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初めての旅行
第八十二話
突如風が強くなり、雨が振り始めた。スコールだ。
俺が慌てて海から上がりパラソルの下に駆け込もうとするが、須賀は急ぐ気配はない。振り返るとゆっくりとこちらに歩いてくるだけだ。濡れた髪を悠長にかき上げてなにやら笑みを浮かべている。
「どうせ、濡れているのに」そう須賀は言った。
あぁ、確かにと妙に納得してしまいようやくたどり着いたパラソルから出て須賀に駆け寄った。
「雨が、ぬるいな」
「雨粒が痛いです」
雨は勢いを増してザァザァと肌を刺す。
「ビーチハウスで休むか、すぐ止むだろう」
「はい」
須賀は俺の肩を抱いて俺を雨から庇うように少し小走りにビーチハウスへ向かった。ビーチハウスには同じように雨宿りに来た宿泊客が集まりだしていた。
何か飲もうかと中にあるバーラウンジに入った。中央にはトロピカルなフルーツや、サンドイッチなどの軽食が並んでいた。
「元親さん! フルーツたくさん並んでるっ」
ちょうどそこへ頼んだ飲み物を運んできたウェイターが俺に笑顔で言った。
「只今のお時間はブッフェとなっておりますので、どうぞお好きなものをお召し上がりください」
ブッフェということは食べ放題。ちらりと須賀を見れば「行っていいよ」と意味で頷かれて、でも須賀が行かないのなら俺も座っていようと色鮮やかなハイビスカスティーを口にした。
「取りに行かないのか?」
「……うん、大丈夫」
「なんでだ? 雪の好きなのばかりだろう?」
「けど……」
花より団子になってしまうのが急に躊躇われた。自分だけ食べるのもなんだか恥ずかしいし。
「俺は、これで」
「お腹空いてないのか?」
「はい」
ふと見るとお腹の大きな女性が楽しそうに選びながらサンドイッチなどをお皿に載せていた。それをぼんやり見つめていたら、その女性からポトリとミニタオルが落ちた。
「あっ」俺は咄嗟に椅子から立ち上がりその女性に駆け寄ってミニタオルを拾う。
「落ちましたよ?」
パタパタとタオルを払い女性に渡した。
「あっ、すいません、ありがとうございます! あっ、え?」
「……?」
「あっ、もしかして──すいません! 私、須賀コーポレーションに勤めておりまして」
「え? す……?」
「弊社のパンフレットの、その……モデルさん……ですよ、ね? あぁ、なんて言ったらいいのか、名前も存じ上げないので、すいません、失礼ですよね…………っ」
周りに気遣ってかだんだん小さな声になって顔を赤らめる。須賀コーポレーションの社員ならと俺は笑顔を作って返した。
「はい。……そうです、俺です」
面と向かってモデルの仕事のことを言われるのは初めてで、答えてはみたものの、急に気恥ずかしくなって照れる。
「やっぱり……、ファンなんです! ほ、ほらスマホも待ち受けにしてて、パソコンとか、あらゆる壁紙に使ってるくらい好きです!……はぁはぁ……」
「あはは、ありがとうございます」
「旅行中ですよね、すいません。プライベートお邪魔して、本当に──」
「お知り合い?」
須賀がやってきて俺の隣に来た。少し怪訝そうな顔をしているが、大きなお腹を一瞥し牽制のみにしている。
「し、しゃちょーーーーっ!!」
女性は須賀の顔を見てさらに驚きが増してその興奮した様子に赤ちゃんが出てきてしまうんじゃないかと、勝手に心配してしまうくらい、女性の顔が真っ赤だった。
「須賀コーポレーションの社員さんだそうですよ」
「はっはい! そうなんです! も、もうじき産休に入らせていただきます」
「すまない、すべて把握できないもので」
「そそそそ、そんなの気にしてません! こんな私のような者を! お二人で、りりりりょこうですか??」
「はい。元親さん、俺のファンって言ってくれました!」
「雪の?」
「……雪さんと仰るのですね……感激」
はぁはぁと肩で息をしながら今度は急に落ち着いて放心状態になっている。
「スマホの壁紙にしてくれてるんですって、恥ずかしいけど、なんか……嬉しい、えへ」
「なら、私もだが」
「ええ?????!」
俺もだけど、一番驚いてるの女性の方で。
「ほら」と印籠のように見せたその壁紙は俺がプールサイドに足を入れて座っている姿だった。
──そんなのいつ撮ったんだよ! ってか昨日のじゃん! アプデが早すぎ!
「ゆ、雪さんの、プライベートぉぉぉ」
「あは……落ち着いて」
「す、すいません。本当に、お二人、あっ、尊い……! いや! すいません! お二人のお邪魔してしまって、本当に!……あの、ありがとうございました! 一生の宝です!」
ペコペコと頭を下げて何処かへ去っていった。
席に戻り再び須賀はアイスコーヒーを口にする。
「雪のファンか」
「恥ずかしかったけど、……嬉しかった」
「ふぅん?」
「元親さんにやれって言われてやった仕事だったし、やり方もわからなくて、自分なんかがモデルだなんて、やらされてるって気持ちのほうが正直大きかったですし、俺で良かったのか今でも疑問ですが……」
「雪」と、須賀の語句が強くなる。
「い、いえ、今ではこれでも肯定的に捉えられてるんです」
「ん」
「自分のファン、って、理由なんてなくて嬉しいもんなんですね」
「少なくとも好意を持たれているには違いないからな」
「はい」
「しかし、あの社員、名前を聞けばよかったな」
「えっ! あの処罰とかしないでください! 俺のファンなんですから!」
「……、はっ!……はははっ!」
一拍置いて、須賀は大笑いした。
「処罰なんてしないさ。あれだけ雪のファンでありながら握手も写真も強請らなかったから、珍しいなと思っただけだよ」
「あぁ……なんだ、よかった」
「そんな暴君に見えるか?」
「……ごめんなさい」
ふいに髪を撫でられた。
「雪のファンは大切にしなくちゃと思ったんだが、育児休暇明けに彼女のために配置換えをしようかと思ってるが、それは暴君かな」
須賀はそう言って、笑った。
「また、笑った」
「ん?」
「ううん」
須賀の含んだような笑いじゃなくて、声を上げて笑ってくれるのが嬉しくって、ずっと聞いていたくなる。
そのまま雨は止まず、翌日まで降った。
俺が慌てて海から上がりパラソルの下に駆け込もうとするが、須賀は急ぐ気配はない。振り返るとゆっくりとこちらに歩いてくるだけだ。濡れた髪を悠長にかき上げてなにやら笑みを浮かべている。
「どうせ、濡れているのに」そう須賀は言った。
あぁ、確かにと妙に納得してしまいようやくたどり着いたパラソルから出て須賀に駆け寄った。
「雨が、ぬるいな」
「雨粒が痛いです」
雨は勢いを増してザァザァと肌を刺す。
「ビーチハウスで休むか、すぐ止むだろう」
「はい」
須賀は俺の肩を抱いて俺を雨から庇うように少し小走りにビーチハウスへ向かった。ビーチハウスには同じように雨宿りに来た宿泊客が集まりだしていた。
何か飲もうかと中にあるバーラウンジに入った。中央にはトロピカルなフルーツや、サンドイッチなどの軽食が並んでいた。
「元親さん! フルーツたくさん並んでるっ」
ちょうどそこへ頼んだ飲み物を運んできたウェイターが俺に笑顔で言った。
「只今のお時間はブッフェとなっておりますので、どうぞお好きなものをお召し上がりください」
ブッフェということは食べ放題。ちらりと須賀を見れば「行っていいよ」と意味で頷かれて、でも須賀が行かないのなら俺も座っていようと色鮮やかなハイビスカスティーを口にした。
「取りに行かないのか?」
「……うん、大丈夫」
「なんでだ? 雪の好きなのばかりだろう?」
「けど……」
花より団子になってしまうのが急に躊躇われた。自分だけ食べるのもなんだか恥ずかしいし。
「俺は、これで」
「お腹空いてないのか?」
「はい」
ふと見るとお腹の大きな女性が楽しそうに選びながらサンドイッチなどをお皿に載せていた。それをぼんやり見つめていたら、その女性からポトリとミニタオルが落ちた。
「あっ」俺は咄嗟に椅子から立ち上がりその女性に駆け寄ってミニタオルを拾う。
「落ちましたよ?」
パタパタとタオルを払い女性に渡した。
「あっ、すいません、ありがとうございます! あっ、え?」
「……?」
「あっ、もしかして──すいません! 私、須賀コーポレーションに勤めておりまして」
「え? す……?」
「弊社のパンフレットの、その……モデルさん……ですよ、ね? あぁ、なんて言ったらいいのか、名前も存じ上げないので、すいません、失礼ですよね…………っ」
周りに気遣ってかだんだん小さな声になって顔を赤らめる。須賀コーポレーションの社員ならと俺は笑顔を作って返した。
「はい。……そうです、俺です」
面と向かってモデルの仕事のことを言われるのは初めてで、答えてはみたものの、急に気恥ずかしくなって照れる。
「やっぱり……、ファンなんです! ほ、ほらスマホも待ち受けにしてて、パソコンとか、あらゆる壁紙に使ってるくらい好きです!……はぁはぁ……」
「あはは、ありがとうございます」
「旅行中ですよね、すいません。プライベートお邪魔して、本当に──」
「お知り合い?」
須賀がやってきて俺の隣に来た。少し怪訝そうな顔をしているが、大きなお腹を一瞥し牽制のみにしている。
「し、しゃちょーーーーっ!!」
女性は須賀の顔を見てさらに驚きが増してその興奮した様子に赤ちゃんが出てきてしまうんじゃないかと、勝手に心配してしまうくらい、女性の顔が真っ赤だった。
「須賀コーポレーションの社員さんだそうですよ」
「はっはい! そうなんです! も、もうじき産休に入らせていただきます」
「すまない、すべて把握できないもので」
「そそそそ、そんなの気にしてません! こんな私のような者を! お二人で、りりりりょこうですか??」
「はい。元親さん、俺のファンって言ってくれました!」
「雪の?」
「……雪さんと仰るのですね……感激」
はぁはぁと肩で息をしながら今度は急に落ち着いて放心状態になっている。
「スマホの壁紙にしてくれてるんですって、恥ずかしいけど、なんか……嬉しい、えへ」
「なら、私もだが」
「ええ?????!」
俺もだけど、一番驚いてるの女性の方で。
「ほら」と印籠のように見せたその壁紙は俺がプールサイドに足を入れて座っている姿だった。
──そんなのいつ撮ったんだよ! ってか昨日のじゃん! アプデが早すぎ!
「ゆ、雪さんの、プライベートぉぉぉ」
「あは……落ち着いて」
「す、すいません。本当に、お二人、あっ、尊い……! いや! すいません! お二人のお邪魔してしまって、本当に!……あの、ありがとうございました! 一生の宝です!」
ペコペコと頭を下げて何処かへ去っていった。
席に戻り再び須賀はアイスコーヒーを口にする。
「雪のファンか」
「恥ずかしかったけど、……嬉しかった」
「ふぅん?」
「元親さんにやれって言われてやった仕事だったし、やり方もわからなくて、自分なんかがモデルだなんて、やらされてるって気持ちのほうが正直大きかったですし、俺で良かったのか今でも疑問ですが……」
「雪」と、須賀の語句が強くなる。
「い、いえ、今ではこれでも肯定的に捉えられてるんです」
「ん」
「自分のファン、って、理由なんてなくて嬉しいもんなんですね」
「少なくとも好意を持たれているには違いないからな」
「はい」
「しかし、あの社員、名前を聞けばよかったな」
「えっ! あの処罰とかしないでください! 俺のファンなんですから!」
「……、はっ!……はははっ!」
一拍置いて、須賀は大笑いした。
「処罰なんてしないさ。あれだけ雪のファンでありながら握手も写真も強請らなかったから、珍しいなと思っただけだよ」
「あぁ……なんだ、よかった」
「そんな暴君に見えるか?」
「……ごめんなさい」
ふいに髪を撫でられた。
「雪のファンは大切にしなくちゃと思ったんだが、育児休暇明けに彼女のために配置換えをしようかと思ってるが、それは暴君かな」
須賀はそう言って、笑った。
「また、笑った」
「ん?」
「ううん」
須賀の含んだような笑いじゃなくて、声を上げて笑ってくれるのが嬉しくって、ずっと聞いていたくなる。
そのまま雨は止まず、翌日まで降った。
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