28 / 98
暗闇
第二十八話
「どうぞ」
返事をすると襖が開いて須賀が入ってきた。その腕にはランプが抱えられている。
「須賀さん! 俺が持ちます」
「いや、重いから私が持つよ」
ベッドからほどよく離れた窓辺に置かれた丸テーブルの上にその大きなランプが置かれた。本体は陶磁器でできた重厚感あるもので丸い形をしている。
それに乗ったシェードもよく見ると白い陶磁器でできていて無数の穴があいており、須賀がスイッチを付けると、中の電球の明かりがやんわりと漏れる。
「うわぁ……とってもきれい……」
「透かし彫りがされているんだ。珍しいだろう」
「透かし彫り?」
「籠目といって昔からある伝統的な柄だ、籠目に透かし彫りをするなんて粋だろう?」
「かごめ……?」
俺にはなんのことかよく分からずじーっと見ると須賀の顔も近づいてくる。須賀の長い指が繊細に彫られたところを撫でた。
「ほら、竹で編んだ籠のようだろう?」
「籠の目、なんですね」
「あぁそうだ」
須賀は俺が何かを聞くといつもちゃんと答えてくれて教えてくれる。面倒くさがらずに教えてくれるのが最近嬉しいことだと気づいたんだ。
質問に限らず本を干してくれたことも、パソコンの調子を見てくれたことも、こうやってランプを探して持ってきてくれることも、マメというより、優しさに感じてしまう。
優しい明かりに照らされた須賀が俺を見ていて目が合った。
「この明かりで眠れそうか?」
「はい、きっと」
「おばけは出ないよ」
「え……っ、あの、もしかして聞いてました? はずかしい……」
この年でおばけが怖いなどと言ってランプを持ってきてもらう俺を須賀は眉を下げて微笑みかけてる。
こんな優しい表情初めて見る……。胸がトクンと高鳴ってしまう。整った顔が至近距離にありすぎ我慢できなくなりランプから離れて俺はベッドに座った。すると須賀も一緒に隣に座った。
「いつも明るくして寝ているのか?」
「はい、……暗いのが苦手なんです」
「この家が怖いか? 古いし気味が悪いかな」
「いえ! 気味が悪いなどとは! 素敵なおうちですよ。これは昔からなんです……」
「昔から? もしや眠剤を飲んでいるのか?」
「今は飲んでいません、少し前は飲んでいましたが……」
「なにかストレスがあったのか? バイトか?」
俺は優しい眼差しに耐えきれなくて俯いた。今朝瀧さんに話したことは嘘だ。
暗闇が苦手なのは……、母に地下の物置に閉じ込められていたから。男をたぶらかすΩだと叱られてその都度何時間も暗闇に居てとても怖かった。叫んでも誰も来てくれなかったんだ。あの恐怖は今もなかなか消えない。
「──き、雪?」
少し強めに呼ばれ俺はハッとして須賀を見た。険しい顔つきで須賀が肩を掴んでいて俺は咄嗟にそれを慌てて払った。須賀が少し驚いた顔で振り払われた手を眺めたあとこちらを見る。
──俺はいま須賀さんの手を振り払ってしまった!
「あっ、ごっ、ごめんなさい!」
「どうしたんだ?」
傷ついたように眉を下げ俺に触れようとする彼の手が躊躇って宙を彷徨う。
「いっ、いきなり、触られて、そのっ、……でもごめんなさい、失礼なことしてしまって……っ」
「いや、君の嫌がることはしないよ。いきなりで悪かった」
「……すいません。……違うんです……ごめんなさい……ごめんなさい」
「いいんだ。もう休みなさい」
須賀は立ち上がると布団を剥いで俺をその中に入れ込む。
「あ、あの、……」
須賀が怒ってはいないかと伺うが、眉を下げたままの須賀の様子からはそのような気配はなく、むしろ俺は優しい空気に包まれた。
ふわふわの布団が首までしっかり掛けられ、大きな手が俺の髪に触れる。今までも手荒くされたことはないが今夜はとても遠慮がちで髪の表面だけを撫でていく。
「おやすみ、雪」
須賀はランプの灯りだけを残して部屋の電気を消すと静かに出ていった。
──おでこにキス、しなかった。
あの家を出てひとりで病院に通うことが出来るようになると、俺は心療内科に通った。中学のころから母親からの責めが増え不眠になり、Ω化へのホルモン剤の副作用も相まって不眠は六年続いていた。大学受験は乗り越えたものの体はボロボロだったようだ。
ホルモン剤も止めて睡眠薬や安定剤を常時飲んでいくうち少しずつ眠れるようになってきた。ひとり暮らしに慣れたこともあるのかもしれない。
この一年、飲まなくても落ち着くようになったのに、やはりふとした瞬間思い出して辛くなる。
勝手に流れてくる涙が枕に吸い込まれてゆく。
「透かし彫り……」
布団の中からやんわりと部屋を照らすランプを眺めながら先程教えてくれたことを呟く。忘れないように。
そして須賀の存在を感じて俺は目を瞑った。
翌日、数日ぶりに大学へ向かい学生課で教科書の再購入について聞いていた。そのあと図書室へ向かう。レポート作成のための本を借りるためだ。
春休みのせいかいつもより人は少なく、運動部がキャンパス内をジョギングしている。理学部の周りは白衣を着た学生がちらほら居て、図書室は予約なしにも席が確保できた。
そして不動産会社から部屋の工事に三週間ほどかかると連絡を受ける。須賀に言われていた保険会社からも連絡が来たがノートパソコンは家財には当たらないとの返答をもらう。
壊れたわけではないがいつ故障してもおかしくない。時限爆弾を背負ったような気になり深いため息が漏れた。
午後になり、外のベンチでおにぎりを頬張る。朝ごはんの紅鮭を半分残しておにぎりの具にして持ってきたのだ。瀧さんがお弁当を作ってくれると言ったがそこまで甘える訳にはいかない。
そして夕方、図書室で借りた大量の本をバッグに詰め込んだ俺に追い打ちをかけるようにまたスマホが鳴ったんだ。
返事をすると襖が開いて須賀が入ってきた。その腕にはランプが抱えられている。
「須賀さん! 俺が持ちます」
「いや、重いから私が持つよ」
ベッドからほどよく離れた窓辺に置かれた丸テーブルの上にその大きなランプが置かれた。本体は陶磁器でできた重厚感あるもので丸い形をしている。
それに乗ったシェードもよく見ると白い陶磁器でできていて無数の穴があいており、須賀がスイッチを付けると、中の電球の明かりがやんわりと漏れる。
「うわぁ……とってもきれい……」
「透かし彫りがされているんだ。珍しいだろう」
「透かし彫り?」
「籠目といって昔からある伝統的な柄だ、籠目に透かし彫りをするなんて粋だろう?」
「かごめ……?」
俺にはなんのことかよく分からずじーっと見ると須賀の顔も近づいてくる。須賀の長い指が繊細に彫られたところを撫でた。
「ほら、竹で編んだ籠のようだろう?」
「籠の目、なんですね」
「あぁそうだ」
須賀は俺が何かを聞くといつもちゃんと答えてくれて教えてくれる。面倒くさがらずに教えてくれるのが最近嬉しいことだと気づいたんだ。
質問に限らず本を干してくれたことも、パソコンの調子を見てくれたことも、こうやってランプを探して持ってきてくれることも、マメというより、優しさに感じてしまう。
優しい明かりに照らされた須賀が俺を見ていて目が合った。
「この明かりで眠れそうか?」
「はい、きっと」
「おばけは出ないよ」
「え……っ、あの、もしかして聞いてました? はずかしい……」
この年でおばけが怖いなどと言ってランプを持ってきてもらう俺を須賀は眉を下げて微笑みかけてる。
こんな優しい表情初めて見る……。胸がトクンと高鳴ってしまう。整った顔が至近距離にありすぎ我慢できなくなりランプから離れて俺はベッドに座った。すると須賀も一緒に隣に座った。
「いつも明るくして寝ているのか?」
「はい、……暗いのが苦手なんです」
「この家が怖いか? 古いし気味が悪いかな」
「いえ! 気味が悪いなどとは! 素敵なおうちですよ。これは昔からなんです……」
「昔から? もしや眠剤を飲んでいるのか?」
「今は飲んでいません、少し前は飲んでいましたが……」
「なにかストレスがあったのか? バイトか?」
俺は優しい眼差しに耐えきれなくて俯いた。今朝瀧さんに話したことは嘘だ。
暗闇が苦手なのは……、母に地下の物置に閉じ込められていたから。男をたぶらかすΩだと叱られてその都度何時間も暗闇に居てとても怖かった。叫んでも誰も来てくれなかったんだ。あの恐怖は今もなかなか消えない。
「──き、雪?」
少し強めに呼ばれ俺はハッとして須賀を見た。険しい顔つきで須賀が肩を掴んでいて俺は咄嗟にそれを慌てて払った。須賀が少し驚いた顔で振り払われた手を眺めたあとこちらを見る。
──俺はいま須賀さんの手を振り払ってしまった!
「あっ、ごっ、ごめんなさい!」
「どうしたんだ?」
傷ついたように眉を下げ俺に触れようとする彼の手が躊躇って宙を彷徨う。
「いっ、いきなり、触られて、そのっ、……でもごめんなさい、失礼なことしてしまって……っ」
「いや、君の嫌がることはしないよ。いきなりで悪かった」
「……すいません。……違うんです……ごめんなさい……ごめんなさい」
「いいんだ。もう休みなさい」
須賀は立ち上がると布団を剥いで俺をその中に入れ込む。
「あ、あの、……」
須賀が怒ってはいないかと伺うが、眉を下げたままの須賀の様子からはそのような気配はなく、むしろ俺は優しい空気に包まれた。
ふわふわの布団が首までしっかり掛けられ、大きな手が俺の髪に触れる。今までも手荒くされたことはないが今夜はとても遠慮がちで髪の表面だけを撫でていく。
「おやすみ、雪」
須賀はランプの灯りだけを残して部屋の電気を消すと静かに出ていった。
──おでこにキス、しなかった。
あの家を出てひとりで病院に通うことが出来るようになると、俺は心療内科に通った。中学のころから母親からの責めが増え不眠になり、Ω化へのホルモン剤の副作用も相まって不眠は六年続いていた。大学受験は乗り越えたものの体はボロボロだったようだ。
ホルモン剤も止めて睡眠薬や安定剤を常時飲んでいくうち少しずつ眠れるようになってきた。ひとり暮らしに慣れたこともあるのかもしれない。
この一年、飲まなくても落ち着くようになったのに、やはりふとした瞬間思い出して辛くなる。
勝手に流れてくる涙が枕に吸い込まれてゆく。
「透かし彫り……」
布団の中からやんわりと部屋を照らすランプを眺めながら先程教えてくれたことを呟く。忘れないように。
そして須賀の存在を感じて俺は目を瞑った。
翌日、数日ぶりに大学へ向かい学生課で教科書の再購入について聞いていた。そのあと図書室へ向かう。レポート作成のための本を借りるためだ。
春休みのせいかいつもより人は少なく、運動部がキャンパス内をジョギングしている。理学部の周りは白衣を着た学生がちらほら居て、図書室は予約なしにも席が確保できた。
そして不動産会社から部屋の工事に三週間ほどかかると連絡を受ける。須賀に言われていた保険会社からも連絡が来たがノートパソコンは家財には当たらないとの返答をもらう。
壊れたわけではないがいつ故障してもおかしくない。時限爆弾を背負ったような気になり深いため息が漏れた。
午後になり、外のベンチでおにぎりを頬張る。朝ごはんの紅鮭を半分残しておにぎりの具にして持ってきたのだ。瀧さんがお弁当を作ってくれると言ったがそこまで甘える訳にはいかない。
そして夕方、図書室で借りた大量の本をバッグに詰め込んだ俺に追い打ちをかけるようにまたスマホが鳴ったんだ。
あなたにおすすめの小説
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
愛されたいだけなのに
まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。
気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。
しかしまた殺される。
何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました
こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。