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初めての旅行
第七十六話
翌日高速艇に乗り込み離島へ向かった。
佐伯がブッキングしたホテルは一部屋ずつコテージになっており、テラスにはプールが付いている。プライベートが保たれた落ち着いた空間だった。ダメ元で問い合わせると幸運なことにキャンセルが出たところだったと佐伯が言っていた。
「なにか褒美をやりたい気分だな」
雪はソファに座ったと思ったら横になっている。移動の疲れか、いや、初めての飛行機、ホテル、撮影、気候、体が順応しきれていないのだろう。昨夜も泥のように眠っていて、私が触っても抱きしめても起きることはなかった。
雪を抱き上げデイベッドに寝かせると自身を抱き寄せるように身を縮める。寒いのだろうか、私は羽織っていた麻のジャケットを雪に掛けた。
この間に仕事をしてしまおうと、ラップトップとスマホを手に持ちテラスへ出た。
プールサイドにあるソファに座るとそこから雪の寝ているデイベッドがガラス越しに見えた。ここなら雪が起きても気づくことができる。ラップトップを開くとやはり既に佐伯からのテキストが来ていた。
仕事をするために座ったのについ雪の方を見てしまうと、肘掛けに肘を付いて結局遠目に雪を眺めはじめてしまう。
すると先程私が掛けたジャケットがするすると雪の肩から落ちた。思わず雪の元へ戻ると、それが腕の中にあって顔を埋めるようにして眠っている。
「かわいい寝顔をして……」
雪の柔らかな髪に触れて指で漉く。
沸き起こる感情は愛おしさのはずなのに、その身体を滅茶苦茶にしてしまいたいという衝動は正反対を意味する。
「愛とは、全く不解だな」
そして、指の隙間からすり抜けていく感覚もまた、雪が私の前から居なくなってしまうことへの焦燥感を呼び起こす。
決して充足することのないのが愛か。
一時間ほど経ったかいくつ目かのテキストに返信し終える頃、雪がテラスへやってきた。
「すいません……せっかく連れてきて頂いたのに着いて早々寝てしまって……」と申し訳なさげに立っている。まだ疲れが残ってる顔つきをしている。
「大丈夫だよ、ちょうど佐伯から連絡が入っていたから」
「うん……」
雪の手が肩に置かれると滑らせるように肩に腕が周りそのまま後ろから抱きしめられた。まだ寝ぼけているのだろうか。こんなに素直に表現されると戸惑ってしまう。
「……どうした?」
雪の腕を擦ると「ううん」と小さく顔を振る。
「お仕事がんばってください」
腕を解くとプールサイドへと歩き出し、その縁に屈んだ。
昼下がりプールの水面がキラキラと反射している。
白い短パンから覗く白い太ももと、ひざ小僧。
プールに指先を入れて水を撫でる。
ふと雪が振り返る。すぐに私と目があって、見つめられていたことに気がついて頬を赤らめながら微笑んだ。
私は立ち上がり雪に近づきながらシャツのボタンを外していく。スラックスも脱ぐと下着一枚になった。
「雪も入ろう?」
プールサイドに手をついて水に入る。ゆっくりと雪の足元に近づくと躊躇いながらもTシャツを脱いで素肌を太陽に晒した。
そして雪の脇の下に手を差し込んで抱き上げると雪は嬉しそうに私に抱き着いた。
「ちょっと冷たいな」
「でも気持ちいい」
私の肩に頬をくっつけてまるでチークダンスのように、しばらく穏やかな揺れに任せて抱き合った。
「ずっとこうしていたいです」
「ん……?」
「嫌なことみんな忘れてしまえたらいいのに」
「……雪」
「魔法かなにかでパッと忘れて……。そうしたら、須賀さんのことしか考えないで、ずっとこうして抱っこしててもらいたいです……」
普段はなにもないように大人しい雪は、決して癒えることの無い心の傷を奥にしまって耐えている。
「雪……忘れることは出来ない。でもいつか和らぐ時が来る。そんなことを思い出しもしない時間がふとやってくるんだ」
「……」
「私がいまそうであるように」
αとしての生き方、祖父や父親への失望。そして母への渇求。いつからか執着していたものが色を失おうとしている。
「雪……?」
ふるふると首を振る。
「こっちを見てほしいな」
ようやく腕の力を抜いて顔をあげた雪の目は赤く、涙を堪えていた。
「全て忘れていなくとも、私はこうやってずっと雪を抱き締めていたいよ……そうさせてくれ」
なにか言おうとしてやめた雪に、私は口付けた。
佐伯がブッキングしたホテルは一部屋ずつコテージになっており、テラスにはプールが付いている。プライベートが保たれた落ち着いた空間だった。ダメ元で問い合わせると幸運なことにキャンセルが出たところだったと佐伯が言っていた。
「なにか褒美をやりたい気分だな」
雪はソファに座ったと思ったら横になっている。移動の疲れか、いや、初めての飛行機、ホテル、撮影、気候、体が順応しきれていないのだろう。昨夜も泥のように眠っていて、私が触っても抱きしめても起きることはなかった。
雪を抱き上げデイベッドに寝かせると自身を抱き寄せるように身を縮める。寒いのだろうか、私は羽織っていた麻のジャケットを雪に掛けた。
この間に仕事をしてしまおうと、ラップトップとスマホを手に持ちテラスへ出た。
プールサイドにあるソファに座るとそこから雪の寝ているデイベッドがガラス越しに見えた。ここなら雪が起きても気づくことができる。ラップトップを開くとやはり既に佐伯からのテキストが来ていた。
仕事をするために座ったのについ雪の方を見てしまうと、肘掛けに肘を付いて結局遠目に雪を眺めはじめてしまう。
すると先程私が掛けたジャケットがするすると雪の肩から落ちた。思わず雪の元へ戻ると、それが腕の中にあって顔を埋めるようにして眠っている。
「かわいい寝顔をして……」
雪の柔らかな髪に触れて指で漉く。
沸き起こる感情は愛おしさのはずなのに、その身体を滅茶苦茶にしてしまいたいという衝動は正反対を意味する。
「愛とは、全く不解だな」
そして、指の隙間からすり抜けていく感覚もまた、雪が私の前から居なくなってしまうことへの焦燥感を呼び起こす。
決して充足することのないのが愛か。
一時間ほど経ったかいくつ目かのテキストに返信し終える頃、雪がテラスへやってきた。
「すいません……せっかく連れてきて頂いたのに着いて早々寝てしまって……」と申し訳なさげに立っている。まだ疲れが残ってる顔つきをしている。
「大丈夫だよ、ちょうど佐伯から連絡が入っていたから」
「うん……」
雪の手が肩に置かれると滑らせるように肩に腕が周りそのまま後ろから抱きしめられた。まだ寝ぼけているのだろうか。こんなに素直に表現されると戸惑ってしまう。
「……どうした?」
雪の腕を擦ると「ううん」と小さく顔を振る。
「お仕事がんばってください」
腕を解くとプールサイドへと歩き出し、その縁に屈んだ。
昼下がりプールの水面がキラキラと反射している。
白い短パンから覗く白い太ももと、ひざ小僧。
プールに指先を入れて水を撫でる。
ふと雪が振り返る。すぐに私と目があって、見つめられていたことに気がついて頬を赤らめながら微笑んだ。
私は立ち上がり雪に近づきながらシャツのボタンを外していく。スラックスも脱ぐと下着一枚になった。
「雪も入ろう?」
プールサイドに手をついて水に入る。ゆっくりと雪の足元に近づくと躊躇いながらもTシャツを脱いで素肌を太陽に晒した。
そして雪の脇の下に手を差し込んで抱き上げると雪は嬉しそうに私に抱き着いた。
「ちょっと冷たいな」
「でも気持ちいい」
私の肩に頬をくっつけてまるでチークダンスのように、しばらく穏やかな揺れに任せて抱き合った。
「ずっとこうしていたいです」
「ん……?」
「嫌なことみんな忘れてしまえたらいいのに」
「……雪」
「魔法かなにかでパッと忘れて……。そうしたら、須賀さんのことしか考えないで、ずっとこうして抱っこしててもらいたいです……」
普段はなにもないように大人しい雪は、決して癒えることの無い心の傷を奥にしまって耐えている。
「雪……忘れることは出来ない。でもいつか和らぐ時が来る。そんなことを思い出しもしない時間がふとやってくるんだ」
「……」
「私がいまそうであるように」
αとしての生き方、祖父や父親への失望。そして母への渇求。いつからか執着していたものが色を失おうとしている。
「雪……?」
ふるふると首を振る。
「こっちを見てほしいな」
ようやく腕の力を抜いて顔をあげた雪の目は赤く、涙を堪えていた。
「全て忘れていなくとも、私はこうやってずっと雪を抱き締めていたいよ……そうさせてくれ」
なにか言おうとしてやめた雪に、私は口付けた。
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