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愛
第九十四話
「伏見さん、俺は大丈夫ですよ。……お二人は辛いかもしれないけど、俺のことではもう心を傷めないでください」
俺は二人に笑ってみせた。
これは俺の本心だ。二人がずっと後悔し続けてきたんだろうと思うとそのほうが辛いんだ。
「雪くん、……君……」
「先日、俺を育ててくれていた児童養護施設の方がこのハンカチを持ってきてくれたんです。閑香さんはそこでひとりで俺を生んだそうです」
「雪くん、……」
「入院するまでの三日間だけど、俺は一緒にいることができたようです」
「うぅっ、……っ」
「その、ハンカチの名前、俺の名前だそうで、俺、本当は有起哉っていうみたいですよ」
「雪くん……」
ハンカチを握りしめて項垂れる伏見さんと、伏見さんを大切そうに抱きしめる啓一郎さんに俺は目一杯笑顔を作った。
「ちゃんと名前があって、たった三日間でもちゃんと愛してもらえてたって分かったから。俺、大丈夫です、だから、お二人も、閑香さんのこと、……」
啓一郎さんは伏見さんの肩をポンと叩いて上を向かせると、その意味を判ったのか伏見さんは俺の方を向いた。
「君から話してくれて、嬉しいよ。本当は、もっと前から気がついていた。……けれど娘は……赤ん坊を、君を死んだことにした。そう君を守ったんだ。それだけ私達に会わせたくなかったはずだ……そう思って……、踏み出せないでいた。ありがとう……ありがとう……そしてすまなかった……」
二人は俺に深く頭を下げた。
「君にはこれから精一杯の償いをさせてもらいたい」
「そんなの、俺にはいりません」
「そういうわけにはいかん……っ!」
「そういうつもりで、今日来たんじゃないんです……」
「しかし私達には責任が──」
「いいえ! それは違います」
「なぜだ……、私達の戸籍に入れよう、家族なのだから──っ」
啓一郎さんが声を大きくして言った。
──家族。
浮かぶのは俺を役立たずのΩだと罵った母親と、夜な夜な部屋に来ては俺の身体を触ったあの男。
そして、天真爛漫なかわいい妹。
「……俺にはもう」
きっと伏見さんは今まで通り俺のことを大切に扱ってくれるだろう。それを疑ったりはしない。俺の唯一の、血のつながった人たちだ。
俺もこれからも大切にしたい人たち。いつか、俺を産んだ母親の兄や、その子供たちにも会ってみたい。……でも、
「俺には大切な人がいる……、その人が俺を救ってくれたので……、その人がいれば俺は……幸せなんです」
隣の部屋で俺を心配して待ってくれているだろうその胸に早く抱きしめてもらいたい。
呟きのような俺の言葉に二人は黙った。とても今までの優しく笑顔を向けてくれていた二人とはかけ離れたような絶望のような表情を浮かべていた。
しかし啓一郎さんはふと笑った。
「……そうだった。雪くんは、何も欲しがらない子だったな。これも……」
啓一郎さんは淋しげに伏見さんの手にあるハンカチを見下ろした。
「はい、お二人が持っている方がいいと思います」
「……そうか」
「では、俺は、もう行きます」
須賀の待つ部屋に行きたい俺は立ち上がった。
「雪くん……っ! 私達を祖父として見るのは難しいことかもしれないが……、これからも何かあれば頼ってほしい」
「伏見さん、啓一郎さん、……ありがとうございます」
二人に深々と頭を下げた。俺の今日の発言はきっと二人を傷つけたかもしれない。二人の孫として生きていくことが二人のためにはそれがいいんだろう……。
けど、俺は……。
まだガキで、器用じゃなくて、今ようやっと自分として歩き始めたばかりで、目の前にある大切な人、ひとりしか抱きしめることができないんだ。
「君と話したいことがたくさんあるんだよ」
「もちろん俺もです! だからまた……来ます」
「約束だよ」
「はい」
ひとりリビングを出ると須賀の落ち着かない後ろ姿があった。ポケットに手を突っ込んでウロウロとしている。
「元親さん!」
俺は駆け寄ってその背中に抱きついた。
「雪」
「話、終わりました!」
「ハンカチ、渡せたのか?」
「はい、だから、帰りましょう? 元親さんの部屋へ」
須賀は俺を抱き寄せて正面から抱きしめてくれた。床から足が浮くくらいまでぎゅーっと抱きしめられてしまう。そしてゆっくりゆっくりと背中を撫でてくれる。
「……あぁ、またケーキ買って帰るか?」
「今日は大福にしましょう?」
須賀の片眉上がる癖を見上げた。
「うーん、今から買えるかな」
「こういう時は九条さんに連絡!」
「ははっ! そういうのは嫌だと言ってたろ」
「今日だけ! お願い! 須賀の権力使ってくださいっ」
二人で外に歩き始めて俺は須賀の腕にしがみつくようにして絡めると、逆の手が俺の頬を包む。
「わかったよ、お坊ちゃま」
「わぁ! いま、馬鹿にした!」
「あぁ、ほら、帰るぞ」
「はいっ」
「啓一郎さん……」
「うん」
「閑香の選んだ男はきっと彼のように素敵なαだったに違いないですね」
「あぁ、そうだ、もちろん」
「それをあのときそう思えたなら、きっと雪くんを抱きしめられたのだろうね……」
「彬……、過去を嘆くのはもう終わりにしよう。雪くんはそう言いたかったんだと思うよ。これからは雪くんとの幸せを考えていくんだ、私達の残りの人生をかけて、彼に幸せを注ごう」
「あぁ……、わかってる」
俺は二人に笑ってみせた。
これは俺の本心だ。二人がずっと後悔し続けてきたんだろうと思うとそのほうが辛いんだ。
「雪くん、……君……」
「先日、俺を育ててくれていた児童養護施設の方がこのハンカチを持ってきてくれたんです。閑香さんはそこでひとりで俺を生んだそうです」
「雪くん、……」
「入院するまでの三日間だけど、俺は一緒にいることができたようです」
「うぅっ、……っ」
「その、ハンカチの名前、俺の名前だそうで、俺、本当は有起哉っていうみたいですよ」
「雪くん……」
ハンカチを握りしめて項垂れる伏見さんと、伏見さんを大切そうに抱きしめる啓一郎さんに俺は目一杯笑顔を作った。
「ちゃんと名前があって、たった三日間でもちゃんと愛してもらえてたって分かったから。俺、大丈夫です、だから、お二人も、閑香さんのこと、……」
啓一郎さんは伏見さんの肩をポンと叩いて上を向かせると、その意味を判ったのか伏見さんは俺の方を向いた。
「君から話してくれて、嬉しいよ。本当は、もっと前から気がついていた。……けれど娘は……赤ん坊を、君を死んだことにした。そう君を守ったんだ。それだけ私達に会わせたくなかったはずだ……そう思って……、踏み出せないでいた。ありがとう……ありがとう……そしてすまなかった……」
二人は俺に深く頭を下げた。
「君にはこれから精一杯の償いをさせてもらいたい」
「そんなの、俺にはいりません」
「そういうわけにはいかん……っ!」
「そういうつもりで、今日来たんじゃないんです……」
「しかし私達には責任が──」
「いいえ! それは違います」
「なぜだ……、私達の戸籍に入れよう、家族なのだから──っ」
啓一郎さんが声を大きくして言った。
──家族。
浮かぶのは俺を役立たずのΩだと罵った母親と、夜な夜な部屋に来ては俺の身体を触ったあの男。
そして、天真爛漫なかわいい妹。
「……俺にはもう」
きっと伏見さんは今まで通り俺のことを大切に扱ってくれるだろう。それを疑ったりはしない。俺の唯一の、血のつながった人たちだ。
俺もこれからも大切にしたい人たち。いつか、俺を産んだ母親の兄や、その子供たちにも会ってみたい。……でも、
「俺には大切な人がいる……、その人が俺を救ってくれたので……、その人がいれば俺は……幸せなんです」
隣の部屋で俺を心配して待ってくれているだろうその胸に早く抱きしめてもらいたい。
呟きのような俺の言葉に二人は黙った。とても今までの優しく笑顔を向けてくれていた二人とはかけ離れたような絶望のような表情を浮かべていた。
しかし啓一郎さんはふと笑った。
「……そうだった。雪くんは、何も欲しがらない子だったな。これも……」
啓一郎さんは淋しげに伏見さんの手にあるハンカチを見下ろした。
「はい、お二人が持っている方がいいと思います」
「……そうか」
「では、俺は、もう行きます」
須賀の待つ部屋に行きたい俺は立ち上がった。
「雪くん……っ! 私達を祖父として見るのは難しいことかもしれないが……、これからも何かあれば頼ってほしい」
「伏見さん、啓一郎さん、……ありがとうございます」
二人に深々と頭を下げた。俺の今日の発言はきっと二人を傷つけたかもしれない。二人の孫として生きていくことが二人のためにはそれがいいんだろう……。
けど、俺は……。
まだガキで、器用じゃなくて、今ようやっと自分として歩き始めたばかりで、目の前にある大切な人、ひとりしか抱きしめることができないんだ。
「君と話したいことがたくさんあるんだよ」
「もちろん俺もです! だからまた……来ます」
「約束だよ」
「はい」
ひとりリビングを出ると須賀の落ち着かない後ろ姿があった。ポケットに手を突っ込んでウロウロとしている。
「元親さん!」
俺は駆け寄ってその背中に抱きついた。
「雪」
「話、終わりました!」
「ハンカチ、渡せたのか?」
「はい、だから、帰りましょう? 元親さんの部屋へ」
須賀は俺を抱き寄せて正面から抱きしめてくれた。床から足が浮くくらいまでぎゅーっと抱きしめられてしまう。そしてゆっくりゆっくりと背中を撫でてくれる。
「……あぁ、またケーキ買って帰るか?」
「今日は大福にしましょう?」
須賀の片眉上がる癖を見上げた。
「うーん、今から買えるかな」
「こういう時は九条さんに連絡!」
「ははっ! そういうのは嫌だと言ってたろ」
「今日だけ! お願い! 須賀の権力使ってくださいっ」
二人で外に歩き始めて俺は須賀の腕にしがみつくようにして絡めると、逆の手が俺の頬を包む。
「わかったよ、お坊ちゃま」
「わぁ! いま、馬鹿にした!」
「あぁ、ほら、帰るぞ」
「はいっ」
「啓一郎さん……」
「うん」
「閑香の選んだ男はきっと彼のように素敵なαだったに違いないですね」
「あぁ、そうだ、もちろん」
「それをあのときそう思えたなら、きっと雪くんを抱きしめられたのだろうね……」
「彬……、過去を嘆くのはもう終わりにしよう。雪くんはそう言いたかったんだと思うよ。これからは雪くんとの幸せを考えていくんだ、私達の残りの人生をかけて、彼に幸せを注ごう」
「あぁ……、わかってる」
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