96 / 98
番外編
ある日のアルファの嫉妬 前編
「お疲れさま。雪くん」
ヘアメイクアーティストの波野さんがプロデュースするメンズコスメが、いよいよ発売されることになった。俺はそのパンフレットとCM撮影のためにスタジオに来ている。CMと言っても前回同様俺の顔は出ない。広告として成立しているのかと思うのだが、それでも良いというのだから俺はすっかり諦めて今日の撮影を終えた。
控室で帰りの支度をしているところ、波野さんがやってきた。俺は控室のドアを開け、波野さんを迎え入れた。
「お疲れさまです」
「遅くまでありがとうね、須賀さん怒ってない? なにか言われたら私からちゃんと説明するから言ってよ?」
「あはは! 大丈夫ですよ。須賀さん子供じゃないんですから。ちゃんと連絡もしていますし」
「そうなんだけど、須賀さんは雪くんとなると見境ないっていうか」
「ふふ」
俺に対して須賀の束縛が過ぎると周りは言う。本当によく言われるんだ。でも俺はあまりそうは感じていない。αとしての束縛というより、須賀は心配性なんだろうなと思っている。
波野さんの仕事を積極的にしていることも須賀は受け入れてくれているし、今夜のような残業にも了承している。
俺が現在独り暮らしをしていることも了承してくれてるんだ、だから束縛なんてことはない。それが証明してくれているだろう。
俺も俺で須賀に構われていることに幸せを感じている部分がある。無関心でいられることよりいい。
何より須賀のΩでいることの自信を貰えるんだ。
二人声を合わせて笑っていると、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
返事をするとカチャッとドアが開いた。そこからかわいらしい顔がひょこっと横から覗いたのだった。いったい誰だろう。まるで心当たりのない顔に、俺は首を傾げた。
「あぁ、入って」
考えていると波野さんがその人を中に招いたのだ。波野さんの新しい付き人だろうか。背がすらっと高く、かわいい女性だ。
「雪くん、紹介だけしておくわ。新人の愛斗くん」
「新人?」
──愛斗くん、……て男の子なの?
「うちの事務所に入ったの」
「宜しくお願いします!!」
愛斗くんはキラキラという音が聞こえてきそうな満面の笑みを浮かべた。かわいいという形容詞以外に見つからない。
それに、愛斗くんの首にはチョーカーがあった。彼はΩだ。俺がチョーカーを見たのを意識してか、愛斗くんは自分のチョーカーを見せるようにマフラーを完全に取った。
「……長谷川です。よろしくお願いします」
「愛斗くん、帰り途中まで送るから車を用意してくるね、ここで少し待っていて」
「はいっ! ありがとうございます」
愛斗くんは波野さんを見送ると控室の椅子に躊躇なく座った。
「センパイも座ってください」
「あ、はい」
──ここは俺の控室なんだけど、なんだろう。このパワーバランスは。
それに先程から何やら重たい圧をかけられている。
「先輩は波野さんの事務所の専属じゃないって聞きましたけど」
「はい。個人で管理しています」
「へぇ、そっか、そうしたら他の仕事も出来ますしね」
「いえ、仕事は波野さんの仕事しか請け負ってません」
「そうなんですか? へえ。あ、敬語止めてくださいよ、僕後輩なんで」
俺は愛斗くんのまだ幼さが残る笑顔に癒やされながら、彼の名前の通り愛され満たされているという雰囲気に飲まれそうになる。初対面でこんなにフランクに話をしてくることに躊躇いつつ、つい首元に手を当てていた。
「長谷川センパイ、気分でも悪いんですか? もしかしてヒートが近いとか?」
「え?」
いきなりヒートという言葉が出て愛斗くんを見た。愛斗くんもびっくりしている。
「どうしたんです?」
「ヒート、だなんて、」
「僕もそろそろだから」
愛斗くんは屈託なくそれを口にした。Ωの同士というのはこういうのは会話のひとつなのだろうか。
「センパイ?」
「えっ、あ、いや、寝不足かなぁ……?」
「センパイ、聞いても良いですか?」
「ん?」
「センパイには、ヒートのときの相手はいるんですか?」
「と……唐突だなぁ」
「すみません」
「……」
「教えてはくれないですか?」
「……というか、こういうプライベートなことは、聞かれたくないっていうか」
「えぇ?……プライベート?」
「誰だって相手の話はしたくないだろう?」
「高校のときはみんな次のヒートにお願いするαを予約したり仲間にお願いしたりしてたから、話さないっていうのがよく分からない……」
「えぇ?!」
──相手してもらうαを探す? 仲間にお願いする?
「それともセンパイは抑制剤だけで我慢できてるんですか?」
「ち、ちょっと、ごめん……」
……話がついていかない。
「で、俺にパートナーが居るか聞いてどうするの」
「いなかったらセンパイと、結婚したいなって」
「は?」
「僕は結婚するならΩが良いんです」
「……」
──もうやめてくれ……思考停止してしまいそうだ。
「俺には大切な人がいるから……」
「そうなんですか……僕よりかわいいですか?」
「かわいい?」
思わず青年を見た。俺にもΩのパートナーがいるとでも思っているのだろうか。
「か、かわいいっていうか」
「それともキレイ系?」
──須賀は……、形容するなら美しいという方が適切だろう。逞しい肉体美だし。
つい思い出して頬が熱くなる。
「センパイ?……言いたくないなら良いですけど……」
なんと答えたらよいのかアワアワしていると後ろに気配を感じた瞬間──。
ヘアメイクアーティストの波野さんがプロデュースするメンズコスメが、いよいよ発売されることになった。俺はそのパンフレットとCM撮影のためにスタジオに来ている。CMと言っても前回同様俺の顔は出ない。広告として成立しているのかと思うのだが、それでも良いというのだから俺はすっかり諦めて今日の撮影を終えた。
控室で帰りの支度をしているところ、波野さんがやってきた。俺は控室のドアを開け、波野さんを迎え入れた。
「お疲れさまです」
「遅くまでありがとうね、須賀さん怒ってない? なにか言われたら私からちゃんと説明するから言ってよ?」
「あはは! 大丈夫ですよ。須賀さん子供じゃないんですから。ちゃんと連絡もしていますし」
「そうなんだけど、須賀さんは雪くんとなると見境ないっていうか」
「ふふ」
俺に対して須賀の束縛が過ぎると周りは言う。本当によく言われるんだ。でも俺はあまりそうは感じていない。αとしての束縛というより、須賀は心配性なんだろうなと思っている。
波野さんの仕事を積極的にしていることも須賀は受け入れてくれているし、今夜のような残業にも了承している。
俺が現在独り暮らしをしていることも了承してくれてるんだ、だから束縛なんてことはない。それが証明してくれているだろう。
俺も俺で須賀に構われていることに幸せを感じている部分がある。無関心でいられることよりいい。
何より須賀のΩでいることの自信を貰えるんだ。
二人声を合わせて笑っていると、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
返事をするとカチャッとドアが開いた。そこからかわいらしい顔がひょこっと横から覗いたのだった。いったい誰だろう。まるで心当たりのない顔に、俺は首を傾げた。
「あぁ、入って」
考えていると波野さんがその人を中に招いたのだ。波野さんの新しい付き人だろうか。背がすらっと高く、かわいい女性だ。
「雪くん、紹介だけしておくわ。新人の愛斗くん」
「新人?」
──愛斗くん、……て男の子なの?
「うちの事務所に入ったの」
「宜しくお願いします!!」
愛斗くんはキラキラという音が聞こえてきそうな満面の笑みを浮かべた。かわいいという形容詞以外に見つからない。
それに、愛斗くんの首にはチョーカーがあった。彼はΩだ。俺がチョーカーを見たのを意識してか、愛斗くんは自分のチョーカーを見せるようにマフラーを完全に取った。
「……長谷川です。よろしくお願いします」
「愛斗くん、帰り途中まで送るから車を用意してくるね、ここで少し待っていて」
「はいっ! ありがとうございます」
愛斗くんは波野さんを見送ると控室の椅子に躊躇なく座った。
「センパイも座ってください」
「あ、はい」
──ここは俺の控室なんだけど、なんだろう。このパワーバランスは。
それに先程から何やら重たい圧をかけられている。
「先輩は波野さんの事務所の専属じゃないって聞きましたけど」
「はい。個人で管理しています」
「へぇ、そっか、そうしたら他の仕事も出来ますしね」
「いえ、仕事は波野さんの仕事しか請け負ってません」
「そうなんですか? へえ。あ、敬語止めてくださいよ、僕後輩なんで」
俺は愛斗くんのまだ幼さが残る笑顔に癒やされながら、彼の名前の通り愛され満たされているという雰囲気に飲まれそうになる。初対面でこんなにフランクに話をしてくることに躊躇いつつ、つい首元に手を当てていた。
「長谷川センパイ、気分でも悪いんですか? もしかしてヒートが近いとか?」
「え?」
いきなりヒートという言葉が出て愛斗くんを見た。愛斗くんもびっくりしている。
「どうしたんです?」
「ヒート、だなんて、」
「僕もそろそろだから」
愛斗くんは屈託なくそれを口にした。Ωの同士というのはこういうのは会話のひとつなのだろうか。
「センパイ?」
「えっ、あ、いや、寝不足かなぁ……?」
「センパイ、聞いても良いですか?」
「ん?」
「センパイには、ヒートのときの相手はいるんですか?」
「と……唐突だなぁ」
「すみません」
「……」
「教えてはくれないですか?」
「……というか、こういうプライベートなことは、聞かれたくないっていうか」
「えぇ?……プライベート?」
「誰だって相手の話はしたくないだろう?」
「高校のときはみんな次のヒートにお願いするαを予約したり仲間にお願いしたりしてたから、話さないっていうのがよく分からない……」
「えぇ?!」
──相手してもらうαを探す? 仲間にお願いする?
「それともセンパイは抑制剤だけで我慢できてるんですか?」
「ち、ちょっと、ごめん……」
……話がついていかない。
「で、俺にパートナーが居るか聞いてどうするの」
「いなかったらセンパイと、結婚したいなって」
「は?」
「僕は結婚するならΩが良いんです」
「……」
──もうやめてくれ……思考停止してしまいそうだ。
「俺には大切な人がいるから……」
「そうなんですか……僕よりかわいいですか?」
「かわいい?」
思わず青年を見た。俺にもΩのパートナーがいるとでも思っているのだろうか。
「か、かわいいっていうか」
「それともキレイ系?」
──須賀は……、形容するなら美しいという方が適切だろう。逞しい肉体美だし。
つい思い出して頬が熱くなる。
「センパイ?……言いたくないなら良いですけど……」
なんと答えたらよいのかアワアワしていると後ろに気配を感じた瞬間──。
あなたにおすすめの小説
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
愛されたいだけなのに
まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。
気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。
しかしまた殺される。
何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました
こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。