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寛解
第四十七話
「先輩のご推察のとおりでしたよ」
深夜、私の屋敷の書斎にやってきたのは九条 吾妻。自信に満ちた表情で書類の入った封筒を私に差し出した。封筒は二つ、ひとつには封がされていた。まずは封がされていないものを開けた。
吾妻は百貨店会長のひとり息子でイギリス留学後弁護士として活躍している。βの社交場で出会った時、何故か気が合いそれからは呑み仲間となったのだ。今回雪のことは会社の顧問弁護士ではない部外者に頼みたかったため、吾妻が適任だった。
私の向かいに大股で座ると私の反応を早く見たいとウズウズしているかのようだった。私は封筒から書類を引き出すと、視界に飛び込んてくる文字に一瞬で口端が緩んだ。
「これは……、期待以上だ」
養父は会社をいくつか経営しているが、脱税で過去に何度か指摘されて追徴課税されている。
「これは、叩けばもっと埃が出ますよ」
吾妻は顎に手をおいてニヤリとする。
「……というと?」
「このような経営者というのは往々にして会社のお金に手を出しているんです、たとえば愛人とかに貢いでいる」
「愛人」
「愛人には多額のお金を注ぎ込むものです。存在が分かればおそらくは数千万単位の横領が見込めます。少し税務署の尻を叩けばすぐに業務上横領の罪になるかと」
「詐欺罪にも適用できそうだな」
「仰るとおり。流石は先輩です」
「では、吾妻。君にこれを頼めるかな?」
「えぇ、先輩のご期待に必ず答えます」
「よろしく頼むよ」
素早く荷物を片付け立ち上がると、何かを思い出したように振り返った。
「そうだ。先輩の大切な方に、いつか会わせてくださいよ?」
「君もいい人がいるそうじゃないか、幼馴染の」
「えっ、父から聞いたんですか?」
「お父上も、相当気に入られているそうだな」
そういうと気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「俺の恋人に鼻の下伸ばしてんですから、腹が立ちますよ」
「……へぇ」
「じゃぁ、先輩」
吾妻は足早に書斎を後にした。
ひとりになってもうひとつの封筒を開ける。中には雪の戸籍の写しが入っていた。その写しは、長男とあるが『特別養子となる縁組により除籍』とある。雪は養子縁組の手続きがされていることを証明していた。妹は前夫との間に出来た子。雪はあの両親とは血のつながりがなかった。
そして、それ以前の雪の戸籍は本人筆頭で親の名はない。雪は生まれてすぐに施設に預けられ、そこで戸籍を得たということだ。
──翌朝
「こんなにお痩せになって、瀧のお粥は大変美味しゅうございますからね、たんと召し上がってくださいね」
「はい……、ありがとうございます」
雪の部屋の襖をノックしようとして部屋の中の会話が漏れ聞こえた。
「お医者様はもう風邪はすっかり治ったとおっしゃってましたからね! これからはしっかり食べてくださいましよ?」
「そんなに急には無理ですよ」
「無理にでも口に入れるんです、ほら」
無理強いをしているようで慌てて襖を引くと、雪が小さな口を開けて滝からスプーンでお粥を口に入れられていた。その可愛らしさ全開の雪の姿に私は目眩がしそうになる。
「あら、若旦那さま、おはようございます」
「おはよう。だいぶ食べられるようになったな」
「はい、今朝はおかわりしました」
「そうか」
食事を摂ったあとだからか幾分顔色がいい。瀧がお粥の入った小さな鍋をお盆に乗せて部屋を出ていくのを見送りベッドの縁に座った。
「須賀さん、何かありましたか……?」
「……ん?」
「俺を見てくれません」
「昨日会議が長くてな、少し疲れている」
「須賀さんは仕事で疲れた顔はしないです。俺のこと……聞いたんですね」
「私を知り尽くしてくれていて嬉しいよ」
「須賀さん」
ワイシャツを摘まれ、少しばかり問い詰められた気持ちになる。誤魔化しても無駄か、話をしなければならない。
「あぁ……、君の養父についてな」
堪忍してそうつぶやいた。わかっていても雪の表情は曇っていく。
「父のことは……距離が置ければいいんです」
「それでは君が救われないだろう」
「いいえ、母にはお金を渡せば済みますし」
「一生そうやってくのか?」
「俺はあの人の息子ですから……」
私のシャツを握っていた雪の手が離れる。
「雪、君はどうしたい」
「どう……って」
「これからもずっとあの二人に振り回されて生きていきたいか?」
俯きそうになる雪の肩を掴み、その薄い身体を揺らした。雪は当惑した視線を私に向ける。
「雪、君の生きたい道は選べるんだ」
「み、ち……」
「君の未来だよ、まだ白紙のままだ。いくらだってどこへだって行ける」
「俺は……っ」
「君の本当を、私に見せてくれ」
「俺は……もうっ」
「うん」
「もう……バイトばっか嫌だ……、あんな人に……も触られたくない……っ」
辛いだろうに、涙をいっぱい溜めて雪は私の目を見てそう訴えた。十九の若者に、お金の心配ばかりで暮らしもままならない生活。そんなの好き好んでやるやつはいない。
他の大学生と同じように、勉学に励み、友達と笑い、色んなことを吸収し、充実した時間を過ごせるはずだった。
いや、まだ一年生だ、間もなく二年生になる。まだまだ間に合う。遅くはない。私がそのすべてを雪に与えてやりたい。
「わかった」
「須賀さ……」
もう、我慢しなくてもいい。
私は雪を助ける。
書斎に戻りラップトップを開けると伏見会長からメールが来ていた。内容はオメガ保護法によって保護されているリストに雪の名があったこと、思春期のホルモンバランスの乱れにより要観察となっていると、記されていたことだ。
そして、母親が引き取ったとされる児童養護施設まで明らかになっていた。雪を引き取ったあと妹が生まれ、当時の夫が亡くなり現在の夫と再婚したとある。
吾妻からの調書と合致する。
どんどん明らかになっていく雪の過去。
これが雪を解放する手立てとなるのか、地獄へ突き落とすことになるのか。しかしそうはさせないつもりだ。
とにかく吾妻がうまく税務署を動かすことができれば、制裁は下せる。吾妻の知らせを待つしかなかった。
深夜、私の屋敷の書斎にやってきたのは九条 吾妻。自信に満ちた表情で書類の入った封筒を私に差し出した。封筒は二つ、ひとつには封がされていた。まずは封がされていないものを開けた。
吾妻は百貨店会長のひとり息子でイギリス留学後弁護士として活躍している。βの社交場で出会った時、何故か気が合いそれからは呑み仲間となったのだ。今回雪のことは会社の顧問弁護士ではない部外者に頼みたかったため、吾妻が適任だった。
私の向かいに大股で座ると私の反応を早く見たいとウズウズしているかのようだった。私は封筒から書類を引き出すと、視界に飛び込んてくる文字に一瞬で口端が緩んだ。
「これは……、期待以上だ」
養父は会社をいくつか経営しているが、脱税で過去に何度か指摘されて追徴課税されている。
「これは、叩けばもっと埃が出ますよ」
吾妻は顎に手をおいてニヤリとする。
「……というと?」
「このような経営者というのは往々にして会社のお金に手を出しているんです、たとえば愛人とかに貢いでいる」
「愛人」
「愛人には多額のお金を注ぎ込むものです。存在が分かればおそらくは数千万単位の横領が見込めます。少し税務署の尻を叩けばすぐに業務上横領の罪になるかと」
「詐欺罪にも適用できそうだな」
「仰るとおり。流石は先輩です」
「では、吾妻。君にこれを頼めるかな?」
「えぇ、先輩のご期待に必ず答えます」
「よろしく頼むよ」
素早く荷物を片付け立ち上がると、何かを思い出したように振り返った。
「そうだ。先輩の大切な方に、いつか会わせてくださいよ?」
「君もいい人がいるそうじゃないか、幼馴染の」
「えっ、父から聞いたんですか?」
「お父上も、相当気に入られているそうだな」
そういうと気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「俺の恋人に鼻の下伸ばしてんですから、腹が立ちますよ」
「……へぇ」
「じゃぁ、先輩」
吾妻は足早に書斎を後にした。
ひとりになってもうひとつの封筒を開ける。中には雪の戸籍の写しが入っていた。その写しは、長男とあるが『特別養子となる縁組により除籍』とある。雪は養子縁組の手続きがされていることを証明していた。妹は前夫との間に出来た子。雪はあの両親とは血のつながりがなかった。
そして、それ以前の雪の戸籍は本人筆頭で親の名はない。雪は生まれてすぐに施設に預けられ、そこで戸籍を得たということだ。
──翌朝
「こんなにお痩せになって、瀧のお粥は大変美味しゅうございますからね、たんと召し上がってくださいね」
「はい……、ありがとうございます」
雪の部屋の襖をノックしようとして部屋の中の会話が漏れ聞こえた。
「お医者様はもう風邪はすっかり治ったとおっしゃってましたからね! これからはしっかり食べてくださいましよ?」
「そんなに急には無理ですよ」
「無理にでも口に入れるんです、ほら」
無理強いをしているようで慌てて襖を引くと、雪が小さな口を開けて滝からスプーンでお粥を口に入れられていた。その可愛らしさ全開の雪の姿に私は目眩がしそうになる。
「あら、若旦那さま、おはようございます」
「おはよう。だいぶ食べられるようになったな」
「はい、今朝はおかわりしました」
「そうか」
食事を摂ったあとだからか幾分顔色がいい。瀧がお粥の入った小さな鍋をお盆に乗せて部屋を出ていくのを見送りベッドの縁に座った。
「須賀さん、何かありましたか……?」
「……ん?」
「俺を見てくれません」
「昨日会議が長くてな、少し疲れている」
「須賀さんは仕事で疲れた顔はしないです。俺のこと……聞いたんですね」
「私を知り尽くしてくれていて嬉しいよ」
「須賀さん」
ワイシャツを摘まれ、少しばかり問い詰められた気持ちになる。誤魔化しても無駄か、話をしなければならない。
「あぁ……、君の養父についてな」
堪忍してそうつぶやいた。わかっていても雪の表情は曇っていく。
「父のことは……距離が置ければいいんです」
「それでは君が救われないだろう」
「いいえ、母にはお金を渡せば済みますし」
「一生そうやってくのか?」
「俺はあの人の息子ですから……」
私のシャツを握っていた雪の手が離れる。
「雪、君はどうしたい」
「どう……って」
「これからもずっとあの二人に振り回されて生きていきたいか?」
俯きそうになる雪の肩を掴み、その薄い身体を揺らした。雪は当惑した視線を私に向ける。
「雪、君の生きたい道は選べるんだ」
「み、ち……」
「君の未来だよ、まだ白紙のままだ。いくらだってどこへだって行ける」
「俺は……っ」
「君の本当を、私に見せてくれ」
「俺は……もうっ」
「うん」
「もう……バイトばっか嫌だ……、あんな人に……も触られたくない……っ」
辛いだろうに、涙をいっぱい溜めて雪は私の目を見てそう訴えた。十九の若者に、お金の心配ばかりで暮らしもままならない生活。そんなの好き好んでやるやつはいない。
他の大学生と同じように、勉学に励み、友達と笑い、色んなことを吸収し、充実した時間を過ごせるはずだった。
いや、まだ一年生だ、間もなく二年生になる。まだまだ間に合う。遅くはない。私がそのすべてを雪に与えてやりたい。
「わかった」
「須賀さ……」
もう、我慢しなくてもいい。
私は雪を助ける。
書斎に戻りラップトップを開けると伏見会長からメールが来ていた。内容はオメガ保護法によって保護されているリストに雪の名があったこと、思春期のホルモンバランスの乱れにより要観察となっていると、記されていたことだ。
そして、母親が引き取ったとされる児童養護施設まで明らかになっていた。雪を引き取ったあと妹が生まれ、当時の夫が亡くなり現在の夫と再婚したとある。
吾妻からの調書と合致する。
どんどん明らかになっていく雪の過去。
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