恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

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運命の子

第三十九話

「明日、ですか?」
「予定はあるか?」

 たとえあっても断るなと顔に書いてある。少しぶっきらぼうなのがその証で。間もなく寝ようかという頃に帰宅して俺の部屋を訪ねてきてその顔をしている。

「どこか連れて行ってくれるのですか?」
「デートだ」
「……」
「佐伯に着ていく服を届けさせる。明日はドレスコードがあるからな。私は夕方には戻れるはずだ」
「……わかりました」

 ドレスコードがある場所……須賀の恋人としての仕事。ある程度公の場に行くということなのだろうか……、俺はベッドに腰掛けため息をつく。そこから見えるラップトップを眺めて、停電したあの夜を思った。朝までここに居てくれたことにすごく心を許したくなっている。でも俺の中にある彼の記憶はすべてが偽りの恋人。

 勘違いしてはならない……。

 そう思うと腹がキリキリと痛みだす。トートバッグに手を突っ込んで胃薬を探し取り出すと抑制剤も一緒に出てきた。


 母に病院に呼び出されたあの日、自分がΩであることを確認させられた。でも、自分のどこにもΩ性は見つからない。ヘアメイクの波野さんがこの髪を褒めてくれたとき、もしかして……と自分の中のΩのせいかと思い込み、こじつけた。
 そんなことしても、どこにも無いし、だったら抑制剤も無駄なのかもしれないと次の日から服用をやめていた。案の定、別段変わらない、須賀もいつもと変わらない。
 一瞬でもチョーカーをしたほうがいいかと心配した自分が馬鹿らしい。




 佐伯さんがカバーの掛かったスーツを持ってきたのは当日の夕方。スーツを瀧さんが預かりリビング横の部屋の襖を開けた。その角に立ててある衣桁にハンガーを掛けるとカバーを外す。

「まぁ、素敵なお衣装」
「これは……」
「タキシードですわね! 今夜はパーティーでしょうか? ふふふ」
「……ど、どうしよう」

 どう見たってこの布地の張りといい艶といい上質なのが分かる。首に付けられてるネームタグを見て「やっぱり……」とため息をついた。俺でも知っている有名なファッションブランドだ。
 瀧さんは畳に座ると平たい箱を開け、中からワイシャツや蝶ネクタイを取り出した。

「瀧さん、パーティーだなんて、俺どうしよう」
「楽しんでおしまいなさい! 若旦那様にぴったりくっついていれば大丈夫! ちゃんとエスコートしてくださいますよ」

 瀧さんが俺の手を取ってそう笑ってくれると、なんとかなってしまいそうだから不思議だ。諦め半分、恋人としての仕事だしやらなきゃ駄目だろうと自分を奮い立たせる。






 ホテルの前で須賀は俺の手を握った。そしてその手を自身の腕に絡めるとエスコートポーズを取ったんだ。瀧さんの言うとおり彼に任せよう、深呼吸をして彼を見上げるといつもの片眉をあげた彼がいた。

「少し……恥ずかしいです」
「美人をエスコートしないと私が恥をかく」

 そう言われてしまうとこの手は解けなくなる。恥ずかしさを紛らわすようにホテルを見上げると、俺の着ているタキシードと同じブランド名が看板に書いてあった。ファッションブランドがホテルも経営しているのか、異世界過ぎて目眩がしそうだ。

「須賀様、ようこそお出でくださいました」

 ドアマンが須賀と俺のためにドアを開けてくれる。ホテルの中は本当に異世界だった。ロビーを通過しようとすると、そこで談笑していた人たちが須賀に気がついて須賀に挨拶をしに来る。
 隣にいる俺にも挨拶の手を差し出そうとするが須賀がそれを見事にかわす。結果的に好奇な目を向けられている俺。須賀がそうするならそれが正解なのかもしれないが、少し気まずい。しかし俺は須賀からの何かしらの指示がない限りは隣で少しの笑みを浮かべているだけに徹した。

 ふわりと甘い香りがして奥の会場に進むと立食形式に色とりどりのスイーツや軽食が飾られていた。まるで宝石のように盛り付けられている。そのスイーツたちに目を奪われているとクイッと手を握られた。

「私から離れるなよ?」
「あ……はい。分かっています」

 しかし目はまたスイーツに向かう。いちごも大粒だし、あれなんて日向夏とライチのパフェだって。いったいどんな味なの。すべてがキラキラしている。

「食べるのが勿体無いくらいにきれいですね」
「好きなだけ楽しめ。甘いものが好きだろう?」
「……だとしてもそんなに食べたら恥ずかしい」

 ひとつ、細くスタイルの良いシャンパングラスに入ったパフェを須賀が手に取る。

「ほら」
「あっ、ありがとうございます」

 チョコレートとベリーが重なり合っている層が見えて俺好みのパフェだから、チョコレートケーキが好きって覚えてくれてるのかもって勝手に期待してしまう。

 そこに誰かが須賀に耳打ちした。一瞬止まってから俺を見た須賀。どうやら誰かに呼び出されているらしい。

「どうぞ、俺はここにいますから」
「しかし」
「お仕事は大切です」
「……わかった」

 須賀は辺りを見渡すと立食形式ながら数席用意されている椅子に空きがあるのを見つけ、俺をそこに座らせた。

「少し席を外すがここにいろよ?」
「はい、これ食べて待っています」
「うん」




 パフェが空になっても須賀は帰ってこなかった。仕事なのだから仕方がない、とは思うものの寂しさがこみ上げた。デートじゃないじゃないか、と愚痴りたくなってハッとした。

 ──恋人としてのデートは仕事じゃないか。

 あの夜公園で、大きな口を開けてケーキを無理に頬張った須賀の顔が勝手に浮かんでくる。あれは確かにデートだった。一緒に東京タワーを見たのだって……。
 でも、自分だって服を買ってくれた時、恋人としての仕事だと思い出して自分から思い切ってキスをしたくせに……。矛盾してばかりだ。

 ぼんやり空になったグラスを見つめ、暗くなってはいけないと顔を横に振る。ここからは少し離れたメインテーブルを見やる。ここは食べるしかない。腹いっぱい詰め込んでやる。今度はアイスクリームにしようかと席を立ったとき、ある男と視線がぶつかった。

 明らかに俺に向けられる好奇な目だった。ぞわりと鳥肌が立つ。俺と目があったことでこちらに向かって歩いてくる。





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