恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

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暗闇

第二十八話

「どうぞ」

 返事をすると襖が開いて須賀が入ってきた。その腕にはランプが抱えられている。

「須賀さん! 俺が持ちます」
「いや、重いから私が持つよ」

 ベッドからほどよく離れた窓辺に置かれた丸テーブルの上にその大きなランプが置かれた。本体は陶磁器でできた重厚感あるもので丸い形をしている。
 それに乗ったシェードもよく見ると白い陶磁器でできていて無数の穴があいており、須賀がスイッチを付けると、中の電球の明かりがやんわりと漏れる。

「うわぁ……とってもきれい……」
「透かし彫りがされているんだ。珍しいだろう」
「透かし彫り?」
「籠目といって昔からある伝統的な柄だ、籠目に透かし彫りをするなんて粋だろう?」
「かごめ……?」

 俺にはなんのことかよく分からずじーっと見ると須賀の顔も近づいてくる。須賀の長い指が繊細に彫られたところを撫でた。

「ほら、竹で編んだ籠のようだろう?」
「籠の目、なんですね」
「あぁそうだ」

 須賀は俺が何かを聞くといつもちゃんと答えてくれて教えてくれる。面倒くさがらずに教えてくれるのが最近嬉しいことだと気づいたんだ。
 質問に限らず本を干してくれたことも、パソコンの調子を見てくれたことも、こうやってランプを探して持ってきてくれることも、マメというより、優しさに感じてしまう。

 優しい明かりに照らされた須賀が俺を見ていて目が合った。

「この明かりで眠れそうか?」 
「はい、きっと」
「おばけは出ないよ」
「え……っ、あの、もしかして聞いてました? はずかしい……」

 この年でおばけが怖いなどと言ってランプを持ってきてもらう俺を須賀は眉を下げて微笑みかけてる。

 こんな優しい表情初めて見る……。胸がトクンと高鳴ってしまう。整った顔が至近距離にありすぎ我慢できなくなりランプから離れて俺はベッドに座った。すると須賀も一緒に隣に座った。

「いつも明るくして寝ているのか?」
「はい、……暗いのが苦手なんです」
「この家が怖いか? 古いし気味が悪いかな」
「いえ! 気味が悪いなどとは! 素敵なおうちですよ。これは昔からなんです……」
「昔から? もしや眠剤を飲んでいるのか?」
「今は飲んでいません、少し前は飲んでいましたが……」
「なにかストレスがあったのか? バイトか?」

 俺は優しい眼差しに耐えきれなくて俯いた。今朝瀧さんに話したことは嘘だ。

 暗闇が苦手なのは……、母に地下の物置に閉じ込められていたから。男をたぶらかすΩだと叱られてその都度何時間も暗闇に居てとても怖かった。叫んでも誰も来てくれなかったんだ。あの恐怖は今もなかなか消えない。

「──き、雪?」

 少し強めに呼ばれ俺はハッとして須賀を見た。険しい顔つきで須賀が肩を掴んでいて俺は咄嗟にそれを慌てて払った。須賀が少し驚いた顔で振り払われた手を眺めたあとこちらを見る。

 ──俺はいま須賀さんの手を振り払ってしまった!

「あっ、ごっ、ごめんなさい!」
「どうしたんだ?」

 傷ついたように眉を下げ俺に触れようとする彼の手が躊躇って宙を彷徨う。

「いっ、いきなり、触られて、そのっ、……でもごめんなさい、失礼なことしてしまって……っ」
「いや、君の嫌がることはしないよ。いきなりで悪かった」
「……すいません。……違うんです……ごめんなさい……ごめんなさい」
「いいんだ。もう休みなさい」

 須賀は立ち上がると布団を剥いで俺をその中に入れ込む。

「あ、あの、……」

 須賀が怒ってはいないかと伺うが、眉を下げたままの須賀の様子からはそのような気配はなく、むしろ俺は優しい空気に包まれた。
 ふわふわの布団が首までしっかり掛けられ、大きな手が俺の髪に触れる。今までも手荒くされたことはないが今夜はとても遠慮がちで髪の表面だけを撫でていく。

「おやすみ、雪」

 須賀はランプの灯りだけを残して部屋の電気を消すと静かに出ていった。

 ──おでこにキス、しなかった。



 あの家を出てひとりで病院に通うことが出来るようになると、俺は心療内科に通った。中学のころから母親からの責めが増え不眠になり、Ω化へのホルモン剤の副作用も相まって不眠は六年続いていた。大学受験は乗り越えたものの体はボロボロだったようだ。

 ホルモン剤も止めて睡眠薬や安定剤を常時飲んでいくうち少しずつ眠れるようになってきた。ひとり暮らしに慣れたこともあるのかもしれない。

 この一年、飲まなくても落ち着くようになったのに、やはりふとした瞬間思い出して辛くなる。

 勝手に流れてくる涙が枕に吸い込まれてゆく。



「透かし彫り……」

 布団の中からやんわりと部屋を照らすランプを眺めながら先程教えてくれたことを呟く。忘れないように。

 そして須賀の存在を感じて俺は目を瞑った。




 翌日、数日ぶりに大学へ向かい学生課で教科書の再購入について聞いていた。そのあと図書室へ向かう。レポート作成のための本を借りるためだ。
 春休みのせいかいつもより人は少なく、運動部がキャンパス内をジョギングしている。理学部の周りは白衣を着た学生がちらほら居て、図書室は予約なしにも席が確保できた。

 そして不動産会社から部屋の工事に三週間ほどかかると連絡を受ける。須賀に言われていた保険会社からも連絡が来たがノートパソコンは家財には当たらないとの返答をもらう。
 壊れたわけではないがいつ故障してもおかしくない。時限爆弾を背負ったような気になり深いため息が漏れた。


 午後になり、外のベンチでおにぎりを頬張る。朝ごはんの紅鮭を半分残しておにぎりの具にして持ってきたのだ。瀧さんがお弁当を作ってくれると言ったがそこまで甘える訳にはいかない。

 そして夕方、図書室で借りた大量の本をバッグに詰め込んだ俺に追い打ちをかけるようにまたスマホが鳴ったんだ。





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