その、ゲノム解析とか、のちのちはバース性の研究がしたいんです」
須賀は黙って顎に手をやり考えている。バース性の研究だなんて、俺みたいな人間に出来るのかって思われているのかな。
「それなら幼馴染みに医者がいる、何か役に立てるかもしれないから今度紹介しよう」
「えっ、紹介してくださるんですか?」
「人間的には大したやつではないんだが、医師としては優秀だから今度会わせよう。そいつが役に立たなくとも横の繋がりがあるだろう」
「あ、ありがとうございます……」
人間的に大したことないって、幼馴染だから謙遜しているのかな。専門的な人との関わりができる事はきっと俺にとって宝物になるはずだ、話がついて行けなくともこの機会は逃すべきじゃない。
「私は部屋に戻る。バックアップを終えたら早く寝るんだよ」
立ち上がり俺の横に来ると肩に手をおいてパソコンの画面をちらりと見る。
「はい、すいません。遅くに……」
「大丈夫だと言ったろ? 雪が出迎えに来てくれたんだ、これくらい何でもないさ」
「え……?」
「私は睡眠一時間でも平気な男なんだ」
そう言われるとそんな気がしてきてしまうけれど……
「そんなわけ……、駄目です」
昨日だって寝ていないんだから……と言おうとして思い出した。
「あ! あの! 昨夜、教科書を干してくださってありがとうございました!」
「あぁ、そんなこと」
まるで気にしていない様子の須賀。
「そんなことって……、俺はすっかり寝てしまったというのに」
「では雪、君からのご褒美を受け取ろうか」
ご褒美とはと聞くより先に須賀の唇がそれを飲み込んだ。
「ん……っ」
首の後ろをやんわり掴まれると顎があがり舌がぬるっと侵入してくる。軽く舌の先端を舐められゾクッとした。
「雪の匂いが強くなった」
「……?」
俺はその意味が分からなかったが須賀を見上げると須賀の瞳が一瞬ギラッと煌めいて俺の首を喰んだ。歯が当たらないように唇で強く喰みながら強く吸われる。
「……す、須賀さん……、や……っ」
「嫌なのか?」
「……須賀さんは首ばかり……キスしてくるから……」
「してくるから?」
俺はなにを言おうとしているんだ。須賀の熱い視線が向けられて肌がジリっと焼けてしまいそう。
「雪はいい匂いだ」
「たぶん須賀さんと……同じボディシャンプーですけど……」
「そうか?」
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