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拝啓プラトン様
第二話
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思えば最後に誰かと一緒に寝たのはいつだっただろう。
幼稚園の頃にはもう自分の部屋があり、そこで寝ていたという記憶があるということは既に母親とは寝ていない。小学校に上がる頃には母親はもう日本にはたまにしか居なかった。
今、週に何回か吾妻が泊まる。
最初は吾妻が寝返りをうつとベッドが揺れてその揺れで目が覚めてしまい、伊都はそのたび寝不足だった。この数ヶ月で、いまは目は覚めるもののまたそこから眠れるようになった。
リビングにある大きなソファも同じ理由で落ち着かなかった。ソファで本を読んでいてそこへ吾妻がやってきて座ると吾妻の方へ座面が下がる。伊都は座り直し床との平行な位置を探す。
これは吾妻の悪口ではない。
真夜中に吾妻のレアな無防備な寝顔を見ることができるのなら寝不足も辛くはないし、無意識に伊都を探す手の甲にキスをするのも楽しみだし、そのあと吾妻の厚い胸に捕まってしばらくじっとしていると寝息が髪にかかるのも好きだ。
これが他人と生きるということなのだ。
この数ヶ月で随分慣れてきたなと伊都は自分の成長を感じていた。
卒論を教授に提出するため伊都は久しぶりに大学に来ていた。キャンパス内のカフェで待っていると吾妻がやってくる。これからまた講義があると言っていたが顔が見たいと時間を作ってくれる。
「伊都、おつかれ」
吾妻が伊都の頬をぷにぷにとつねってから椅子に座る。
「これで卒業まではのんびりだな」
「うん」
「お母さんのところ行くのか?」
「どうかな、早めの春休みしようかな」
「卒論のために我慢してきたんだ、楽しんでこいよ」
「あ、うん」
大学院でも他の学科とは違って法科は三年間で90単位以上の単位を全て余すことなく取らなくてはならない。春休み前日まで講義がみっちりだ。
「春休みは俺のために空けとけよ?」
トクンと心臓が跳ねる。
「伊都を独り占めできる日が欲しい」
「え…?」
「俺はずっと良い子で待ってたろ?」
吾妻の片眉があがる。
もしかしたらそのためのお父さんの英字新聞だったのか。
「伊都、愛してるよ」
やめてよと小声で吾妻を制しながら周りを見る。
「……分かってるから、何回も言わないで」
「本当に分かってるか?」
吾妻は片手で頬杖をついて人差し指で頬を叩きながら伊都の目をまっすぐ見て言った。
「…ならもっと色気のある返事がほしいな」
まるで着火剤を投入されたように顔が真っ赤になる。
色気って、色気って………どう答えたらいいのか。
卒論書き上げたご褒美がほしかったのは伊都のほうなのに。
吾妻はクックックと喉の奥で笑いながら肩を揺らしている。
「ほら、伊都、バス停まで送るよ」
「え?……うん」
立ち上がろうとすると吾妻が手を差し出していた。その差し出された手を握ろうと手を伸ばすとその前に吾妻の手が迎えにきて先に握られた。
「今夜雪降るらしいよ」
繋いだ手をコートのポケットに入れる。
吾妻の手は大きくて温かくてホッカイロみたい。
「今日は早めに寝ろよ?」
「うん」
「風呂でちゃんと温まれよ?」
「うん」
「夕飯はちゃんと温めてから食べること」
「うん」
幼稚園の頃にはもう自分の部屋があり、そこで寝ていたという記憶があるということは既に母親とは寝ていない。小学校に上がる頃には母親はもう日本にはたまにしか居なかった。
今、週に何回か吾妻が泊まる。
最初は吾妻が寝返りをうつとベッドが揺れてその揺れで目が覚めてしまい、伊都はそのたび寝不足だった。この数ヶ月で、いまは目は覚めるもののまたそこから眠れるようになった。
リビングにある大きなソファも同じ理由で落ち着かなかった。ソファで本を読んでいてそこへ吾妻がやってきて座ると吾妻の方へ座面が下がる。伊都は座り直し床との平行な位置を探す。
これは吾妻の悪口ではない。
真夜中に吾妻のレアな無防備な寝顔を見ることができるのなら寝不足も辛くはないし、無意識に伊都を探す手の甲にキスをするのも楽しみだし、そのあと吾妻の厚い胸に捕まってしばらくじっとしていると寝息が髪にかかるのも好きだ。
これが他人と生きるということなのだ。
この数ヶ月で随分慣れてきたなと伊都は自分の成長を感じていた。
卒論を教授に提出するため伊都は久しぶりに大学に来ていた。キャンパス内のカフェで待っていると吾妻がやってくる。これからまた講義があると言っていたが顔が見たいと時間を作ってくれる。
「伊都、おつかれ」
吾妻が伊都の頬をぷにぷにとつねってから椅子に座る。
「これで卒業まではのんびりだな」
「うん」
「お母さんのところ行くのか?」
「どうかな、早めの春休みしようかな」
「卒論のために我慢してきたんだ、楽しんでこいよ」
「あ、うん」
大学院でも他の学科とは違って法科は三年間で90単位以上の単位を全て余すことなく取らなくてはならない。春休み前日まで講義がみっちりだ。
「春休みは俺のために空けとけよ?」
トクンと心臓が跳ねる。
「伊都を独り占めできる日が欲しい」
「え…?」
「俺はずっと良い子で待ってたろ?」
吾妻の片眉があがる。
もしかしたらそのためのお父さんの英字新聞だったのか。
「伊都、愛してるよ」
やめてよと小声で吾妻を制しながら周りを見る。
「……分かってるから、何回も言わないで」
「本当に分かってるか?」
吾妻は片手で頬杖をついて人差し指で頬を叩きながら伊都の目をまっすぐ見て言った。
「…ならもっと色気のある返事がほしいな」
まるで着火剤を投入されたように顔が真っ赤になる。
色気って、色気って………どう答えたらいいのか。
卒論書き上げたご褒美がほしかったのは伊都のほうなのに。
吾妻はクックックと喉の奥で笑いながら肩を揺らしている。
「ほら、伊都、バス停まで送るよ」
「え?……うん」
立ち上がろうとすると吾妻が手を差し出していた。その差し出された手を握ろうと手を伸ばすとその前に吾妻の手が迎えにきて先に握られた。
「今夜雪降るらしいよ」
繋いだ手をコートのポケットに入れる。
吾妻の手は大きくて温かくてホッカイロみたい。
「今日は早めに寝ろよ?」
「うん」
「風呂でちゃんと温まれよ?」
「うん」
「夕飯はちゃんと温めてから食べること」
「うん」
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