恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

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休息

第六十七話

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 ハイシーズンなのに部屋が予約できたのは、部屋に入るなり納得した。そこはロイヤルスイートなのだ。そして俺と須賀は────

「須賀さん……」
「ん?」

 ──ベッドルームひとつなんだけど……。

 ベッドの前でまだリュックを背負ったまま唖然としている俺に須賀は片眉を上げて上着に手を掛けてそれを脱ぐ。

「あぁ、今夜から一緒に眠るぞ」
「……」

 ──今夜からって……もう夕飯はみんなで食べてきた。あとはもう寝るだけ。

「緊張するか?」

 須賀何か面白そうに、揶揄うように笑った。クロゼットからハンガーを取り出してそれに上着を掛けクロゼットに引っ掛けると、いつまでも棒立ちの俺のところへ来てリュックを取り上げてソファにそれを置いた。

「明日は早くから撮影だろう? 昨日も眠れていないんだからちゃんと寝ような。先に風呂入ってきていいぞ」

 そう言って今度は腕時計に手を掛けながら備え付けられている大きな書斎机に向かい、そこに腕時計を置くと次にカフスをひとつずつ外して置いていく。

「は……はい」

 その大人の仕草にまた腹がキュッと疼くのが分かって慌てて洗面室に駆け込んだ。




「……危ない……須賀さん、かっこよすぎなんだけど……」

 それにしてもやけに腹が痛むのは、やはり発情期が近いことを知らせているんだろうか。処方してもらったヒート対応の抑制剤は持ってきたが、間もなくこれが必要になるということなのだろうか。

 風呂から上がると須賀が入れ代わりに入って行った。

「はぁ……」

 ふかふかのベッドに身体を委ねるとふわっと眠気が襲う。

 明日から撮影が始まる。二日の予備日を含めて五日間の滞在、そのうち天候の良い日に撮影するということだった。うまくいげは三日間で終わる。

 モデルとして心構えなんて出来ていなくて、でも集中しなくちゃと焦りばかりが積もる。俺はベッドから出てリュックからラップトップを取り出す。そしてまたベッドに戻ると、依頼を受けてからチェックしていたメンズコスメの広告動画のフォルダを開いて動画を流す。

 ──イメージくらいしか掴めないなぁ。

 しかし、移動の疲れか俺はあっという間に寝てしまった。





 たまに何かが触れるような感覚に意識が浮上して、そおっと手を伸ばしてみるが隣には須賀の気配は無くて。

 冷たいシーツの感覚だけが手のひらに伝わって、代わりに側にある柔らかな枕をたぐり寄せる。

「須賀さ……」

 視線のすごく先にぼんやり明かりが見えて、人の動く気配は感じる。暗闇じゃないことに安堵する。


 すると、また瞼が重くなって眠りに落ちた。




 翌日は晴天。起きると須賀は居なかった。スマホにホテルの会議室にいる旨のメッセージがあった。まだ五時。日本時間など無関係なんだろう。ちゃんと眠れていないのは俺じゃなく須賀のほうなんじゃないだろうか。

 波野さんの部屋へ向かうとスタッフみんな揃っていて天気予報を見てやる気を漲らせている。今週中は全て晴れの予報らしい。

 波野さんが俺を呼んだ。ある程度ヘアメイクを仕上げてからロケ先へ向かうらしい。俺を見て不思議そうな顔をする。

「あれ、長谷川くん。今日チョーカーは?」
「外してきました」
「付けていてもいいのよ?」
「え?」
「メンズコスメでΩがモデルだなんて、素敵な演出じゃない?」
「そうなんですか……?」
「次はそのコンセプトで行こうかな、どう?」
「つ、次?!」
「そ! 秋冬のね」

 ──まだ、始まってもいないのに……

「ファッション業界なんて、もう来年のこと考えてるんだから、遅いくらいよ?」
「へぇ……そうなんですね」

 知らない世界を知れるのは単純に楽しい。須賀の居るαの世界も片鱗でも話を聞くことができて難しいけれどとても楽しいし、何より須賀の思考を少しでも知れると思うと嬉しくなる。

「首元、チョーカーの擦れかな? 少し赤くなってる。下地で隠すね。ちょっと待ってて」
「はい」

 ──擦れ? またかぶれたのかな……

 目の前の鏡に自分の首元を映すと確かにポツリと赤くなってるところがあった。昨日の風呂で見たときはこんなの無かったはずだ。

「おまたせ。すぐ隠せるから気にしないでね、長谷川くん肌が白いから痕にならないといいわね」
「かぶれならチョーカーの素材、やっぱり変えたほうがいいのかな……」
「あ、長谷川くんも自分の体に興味持ってくれた?」
「え? 興味って」
「髪も前よりツヤツヤしているし、お手入れしてくれてるのかなぁって」

 ──自分ではそんな気はないのだけれど。

 鏡に写る自分をぼんやり見つめながら、須賀の家に住まわせてもらってから須賀のジャンプーを使っていたし、髪をきちんと乾かさないと滝さんに叱られたし、美味しいごはん毎日食べられて栄養も取れてたかも……などと思い出していた。

 ほんと少し前のことなのに。懐かしい。

「長谷川くん、思い出し笑いしてるの?」

 鏡越しに波野さんに笑われて俺も笑った。

「長谷川くん、本当に変わったね」

 波野さんの手のひらが俺の肩に乗せられた。女性の柔らかな優しい温もりだった。

「引き受けてくれてありがとう」
「……こちらこそですよ」
「今日暑いけどがんばろうね」
「はい!」




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