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第二章
第二十七話 サンドイッチ
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ジョージは鍵をポケットに仕舞うと背中に背負っていた大きな荷物を、どさりと近くの椅子に置いた。大きな荷物を入れるリュックサックは、撮影道具が入っていることを玲は知っている。今日は早朝から出かけると言っていた。
ジョージの横顔は少し元気がない。
「お疲れですね」
「あぁ、今日はよく歩いたんだ」
「撮影はうまくいきましたか?」
「うん」
風で乱れた前髪を後ろに撫で付けながら、玲にいつもの笑顔を向けてくる。しかしやはり疲れが見て取れた。
「あの、良かったらですが何か召し上がりますか? サンドイッチ……とかですけれど」
「君が作ってくれるのかい?」
「大したものにはならないとは思うんですが」
玲が作るのだ。大層なものではない。しかし玲は、何かしてやりたい気持ちになっていた。
「嬉しいよ! 腹が減ってたんだ」
ジョージはとたんに元気な声を出した。
玲はキッチンへ向かい冷蔵庫を開けた。包み紙に包まれたハムの塊とレタスを取り出すとそれを抱えてカウンターへ向かう。いつも玲が作るサンドイッチ。それを同じように作るだけ。失敗はないだろう。ここにあるのはロースハムで、艶やかなピンクをしている。玲がいつも購入するハムはお徳用の切り落としだ。あとはパンを持ってくるだけだ。
「たしかライ麦パンが残っていたはず……あぁあった」
「私も手伝おう」
腕まくりしながらジョージがカウンターに近づいてきた。そうして小さなまな板とミニナイフを用意するとパンをスライスしはじめる。
「アキラのは薄めに、私のは厚めに」などと嬉しそうなジョージ。パンを切り終えると次はロースハムの塊を切り始めた。
「ハムはね、こうやって削ぎ切りしたほうが食べやすくて好きなんだ」
「はっはい! わたしもです」
思わず玲の表情が綻ぶと、ジョージは意外そうではあったが「そうだよね」と笑った。
スライスしたパンに玲が粒マスタードを塗って、ハムとレタスを乗せると、ジョージはマヨネーズの瓶を用意していて、スプーンでそれをたっぷりと乗せた。そして最後にパンを乗せるとマヨネーズがむにゅっとはみ出した。
「完成だ!」
「はい!」
ろくに料理などできない玲の、唯一の料理。
──いや、料理だなんて言えないな。
「お湯も丁度沸いた」
いつの間にティーポットがカウンターの上に置かれており、ジョージがそこへお湯をたっぷり注ぎ込む。ふんわりと紅茶の香りが立つと、玲は気がついた。
「ダージリンの良い香り!」
「そう! すごいなアキラ!」
「ふふふ」
「はぁ、美味しかった!」
「良かったらこれもどうぞ」
ジョージはよっぽどお腹が空いていたのか自分の分はぺろりと完食した。
「アキラは?」
「わたしは紅茶が美味しいので」
「じゃあ半分いただくよ、君もちゃんと食べないといけないよ」
「はあい」
ちぎった半分の片側を渡され、互いに見合ってそれにかぶり付く。
「アキラは昔から紅茶は好きだったの?」
「えぇ、コーヒーは苦手でしたので」
「君の国でも紅茶は親しまれているのか」
「はい。なんだかこうして素敵な茶器で飲んでいると高貴な気分になりますよね」
「そうかい? あはは!」
「ふふ」
玲は微笑む。
「でもね、紅茶は実は高貴なものでもなんでもないんだよ」
「え? それはどういうことですか?」
「紅茶が流行りだしたのは一七○○年代さ」
「えっ! もっと昔なのかと」
「蒸気機関車が発明されてから工場に次々と大型の工業機械が導入されたんだ。大革命だね。それまで田畑を耕して自給自足していた人間が、代わりに労働者となって工場で働くようになったんだ。そしてそこで飲まれるようになったのが紅茶ってわけ」
「労働者の中で流行った?」
「あぁ、それまではもちろん貴族が嗜むものだったんだが、それは紅茶てはなく中国から伝わったお茶だった」
「わぁ、意外!」
玲は驚いて目を丸くした。「そうだろう?」と少し得意げにジョージは続ける。
「一日に二十時間働かせたり無謀だった。過労死も少なくなかった。紅茶に砂糖を入れて眠気を吹き飛ばしていたんだそうだ」
「それは効果があったんでしょうか」
「どうだろうね」
「文化を知るって面白いなぁ」
「まぁその頃はアヘンを輸出したり、散々なことをしたがね」
ジョージは肩をすくめる。
「戦争をやっている時はおかしいなんて思わないし、思ってもそんなこと言えなかったんでしょう」
「全てはイギリス帝国の奢りだ」
そう言ってジョージは窓の外を見た。
それは日本も同じだろう。戦時中、玲はまだ幼くて母親と軽井沢の別邸に疎開していた。父親は外交官として、きっと想像もできないほどの苦労があったはずだ。
そしてたまに数正が会いに来てくれる日が何よりの楽しみだった。数正は当時どんな想いで戦時中を過ごしたのだろうかと、ふと思った。今までそのようなことを話したことはなかった。
「それももう、聞くことができないのか……」
「ん?」
「いいえ」
「まぁ、生まれた国が違えば戦争も見方が変わる。あまりにセンシティブな内容だね」
「えぇ、確かに」
「それだけに、君がこの国へ来たことは本当に勇気のいることだ」
「それ、前にも仰っていましたね」
「なんべんでも言うさ」
そうジョージは笑った。
ジョージの横顔は少し元気がない。
「お疲れですね」
「あぁ、今日はよく歩いたんだ」
「撮影はうまくいきましたか?」
「うん」
風で乱れた前髪を後ろに撫で付けながら、玲にいつもの笑顔を向けてくる。しかしやはり疲れが見て取れた。
「あの、良かったらですが何か召し上がりますか? サンドイッチ……とかですけれど」
「君が作ってくれるのかい?」
「大したものにはならないとは思うんですが」
玲が作るのだ。大層なものではない。しかし玲は、何かしてやりたい気持ちになっていた。
「嬉しいよ! 腹が減ってたんだ」
ジョージはとたんに元気な声を出した。
玲はキッチンへ向かい冷蔵庫を開けた。包み紙に包まれたハムの塊とレタスを取り出すとそれを抱えてカウンターへ向かう。いつも玲が作るサンドイッチ。それを同じように作るだけ。失敗はないだろう。ここにあるのはロースハムで、艶やかなピンクをしている。玲がいつも購入するハムはお徳用の切り落としだ。あとはパンを持ってくるだけだ。
「たしかライ麦パンが残っていたはず……あぁあった」
「私も手伝おう」
腕まくりしながらジョージがカウンターに近づいてきた。そうして小さなまな板とミニナイフを用意するとパンをスライスしはじめる。
「アキラのは薄めに、私のは厚めに」などと嬉しそうなジョージ。パンを切り終えると次はロースハムの塊を切り始めた。
「ハムはね、こうやって削ぎ切りしたほうが食べやすくて好きなんだ」
「はっはい! わたしもです」
思わず玲の表情が綻ぶと、ジョージは意外そうではあったが「そうだよね」と笑った。
スライスしたパンに玲が粒マスタードを塗って、ハムとレタスを乗せると、ジョージはマヨネーズの瓶を用意していて、スプーンでそれをたっぷりと乗せた。そして最後にパンを乗せるとマヨネーズがむにゅっとはみ出した。
「完成だ!」
「はい!」
ろくに料理などできない玲の、唯一の料理。
──いや、料理だなんて言えないな。
「お湯も丁度沸いた」
いつの間にティーポットがカウンターの上に置かれており、ジョージがそこへお湯をたっぷり注ぎ込む。ふんわりと紅茶の香りが立つと、玲は気がついた。
「ダージリンの良い香り!」
「そう! すごいなアキラ!」
「ふふふ」
「はぁ、美味しかった!」
「良かったらこれもどうぞ」
ジョージはよっぽどお腹が空いていたのか自分の分はぺろりと完食した。
「アキラは?」
「わたしは紅茶が美味しいので」
「じゃあ半分いただくよ、君もちゃんと食べないといけないよ」
「はあい」
ちぎった半分の片側を渡され、互いに見合ってそれにかぶり付く。
「アキラは昔から紅茶は好きだったの?」
「えぇ、コーヒーは苦手でしたので」
「君の国でも紅茶は親しまれているのか」
「はい。なんだかこうして素敵な茶器で飲んでいると高貴な気分になりますよね」
「そうかい? あはは!」
「ふふ」
玲は微笑む。
「でもね、紅茶は実は高貴なものでもなんでもないんだよ」
「え? それはどういうことですか?」
「紅茶が流行りだしたのは一七○○年代さ」
「えっ! もっと昔なのかと」
「蒸気機関車が発明されてから工場に次々と大型の工業機械が導入されたんだ。大革命だね。それまで田畑を耕して自給自足していた人間が、代わりに労働者となって工場で働くようになったんだ。そしてそこで飲まれるようになったのが紅茶ってわけ」
「労働者の中で流行った?」
「あぁ、それまではもちろん貴族が嗜むものだったんだが、それは紅茶てはなく中国から伝わったお茶だった」
「わぁ、意外!」
玲は驚いて目を丸くした。「そうだろう?」と少し得意げにジョージは続ける。
「一日に二十時間働かせたり無謀だった。過労死も少なくなかった。紅茶に砂糖を入れて眠気を吹き飛ばしていたんだそうだ」
「それは効果があったんでしょうか」
「どうだろうね」
「文化を知るって面白いなぁ」
「まぁその頃はアヘンを輸出したり、散々なことをしたがね」
ジョージは肩をすくめる。
「戦争をやっている時はおかしいなんて思わないし、思ってもそんなこと言えなかったんでしょう」
「全てはイギリス帝国の奢りだ」
そう言ってジョージは窓の外を見た。
それは日本も同じだろう。戦時中、玲はまだ幼くて母親と軽井沢の別邸に疎開していた。父親は外交官として、きっと想像もできないほどの苦労があったはずだ。
そしてたまに数正が会いに来てくれる日が何よりの楽しみだった。数正は当時どんな想いで戦時中を過ごしたのだろうかと、ふと思った。今までそのようなことを話したことはなかった。
「それももう、聞くことができないのか……」
「ん?」
「いいえ」
「まぁ、生まれた国が違えば戦争も見方が変わる。あまりにセンシティブな内容だね」
「えぇ、確かに」
「それだけに、君がこの国へ来たことは本当に勇気のいることだ」
「それ、前にも仰っていましたね」
「なんべんでも言うさ」
そうジョージは笑った。
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