恋人契約~愛を知らないΩがαの愛に気づくまで~

Gemini

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第九十三話

 須賀経由で連絡をするとすぐに伏見さんから連絡があり、今週末に会えることになった。
 会うまでの間にもしかして気が変わることがあるかもと思ったが、やはり自分の気持ちは変わらなかった。

 娘に似ていると言って俺に微笑んでくれる伏見さんは、どんな想いでこの二十年を過ごしたのだろう。駆け落ちした娘を恨んではいないと思う。むしろ後悔しているのかもしれない。

 俺を産んだか知ってるかどうかなど、どうでもいい。あの二人が娘を恋しく思っていて会いたがっている。

 あのハンカチの持ち主は俺じゃない。







「雪、今日は良い天気だな」

 須賀がそう言うから俺は車窓から外を眺めた。緊張してる俺を和まそうとしてるんだろう。須賀はにこやかにしている。今日という日が大切な日になるんだろう、そう思った。

 伏見さんのお屋敷前に着くと大きな門が開いて車が中に進んだ。

「どう話したら、いいかな」
「今、心にあるまんま話せばいい」
「うん……」
「私は別の部屋で待たせてもらうから」
「……伏見さんに、財産目当てだとか思われないかな」
「なにを急に……」
「だって、証明するものはなにひとつなくて」

 ただ、あるのはハンカチだけ。

「ったく……、雪は本当に面白いやつだな」

 そう笑って俺の髪にキスをして車を出た。



 玄関前には伏見さんが待ち受けていて俺たちを見るなり駆け寄ってきた。

「雪くん、元気そうだね! 須賀くんも」
「はい、今日は時間を作ってくださってありがとうございます」
「いいんだ、夫も直に帰ってくるはずだ、あ、噂をすればだ」

 振り向くと自転車に跨った旦那さんがやって来た。麦わら帽子がよく似合っている。

「間に合ったかな! 菜園に行って野菜の世話をしていたんだよ」
「啓一郎さん、収穫はありましたか?」
「あぁ、今日はとうもろこしがあるぞ」
「とうもろこし??」
「雪くん、とうもろこし好きかね?」
「はい! 大好きです」
「じゃあ、蒸してやろう、さあ、中に入りなさい。須賀くんも、良く来てくれた」
「お久しぶりです」
「うん」

 四人揃って屋敷へと入った。


 リビングで待っていると啓一郎が着替えを済ませてやってきた。

「よかったら今日一緒に昼食はどうかね」

 そう言われて困ってしまいつい須賀を見ると、須賀は俺の手を上から握りしめて俺の代わりに答えた。

「まずは、雪の話を聞いて頂けないでしょうか」

 そう言うと二人は不思議そうに俺に向く。

「あぁ、勿論だ、どうしたんだい?」
「会長、私はあちらにおりますので」
「ん? 仕事かい?」
「失礼致します」

 須賀がリビングから出ていくと二人はリラックスした様子でソファに寛ぎ俺が口を開くのを興味深く待っている。
 俺はバッグからハンカチを取り出して、伏見さんにそれを差し出した。

「これを、今日は届けに来ました」
「ハンカチかい?」
「はい……」

 伏見さんは不思議そうにそれを受け取るとハンカチを見つめた。

「雪くんからのプレゼント……かな?」

 伏見さんはずっと黙ってハンカチを見つめている。隣の啓一郎さんが黙っている伏見さんに代わって俺に聞いてきた。

「俺……」

 声が震えてうまく言えない。ぎゅっと拳を作って耐える。
 伏見さんが受け止めてくれなかったらって思うと辛くなる。でも、須賀が大丈夫だと言ってくれた。俺の決断を信じてくれた。俺は深呼吸をして、伏見さん二人に向き直り意を決する。

「そのハンカチは伏見 閑香さんのものです」


 しばらく沈黙が続いた。

 ハンカチを持ったまま微動だにしない伏見さんと、そんな伏見さんの肩を抱き寄せて眉間に皺を寄せている啓一郎さん。やがて伏見さんは表情を和らげ旦那さんにハンカチを見せた。

「雪くんが持ってきてくれたのだから、閑香のものなんだろう、なぁ、啓一郎さん」
「あぁ……、そうだ。ありがとう、雪くん」

 二人はうっすらと目に涙を浮かべながらも笑顔を作り、俺に笑ってみせてくれた。

 もうすべて分かっているような、全てを受け入れるような、覚悟を感じた。






「これが私達の娘、閑香だよ」

 伏見さんが大事そうにアルバムを開いてくれた。大学の門前でスーツ姿で入学式に臨む三人の姿があった。ふたりの真ん中で確かに俺を華奢にしたような可憐な女性が笑ってる。

「これは大学の入学式でこのあと、……私達の娘、閑香は男と駆け落ちしたんだ。私達は当時二人を認めてやることが出来なかった」

 アルバムの中にいる閑香さんを愛おしむように撫でながら当時を語ってくれた。

「行方が分からなくなって半年くらいか、連絡が来たのは病院からだった。産後の肥立ちが芳しくなく緊急入院したと。駆けつけた病院で閑香に会えたが、閑香は会いたくないと私達を拒否してな、……相手の男も……子供も死産だったんだと言って泣いてそのまま亡くなったんだ……」

 啓一郎さんが話すのを伏見さんは静かに横で聞いていた。たまにお互いを気遣うように背中を撫でたりしながら。

「死産を受け入れられずショックで体調を崩したのかもしれないというその時の医師の言葉を真に受けてしまった……君が、生きていたのにな……」

 すまなかった、と啓一郎さんは眉を下げる。

「医師から出生届と死産届を出さないと刑に触れると言われた時、閑香が男との子供を産んだということを認めたくないばかりに私達は……出産したことを伏せて娘の死亡届だけを書かせたんだ……」

「本当に後悔しているよ……」と啓一郎さんは顔を覆い隠した。
「死産だったとしても赤ん坊の手がかりはあったはずで、あのときちゃんと調査していればよかったのに、私達はあまりの悲しみに心を奪われてしまっていた……」




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