寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini

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平癒

第十三話

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 顔色が悪かった。家に帰したはいいが、あの顔色の悪さは解剖学のことだけではなさそうに思えてくる。

 ─無事に家に着いたのだろうか。

 スマホをポケットから取り出して電話しようとするが、はたと手を止めた。もしかしたら寝ているかもしれない。メッセージアプリを立ち上げてメッセージを打ち込んだ。

 それから二時間ほど経った今も、メッセージに既読は付かなかった。

「寝てるだけならいいんだけどさ……」

 凝り固まった腰を伸ばすように背伸びをして、よっこらしょと最後の段ボールを持ち上げた。







 結局気になって有馬の部屋まで来てしまった。まだ仕事はあったものの切り上げてやってきてしまったのだ。コンコンとドアをノックするも応答はない。
 しかし中からドスンと音がして「有馬?!」とドアを叩くが反応はなく、試しにドアノブに触れるとドアが開いた。不用心だなぁなどと考えている暇もなかった。六畳の部屋の真ん中に有馬は横たわっていた。

「有馬!? えっ! どうしたの!!」

 乱暴に靴を脱ぐとうつ伏せに倒れている有馬に駆け寄る。有馬の手元には薬のシートが落ちていた。

「なに……。なんの薬だよ……おい。そんな具合悪かったのかよ……」

 救急車を呼ぶべきか迷いおでこや頬に触れてみる。熱はそんなにないが汗がとにかくひどい。手を握ると手先は氷のようにひんやりとしていた。とりあえずうつ伏せから横向けにしようと試みるがビクともしない。肩の下に少しずつ手を差し入れ、ようやく肩が床から離れると有馬が小さく声を出した。

「有馬? 大丈夫か?」

 虚ろな目が僕を捉えると持ち上げていた有馬の逞しい腕に捕えられてしまった。

「智さん……好き、だいすき……」
「え?」
「ずっと、だいすきでした……はなれないで」

 小さく震えながら僕の腰に抱きつき膝に顔を乗せた。有馬の横顔は青白く血の気がない。僕は仕方なくそのままに、ぐっと手だけを伸ばしてかろうじて届いたベッドの上のタオルケットを引っ張りそれを有馬に掛けた。

「どうなってんだよ……。ってか好きってなんだよ……」




 足下にある薬シートを見た。それを拾い上げ、シートに書いてある薬剤名をスマホで検索すると睡眠導入剤とある。周りを見渡してもこの一枚以外には無い。シートはこの一枚で、薬が抜かれているのは三ヶ所。おそらく最高でも三錠しか飲んでないと推測できる。オーバードーズの可能性は低いのかもしれない。ここは寮だし大騒ぎになりかねない。リスキーな選択だが、少し様子を見ることにした。

 もぞもぞと動いたかと思えば、有馬はさらに僕を抱き込んだ。

「大丈夫、ここにいるよ」

 体調不良で、心寂しくなっているのだろうか。有馬の髪を撫でてやるとやがて規則的な寝息へと変わっていった。僕は観念して有馬の横に寝転がった。有馬がさらにぎゅっと抱きついて来たが、もうそのままにした。その手を握ると冷え切っていた手先は少しだけ温かくなっていた。

 六畳一間の部屋を眺めた。改めて見回してみても本当に物が少ない。有馬らしいと言えばそうなんだが、温度を感じないのだ。剣道の道具は道場に保管してあるとはいえ、その他の趣味や集めているものなどあっていいはずで、マンガも見当たりもしない。

 まるで、いつ居なくなってもいいかのようで、本当に有馬はここで二年間生活しているのかと不思議に思えてくる。

 ふと将馬の法事のことが蘇った。
 有馬は将馬の代わりをしていると言った。怪我するまで剣道を続けたのも医学部を目指したのも、将馬の生きるはずだった人生を有馬が代わって生きているんだとしたら……。

 ここに有馬は居ないのかもしれない。

 睡眠導入剤のシートを見やる。もしこれが有馬の居場所なら、依存している可能性がある。有馬にとって幸せだった時に頼っているのかもしれない。有馬にとって、幸せだと感じるものはなんなのだろうか。
 昔からあまり表情豊かではなかった、明るい将馬と対象的で物静かだった。けれど硬いその表情の中にも感情は読めたし、正座して将馬を憧れの眼差しで道場の隅で見つめていたのを覚えている。

 有馬の方を向くと、先程より顔色も良くなっているように見える。もう大丈夫かもしれない。僕はひとつため息をついた。

『ずっとだいすきでした、はなれないで』

 有馬の声がリフレインする。

「好きでしたって……、過去形かよ」

 整った寝顔に、僕はつぶやいた。




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