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暗闇
第二十七話
「おはようございます! いいにおい!」
雪はキッチンに顔を出して瀧の手伝いをする。
「坊っちゃま、おはようございます。昨夜も遅くまでお仕事をなさってたんですか? ずっと電気が付いていたような……。お体に障りますよ。私は心配で心配で、あの部屋が眠れないようでしたら……」
「いっいえ! そうじゃないんです。俺には勿体無いくらいのお部屋ですから」
「それじゃあ、方角が良くないのかしら」
「え?」
「視てもらいましょうか! そうね! それがいいわ!」
「瀧さん! 違うんです、俺は」
暴走気味の瀧を落ち着かせるように雪は両手を広げて慌てているようだ。
「なにかほかにあるのですか?」
「……真っ暗が怖いんです、お恥ずかしい話ですが」
「なあんだ、そうでしたか」
「えっと……おばけが怖くて」
「おばけが怖いのは生きてる証拠! 私なんぞおばけが見えたらお迎えが来たかと追い返しますよ?」
「追い返す? それはどうやって?」
「こう……箒を持って、えぃ!……と……うふふ!」
「まぁ、なんと勇ましい……」
雪の声は楽しそうな笑い声に変わった。
「坊っちゃまが眠れるよう物置から良い塩梅の明るさのランプを探してきましょう。部屋の明かりでは明るすぎて脳が休まりませんから」
「ありがとうございます」
「いいんですよ、若旦那様からそれはそれは大切にと言付かっておりますので」
「またそんなことを……」
「大切なお方だと」
「そ、そんな俺は」
「うふふ」
私は今朝の二人の会話を思い出していた。
瀧は少々おしゃべりではあるが、二人は馬が合うのだろう。雪の声のトーンが少しばかり上がった気がする。滝もいつも私とふたりで詰まらなそうだったから久しぶりに誰かの世話をすることに生き生きとして見える。
「佐伯、今日は早く帰る」
「えぇ、今夜は会合もございませんし」
「……なんだ」
「いえ、そりゃ早くお帰りになりたいだろうと思いまして」
佐伯はデスクに山のようにある書類たちをニコニコしながら鼻歌混じりに精査している。須賀エレクトロニクスの再始動まであと数週間。役員たちをようやく黙らせることが出来てサインが必要な書類が増幅している。
──βの佐伯に威圧が通じないのがもどかしい。この口を封じてしまいたいのに。
「あのように社長を玄関で待ちわびておられるとは……なんと健気なことでしょうか……。あっ社長、こちらにもサインをお忘れなく」
「わかっている」
「社長が早くお帰りになれるよう尽くします」と言って認印と実印とを使い分け、まるでそのための機械かのようにポンポンと私の代わりに押してゆく。
「帰りにあのハーブティをお持ちしましょうかね、あ、マドレーヌもお付けしなければ! この間気に入っていたたけたようで何よりでした。あ! こうはして要られない、社長、私は今から買いに行ってきます」
「……勝手にしろ」
パタパタと慌てて執務室から出ていってしまった。
私は立ち上がり窓に立つと両手をあげて背筋を伸ばした。
雪は暗闇が怖くて眠るときも明かりを付けて寝ているというのだろうか。もしや慣れない家でひとり眠るのが不安なのだろうか。あの家も若い人から見れば古くて怖いものなのかもしれない。
「うーむ……、まだ子供なのだな」
いつもより早めに自宅へ戻ると玄関には昨夜のような雪の姿はなかった。期待はずれに雪の部屋の襖をノックする。
「雪、居るか?」
……返答がない。風呂かと引き返すと台所から笑い声が聞こえる。
「はぁ、面白かった!」
「王様ったらあんなにデレデレしちゃって」
「でも側妃にしたら王妃からの嫉妬で結局泣く羽目になりますね……」
瀧と雪は台所にある小さなテーブルセットに座り一緒に韓流ドラマを観ていたらしい。瀧が気が付いて振り向いた。
「……今帰った」
「あら、若旦那様、おかえりなさいまし。お早いお帰りでしたね」
「須賀さん! おかえりなさい」
雪も私に気がつくと立ち上がり俺に笑顔を向けてくれた。
「ただいまお茶お持ちしますよ」
「滝さん、俺がやりますよ」
「坊っちゃま……」
雪はニコっと笑って滝から急須を受け取った。
お盆に乗せられたいつもの湯呑みを雪が緊張した面持ちで運んでくるのを、私はリビングのソファで待った。
「声がうるさかったですか? すいません、ドラマに夢中になってしまって」
「すっかり仲良しだな」
「まだ家に慣れなくて、つい滝さんに甘えてしまいます」
湯呑みをローテーブルに置くと雪はそのまま床に屈もうとして私はそれを止めた。
「君は使用人ではない、ここに座ってくれ」
「あ……、はい……わかりました」
雪は緊張気味に私の隣に座る。膝に置いたお盆の縁をカリカリと爪でなぞっている。
「私には甘えてくれないのか?」
「須賀さんにはもうすでに甘えっぱなしじゃないですか。おうちに置いてくださいますし、服も買ってくれました」
「経済面だけだな」
「違いますか……?」
困り顔の雪。
「ひとりでいたくないなら滝を頼っていい、別にだめと言っているわけではない」
「はい……」
「あとで部屋にランプを運ぶ」
「すいません、わがまま言いました」
「眠れないのだろう? それなら対策せねば。美しい顔がもったいないぞ」
「え?」
雪は自分で両頬に触れて何かを探っている。うっすらクマが出来ていてやつれて見えるというのに、手で触れて分かるものではない。どうしてそんなに私を惑わすのだ。
「かわいいな」
「え?!」
「え?」
「いま、なんと……」
──しまった。心の声が。
雪は耳まで赤くして恥ずかしがっている。
いや、雪を見ている場合ではない、私の顔だって赤面しているに違いないんだ。私はすっと立ち上がりリビングを出た。
「……………なんで、出てきてしまった?」
雪をかわいい、好きだ、愛してると褒めちぎってやれば良かったのに。
雪はキッチンに顔を出して瀧の手伝いをする。
「坊っちゃま、おはようございます。昨夜も遅くまでお仕事をなさってたんですか? ずっと電気が付いていたような……。お体に障りますよ。私は心配で心配で、あの部屋が眠れないようでしたら……」
「いっいえ! そうじゃないんです。俺には勿体無いくらいのお部屋ですから」
「それじゃあ、方角が良くないのかしら」
「え?」
「視てもらいましょうか! そうね! それがいいわ!」
「瀧さん! 違うんです、俺は」
暴走気味の瀧を落ち着かせるように雪は両手を広げて慌てているようだ。
「なにかほかにあるのですか?」
「……真っ暗が怖いんです、お恥ずかしい話ですが」
「なあんだ、そうでしたか」
「えっと……おばけが怖くて」
「おばけが怖いのは生きてる証拠! 私なんぞおばけが見えたらお迎えが来たかと追い返しますよ?」
「追い返す? それはどうやって?」
「こう……箒を持って、えぃ!……と……うふふ!」
「まぁ、なんと勇ましい……」
雪の声は楽しそうな笑い声に変わった。
「坊っちゃまが眠れるよう物置から良い塩梅の明るさのランプを探してきましょう。部屋の明かりでは明るすぎて脳が休まりませんから」
「ありがとうございます」
「いいんですよ、若旦那様からそれはそれは大切にと言付かっておりますので」
「またそんなことを……」
「大切なお方だと」
「そ、そんな俺は」
「うふふ」
私は今朝の二人の会話を思い出していた。
瀧は少々おしゃべりではあるが、二人は馬が合うのだろう。雪の声のトーンが少しばかり上がった気がする。滝もいつも私とふたりで詰まらなそうだったから久しぶりに誰かの世話をすることに生き生きとして見える。
「佐伯、今日は早く帰る」
「えぇ、今夜は会合もございませんし」
「……なんだ」
「いえ、そりゃ早くお帰りになりたいだろうと思いまして」
佐伯はデスクに山のようにある書類たちをニコニコしながら鼻歌混じりに精査している。須賀エレクトロニクスの再始動まであと数週間。役員たちをようやく黙らせることが出来てサインが必要な書類が増幅している。
──βの佐伯に威圧が通じないのがもどかしい。この口を封じてしまいたいのに。
「あのように社長を玄関で待ちわびておられるとは……なんと健気なことでしょうか……。あっ社長、こちらにもサインをお忘れなく」
「わかっている」
「社長が早くお帰りになれるよう尽くします」と言って認印と実印とを使い分け、まるでそのための機械かのようにポンポンと私の代わりに押してゆく。
「帰りにあのハーブティをお持ちしましょうかね、あ、マドレーヌもお付けしなければ! この間気に入っていたたけたようで何よりでした。あ! こうはして要られない、社長、私は今から買いに行ってきます」
「……勝手にしろ」
パタパタと慌てて執務室から出ていってしまった。
私は立ち上がり窓に立つと両手をあげて背筋を伸ばした。
雪は暗闇が怖くて眠るときも明かりを付けて寝ているというのだろうか。もしや慣れない家でひとり眠るのが不安なのだろうか。あの家も若い人から見れば古くて怖いものなのかもしれない。
「うーむ……、まだ子供なのだな」
いつもより早めに自宅へ戻ると玄関には昨夜のような雪の姿はなかった。期待はずれに雪の部屋の襖をノックする。
「雪、居るか?」
……返答がない。風呂かと引き返すと台所から笑い声が聞こえる。
「はぁ、面白かった!」
「王様ったらあんなにデレデレしちゃって」
「でも側妃にしたら王妃からの嫉妬で結局泣く羽目になりますね……」
瀧と雪は台所にある小さなテーブルセットに座り一緒に韓流ドラマを観ていたらしい。瀧が気が付いて振り向いた。
「……今帰った」
「あら、若旦那様、おかえりなさいまし。お早いお帰りでしたね」
「須賀さん! おかえりなさい」
雪も私に気がつくと立ち上がり俺に笑顔を向けてくれた。
「ただいまお茶お持ちしますよ」
「滝さん、俺がやりますよ」
「坊っちゃま……」
雪はニコっと笑って滝から急須を受け取った。
お盆に乗せられたいつもの湯呑みを雪が緊張した面持ちで運んでくるのを、私はリビングのソファで待った。
「声がうるさかったですか? すいません、ドラマに夢中になってしまって」
「すっかり仲良しだな」
「まだ家に慣れなくて、つい滝さんに甘えてしまいます」
湯呑みをローテーブルに置くと雪はそのまま床に屈もうとして私はそれを止めた。
「君は使用人ではない、ここに座ってくれ」
「あ……、はい……わかりました」
雪は緊張気味に私の隣に座る。膝に置いたお盆の縁をカリカリと爪でなぞっている。
「私には甘えてくれないのか?」
「須賀さんにはもうすでに甘えっぱなしじゃないですか。おうちに置いてくださいますし、服も買ってくれました」
「経済面だけだな」
「違いますか……?」
困り顔の雪。
「ひとりでいたくないなら滝を頼っていい、別にだめと言っているわけではない」
「はい……」
「あとで部屋にランプを運ぶ」
「すいません、わがまま言いました」
「眠れないのだろう? それなら対策せねば。美しい顔がもったいないぞ」
「え?」
雪は自分で両頬に触れて何かを探っている。うっすらクマが出来ていてやつれて見えるというのに、手で触れて分かるものではない。どうしてそんなに私を惑わすのだ。
「かわいいな」
「え?!」
「え?」
「いま、なんと……」
──しまった。心の声が。
雪は耳まで赤くして恥ずかしがっている。
いや、雪を見ている場合ではない、私の顔だって赤面しているに違いないんだ。私はすっと立ち上がりリビングを出た。
「……………なんで、出てきてしまった?」
雪をかわいい、好きだ、愛してると褒めちぎってやれば良かったのに。
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