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柔らかな日々
第五十一話
遥の予定していたアメリカ留学が可能になった。既にある程度入金は済ませてあったが、渡航後の生活を支える資金は俺では工面することは難しい。
それを弁護士の九条さんが暗躍してくれて、遥名義の通帳を保護してくれたのだった。母親が遥名義で学資保険など限度額まで保険を掛けていて、その利子でも利益を得ていたらしい。
そのため数千万の貯蓄が遥に渡ってきた。遥と相談しアメリカ留学の生活費に使い、残りは成人するまで然るべきところへ預けることにした。
俺名義の通帳はというと遥ほどではないが俺名義の保険等があった、そしてΩの扶養手当を受け取る俺名義の口座にも少しばかりお金が残されていた。
通帳を見て毎月政府からこれだけもらっていたのかと思うと、あんなにアルバイトばかりしていたのを思い出して胃が痛む。でも、これで卒業までの学費は心配なくなった。幸いとして受け止める。
妹は新天地でひとりでやっていく。俺も前を向くしない。
タイミングよく不動産屋から修繕が終わったことを告げられた。いつまでもここに世話になるわけにはいかない。いつかは出ていかなくては。須賀の屋敷から出る良い機会だと思った。
しかし須賀は俺がここを出ていくことに賛成してはくれなかった。話すら聞いてくれない、怒っている感じだ。
あの古いアパートが嫌なのかもと、別の部屋に引っ越すなら須賀も少しは安心してくれるかと物件を紹介してもらう手はずを取った。内覧の日、須賀も付いてきたのだった。
しかし……、
「ここは日当たりが良くない」
「ここは玄関の方角が良くない」
「ここのゴミステーションは荒れている」
「この収納は小さく使いにくい」
「シューズボックスが小さい」
「壁が薄い」
終いには……、
「なにか、憑いている」
もう、明らかに難癖を付けている。困り果てる不動産屋さんが気の毒になり、俺は須賀を連れて帰宅した。食事中もだんまりで話をしてくれなかった。
「もう、いったいどんな物件ならいいって言うんだろう、家賃の予算だって高くないのに」
「そりゃ、引き止めるんで必死なんですよ」
夕食後、お皿を洗いながらぶつくさ独り言を言っていると瀧さんが隣で笑った。
「……、でもここにずっとお世話になるわけにはいきません」
「ずっと居ていただいて構わないんですけどね」
「そうはいきません」
「そう仰る坊っちゃまの気持ちもわかりますけれどね。若旦那さまはお寂しいんでしょう」
それは俺だって寂しい。ひとり暮らしが楽だなんて思えたのはあの親から逃げていた期間で、今ではすっかりひとりが心細い。
けれど、誰かに世話になりたくないんだ。一人でも生きていけるっていう自信がほしい。
「私も寂しいですよ、また若旦那さまのお世話だけになるのは、はぁ……」
「そんなこと言わないでください」
「あぁ、もう。どうしても出ていってしまうんですか?」
「……」
「……ちょくちょく顔を見せに来てくださいね?」
「はい」
「須賀さん、入ってもいいですか?」
ドアの向こうからは返事がなく、仕事をしているのなら邪魔をしてはいけないと踵を返すとドアが開いた。
「あ……、ごめんなさい、また後で来ます」
「大丈夫だ」
まだ不機嫌なのだろうか、目も合わせてくれない須賀。
「いえ、邪魔してはいけないので……、うわ!?」
書斎に入るのを躊躇っていると須賀に腕を引かれた。引かれた反動で壁に追いやられ壁に背中を打った。
「須賀さ……っ、ん……っ!」
壁と須賀の身体に挟まれいきなり唇を塞がれた。少し荒々しく押し付けられてすぐに離されたが、視点が定まらない程に目の前に須賀の顔がある。身体を挟むように須賀が壁に手を付いており身動きが取れない。
「……私が、不安なのが分からないか?」
「須賀……さん」
「どうしても出ていくのか?」
「……」
怒っているとばかり思っていたのに、すっかり眉が下がり不安げな眼差しを向けられて俺は驚いた。
──俺を心配してる……。
「……でもけじめは必要っておもう……から」
「……」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないが……、ひとり暮らしが不安で仕方ないんだ」
「じ、じゃあっ、この家の近くにしますっ」
「……」
「あまり古くない……えっと、オートロックが付いてて」
「それで?」
「須賀さんが心配しなくて良いように……えっと……」
真っ直ぐに俺を見つめる須賀にどうしたら安心してもらえるんだろうか。
「ちっ、……心配しなくて良いようにってのも気に入らない」
「須賀さん!?」
「……なんでもない」
バツが悪そうに少し頬を染めて視線をずらした。その表情がとっても可愛らしくて胸がキュンとしてしまった。
「須賀さん」
「うん」
「チョーカーを……」
「え……?」
「チョーカーを俺に買ってください」
そう言うと須賀は固まった。そして顎に手をやってだんだんと驚いたような顔に変わる。
「雪、それは、……」
「安心してもらえるように……です、けど」
須賀はふっと笑ってくれて、俺を抱き寄せた。冷たい壁から須賀の腕に抱きしめられてホッとしてため息が漏れた。やっぱりこの人の匂いが好きだ。
「負けた」
「え……?」
「また物件見に行こう」
「……はい」
須賀の腕の中で俺がやっと顔をあげると須賀の穏やかな笑顔があって、俺のおでこにキスをくれた。
それを弁護士の九条さんが暗躍してくれて、遥名義の通帳を保護してくれたのだった。母親が遥名義で学資保険など限度額まで保険を掛けていて、その利子でも利益を得ていたらしい。
そのため数千万の貯蓄が遥に渡ってきた。遥と相談しアメリカ留学の生活費に使い、残りは成人するまで然るべきところへ預けることにした。
俺名義の通帳はというと遥ほどではないが俺名義の保険等があった、そしてΩの扶養手当を受け取る俺名義の口座にも少しばかりお金が残されていた。
通帳を見て毎月政府からこれだけもらっていたのかと思うと、あんなにアルバイトばかりしていたのを思い出して胃が痛む。でも、これで卒業までの学費は心配なくなった。幸いとして受け止める。
妹は新天地でひとりでやっていく。俺も前を向くしない。
タイミングよく不動産屋から修繕が終わったことを告げられた。いつまでもここに世話になるわけにはいかない。いつかは出ていかなくては。須賀の屋敷から出る良い機会だと思った。
しかし須賀は俺がここを出ていくことに賛成してはくれなかった。話すら聞いてくれない、怒っている感じだ。
あの古いアパートが嫌なのかもと、別の部屋に引っ越すなら須賀も少しは安心してくれるかと物件を紹介してもらう手はずを取った。内覧の日、須賀も付いてきたのだった。
しかし……、
「ここは日当たりが良くない」
「ここは玄関の方角が良くない」
「ここのゴミステーションは荒れている」
「この収納は小さく使いにくい」
「シューズボックスが小さい」
「壁が薄い」
終いには……、
「なにか、憑いている」
もう、明らかに難癖を付けている。困り果てる不動産屋さんが気の毒になり、俺は須賀を連れて帰宅した。食事中もだんまりで話をしてくれなかった。
「もう、いったいどんな物件ならいいって言うんだろう、家賃の予算だって高くないのに」
「そりゃ、引き止めるんで必死なんですよ」
夕食後、お皿を洗いながらぶつくさ独り言を言っていると瀧さんが隣で笑った。
「……、でもここにずっとお世話になるわけにはいきません」
「ずっと居ていただいて構わないんですけどね」
「そうはいきません」
「そう仰る坊っちゃまの気持ちもわかりますけれどね。若旦那さまはお寂しいんでしょう」
それは俺だって寂しい。ひとり暮らしが楽だなんて思えたのはあの親から逃げていた期間で、今ではすっかりひとりが心細い。
けれど、誰かに世話になりたくないんだ。一人でも生きていけるっていう自信がほしい。
「私も寂しいですよ、また若旦那さまのお世話だけになるのは、はぁ……」
「そんなこと言わないでください」
「あぁ、もう。どうしても出ていってしまうんですか?」
「……」
「……ちょくちょく顔を見せに来てくださいね?」
「はい」
「須賀さん、入ってもいいですか?」
ドアの向こうからは返事がなく、仕事をしているのなら邪魔をしてはいけないと踵を返すとドアが開いた。
「あ……、ごめんなさい、また後で来ます」
「大丈夫だ」
まだ不機嫌なのだろうか、目も合わせてくれない須賀。
「いえ、邪魔してはいけないので……、うわ!?」
書斎に入るのを躊躇っていると須賀に腕を引かれた。引かれた反動で壁に追いやられ壁に背中を打った。
「須賀さ……っ、ん……っ!」
壁と須賀の身体に挟まれいきなり唇を塞がれた。少し荒々しく押し付けられてすぐに離されたが、視点が定まらない程に目の前に須賀の顔がある。身体を挟むように須賀が壁に手を付いており身動きが取れない。
「……私が、不安なのが分からないか?」
「須賀……さん」
「どうしても出ていくのか?」
「……」
怒っているとばかり思っていたのに、すっかり眉が下がり不安げな眼差しを向けられて俺は驚いた。
──俺を心配してる……。
「……でもけじめは必要っておもう……から」
「……」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないが……、ひとり暮らしが不安で仕方ないんだ」
「じ、じゃあっ、この家の近くにしますっ」
「……」
「あまり古くない……えっと、オートロックが付いてて」
「それで?」
「須賀さんが心配しなくて良いように……えっと……」
真っ直ぐに俺を見つめる須賀にどうしたら安心してもらえるんだろうか。
「ちっ、……心配しなくて良いようにってのも気に入らない」
「須賀さん!?」
「……なんでもない」
バツが悪そうに少し頬を染めて視線をずらした。その表情がとっても可愛らしくて胸がキュンとしてしまった。
「須賀さん」
「うん」
「チョーカーを……」
「え……?」
「チョーカーを俺に買ってください」
そう言うと須賀は固まった。そして顎に手をやってだんだんと驚いたような顔に変わる。
「雪、それは、……」
「安心してもらえるように……です、けど」
須賀はふっと笑ってくれて、俺を抱き寄せた。冷たい壁から須賀の腕に抱きしめられてホッとしてため息が漏れた。やっぱりこの人の匂いが好きだ。
「負けた」
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「また物件見に行こう」
「……はい」
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