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恋人
第六十一話
すっかり私の胸に頭を預けて眠っていた雪を、後ろ髪を引かれる思いで出勤した。執務室で資料に目を通してはいるが、心はベッドに置いてきてしまっている。
──雪の安心しきったような寝顔、天使だったなぁ……。
「…………ですが」
「……うん」
「よろしいのですか?」
「……うん」
「社長?」
「……うん」
「社長!」
ビクッとした。なにか悪い空気が漂ったのが分かって、私のデスクの前に立っている佐伯を見上げる。佐伯は生返事をされて怪訝そうに私を見ている。しばらく沈黙して手に持っていたタブレット端末のスイッチを切った。
「なにか心配事がおありですか?」
「いや?」
すかさず答えた。昨夜の雪を見てもう家に帰りたくて仕方がないだなんて知られてたまるか。
「長谷川様のことをお考えになっておられたのは承知しておりますが」
「考えていない」
「……」
「なんだ」
目を薄くして微笑を浮かべてからタブレットに視線を戻した。
「……では、報告を続けます。今朝外務省から緊急のアポイントがありました。今日午後に差し込みました」
「随分と焦っているようだな」
「今朝のニュースのことでしょうか」
「おそらくな」
政府が持っているN○T株を売却することにして、それを防衛費にすると伝えていたニュース。持ち株は五兆円にもなる。
「どこかの国に一兆円も戦争資金提供しているというのにな」
αで成り立つこの世界。アングロサクソンのαたちはファイブアイズを立ち上げ世界の機密情報を共有したり、諜報活動をしている。
日本もその中に加盟するかもしれないという話が耳に入っているが、極東の小さな島国くらいにしか思われていない日本は、アジア人のくせに先進国だからと駒にされるオチしか待っていない。開戦を仕向けられて五兆円を溶かすつもりか。
「まぁ、それが役目なんだがな……。もう日本の通信網は終わるか」
「役目……とは」
「私が台湾と手を組んだらあっちはどう出るんだろうな」
「考えたくもないです」
「面白いとは思わないか?」
「戦争を始めるおつもりですか?」
「……どのみち、日本は終わったも同然だ」
日本の水脈の次は通信網、王手がかかってしまった。
「恐ろしいことをお考えになりませんよう……」
──そうだな、自滅だ。
「来週の出張は予定通り──」
「ちょっと待て、出張は来週だったか?」
「はい。エバンス公爵との会食がございます」
それは、変更は不可ということだ……。
会食を終えて執務室に戻りスマホを取り出した。電話の相手はもちろん愛おしい人。呼び出し音が鳴り、私は窓から見える街を見下ろしていた。間もなくして向こうの世界と繋がる。
『もしもし? 須賀さん?』
「ちゃんと起きれたか?」
この一言だけでも昨夜の雪を思い出して胸が切なくなってしまう。さらには、「ギリギリでした……」と恥ずかしそうに笑う声が私の鼓膜を震わせるといても立ってもいられなくなる。
『なんで起こしてくれなかったんですか?』
小さく周囲を気にした小さな声で雪に責められ愛おしさがこみ上げる。声をかけてもキスをしてもビクともしなかったとは言いにくかった。その原因は私だから。
「滝が起こしたろう?」
『そうですけど……。そうじゃなくて……』
「無理に起こしたくなかった」
『……そうなんですけど』
「わかった、次は起こすよ」
『はい!』
ホッとしたような声が返ってきて今夜も会いたくなる。しかし出張前にやらなければならないことも増えて帰宅は深夜になるだろう。明日だっておんなじだ。来週からの出張、耐えられるのだろうか。
『須賀さん……?』
心配そうな雪の声の後ろで学校のチャイムが聞こえてくる。
「もう授業かな」
『え……っ……はい、そう、ですね。……切らないと』
「あぁ」
『午後も仕事頑張ってくださいね』
「雪もな」
『はい!』
雪が電話を切るのを確認してスマホを耳から離すと後ろに気配を感じて慌てて振り向く。
──雪の安心しきったような寝顔、天使だったなぁ……。
「…………ですが」
「……うん」
「よろしいのですか?」
「……うん」
「社長?」
「……うん」
「社長!」
ビクッとした。なにか悪い空気が漂ったのが分かって、私のデスクの前に立っている佐伯を見上げる。佐伯は生返事をされて怪訝そうに私を見ている。しばらく沈黙して手に持っていたタブレット端末のスイッチを切った。
「なにか心配事がおありですか?」
「いや?」
すかさず答えた。昨夜の雪を見てもう家に帰りたくて仕方がないだなんて知られてたまるか。
「長谷川様のことをお考えになっておられたのは承知しておりますが」
「考えていない」
「……」
「なんだ」
目を薄くして微笑を浮かべてからタブレットに視線を戻した。
「……では、報告を続けます。今朝外務省から緊急のアポイントがありました。今日午後に差し込みました」
「随分と焦っているようだな」
「今朝のニュースのことでしょうか」
「おそらくな」
政府が持っているN○T株を売却することにして、それを防衛費にすると伝えていたニュース。持ち株は五兆円にもなる。
「どこかの国に一兆円も戦争資金提供しているというのにな」
αで成り立つこの世界。アングロサクソンのαたちはファイブアイズを立ち上げ世界の機密情報を共有したり、諜報活動をしている。
日本もその中に加盟するかもしれないという話が耳に入っているが、極東の小さな島国くらいにしか思われていない日本は、アジア人のくせに先進国だからと駒にされるオチしか待っていない。開戦を仕向けられて五兆円を溶かすつもりか。
「まぁ、それが役目なんだがな……。もう日本の通信網は終わるか」
「役目……とは」
「私が台湾と手を組んだらあっちはどう出るんだろうな」
「考えたくもないです」
「面白いとは思わないか?」
「戦争を始めるおつもりですか?」
「……どのみち、日本は終わったも同然だ」
日本の水脈の次は通信網、王手がかかってしまった。
「恐ろしいことをお考えになりませんよう……」
──そうだな、自滅だ。
「来週の出張は予定通り──」
「ちょっと待て、出張は来週だったか?」
「はい。エバンス公爵との会食がございます」
それは、変更は不可ということだ……。
会食を終えて執務室に戻りスマホを取り出した。電話の相手はもちろん愛おしい人。呼び出し音が鳴り、私は窓から見える街を見下ろしていた。間もなくして向こうの世界と繋がる。
『もしもし? 須賀さん?』
「ちゃんと起きれたか?」
この一言だけでも昨夜の雪を思い出して胸が切なくなってしまう。さらには、「ギリギリでした……」と恥ずかしそうに笑う声が私の鼓膜を震わせるといても立ってもいられなくなる。
『なんで起こしてくれなかったんですか?』
小さく周囲を気にした小さな声で雪に責められ愛おしさがこみ上げる。声をかけてもキスをしてもビクともしなかったとは言いにくかった。その原因は私だから。
「滝が起こしたろう?」
『そうですけど……。そうじゃなくて……』
「無理に起こしたくなかった」
『……そうなんですけど』
「わかった、次は起こすよ」
『はい!』
ホッとしたような声が返ってきて今夜も会いたくなる。しかし出張前にやらなければならないことも増えて帰宅は深夜になるだろう。明日だっておんなじだ。来週からの出張、耐えられるのだろうか。
『須賀さん……?』
心配そうな雪の声の後ろで学校のチャイムが聞こえてくる。
「もう授業かな」
『え……っ……はい、そう、ですね。……切らないと』
「あぁ」
『午後も仕事頑張ってくださいね』
「雪もな」
『はい!』
雪が電話を切るのを確認してスマホを耳から離すと後ろに気配を感じて慌てて振り向く。
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