93 / 98
愛
第九十三話
須賀経由で連絡をするとすぐに伏見さんから連絡があり、今週末に会えることになった。
会うまでの間にもしかして気が変わることがあるかもと思ったが、やはり自分の気持ちは変わらなかった。
娘に似ていると言って俺に微笑んでくれる伏見さんは、どんな想いでこの二十年を過ごしたのだろう。駆け落ちした娘を恨んではいないと思う。むしろ後悔しているのかもしれない。
俺を産んだか知ってるかどうかなど、どうでもいい。あの二人が娘を恋しく思っていて会いたがっている。
あのハンカチの持ち主は俺じゃない。
「雪、今日は良い天気だな」
須賀がそう言うから俺は車窓から外を眺めた。緊張してる俺を和まそうとしてるんだろう。須賀はにこやかにしている。今日という日が大切な日になるんだろう、そう思った。
伏見さんのお屋敷前に着くと大きな門が開いて車が中に進んだ。
「どう話したら、いいかな」
「今、心にあるまんま話せばいい」
「うん……」
「私は別の部屋で待たせてもらうから」
「……伏見さんに、財産目当てだとか思われないかな」
「なにを急に……」
「だって、証明するものはなにひとつなくて」
ただ、あるのはハンカチだけ。
「ったく……、雪は本当に面白いやつだな」
そう笑って俺の髪にキスをして車を出た。
玄関前には伏見さんが待ち受けていて俺たちを見るなり駆け寄ってきた。
「雪くん、元気そうだね! 須賀くんも」
「はい、今日は時間を作ってくださってありがとうございます」
「いいんだ、夫も直に帰ってくるはずだ、あ、噂をすればだ」
振り向くと自転車に跨った旦那さんがやって来た。麦わら帽子がよく似合っている。
「間に合ったかな! 菜園に行って野菜の世話をしていたんだよ」
「啓一郎さん、収穫はありましたか?」
「あぁ、今日はとうもろこしがあるぞ」
「とうもろこし??」
「雪くん、とうもろこし好きかね?」
「はい! 大好きです」
「じゃあ、蒸してやろう、さあ、中に入りなさい。須賀くんも、良く来てくれた」
「お久しぶりです」
「うん」
四人揃って屋敷へと入った。
リビングで待っていると啓一郎が着替えを済ませてやってきた。
「よかったら今日一緒に昼食はどうかね」
そう言われて困ってしまいつい須賀を見ると、須賀は俺の手を上から握りしめて俺の代わりに答えた。
「まずは、雪の話を聞いて頂けないでしょうか」
そう言うと二人は不思議そうに俺に向く。
「あぁ、勿論だ、どうしたんだい?」
「会長、私はあちらにおりますので」
「ん? 仕事かい?」
「失礼致します」
須賀がリビングから出ていくと二人はリラックスした様子でソファに寛ぎ俺が口を開くのを興味深く待っている。
俺はバッグからハンカチを取り出して、伏見さんにそれを差し出した。
「これを、今日は届けに来ました」
「ハンカチかい?」
「はい……」
伏見さんは不思議そうにそれを受け取るとハンカチを見つめた。
「雪くんからのプレゼント……かな?」
伏見さんはずっと黙ってハンカチを見つめている。隣の啓一郎さんが黙っている伏見さんに代わって俺に聞いてきた。
「俺……」
声が震えてうまく言えない。ぎゅっと拳を作って耐える。
伏見さんが受け止めてくれなかったらって思うと辛くなる。でも、須賀が大丈夫だと言ってくれた。俺の決断を信じてくれた。俺は深呼吸をして、伏見さん二人に向き直り意を決する。
「そのハンカチは伏見 閑香さんのものです」
しばらく沈黙が続いた。
ハンカチを持ったまま微動だにしない伏見さんと、そんな伏見さんの肩を抱き寄せて眉間に皺を寄せている啓一郎さん。やがて伏見さんは表情を和らげ旦那さんにハンカチを見せた。
「雪くんが持ってきてくれたのだから、閑香のものなんだろう、なぁ、啓一郎さん」
「あぁ……、そうだ。ありがとう、雪くん」
二人はうっすらと目に涙を浮かべながらも笑顔を作り、俺に笑ってみせてくれた。
もうすべて分かっているような、全てを受け入れるような、覚悟を感じた。
「これが私達の娘、閑香だよ」
伏見さんが大事そうにアルバムを開いてくれた。大学の門前でスーツ姿で入学式に臨む三人の姿があった。ふたりの真ん中で確かに俺を華奢にしたような可憐な女性が笑ってる。
「これは大学の入学式でこのあと、……私達の娘、閑香は男と駆け落ちしたんだ。私達は当時二人を認めてやることが出来なかった」
アルバムの中にいる閑香さんを愛おしむように撫でながら当時を語ってくれた。
「行方が分からなくなって半年くらいか、連絡が来たのは病院からだった。産後の肥立ちが芳しくなく緊急入院したと。駆けつけた病院で閑香に会えたが、閑香は会いたくないと私達を拒否してな、……相手の男も……子供も死産だったんだと言って泣いてそのまま亡くなったんだ……」
啓一郎さんが話すのを伏見さんは静かに横で聞いていた。たまにお互いを気遣うように背中を撫でたりしながら。
「死産を受け入れられずショックで体調を崩したのかもしれないというその時の医師の言葉を真に受けてしまった……君が、生きていたのにな……」
すまなかった、と啓一郎さんは眉を下げる。
「医師から出生届と死産届を出さないと刑に触れると言われた時、閑香が男との子供を産んだということを認めたくないばかりに私達は……出産したことを伏せて娘の死亡届だけを書かせたんだ……」
「本当に後悔しているよ……」と啓一郎さんは顔を覆い隠した。
「死産だったとしても赤ん坊の手がかりはあったはずで、あのときちゃんと調査していればよかったのに、私達はあまりの悲しみに心を奪われてしまっていた……」
会うまでの間にもしかして気が変わることがあるかもと思ったが、やはり自分の気持ちは変わらなかった。
娘に似ていると言って俺に微笑んでくれる伏見さんは、どんな想いでこの二十年を過ごしたのだろう。駆け落ちした娘を恨んではいないと思う。むしろ後悔しているのかもしれない。
俺を産んだか知ってるかどうかなど、どうでもいい。あの二人が娘を恋しく思っていて会いたがっている。
あのハンカチの持ち主は俺じゃない。
「雪、今日は良い天気だな」
須賀がそう言うから俺は車窓から外を眺めた。緊張してる俺を和まそうとしてるんだろう。須賀はにこやかにしている。今日という日が大切な日になるんだろう、そう思った。
伏見さんのお屋敷前に着くと大きな門が開いて車が中に進んだ。
「どう話したら、いいかな」
「今、心にあるまんま話せばいい」
「うん……」
「私は別の部屋で待たせてもらうから」
「……伏見さんに、財産目当てだとか思われないかな」
「なにを急に……」
「だって、証明するものはなにひとつなくて」
ただ、あるのはハンカチだけ。
「ったく……、雪は本当に面白いやつだな」
そう笑って俺の髪にキスをして車を出た。
玄関前には伏見さんが待ち受けていて俺たちを見るなり駆け寄ってきた。
「雪くん、元気そうだね! 須賀くんも」
「はい、今日は時間を作ってくださってありがとうございます」
「いいんだ、夫も直に帰ってくるはずだ、あ、噂をすればだ」
振り向くと自転車に跨った旦那さんがやって来た。麦わら帽子がよく似合っている。
「間に合ったかな! 菜園に行って野菜の世話をしていたんだよ」
「啓一郎さん、収穫はありましたか?」
「あぁ、今日はとうもろこしがあるぞ」
「とうもろこし??」
「雪くん、とうもろこし好きかね?」
「はい! 大好きです」
「じゃあ、蒸してやろう、さあ、中に入りなさい。須賀くんも、良く来てくれた」
「お久しぶりです」
「うん」
四人揃って屋敷へと入った。
リビングで待っていると啓一郎が着替えを済ませてやってきた。
「よかったら今日一緒に昼食はどうかね」
そう言われて困ってしまいつい須賀を見ると、須賀は俺の手を上から握りしめて俺の代わりに答えた。
「まずは、雪の話を聞いて頂けないでしょうか」
そう言うと二人は不思議そうに俺に向く。
「あぁ、勿論だ、どうしたんだい?」
「会長、私はあちらにおりますので」
「ん? 仕事かい?」
「失礼致します」
須賀がリビングから出ていくと二人はリラックスした様子でソファに寛ぎ俺が口を開くのを興味深く待っている。
俺はバッグからハンカチを取り出して、伏見さんにそれを差し出した。
「これを、今日は届けに来ました」
「ハンカチかい?」
「はい……」
伏見さんは不思議そうにそれを受け取るとハンカチを見つめた。
「雪くんからのプレゼント……かな?」
伏見さんはずっと黙ってハンカチを見つめている。隣の啓一郎さんが黙っている伏見さんに代わって俺に聞いてきた。
「俺……」
声が震えてうまく言えない。ぎゅっと拳を作って耐える。
伏見さんが受け止めてくれなかったらって思うと辛くなる。でも、須賀が大丈夫だと言ってくれた。俺の決断を信じてくれた。俺は深呼吸をして、伏見さん二人に向き直り意を決する。
「そのハンカチは伏見 閑香さんのものです」
しばらく沈黙が続いた。
ハンカチを持ったまま微動だにしない伏見さんと、そんな伏見さんの肩を抱き寄せて眉間に皺を寄せている啓一郎さん。やがて伏見さんは表情を和らげ旦那さんにハンカチを見せた。
「雪くんが持ってきてくれたのだから、閑香のものなんだろう、なぁ、啓一郎さん」
「あぁ……、そうだ。ありがとう、雪くん」
二人はうっすらと目に涙を浮かべながらも笑顔を作り、俺に笑ってみせてくれた。
もうすべて分かっているような、全てを受け入れるような、覚悟を感じた。
「これが私達の娘、閑香だよ」
伏見さんが大事そうにアルバムを開いてくれた。大学の門前でスーツ姿で入学式に臨む三人の姿があった。ふたりの真ん中で確かに俺を華奢にしたような可憐な女性が笑ってる。
「これは大学の入学式でこのあと、……私達の娘、閑香は男と駆け落ちしたんだ。私達は当時二人を認めてやることが出来なかった」
アルバムの中にいる閑香さんを愛おしむように撫でながら当時を語ってくれた。
「行方が分からなくなって半年くらいか、連絡が来たのは病院からだった。産後の肥立ちが芳しくなく緊急入院したと。駆けつけた病院で閑香に会えたが、閑香は会いたくないと私達を拒否してな、……相手の男も……子供も死産だったんだと言って泣いてそのまま亡くなったんだ……」
啓一郎さんが話すのを伏見さんは静かに横で聞いていた。たまにお互いを気遣うように背中を撫でたりしながら。
「死産を受け入れられずショックで体調を崩したのかもしれないというその時の医師の言葉を真に受けてしまった……君が、生きていたのにな……」
すまなかった、と啓一郎さんは眉を下げる。
「医師から出生届と死産届を出さないと刑に触れると言われた時、閑香が男との子供を産んだということを認めたくないばかりに私達は……出産したことを伏せて娘の死亡届だけを書かせたんだ……」
「本当に後悔しているよ……」と啓一郎さんは顔を覆い隠した。
「死産だったとしても赤ん坊の手がかりはあったはずで、あのときちゃんと調査していればよかったのに、私達はあまりの悲しみに心を奪われてしまっていた……」
あなたにおすすめの小説
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
愛されたいだけなのに
まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。
気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。
しかしまた殺される。
何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました
こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。