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寛解
第五十話
警察署を出ると須賀さんが待っていてくれた。思わず駆け寄ってしまう。すると須賀は大きく腕を開いて俺を受け止め抱き寄せてくれたんだ。
「吾妻、礼はたっぷりするよ」
「また飲みに連れて行ってくれるだけで」
「本当だな?」
「ははは!」
俺の頭上で須賀の低い笑い声がしてそれが体に響く。顔をあげると須賀の首元からαのフェロモンを感じた。俺は須賀の匂いに安心するんだ。性的興奮なんて、どこにあるのか。やはり俺はΩとして欠陥品だ、そう思うと須賀を抱きしめる手に力が入ってしまい、須賀に髪を撫でられた。
帰ろう、そう助手席のドアを開けてくれた。初めて乗る助手席、須賀さんの運転だった。
「須賀さん……」
「ん?」
「俺はΩになんてなりたくなかったんです」
須賀は焦った表情で車を路肩に停める。そして俺を覗き見た。カッチカッチとハザードランプの音がする。
「男を誑かす汚いΩだって言われて、そのくせホルモンバランスが悪くて、だからチョーカーも外してΩじゃないただの男のつもりになってました」
「それがチョーカーをしなかった理由か?」
眉をひそめて俺を見つめる須賀に俺は頷いた。もう全部話してしまいたい、話さなきゃいけないそう思った。
「チョーカーを外したあの日、須賀さんと出会ったんです。初めて自分が犯してしまったことに恐怖が湧きました。男の人をフェロモンで誘って襲わせて、ほんとにあの人の言う通りの俺は汚れたΩだって」
「君は汚れてなんていない」
須賀はハンドルを強く叩いて怒った。αの威圧を感じるが、でも俺は話さなければならない。
「微量のフェロモンなのにそれでも誑かすことができるなんて……恐ろしいことだって思ったんです。そんなことあっちゃいけないって、抑制剤を飲みはじめました」
後ろに撫で付けられている須賀の前髪がはらりと小さい束になりおでこを隠す。それと同時に幾分αの威圧が減り俺は深呼吸をしてやり過ごすことができた。
「抑制剤を飲んでチョーカーもしなければほかのみんなみたいに普通に生活できると思った……Ωだって後ろ指刺されないで居たかったんです。現に須賀さん以外には誰にも気づかれずに居られました」
俺の本能だとしたら、αを求めたのはあの夜だけ。そして世界中で俺のフェロモンに気づいたのは目の前のこの人だけ。
愛してると言ってくれて心からどうしようもなく嬉しかった。
須賀の言葉に、優しさに、勘違いしてもいいのだろうか。
「…………そんなことを言わないでくれ」
背を丸めて、ハンドルを握りしめる手におでこを擦り付けて絞り出すように須賀が言った。俺はそんな須賀を見てすごく胸が苦しくなる。
「須賀さんは俺がΩであってほしいですよね?」
「……当たり前だ」
いつもは自信に溢れて大きな体が、今は弱々しく小さく見えてしまう。顔をあげた須賀の視線と合うとその目は充血し、苦しさに耐えているように歪められている。
「君がΩなのは事実だ、ΩがΩらしくなりたいという願いは当然のことだよ。本能だ。それを自分で否定してほしくない」
「……」
「実際君がΩかどうかなど、私にはどうでもいい。確かに私は君のフェロモンに誘われた、運命だと思っている。しかしそんなことどうでもいい、君なしには生きていきたくないんだ」
「……」
「Ωのフェロモンに操られないで君を愛せる。デートできる。大切だと思える。見つめ合えるんだ」
「須賀さん……」
「私は今、目の前にいる君、雪を愛してる」
「……こんな俺で、いいんですか……?」
「君のフェロモンを感じることができるのも世界で唯一私しか居ないんだよ? そう思うと私はとてつもなく幸せを感じることができるんだよ」
「何を言って……」
「矛盾だろ」
切なそうにふっと鼻で笑った須賀が前髪をかきあげる。彼もそう思ってくれてた、それを知って俺は泣きそうになる感情を抑えようと下を向いた。
──勘違いでもいい。心にある須賀への想いを……
「君からもその矛盾を感じているよ」
「え?」
「私を愛してるだろう?」
おずおずと須賀を見つめればすっかり眉を下げて微笑している。
「どんな傷も私が癒やす」
「須賀さ……ん」
伸ばされた手が俺の頬を撫でて、頬を伝う涙を親指で拭ってくれた。
「どんな君でもいい」
「俺でいいんですか……?」
「あぁ、君がいいんだ」
「ひとりじゃ何もできなくて……」
「私が支える」
「ま、まだ大学生だし、未成年だし……」
「未成年か? そうだな、来年二十歳か」
「歳も離れてるし……」
「それは、私も憂いている」
「あと、……、」
慌てる俺に、須賀はくっと喉の奥で笑ってから首の後ろをぐっと持って俺を抱き寄せた。須賀の胸にぽふっと顔が沈んで須賀の匂いが俺を包む。
「……君をΩにできるのも私だけだ」
須賀の息が髪にかかって甘いセリフが降り注いで、カッと顔が熱くなる。
Ωに……
ドクンっ。
心臓が跳ね上がる。
いくらΩの欠陥品だと否定しても、この身体はΩであり、意識とは別に正常なΩになりたがっている。αのフェロモンも感じたがってる。これが本能で、あの夜、須賀を求めた正体。
シクシクと腹が痛む。
この矛盾に、俺はずっと頭で理解して答えを出そうとばかりしていたのか。
「吾妻、礼はたっぷりするよ」
「また飲みに連れて行ってくれるだけで」
「本当だな?」
「ははは!」
俺の頭上で須賀の低い笑い声がしてそれが体に響く。顔をあげると須賀の首元からαのフェロモンを感じた。俺は須賀の匂いに安心するんだ。性的興奮なんて、どこにあるのか。やはり俺はΩとして欠陥品だ、そう思うと須賀を抱きしめる手に力が入ってしまい、須賀に髪を撫でられた。
帰ろう、そう助手席のドアを開けてくれた。初めて乗る助手席、須賀さんの運転だった。
「須賀さん……」
「ん?」
「俺はΩになんてなりたくなかったんです」
須賀は焦った表情で車を路肩に停める。そして俺を覗き見た。カッチカッチとハザードランプの音がする。
「男を誑かす汚いΩだって言われて、そのくせホルモンバランスが悪くて、だからチョーカーも外してΩじゃないただの男のつもりになってました」
「それがチョーカーをしなかった理由か?」
眉をひそめて俺を見つめる須賀に俺は頷いた。もう全部話してしまいたい、話さなきゃいけないそう思った。
「チョーカーを外したあの日、須賀さんと出会ったんです。初めて自分が犯してしまったことに恐怖が湧きました。男の人をフェロモンで誘って襲わせて、ほんとにあの人の言う通りの俺は汚れたΩだって」
「君は汚れてなんていない」
須賀はハンドルを強く叩いて怒った。αの威圧を感じるが、でも俺は話さなければならない。
「微量のフェロモンなのにそれでも誑かすことができるなんて……恐ろしいことだって思ったんです。そんなことあっちゃいけないって、抑制剤を飲みはじめました」
後ろに撫で付けられている須賀の前髪がはらりと小さい束になりおでこを隠す。それと同時に幾分αの威圧が減り俺は深呼吸をしてやり過ごすことができた。
「抑制剤を飲んでチョーカーもしなければほかのみんなみたいに普通に生活できると思った……Ωだって後ろ指刺されないで居たかったんです。現に須賀さん以外には誰にも気づかれずに居られました」
俺の本能だとしたら、αを求めたのはあの夜だけ。そして世界中で俺のフェロモンに気づいたのは目の前のこの人だけ。
愛してると言ってくれて心からどうしようもなく嬉しかった。
須賀の言葉に、優しさに、勘違いしてもいいのだろうか。
「…………そんなことを言わないでくれ」
背を丸めて、ハンドルを握りしめる手におでこを擦り付けて絞り出すように須賀が言った。俺はそんな須賀を見てすごく胸が苦しくなる。
「須賀さんは俺がΩであってほしいですよね?」
「……当たり前だ」
いつもは自信に溢れて大きな体が、今は弱々しく小さく見えてしまう。顔をあげた須賀の視線と合うとその目は充血し、苦しさに耐えているように歪められている。
「君がΩなのは事実だ、ΩがΩらしくなりたいという願いは当然のことだよ。本能だ。それを自分で否定してほしくない」
「……」
「実際君がΩかどうかなど、私にはどうでもいい。確かに私は君のフェロモンに誘われた、運命だと思っている。しかしそんなことどうでもいい、君なしには生きていきたくないんだ」
「……」
「Ωのフェロモンに操られないで君を愛せる。デートできる。大切だと思える。見つめ合えるんだ」
「須賀さん……」
「私は今、目の前にいる君、雪を愛してる」
「……こんな俺で、いいんですか……?」
「君のフェロモンを感じることができるのも世界で唯一私しか居ないんだよ? そう思うと私はとてつもなく幸せを感じることができるんだよ」
「何を言って……」
「矛盾だろ」
切なそうにふっと鼻で笑った須賀が前髪をかきあげる。彼もそう思ってくれてた、それを知って俺は泣きそうになる感情を抑えようと下を向いた。
──勘違いでもいい。心にある須賀への想いを……
「君からもその矛盾を感じているよ」
「え?」
「私を愛してるだろう?」
おずおずと須賀を見つめればすっかり眉を下げて微笑している。
「どんな傷も私が癒やす」
「須賀さ……ん」
伸ばされた手が俺の頬を撫でて、頬を伝う涙を親指で拭ってくれた。
「どんな君でもいい」
「俺でいいんですか……?」
「あぁ、君がいいんだ」
「ひとりじゃ何もできなくて……」
「私が支える」
「ま、まだ大学生だし、未成年だし……」
「未成年か? そうだな、来年二十歳か」
「歳も離れてるし……」
「それは、私も憂いている」
「あと、……、」
慌てる俺に、須賀はくっと喉の奥で笑ってから首の後ろをぐっと持って俺を抱き寄せた。須賀の胸にぽふっと顔が沈んで須賀の匂いが俺を包む。
「……君をΩにできるのも私だけだ」
須賀の息が髪にかかって甘いセリフが降り注いで、カッと顔が熱くなる。
Ωに……
ドクンっ。
心臓が跳ね上がる。
いくらΩの欠陥品だと否定しても、この身体はΩであり、意識とは別に正常なΩになりたがっている。αのフェロモンも感じたがってる。これが本能で、あの夜、須賀を求めた正体。
シクシクと腹が痛む。
この矛盾に、俺はずっと頭で理解して答えを出そうとばかりしていたのか。
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