Maybe Love

茗荷わさび

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春休み編

第二話

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「はい、昨日はお時間頂きましてありがとうございました。あぁ…早速ありがとうございます。…………はい…………こちらこそ今後ともご贔屓のほどお願い申し上げます。…………はい、では失礼致します」


 宿に到着してスマホをチェックすると「ごめん」と言ってロビーの片隅へ小走りで向かった吾妻。運転中だったこともあるが伊都といるときはスマホを見ない吾妻が慌てて電話をしていた。

 そして部屋に案内されたあともベッドがある奥の間で電話をしている。

 伊都は座卓に用意されている温泉まんじゅうに目が行って、まずはお茶を淹れようと用意しはじめた。

「父さん? うん、今、会長から連絡ありました、はい。企画書に目を通してくれたみたいです、はい」

 吾妻が電話を終えて奥の間から出てきた。

「お、お茶淹れてくれたのか、ありがとう」
「温泉まんじゅう食べるでしょ?」
「食べる食べる、でもその前に…………」

 伊都の後ろに座り背中から抱きしめ伊都の肩に顎を乗せる。

「伊都で充電」

 運転お疲れと腰に回された腕を伊都はすりすり撫でる。

「仕事忙しいのか?」
「旅行前に終わらせたから大丈夫」

 少しだけ顔を離して後ろを向くと得意げに眉を上げて笑ってみせる吾妻がすぐにまた伊都を引き戻して肩に顎を乗せた。


 吾妻は最近父親の仕事を手伝っている。

 ただでさえ法科のカリキュラムはほかの大学院とは比にならないくらい忙しい。なのに仕事をして給料を貰っている。
 それが伊都とこうやって旅行に来たり好きなもの食べたりしたいからだというから伊都は困惑した。
 それなら、伊都もバイトをすると言ったが会う時間が無くなるのが嫌だからと却下されてしまった。極めつけ「伊都を養っていけるくらい貰っているんだから負担に思うなよ」と言いのけた。…たまにこういうことを言う。

 きっとこれが本音なのだろう。
 これにはなんだかモヤモヤしている。

 大学院行ったらバイト出来る時間が出来るから何か探そうと伊都はこっそり思った。



 小憎らしい吾妻に温泉まんじゅうを見せその口に押し付ける。

「ん、口開けて」

 伊都を抱きしめたまま口をあーんと開ける吾妻。そしてまるまる突っ込むとひと口でモグモグとして飲み込んだ。ガタイが良いのは口腔内の容積も比例するのだろうか。

「んまい」
「お土産候補になりそ?」
「お土産? 誰に?」
「え、僕用だよ」

 食いしん坊だなと耳元で囁くように言われて思わず首を竦める伊都をさらに引き寄せると凭れかけさせた。重くない?と伊都が聞くがその返事はなく、より一層抱きしめられる。そして髪に吾妻の息がかかる。



「伊都、俺、間違ったな」
「ん?」
「なんで、ベッドなんだ?」
「ベッドがどうかしたの?」
「温泉旅館といえば布団だろ」
「そう…………?」
「そうだ」

 力説されても伊都にはピンとこない。ベッドのほうが正直眠りやすい。

「伊都、温泉、湯上がり、浴衣、ほろ酔い、布団」
「え、なになに、きも」
「これで俺の旅行がパーフェクトになるはずだったのに…………no way…………」

 大げさに肩を落とす吾妻。

「ねぇ吾妻、まだ夕食まで時間あるから外に行かない?」

 不貞腐れてる吾妻を引っ張って外へ出た。





 写真部だった伊都は手持ちのカメラで景色を切り取っていく。吾妻はポケットに手を入れてそんな伊都を後ろから見守っていた。

「あっち行ってみてもいい?」
「うん、行ってみよう」

 吾妻が安全だと判るところへは何処までも一緒に付き合ってくれる。

「スーパーイケメンが目の前にいるのになぁ」
「はいはい! ポーズとって」

 カメラを構えレンズから見える吾妻は本当にモデルのようだ。何枚か撮っていると吾妻がポケットからスマホを取り出した。画面を確認すると伊都の方を見る。

「ごめん、伊都、仕事の電話だ」
「大丈夫だよ」

 通話ボタンを押してその場で電話をし始めたので伊都は少し距離を取り振り返る。



 グレーの細身のスラックスに白い薄手のニット。

 いつも着痩せして目立たないのだが、今日のニットは体のシルエットにフィットしてその逞しさが際立つ。

 盛り上がった胸筋も、二の腕も。

 歩いてきて暑かったのか腕まくりしていて、電話を持つ左前腕部は血管が浮いておいしそう…じゃない、逞しい。

 お気に入りの腕時計をチラリと見る仕草も目がハートになってしまう。

 そして靴はNBのグレーのスニーカー。



 伊都は自身のスニーカーを見下ろし呟く。

「お揃いだね」

 伊都がベージュを購入したらすぐに色違いを吾妻が購入したのだった。この旅行に一緒に履きたいと。


 幸せオーラでピンクのハートをたくさん纏わせて吾妻を見ていると吾妻の傍にひとりの外国人の男が近づいている。

 吾妻は気配に気付きその男に振り返ると、その人へ腕を伸ばし手のひらを見せて「待って」というジェスチャーをするとその男は胸のあたりで両手を広げてそれに応えていた。

 少しして電話が終わると吾妻はその男と握手をしたかと思えばそのまま引き寄せると抱き合い、もう片方の手で互いの背中を強く叩いている。その体は直ぐに離れたが二人は満面の笑顔で興奮しきっていた。

 伊都がカメラを持ったまま目をパチクリしていると吾妻がすぐに伊都に手を振った。

「伊都ー! おいで!」
「えっ」

 駆け寄って吾妻の少し後ろに隠れるも吾妻が片眉をあげて伊都の肩を抱いた。

「Let me introduce him to you.」
「I kind of knew about it. I wasn't sure though.」

 二人はなにやら含み笑いをしている。

「伊都、俺の友達のアダムだよ。日本に観光に来ているらしい」

 アダムはニコニコしながら握手を求めてきた。吾妻の友達と聞いてようやく安堵しその手を握り挨拶をする。

「I'm ITO. I'm pleased to meet you. 」
「So, we finally meet! I've waited so long for this moment.」
「What does it mean?」

 アダムは伊都にウィンクすると握手した手を離し、吾妻ともう一度握手をする。

「AZUMA.I have to go back because I'm keeping my wife waiting.Let's definitely meet again in Tokyo.OK?」
「We got it.」

 バイバイと手を振りアダムは去っていった。

 伊都はドッと疲れが押し寄せた。






 意訳
「アダムに紹介したい人がいるんだ」
「なんとなくだけど、わかっていたよ」
「伊都です、会えて嬉しいです」
「僕達ようやく会えましたね、楽しみにしていましたよ」
「どういうこと?」
「妻を待たせているから戻らないと。必ずまた会おうね」
「わかった」


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