最後の恋煩い

Gemini

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第一章

第六話 おばあちゃん似

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「日本人は往々にして大人しいものだろう?」
「人によりけりだとは思うけど」
「まぁ……それはそうだが、往々にだ」

 ルーカスはコーヒーカップに口を付けた。
 三紀彦は手前に置かれたコーヒーカップを両手に包むと、冷えた指先にその温度を移す。コーヒーの表面をじっと眺めながら三紀彦は微笑した。ルーカスは三紀彦の変化に気がついてか、カップをソーサーに戻すと三紀彦が話し始めるのを静かに待っている。

「僕の祖母は天真爛漫でね。自分の心のままに生きるような人なんだ。そういうところがよく似ていると言われる」
「素敵なお祖母様じゃないか」
「だろう? 僕もそう思ってる。……でもそう言う兄貴たちの顔は迷惑そうな顔をしているからきっと褒めてないんだと思うなぁ」

 三紀彦はカラリとした笑顔を作った。ルーカスはじっと黙ったままだ。

「僕の祖母のお母さん、つまり僕の曾祖母はオメガだったらしい。曽祖父にはたくさんの番いがいて、曾祖母は明るくて聡明な女性だったけど精神衰弱で死んだんだと、三十歳にも満たなかったらしい」

 淡々と話す三紀彦の口調はまるで物語でも読んでいるかのようだった。

「お前はアルファなんだからアルファ男に振り回されない強い女になれと言っていたらしい。そう育った祖母が選んだ人は変わり者の物理学者でさ」
「物理学者……姓は同じく堤?」

 ルーカスが目を見張った。

「あぁ……そうだけど」
「ノーベル物理学賞を取った?」
「あぁ、そう!」
「一度パーティーでお見かけしたことかある。隣にいた女性も覚えているよ、着物だったからね。それが君のお祖母様なんだね」
「へぇ、僕と関わりのないところで祖父母に会っていたのか」

 三紀彦は感心した。世界は案外狭いということなのか。

「見かけた程度だがな。君のお祖父様の功績は後のニュートリノの研究に繋がっていく革新的なアプローチだった」
「へぇ、もしかしてルーカスも物理学者なの?」
「いや、違う。違うが物理に拘らずノーベル賞を受賞するほどの研究者は尊敬に値するだろう」
「へぇ……ありがとう。そんなこと言ってくれることあんまないからびっくり。へぇ……」
「ない? 何故だ。日本人同士こそ評価しあわないのか?」

 ルーカスが眉をひそめる。

「僕にそんなことを言ってくれるの、ってことかな。元親くらいだよ」
「その友人はちゃんとお祖父様を評価なさっている」

 三紀彦はどこか遠くを見つめ、ふと笑った。

「評価……どうかな。『あの偉大な堤教授からお前みたいな凡人の孫が生まれたのは由々しき事態だ』って感じ?」

 三紀彦は口をへの字にして眉毛を上げて、その幼馴染を気取ってみせた。ルーカスは驚いていた。

「そいつはそういう奴なんだ。僕もそこは自覚している。勿論おばあちゃんが悪いってわけじゃない。僕はおばあちゃん似だってだけ。……それでいいんだ。アルファにも色んなやつが居てもいいだろう?」
「……」

 ルーカスは何か言いたげだったが、口を閉じた。
 ルーカスはアルファで、纏うフェロモンからして上位だ。三紀彦の幼馴染の須賀元親という人物と同じフェロモンがするからだ。元親は日本の財閥で国内であれば彼より上に立つものは居ないだろう。

 ルーカスがどういう人物かは分からない。敢えて知ろうとは思わない。もう夜には分かれてまた知らない人になるからだ。ただ、上位アルファであろうルーカスから祖父のことを褒められて、少しだけ気が晴れたような気分になれた。ルーカスといる時間がもう少し長く続けばいいと思い始めていた。



 すっかり常温になってしまったコーヒーを啜ると、真っ直ぐで真面目そうなルーカスの視線とぶつかる。まるで心を読み取られてしまいそうで喉がひくつく。

 ルーカスはどんな職業なのか、家族はいるのか。普段なら会話の流れで聞いたに違いない。そうすれば今後もルーカスとの接点を得られる。この男が何者なのかも分かる。この後も会うことができる可能性が上がる。
 でもルーカスも三紀彦にそれを求めては来ない。祖母のことも元親のことも、自分から話題を提供しているだけに過ぎないんだ。三紀彦にはルーカスの心は読むことができない。
 三紀彦は改めてルーカスを見る。どこか他人事のようにルーカスを見つめている自分がいた。

 ルーカスは上位アルファで、三紀彦もアルファだ。惹かれるものがなんなのか、説明がつかなかった。趣味の合う友達とひと括りにしてしまえば簡単だ。
 このままで別れよう。ルーカスもそれを望んでいるに違いない。現に互いの人生を詮索しあわないこの状況は、悪くない。そう決めると、三紀彦の胸は途端にちくりと痛みを感じた。

 陽が傾き始めて、カフェテリアの高窓から差し込む柔らかい日差しは、ルーカスの横顔を赤く照らしていた。



 
 カフェテリアを出る頃には陽もすっかり落ちて気温がぐんと下がっていた。ルーカスは腰に巻いてあったジャンパーを着込む。ついにルーカスともお別れだ、そう思いながらそれを後ろから見ていた三紀彦に、ルーカスが振り向いた。
「この際だから最後まで楽しみたいな、どうだろう」
 思いがけず誘ったのはルーカスの方だった。閉館時間間際、ぞろぞろと見物人たちがゲートに向かう中、ルーカスはその流れの中で立ち止まっている。

「夕飯、一緒にどうだ?」
「えっ」
「まだ私に飽きていなかったら……だが」

 飽きるだなんて、と三紀彦は否定する。なぜそのように思っているのだろうか。もしや三紀彦は自分が楽しくない顔をしていたのかと考え巡らせるが、どうしたって今日一日楽しかったことしか覚えていない。

「まだ一緒に居たいよ」
「……え?」
「もし気を悪くしたのなら僕のせいだと思う。でも今日一日楽しかったんだよ。本当に。だから飽きていなかったらって表現はおかしい」
「……。そうか」
「うん。それともいきなり日本語下手になったか?」

 いたずらっぽく返すとルーカスは困ったように黙った。

「お腹はペコペコだよ」
「また……昼間のレストランへでも行くか?」
「あんたのおすすめは?」
「トルコ料理以外がいいか?」

 ルーカスは考え巡らせはじめるが、三紀彦はルーカスの腕を掴むとそれをやめさせた。驚いたルーカスは三紀彦を見下ろす。

「トルコへ来ているのにトルコ料理食べないのもったいない! 毎食でも食べるべきだ」
「は……はは、……あはは!」

 ルーカスは突如声高く笑った。

「君には本当に驚かされる。参った」
「で? おすすめの店は検討ついている?」
「いや」
「じゃあ僕に任せて!」

 そういって三紀彦は含み笑いを浮かべて、出てきたカフェテリアへと戻って行った。
 





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