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顕在
第四十三話
「それは実に簡単な話だ。潜性遺伝子であるβはαやΩと交わっても完全に淘汰されてしまい子供が出来ない。学生のときに習っただろう、メンデルの法則だ。なにかの豆の実験だ。ツルツルの顕性遺伝子とシワのある潜性遺伝子。優性と劣性だなんて言っていた時期もあるね」
「えぇ、そうでした」
「潜性遺伝子は例え子供が生まれたとしても一年以内に亡くなってしまう。自然淘汰だ、逆らいようがない。しかし逆にβ同士であれば繁殖力はαより凄まじい」
「今のβで占めるこの世界がその結果ということですね」
会長は頷く。
「だからαはαと、ΩはΩとこれまで固有どうし交わってきたのはお互い純血種を守るため。それは分かるね?」
「はい」
「だからαやΩの因子を持つβは存在しないんだ」
「つまりΩはΩ同士からしか生まれない……」
「そのとおりだよ須賀くん。そしてもうひとつ、αとΩの番だ。αとΩの番からも母親がΩであれば希にΩは生まれる。さっきのメンデルの法則でいう、四分の一の確率さ。四人産めば三人はα、一人はΩ、その可能性がある」
「雪が、そのひとりだと」
会長は頷いた。
「その四分の一の確率で生まれたΩはαの顕性遺伝子を僅かに引き継ぎ、体も丈夫で知能も優秀、それでいてΩの妖し気な外見を持ち、稀有な存在となる。……どちらにせよ雪くんはΩから生まれた正真正銘Ωだと言うことだ」
「両親ともにβなことも確かですが……会長……」
「本当の両親かな」
それは考えもしなかった。母親の雪への態度は横暴ではあるが、もし仮に血のつながりがないとしたら……
「心当たりがあるのか?」
「いえ……、雪は当然両親だと思っているに違いありません。もし血のつながりがないとしたら、雪にはその現実が余りにも辛いかと」
「そうだね……」
「Ωにしては体も大きい。αの血が入っていると仮説が成り立つ。須賀くん、何故彼はチョーカーをしていないんだ? まだ番っていないのに」
「出会った頃からチョーカーをしていませんでした。何か理由があるのだと、聞くのを躊躇っていました。私には彼しか居ない、運命だと信じている。しかし彼は私をそうだとは思っていない。せめて、私のフェロモンを毎日彼に纏わせて他のαから守っていました」
「そうか……うん。ふたりの事情もあるんだろう……。フェロモンが微量だからだろうが危険な目にも遭わなかったのは幸いだ。しかし、もしかしたらホルモンバランスの障害を起こしている可能性がある。……いや、α性が少し強いのかもしれないな。ストレスでもバランスを崩してしまうこともある」
「未発達というわけでは……」
あの夜は、確かに雪はΩだった。
「下世話なことは言うまい」
そう言われて、はっとする。
「……失礼しました」
「そうだ、厚生省のオメガ保護法を知っているな?」
「はい」
「政府にそうするよう嗾けたのは私なんだ、βの世界にいるΩを全て拾い集める目的だ」
「拾い集める?」
「そこに雪くんのデータがあるはずだ、明日見てみよう」
私もアクセス出来なかったΩの情報。やはりこちらの世界にはこちらのしきたりが存在する、そんな当たり前なことに気がついて自嘲する。そんな私に気がついてか、会長はひとつため息をついて口を開いた。
「須賀くん。この世に、二千年も続く家柄が世界にあるかね?」
「古事記に習えば天皇くらいでしょうか。αの貴族でさえ数百年、それも金融業で成り上がった者たちです、現人神とは比べ物になりませんよ」
「αの君にそう言って貰えるとはね」
静かに壁に掛けられた大きな絵を見上げる会長の横顔にサイドテーブルのランプの明かりが影を濃く映した。
「伏見は世の中の裏なんだ、そして伏見は生命をこの世に創り出す人間のDNAの貯蔵庫を担っている」
「貯蔵庫……ですか」
「須賀くん、ギリシア文字の一番目はα、そして最後がΩだ。……私は最後とは思ってはおらん。終わりと始まりは表裏一体なんだ、αもβもΩが居なければ存在し得ない」
「それはどういう……」
「αの君に、いつか解る日がくることを願うよ」
「失礼しました……」
「私達は、雪くんのために、何ができるか最良を考えよう」
「はい」
朝方雪は目を開けた。伏見会長に世話になっていることを話すとまた助けていただきましたねと申し訳なさそうにした。
「あなたの敵は強敵です」
「敵?」
幾分顔色がよくなった雪が悲しげに視線を落とす。
「嘘の恋人を見つけなければならないほどなのかと思っていましたが、納得してしまいました」
「すまなかった……」
「全然騙せていませんでしたよ。キスや、……本当はそれ以上のこともしないとならなかったんだと思います、嘘だと知られてはいけなかった。ごめんなさい、俺はやはり役不足でした」
色のない雪の瞳に私は浮かんだ言葉を次々に飲み込む、そんな言葉じゃない、足りない、雪になにを言えばいいのだろう。
「違う、……君じゃなきゃ駄目なんだ」
髪に触れると雪の目が潤む。私にしか感知できない雪のフェロモン。ならば私だけのもの。なのに、どこにも雪との繋がりが見当たらなくて、私の指からするりと雪の髪が滑り落ちるのを見ていた。
とにかく、もう祖父とのことに巻き込めない。
「もう、君は嘘に付き合わなくていい」
「え……」
私は佐伯に耳打ちされ部屋を出た。この館のリビングには大きな絵が飾られている。イグドラシルだ。宇宙の樹とも呼ばれている。伏見の血がこの宇宙の生命そのものだと訴えているようだった。
間もなく新事業の発表が控えている。伏見の家にいる限りは雪は安全。私は数日雪を預けたのだった。
「えぇ、そうでした」
「潜性遺伝子は例え子供が生まれたとしても一年以内に亡くなってしまう。自然淘汰だ、逆らいようがない。しかし逆にβ同士であれば繁殖力はαより凄まじい」
「今のβで占めるこの世界がその結果ということですね」
会長は頷く。
「だからαはαと、ΩはΩとこれまで固有どうし交わってきたのはお互い純血種を守るため。それは分かるね?」
「はい」
「だからαやΩの因子を持つβは存在しないんだ」
「つまりΩはΩ同士からしか生まれない……」
「そのとおりだよ須賀くん。そしてもうひとつ、αとΩの番だ。αとΩの番からも母親がΩであれば希にΩは生まれる。さっきのメンデルの法則でいう、四分の一の確率さ。四人産めば三人はα、一人はΩ、その可能性がある」
「雪が、そのひとりだと」
会長は頷いた。
「その四分の一の確率で生まれたΩはαの顕性遺伝子を僅かに引き継ぎ、体も丈夫で知能も優秀、それでいてΩの妖し気な外見を持ち、稀有な存在となる。……どちらにせよ雪くんはΩから生まれた正真正銘Ωだと言うことだ」
「両親ともにβなことも確かですが……会長……」
「本当の両親かな」
それは考えもしなかった。母親の雪への態度は横暴ではあるが、もし仮に血のつながりがないとしたら……
「心当たりがあるのか?」
「いえ……、雪は当然両親だと思っているに違いありません。もし血のつながりがないとしたら、雪にはその現実が余りにも辛いかと」
「そうだね……」
「Ωにしては体も大きい。αの血が入っていると仮説が成り立つ。須賀くん、何故彼はチョーカーをしていないんだ? まだ番っていないのに」
「出会った頃からチョーカーをしていませんでした。何か理由があるのだと、聞くのを躊躇っていました。私には彼しか居ない、運命だと信じている。しかし彼は私をそうだとは思っていない。せめて、私のフェロモンを毎日彼に纏わせて他のαから守っていました」
「そうか……うん。ふたりの事情もあるんだろう……。フェロモンが微量だからだろうが危険な目にも遭わなかったのは幸いだ。しかし、もしかしたらホルモンバランスの障害を起こしている可能性がある。……いや、α性が少し強いのかもしれないな。ストレスでもバランスを崩してしまうこともある」
「未発達というわけでは……」
あの夜は、確かに雪はΩだった。
「下世話なことは言うまい」
そう言われて、はっとする。
「……失礼しました」
「そうだ、厚生省のオメガ保護法を知っているな?」
「はい」
「政府にそうするよう嗾けたのは私なんだ、βの世界にいるΩを全て拾い集める目的だ」
「拾い集める?」
「そこに雪くんのデータがあるはずだ、明日見てみよう」
私もアクセス出来なかったΩの情報。やはりこちらの世界にはこちらのしきたりが存在する、そんな当たり前なことに気がついて自嘲する。そんな私に気がついてか、会長はひとつため息をついて口を開いた。
「須賀くん。この世に、二千年も続く家柄が世界にあるかね?」
「古事記に習えば天皇くらいでしょうか。αの貴族でさえ数百年、それも金融業で成り上がった者たちです、現人神とは比べ物になりませんよ」
「αの君にそう言って貰えるとはね」
静かに壁に掛けられた大きな絵を見上げる会長の横顔にサイドテーブルのランプの明かりが影を濃く映した。
「伏見は世の中の裏なんだ、そして伏見は生命をこの世に創り出す人間のDNAの貯蔵庫を担っている」
「貯蔵庫……ですか」
「須賀くん、ギリシア文字の一番目はα、そして最後がΩだ。……私は最後とは思ってはおらん。終わりと始まりは表裏一体なんだ、αもβもΩが居なければ存在し得ない」
「それはどういう……」
「αの君に、いつか解る日がくることを願うよ」
「失礼しました……」
「私達は、雪くんのために、何ができるか最良を考えよう」
「はい」
朝方雪は目を開けた。伏見会長に世話になっていることを話すとまた助けていただきましたねと申し訳なさそうにした。
「あなたの敵は強敵です」
「敵?」
幾分顔色がよくなった雪が悲しげに視線を落とす。
「嘘の恋人を見つけなければならないほどなのかと思っていましたが、納得してしまいました」
「すまなかった……」
「全然騙せていませんでしたよ。キスや、……本当はそれ以上のこともしないとならなかったんだと思います、嘘だと知られてはいけなかった。ごめんなさい、俺はやはり役不足でした」
色のない雪の瞳に私は浮かんだ言葉を次々に飲み込む、そんな言葉じゃない、足りない、雪になにを言えばいいのだろう。
「違う、……君じゃなきゃ駄目なんだ」
髪に触れると雪の目が潤む。私にしか感知できない雪のフェロモン。ならば私だけのもの。なのに、どこにも雪との繋がりが見当たらなくて、私の指からするりと雪の髪が滑り落ちるのを見ていた。
とにかく、もう祖父とのことに巻き込めない。
「もう、君は嘘に付き合わなくていい」
「え……」
私は佐伯に耳打ちされ部屋を出た。この館のリビングには大きな絵が飾られている。イグドラシルだ。宇宙の樹とも呼ばれている。伏見の血がこの宇宙の生命そのものだと訴えているようだった。
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