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運命の子
第三十五話
待ち合わせのレストランに少し遅れてやってきた堤は、「やあ!」と笑顔で軽く手を上げて席にやってきた。雪に会わせるために呼び出したのだ。
「悪い、待たせたね」
「先にやっていたよ」
「よかった。そのほうが僕も気が楽だ。師長に捕まってしまってさ、定時上がりが売りの形成外科なのに」
私と雪が並んで座っていてその向かいに堤は座った。人気ナンバーワンだという営業スマイルを貼り付けて雪に視線を送っている。
「やっと会えましたね」
「こ、こんばんは」
「緊張してる? 今日大学は? あ、春休みか、でも実験室に入り浸りかな?」
「今はそのレポートに追われています」
「それは大変だね。僕は堤、元親とは二十年以上の腐れ縁で幼馴染みってやつだよ」
「長谷川 雪です」
「よろしく」
堤の手が握手を求めて雪に差し出されると、それを制するように雪の手を掴み私の膝の上にそれを置いた。堤は「分かったよ」と肩を竦めて見せてワインリストを手に取る。
「αの独占欲剥き出しなんだから」
「お前からバカが感染りそうなんだよ」
「止めてほしいな、僕はただの天才形成外科医だよ?」
また得意げに営業スマイルだ。癇に障るやつめ。
「形成外科?」
「整形とか美容形成と間違われるんだけど、分かりやすいところで創傷の再建だよ。火傷とか、事故の傷跡を修復したりするのが僕の専門分野なんだ」
「再建……、ということは治療というよりその後の再建?」
「そうそう、治療は外科がやって、そのあと目立つ傷跡で生活しにくい人を助ける仕事」
「なるほど……とても分かりやすいです」
「そりゃ、よかった」
ソムリエにワインを頼むと堤は腕を組んだ。
「で、いつから一緒に住んでるの。随分展開が早いじゃないか」
「それは……」
「愛し合うふたりは一緒にいるべきだろう?」
雪が自分の事情を話そうとしたのを止めるように声を被せた。堤はすぐムッとしたような顔つきをする。
「はいはい。食べる前から胃がもたれてきたよ」
「私達の愛がもたれるわけがないだろう」
「もう、末期だな、雪クン大丈夫? こいつと一緒だと気苦労が絶えないだろう」
「いいえ、お世話になりっぱなしです」
「ほら、雪クン遠慮してるのが分かるよ。かわいそうに、こんな能面みたいな奴、家にいたら息が詰まるーっ」
「ええ? 能面ですか? あはは!!」
雪が笑うと眉をあげて驚いた様子で堤が私を見た。
「へぇ……笑ったらすっごくかわいいね」
「堤、慎め」
「褒めてるんだから! 最初はかっこいい今時の大学生だなぁと思ってたけど、笑ったらほんとかわいい」
「そのくらいにしておけよ?」
「はいはい! 僕もまだ命は惜しいからね」
かわいいと褒められて照れて、戸惑いながら私に助けを求めるような上目使いは、言わずもがな可愛いに決まっているさ。そんな頬を撫でれば雪は安心したようにまた料理に手を付ける。
堤の料理も運ばれて世間話は続いた。
「そういえば、雪クンは理学部だって聞いたけど」
「はい! 遺伝子学を」
「僕もケロイドの皮膚移植に患者自身の培養表皮を使うんだけど、うちの実家は美容外科で再生医療をしていてね。細胞が若返る幹細胞を注入する治療が流行ってるよ」
「幹細胞……ということは遺伝子を再生させるってことですよね……」
「その遺伝子情報にオプションとして書き換えしたものを入れる。なんてことも可能だよねえ」
ワインをながめながら堤の話を聞いていて、ため息が出る。
「まるでSFだな」
「現実さ。元親のお祖父様もおそらくやってるだろうよ。うちの上客の間じゃ、若返りの注射だと言って顔のたるみにそれを求めてる」
「え……治療でなく老化防止?!」
雪は驚いて私を見た。
「雪、少し前までは自分のスペアとしてクローン人間を何体も作っていたんだ。倫理的には完全にアウトだが、ビジネスとしてやらない手はない。往々にしてαには兄弟が存在しない。不慮の事故で手足を失えば彼らの手足を移植する。心臓が悪くなっても脳死判定された患者を待たなくて済む。今では幹細胞で欲しい臓器だけ作ってる、倫理に反してないと大口を叩いているよ。西側のαが考えそうなことだ」
「それでも百歳生きるのがやっとの技術」
「ようやっと遺伝子を書き換えてしまえば、というところまで来た」
「元親、不老不死は目前さ。テクノロジーの発展は目覚ましい。政府も推し進めているだろう? ムーンショット計画、そのお陰でこの四年のスピードは驚くスピードさ」
内閣府が提唱するムーンショット計画。ニ○五○年までに人が身体、脳、空間、時間の制約から解放される社会を目指す日本政府の計画だ。
「……ディストピアと化すだろう」
思わずまたため息をついて頬杖をついた。世界をほしいままにして征服しているαの願いはその富と名声を永遠に自分のものにすること。不老不死だ。
「いかにも支配したいαの考えで反吐が出る」
「ムーン……? アポロ計画ですか?」
雪は私の隣で目をぱちくりさせている。私はスマホを内ポケットから取り出すとそれを検索してページを雪に見せる。雪は青ざめたような表情で読み込んでいる。
「ムーンショット計画、ニ○五○年までの計画書だよ」
「……計画書」
「日本は今や科学技術しか武器はないからな。西側の思惑通りに進んでるがさすがは日本の研究者、粘っているよ。元親も最近の悪あがきはそのせいだろう? 元親、ワイン注文していいかい?」
「あぁ、構わないよ」
堤は手を上げてウエイターを呼ぶともう一本赤ワインを頼んだ。悪あがき、半導体事業を始動させたことで世界に喧嘩を売ったも同然。日本政府が私に目を瞑っていることで暗黙の了解と受け取り水面下で動いてきた。もし、来月正式発表すればアメリカがどう動くか、だ。
「悪い、待たせたね」
「先にやっていたよ」
「よかった。そのほうが僕も気が楽だ。師長に捕まってしまってさ、定時上がりが売りの形成外科なのに」
私と雪が並んで座っていてその向かいに堤は座った。人気ナンバーワンだという営業スマイルを貼り付けて雪に視線を送っている。
「やっと会えましたね」
「こ、こんばんは」
「緊張してる? 今日大学は? あ、春休みか、でも実験室に入り浸りかな?」
「今はそのレポートに追われています」
「それは大変だね。僕は堤、元親とは二十年以上の腐れ縁で幼馴染みってやつだよ」
「長谷川 雪です」
「よろしく」
堤の手が握手を求めて雪に差し出されると、それを制するように雪の手を掴み私の膝の上にそれを置いた。堤は「分かったよ」と肩を竦めて見せてワインリストを手に取る。
「αの独占欲剥き出しなんだから」
「お前からバカが感染りそうなんだよ」
「止めてほしいな、僕はただの天才形成外科医だよ?」
また得意げに営業スマイルだ。癇に障るやつめ。
「形成外科?」
「整形とか美容形成と間違われるんだけど、分かりやすいところで創傷の再建だよ。火傷とか、事故の傷跡を修復したりするのが僕の専門分野なんだ」
「再建……、ということは治療というよりその後の再建?」
「そうそう、治療は外科がやって、そのあと目立つ傷跡で生活しにくい人を助ける仕事」
「なるほど……とても分かりやすいです」
「そりゃ、よかった」
ソムリエにワインを頼むと堤は腕を組んだ。
「で、いつから一緒に住んでるの。随分展開が早いじゃないか」
「それは……」
「愛し合うふたりは一緒にいるべきだろう?」
雪が自分の事情を話そうとしたのを止めるように声を被せた。堤はすぐムッとしたような顔つきをする。
「はいはい。食べる前から胃がもたれてきたよ」
「私達の愛がもたれるわけがないだろう」
「もう、末期だな、雪クン大丈夫? こいつと一緒だと気苦労が絶えないだろう」
「いいえ、お世話になりっぱなしです」
「ほら、雪クン遠慮してるのが分かるよ。かわいそうに、こんな能面みたいな奴、家にいたら息が詰まるーっ」
「ええ? 能面ですか? あはは!!」
雪が笑うと眉をあげて驚いた様子で堤が私を見た。
「へぇ……笑ったらすっごくかわいいね」
「堤、慎め」
「褒めてるんだから! 最初はかっこいい今時の大学生だなぁと思ってたけど、笑ったらほんとかわいい」
「そのくらいにしておけよ?」
「はいはい! 僕もまだ命は惜しいからね」
かわいいと褒められて照れて、戸惑いながら私に助けを求めるような上目使いは、言わずもがな可愛いに決まっているさ。そんな頬を撫でれば雪は安心したようにまた料理に手を付ける。
堤の料理も運ばれて世間話は続いた。
「そういえば、雪クンは理学部だって聞いたけど」
「はい! 遺伝子学を」
「僕もケロイドの皮膚移植に患者自身の培養表皮を使うんだけど、うちの実家は美容外科で再生医療をしていてね。細胞が若返る幹細胞を注入する治療が流行ってるよ」
「幹細胞……ということは遺伝子を再生させるってことですよね……」
「その遺伝子情報にオプションとして書き換えしたものを入れる。なんてことも可能だよねえ」
ワインをながめながら堤の話を聞いていて、ため息が出る。
「まるでSFだな」
「現実さ。元親のお祖父様もおそらくやってるだろうよ。うちの上客の間じゃ、若返りの注射だと言って顔のたるみにそれを求めてる」
「え……治療でなく老化防止?!」
雪は驚いて私を見た。
「雪、少し前までは自分のスペアとしてクローン人間を何体も作っていたんだ。倫理的には完全にアウトだが、ビジネスとしてやらない手はない。往々にしてαには兄弟が存在しない。不慮の事故で手足を失えば彼らの手足を移植する。心臓が悪くなっても脳死判定された患者を待たなくて済む。今では幹細胞で欲しい臓器だけ作ってる、倫理に反してないと大口を叩いているよ。西側のαが考えそうなことだ」
「それでも百歳生きるのがやっとの技術」
「ようやっと遺伝子を書き換えてしまえば、というところまで来た」
「元親、不老不死は目前さ。テクノロジーの発展は目覚ましい。政府も推し進めているだろう? ムーンショット計画、そのお陰でこの四年のスピードは驚くスピードさ」
内閣府が提唱するムーンショット計画。ニ○五○年までに人が身体、脳、空間、時間の制約から解放される社会を目指す日本政府の計画だ。
「……ディストピアと化すだろう」
思わずまたため息をついて頬杖をついた。世界をほしいままにして征服しているαの願いはその富と名声を永遠に自分のものにすること。不老不死だ。
「いかにも支配したいαの考えで反吐が出る」
「ムーン……? アポロ計画ですか?」
雪は私の隣で目をぱちくりさせている。私はスマホを内ポケットから取り出すとそれを検索してページを雪に見せる。雪は青ざめたような表情で読み込んでいる。
「ムーンショット計画、ニ○五○年までの計画書だよ」
「……計画書」
「日本は今や科学技術しか武器はないからな。西側の思惑通りに進んでるがさすがは日本の研究者、粘っているよ。元親も最近の悪あがきはそのせいだろう? 元親、ワイン注文していいかい?」
「あぁ、構わないよ」
堤は手を上げてウエイターを呼ぶともう一本赤ワインを頼んだ。悪あがき、半導体事業を始動させたことで世界に喧嘩を売ったも同然。日本政府が私に目を瞑っていることで暗黙の了解と受け取り水面下で動いてきた。もし、来月正式発表すればアメリカがどう動くか、だ。
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