最後の恋煩い

Gemini

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第一章

第五話 文明は繰り返す

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 天井まで使ってところ狭しと飾られるお土産コーナーに入り、異国情緒たっぷりの色とりどりの食器や遺跡のレプリカなどひとつひとつ見ていく。

「日本の京都に来た外国人もこんな気分なんだろうか」
「京都は成熟した観光地だ」
「行ったことあるのか?」
「あぁ、何度か……と言っても仕事だがな」
「プライベートでは、ない?」
「ない」
「ふうん」

 三紀彦の見立てでは、日本人の血が流れていそうなのに、仕事以外では日本を訪れたことはないのか。そもそも三紀彦に正直に話すとは限らない。でもこの数時間を過ごして三紀彦なりにルーカスに嘘は見当たらない。
 口数が少ないだけで、三紀彦さえ誤って思い込まなければ、ルーカスという人物は実直なタイプだ。

「日本は観光立国を目指しているとか言っていた。訪日する外国人が今後ますます増えるだろう」
「そう、あの首相がね、ほんとガッカリだ」

 出発前日本の総理が外遊演説で、日本を観光立国にすると宣言したことが報道されていた。それを思い出しながら本棚までの通路を進む。本棚の前にやってくると、三紀彦は目的のものを目で探しはじめた。

「観光立国って、言葉は悪いがつまりいわゆる発展途上国に成り下がるってことでしょう?」
「……日本にとっては経済大国という代名詞を捨てるって意味に成りかねない」
「そうだよな」
「経済成長を捨てたというわけか」

 ルーカスは返事をしながら小さな遺跡のレプリカを手に取った。三紀彦も一旦意識を本棚に戻し、目的の博物館公式ブックを見つける。

「……元親が日本の経済をいくら取り戻そうとしても、そうやって上の奴らは日本を滅ぼそうとしてくるんだよなぁ」

 つい幼馴染のことを思い出した。

「元親とは?」

 呟くように言った三紀彦にルーカスは遠慮がちに聞いた。

「あぁ、……僕の幼馴染だよ」

 三紀彦はレジに向かい本を購入すると店を出た。ルーカスもついてくる。

「元親はずっとアメリカに抗ってついに半導体メーカーを再度立ち上げたんだ。長年の労力がついに実を結んだばかりだ。経済を立て直そうとする一方で、世界競争の場にも立たせなくしていくんだ、政府は」
「あっちのやり方はずっと変わらない」

 ルーカスも何か思うところがあるのか、一段と低くした声で呟いた。あっち、とはアルファ同士の会話であれば想像はつく。

「犬でいようとする日本も相変わらずだよ。次のアメリカ大統領に期待しちゃってんだからウケる。ルーカス、あんたがアメリカ人だったならこの話は詰まらないだろう、ごめんね」
「……」

 ルーカスは否定しなかった。

「ルーカス、ごめんな。つい苛ついてしまうんだ。友人が苦しい目に遭ってきたからどうしても感情的になってしまう。でも今日は楽しく過ごしたいからこの話は止めよう」

 三紀彦は博物館の入口付近にあるカフェテリアを指さすと「お茶、してこっか」とルーカスを促した。

 




「はぁ、今夜は興奮して眠れないなぁ」

 三紀彦はカフェの小さなテーブルに分厚い博物館の公式本を広げた。さっき土産コーナーで購入したものだ。対してルーカスは、椅子の背もたれに体を預けて幾分リラックスした様子で三紀彦のしたいようにさせている。
 
「やはりロストテクノロジーと言っていいんだろうか」

 一頁ずつ捲りながら頬杖をついて、三紀彦は呟くように言った。するとルーカスは胸の前で腕を組み真面目な顔つきで話し始めたのだ。

「謎は二点、と私は考える。ひとつは、あれだけの巨大な建造物が広大な大地にポツンと建っていたという謎。そしてふたつ目はその後二千年もの間、野ざらしにされていたという謎だ」
「なるほど。それで?」
「まずは一点目。周りに村の痕跡は見つかっていない。あれだけの宗教施設だ、何千人という人工にんくが必要になってくる。一万年前というと石器時代。群れを作っていたとしても、ひとつのグループで多くて二十人くらいだろう」
「多部族が共同で作り上げたって説があるみたいだよ。それはどう思う?」
「当然その他の部落の協力が不可欠になってくる。しかしそれでも百人と集められただろうか。到底足りる数じゃない」
「そもそも、その人たちの形跡は見つかってないっていうね……」

 三紀彦は大げさに両手をぱあっと広げてニヤリとして言った。

「そうなんだ。それは二点目の謎にも繋がる。このあたりに人が住んでいた形跡はある。見つかっているんだ。でもそれはこの建造物が建った二千年も後だということが分かってる」
「空白の二千年。それまで人間が存在しなかったと言ったほうが正しいかもしれない」
「あぁ」
「ってことはさ、人間じゃない何者かがこれを作った?」
「それは否定できないな」

 ルーカスは含み笑いを見せると三紀彦は再び上気した。

「うわー! 楽しくなってきた!」
「あれだけの彫刻の技術ということはそうかもしれない。細かい仕事はそれなりの道具も不可欠だ。いくら石器時代とはいえ、ちょっと高度過ぎている」

 三紀彦はうんうんと頷く。
 まるで子供のように目を輝かせる三紀彦に、ルーカスは「うむ……」と顎に手を置いて一緒に考え始める。それからはまるでふたりで古代にタイムスリップしているかのようだった。

「いったいどんな人たちだったんだろう。想像もつかない人智を超えた生命体かな」

 三紀彦が楽しそうに答えた。

「仮に石器時代の人間があれを作ったと仮定すると人工の問題以外に食料の確保が問題になってくる」
「うん。石器時代って通説では農業は無かったってことは、主に狩猟だよね。仮に千人居たとして、工期が十年だったとしてもそれだけの人数分の肉を確保できたかってことだね。あたりの動物絶滅させちゃいそうだよ」
「巨人がいた可能性もある」
「あぁ! ピラミッド建設にも巨人説あるもんねぇ……」

 三紀彦は楽しくって仕方なかった。友人の元親はこの手の話を嫌いではないものの、ここまでの熱量で話してくれることはない。ルーカスとこんな話で合うということが意外であり、三紀彦をとてもリラックスさせてくれた。

 三紀彦はあるページを指差す。

「これみたいにさ、石に動物の絵を描いていることから、動物とは近しい距離だったんだろうな。食糧というよりは、愛着も湧いてペットのようにしていたかもしれない。どんな人たちだったんだろうか」

 三紀彦は再び頬杖をついて、かつてここに居たであろう人たちに思いを馳せる。

「いったい誰がこの宗教施設を作ったんだろうか。そしてどこに消えたのか」
「ふふ。ルーカスもそういう話が好きだったんだね」

 あぁ、とルーカスは頷く。

「考古学は好きだ。世の中には公表していいことと、その逆でしない方がいい真実というものがあるからな」
「まるでアルファの世界の闇」
「君だってアルファだろうに」
「まぁね。僕はそういう世界にうんざりしているんだよ。一層のこと隕石の衝突かなにかで壊滅状態になればいいと思ってるよ。今なら核とか?」
「そうしたらまた石器時代から始まるんだろう。歴史はその繰り返しだ」
「今の高度な文明が古代遺跡になるんだ? 未来人は僕らの文明を発見して『こんな高度な文明があったのか!』って驚くんだろうな。発掘されたスマホが博物館に展示されるのかもって考えたら面白いよね。ほんと、おかしいや」

 半ば呆れたように聞いていただろうルーカスが、ふと笑う。

「まるで子供みたいだな。……君は日本人らしくない」
「あ、よく言われる」

 そこでようやくやってきたコーヒーがルーカスの前にふたつ置かれた。三紀彦が本を広げすぎていたせいだ。三紀彦がパタリと本を閉じると、ルーカスはひとつを三紀彦の前へと置いてくれた。




 
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