恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

文字の大きさ
31 / 98
デート

第三十一話

「俺、やってみたかったんです」


 夜の海の公園で、雪は芝生に胡座をかいて私の前に座っている。

 二人の間にあるのはホールケーキ。腹を満たしてからここへ連れてくるべきだった。雪の腹の虫が鳴り、見渡す限りではコンビニすら見つからなかった。タクシーを拾おうとしたとき、雪が店の明かりに気がついた。
 閉店間際近くだというだけで滑り込んだケーキ屋で唯一残っていたホールケーキを買ったんだ。




 ……分からない。
 
「すっごく美味しいですね!!」
「私は……もういい」

 自販機で購入したブラックコーヒーの缶に口を付けようとしたとき、ケーキが乗ったフォークを私の口へ近づけるのが見えて、その時雪がとてもかわいくいたずらっぽい顔をしていたから、つい口を開けてしまったんだ。

 ブラックコーヒーで流し込む私を見て屈託ない笑顔をして視線をケーキに戻す。甘いものも苦手だが缶コーヒーのえぐ味に私は顔をしかめたのだった。

「甘いの苦手ですか?」
「……あぁ」

 雪をちらりと見れば美味しそうに頬張っている。そう言えば佐伯がいつも買ってくるマドレーヌも美味しそうに食べていたっけ。あれは確かに美味いのだが。

「甘いのが好きなのか?」
「はい! ケーキはチョコレートケーキが好きです。こんなにお洒落なピスタチオのケーキじゃなくて、もっと大衆向けの安いケーキですけど、あはは……」

 そして、アイスティー。

 先程自販機で購入するとき、無糖はないのかと呟いていたのを聞き逃さなかった。

「甘いのが好きなのに無糖がいいんだな」
「えっ、あぁ……ケーキが甘いですからね。飲み物はさっぱりがいいです」
「そうか」

 確かにと缶コーヒーを見つめる。ほかの人ならどうでもいいことも、雪の些細な情報は零さずに心に留めておく。




 私をαだと気が付いて居なかったΩ。

 私でなければαとしての自信を失うような事件だ。こんなに近くにいて感じないとは。

 しかし私自身Ωといえば特別区で生きるあちらの特権階級のΩしか会ったことがない。これまで雪はβとして生きてきたし、下級のαでさえなかなか会う機会はなかったかもしれない。

 それにあの母親ではΩとしての教育も不十分だったと伺える。Ωの息子を金としか見ていないのだから。
 雪から漂うΩのフェロモンが微量なのはストレスのせいなのだろうか、医師に診てもらうべきだろう。





 無邪気にケーキにフォークを刺す雪が子供に返ったようで本当にかわいい。いつまでも見ていたいところだがだいぶ胸焼けがしてきて、私は雪の隣で寝そべった。夜空は真っ暗。星ひとつとして見えない。

「ホールケーキを食べるのって子供の夢ですよね」
「そうか?」
「須賀さんはそんなこと考えなかったですか?」
「考えなかった」
「大人になったらやりたいことのひとつだったなって思い出しました」
「それが今叶ってしまったな」
「……そうですね」
「来年の君の誕生日には君の好きなケーキ屋のケーキでそれをやればいい、やり直しだ」

 雪の誕生日は一月、もう過ぎてしまったから。

「やり直しだなんて、俺は今夜食べられたことが嬉しいですよ、このケーキも美味しいですもん」
「誕生日に食べたかったんじゃないのか?」
「いいえ、誕生日は、……うん。そうですね」

 雪の手が止まる。

 あの母親は、どこまで雪を傷つけてきたのだろうか。私も子供の頃から誕生日会は嫌いだった。嫡子の誕生日パーティーは大人たちの社交の場というだけで、本人は蚊帳の外。大きくなれば取り巻きがうざったくなるばかり。

 βの世界では家族でそれを祝うらしい。子供の成長を願って。瀧にそう愚痴を零せば叱られた。そしてこっそり小さなケーキを買ってくれた。いちごが乗っかっている甘ったるいケーキだ。私はそれを泣きながら食べたんだった。



 勢い良く起き上がると雪の手からフォークを奪い取り、それを大胆にケーキに突っ込み引き上げた。一口に食べるには大きなサイズがフォークの先端に乗っかった。

「あっ、須賀さんてば! おっこっちゃう」

 雪の白い両手がフォークの下で器のようにして今にも落ちそうなケーキに構えている。それを最大に大きく口を開けて飲み込んでみせた。

「うわぁ……、須賀さん、口おっき……あはは!」

 目を丸くして驚いていた雪が、次には大笑いした。

 雪が私に笑いかけている、とても盛大に。ふいに雪の指が私の口の端を拭った。その指先にはピスタチオ色のクリームが付いていて、私はその手を追いかけ指に吸い付いた。

「須賀さんも子供みた……あっ」

 私が舐めとるのを耳まで真っ赤にした雪が見ている。触れないとどの口が言ったんだと自嘲しながらも、止めることはできなかった。

「このクリーム、悪くない」
「須賀さん、てば……」

 もう一度、今度は雪の白い手の甲にキスをしてからその手を離した。





感想 1

あなたにおすすめの小説

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。