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喪失
第十ニ話
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「有馬、今日はもう帰ったほうがいいよ」
「え?」
「心ここに非ず」
「あ、……飯食い損ねたから、かな」
俺は智さんの仕事を手伝うって無理に研究室に入れてもらっていた。パンパンに膨れたバインダーたちを書棚に順番に入れていく作業中、俺の手が止まっていたらしい。
「まだ慣れない? 将馬は結構早かったんだけどな」
「……は?」
いきなり兄貴の名前が出てイラついた。
「解剖、今日もあったんだろう? 最初は生肉見ると思い出して辛いとか将馬言ってたんだよね」
「よく、覚えてるん……スね」
「だってさ、その後すぐ焼肉屋で普通に肉食ってたからね、だから覚えてんの」
兄貴を思い出して少し楽しそうに声色が変わる智さんを俺は見ることが出来ない。
「有馬?」
「……」
「ほんとに顔色わるいぞ有馬」
智さんが俺の肩を揺らした。ドクンと心臓が脈打つ。
俺はやんわりその手をどける。この手が、智さんが欲しくてたまらなくなるから。
「大丈夫……す、帰ります」
「うん」
「すいません、手伝うって言っときながら」
「気にするな。気をつけて帰れよ?」
「はい」
俺は笑顔を向けた、引きつっていただろう。
昔の夢を見た。
朝、智さんと兄貴の待ち合わせ場所に俺も後ろから付いていく。兄貴はいつも早めの行動で、智さんが笑顔で駆け寄ってくるのをそこで待つのが好きなようだった。
兄貴の後ろにいれば、俺も同じ景色が見れる。このあと二人は電車に乗って行ってしまう、智さんに会えるのはこの時だけなんだ。
その日もいつもと同じように兄貴の陰で見守っていると、智さんと視線が合った。そして茶色い紙袋を俺に差し出したんだ。
『これ、有馬使えるかな?』
『え?』
『ばあちゃんから貰ったんだけど、僕に似合わないっしょ、有馬みたいなやつが似合うと思うんだ。サイズも有馬なら履けるかなって』
紙袋の中を覗くと紺と赤のスニーカーが入っていた。
『有馬は足のサイズ何センチ?』
『二十五ッスけど……』
『やっぱり! 僕と同じだ、ってか僕が小さいんだろうな』
『貰っていいんですか』
『うん、いいよ。ばあちゃんにも言ってあるし』
『ありがとうございます』
『うん。ふふふ』
サラサラとした智さんの前髪が朝日に照らされて優しく揺れる
『あっあの、……』
『智でいいよ?』
『智、……さん』
『うん』
『智さん』
『あはは、練習? かわいっ』
『なぁ、俺にはないのかよ』と兄貴が後ろで拗ねている。それを優しく否しながら背の高い兄貴の肩に手を置く。
俺はそれを見ながら、兄貴みたいに呼び捨てには出来なくともこの人を「智さん」と呼ぶのは俺しかいない。俺はそれで満足だった。
翌日、晴れ。早起きして朝ごはんをおかわりするほど気分がよかった。
『有馬、もう履いていくの?』
後ろから声をかけられた。お弁当を手に持った母だ。
『晴れてよかったね、新しい靴は晴れの日に下ろさないと』
『うん』
『ちゃんとお礼しておいてね、お母さんも改めて何かするけれど』
『わかった』
兄貴の後ろを付いていつもの智さんとの待ち合わせ場所へ向かう。少し遅れて智さんがやってきて兄貴に手を振る。そして、次に俺に視線を向けてくれた。
『有馬、おはよー』
『智さん、おはっす……』
『あっ! 早速履いてる! やぱ似合うじゃん、足痛くない?』
『大丈夫です。ありがとうございました。母も感謝していました』
『大げさだなぁ』
『智、俺にはないのかよ』
兄貴が間に入ってきた。そして智さんを抱き寄せる。
『だってお前の足、デカいだろ』
『有馬お礼言ったのか?』
『うん、何度も言ってくれたよ?』
『ってか、いつから智さんなんて呼ばせてんだ』
『いいじゃん』
じゃあね、と分かれ道。手を振って駅の方へ消えていく智さんと兄貴。俺はランドセルの肩ひもを握りしめてその背中を見送る。でも心は満たされてた。ただの付属品から昇格した気分だった。
『智さん……好き、だいすき』
そっと背中に呟く。それが俺の限界。辿り着くことは不可能。なのに突如、夢の中の智さんが急に振り向いた。ここで振り向くはずなんてない。
あぁ、そうか、これは夢だ。じゃなきゃ智さんが振り向くなんてあり得ない。
「ずっと、だいすきです……」
俺は声を振り絞った。夢の中なら智さんに言える。
「大丈夫。ここにいるよ」
振り返った智さんに俺は抱きしめられた。なんて暖かいんだろう。例え夢でも、智さんに振り向いて笑ってもらえた。
「え?」
「心ここに非ず」
「あ、……飯食い損ねたから、かな」
俺は智さんの仕事を手伝うって無理に研究室に入れてもらっていた。パンパンに膨れたバインダーたちを書棚に順番に入れていく作業中、俺の手が止まっていたらしい。
「まだ慣れない? 将馬は結構早かったんだけどな」
「……は?」
いきなり兄貴の名前が出てイラついた。
「解剖、今日もあったんだろう? 最初は生肉見ると思い出して辛いとか将馬言ってたんだよね」
「よく、覚えてるん……スね」
「だってさ、その後すぐ焼肉屋で普通に肉食ってたからね、だから覚えてんの」
兄貴を思い出して少し楽しそうに声色が変わる智さんを俺は見ることが出来ない。
「有馬?」
「……」
「ほんとに顔色わるいぞ有馬」
智さんが俺の肩を揺らした。ドクンと心臓が脈打つ。
俺はやんわりその手をどける。この手が、智さんが欲しくてたまらなくなるから。
「大丈夫……す、帰ります」
「うん」
「すいません、手伝うって言っときながら」
「気にするな。気をつけて帰れよ?」
「はい」
俺は笑顔を向けた、引きつっていただろう。
昔の夢を見た。
朝、智さんと兄貴の待ち合わせ場所に俺も後ろから付いていく。兄貴はいつも早めの行動で、智さんが笑顔で駆け寄ってくるのをそこで待つのが好きなようだった。
兄貴の後ろにいれば、俺も同じ景色が見れる。このあと二人は電車に乗って行ってしまう、智さんに会えるのはこの時だけなんだ。
その日もいつもと同じように兄貴の陰で見守っていると、智さんと視線が合った。そして茶色い紙袋を俺に差し出したんだ。
『これ、有馬使えるかな?』
『え?』
『ばあちゃんから貰ったんだけど、僕に似合わないっしょ、有馬みたいなやつが似合うと思うんだ。サイズも有馬なら履けるかなって』
紙袋の中を覗くと紺と赤のスニーカーが入っていた。
『有馬は足のサイズ何センチ?』
『二十五ッスけど……』
『やっぱり! 僕と同じだ、ってか僕が小さいんだろうな』
『貰っていいんですか』
『うん、いいよ。ばあちゃんにも言ってあるし』
『ありがとうございます』
『うん。ふふふ』
サラサラとした智さんの前髪が朝日に照らされて優しく揺れる
『あっあの、……』
『智でいいよ?』
『智、……さん』
『うん』
『智さん』
『あはは、練習? かわいっ』
『なぁ、俺にはないのかよ』と兄貴が後ろで拗ねている。それを優しく否しながら背の高い兄貴の肩に手を置く。
俺はそれを見ながら、兄貴みたいに呼び捨てには出来なくともこの人を「智さん」と呼ぶのは俺しかいない。俺はそれで満足だった。
翌日、晴れ。早起きして朝ごはんをおかわりするほど気分がよかった。
『有馬、もう履いていくの?』
後ろから声をかけられた。お弁当を手に持った母だ。
『晴れてよかったね、新しい靴は晴れの日に下ろさないと』
『うん』
『ちゃんとお礼しておいてね、お母さんも改めて何かするけれど』
『わかった』
兄貴の後ろを付いていつもの智さんとの待ち合わせ場所へ向かう。少し遅れて智さんがやってきて兄貴に手を振る。そして、次に俺に視線を向けてくれた。
『有馬、おはよー』
『智さん、おはっす……』
『あっ! 早速履いてる! やぱ似合うじゃん、足痛くない?』
『大丈夫です。ありがとうございました。母も感謝していました』
『大げさだなぁ』
『智、俺にはないのかよ』
兄貴が間に入ってきた。そして智さんを抱き寄せる。
『だってお前の足、デカいだろ』
『有馬お礼言ったのか?』
『うん、何度も言ってくれたよ?』
『ってか、いつから智さんなんて呼ばせてんだ』
『いいじゃん』
じゃあね、と分かれ道。手を振って駅の方へ消えていく智さんと兄貴。俺はランドセルの肩ひもを握りしめてその背中を見送る。でも心は満たされてた。ただの付属品から昇格した気分だった。
『智さん……好き、だいすき』
そっと背中に呟く。それが俺の限界。辿り着くことは不可能。なのに突如、夢の中の智さんが急に振り向いた。ここで振り向くはずなんてない。
あぁ、そうか、これは夢だ。じゃなきゃ智さんが振り向くなんてあり得ない。
「ずっと、だいすきです……」
俺は声を振り絞った。夢の中なら智さんに言える。
「大丈夫。ここにいるよ」
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